以下の文章は、電子フロンティア財団の「Lengthening Patent Terms by 10 Years is Exactly the Wrong Response to COVID-19 」という記事を翻訳したものである。

Electronic Frontier Foundation

民間企業が新型コロナウィルスのパンデミックを利用して不当な独占的利益を得ることのないよう、世界中の政府がCOVID-19の治療法・ワクチン・ツールの特許の無効化、強制実施権の設定など、さまざまな措置を講じている。たとえばカナダのCOVID-19関連法は、パンデミック対策に必要な特許発明の製造・使用の権限を政府に与えており、チリ、エクアドル、ドイツ、イスラエル政府も同様の措置をとっている

だが米国では、特許ロビイストと特許弁護士が政府に真逆の働きかけを行っていて、首尾よくやり遂げる可能性すらある。先週、ベン・サッセ上院議員は、「新規または既存の医薬品、医療機器、その他のプロセス、機械、製造、または物質の組成物」の特許権を(通常の20年間に加えて)10年間延長する法案を提出した。表向きは医療訴訟を制限する法案だが、特許権を拡張し、既存技術の改良にさえ新たな独占権を付与する側面を併せ持っている。

サッセ議員の法案では、現在の国家非常事態宣言が終了するまではCOVID-19に関連する特許は発生しないことになっている。一見すると合理的な制限ではあるが、その見返りに不必要かつ有害な10年間の特許独占権を与えることになってしまう。

そもそも論として、公費研究から生まれた技術に基づく特許は認められるべきか、という問題がある。大学が連邦政府から資金提供を受けた技術の特許を取得したり、その特許をパテント・トロールに売却することすらあるのだ。国の資金を受けて行われた研究から得られた技術は特許化すべきではなく、ましてやサッセ議員の法案のように特許に50%の期間ボーナスを与えるべきでもない。

はっきりさせておこう。米国のCOVID-19研究の成果は、莫大な公的資金の基盤の上に成り立っている。第三次景気刺激法案では、治療法とワクチン研究に数十億ドルの予算が割かれている。その中には、国立衛生研究所の10億ドルもの研究費や、国立科学財団、食品医薬品局、エネルギー省にそれぞれ7500万ドル以上の研究費が割り振られている。保健福祉省予算の270億ドルの一部は、ワクチンや治療薬の研究開発にも使われている。また、83億ドル規模のコロナウィルス対策法案でもワクチン研究に30億ドル以上が計上されている。国民は公的研究費から生み出された成果を享受する権利があり、特許による独占は見過ごすことはできない。

この場合、コロナウィルスのワクチンがいくらで配布されるべきかはすでに明白である。ポリオウィルスワクチンを開発したジョナス・ソークは、ワクチンが「国民」のものであることをよく理解していた。ソークはポリオに対抗するワクチンの研究・開発のために、民間・公的資金の双方に頼った。ソークは営利性や資本主義を否定していたわけではないが、ポリオ撲滅という目標を達成するには低コストあるいはゼロコストでワクチンが手に入らなければならないことをよくわかっていたのだ。

この公衆衛生の危機に際し、私たちは特許の拡大ではなく、制限に目を向けなくてはならない。COVID-19対策に取り組む企業または非営利の研究者への差し止め訴訟を停止し、その代わりに侵害を訴える特許権者は政府のみを訴えられるようにする、という28 U.S.C. 1498の拡張的適用を提案したい。カナダのCOVID-19関連法案は、緊急時に政府が特許権に介入できるようにしたもので、これも見習うべき事例だろう。

政府は、COVID-19対策として公的資金が注入された企業や機関に対して、「オープンCOVID宣言」や「オープンCOVIDライセンス」のようなモデルを採用し、得られた知的財産を広く利用可能にするよう強制できる。これらの宣言やライセンスは、知財という障壁がCOVID-19との戦いを阻害することを懸念する科学者と弁護士のグループが作成したものだ。

危機を口実にする特許ロビイスト

表向きは医療従事者への訴訟を制限するという法案に、なぜ特許権を拡張する文言が含まれているのだろうか。特許が増え、期間が長くなれば、医療従事者に対する訴訟が増えることは明白だ。そして、これらの新たな特許は、従来の医療技術に限定されない。サッセ議員の法案は、COVID-19の治療に用いられるあらゆる「プロセス、機器、製造」に関する特許に適用される。これは境界が曖昧で、発明者ではなく弁護士の利益になりがちなソフトウェア特許と同様のものになるに違いない。

特許期間の延長は、特許権者がCOVID-19の流行から利益を得ようとする最初の試みかもしれないが、それが最後の試みになることはないだろう。知財弁護士やコンサルタントは、診断検査の特許を拡大するよう訴える論説記事せっせと書いている。昨年はじめに米国上院で否定された企みをいま再び巻き返そうとしているのだ。現在は特許を取得できない診断検査を特許化する法改正が行われれば、特許システムのインサイダーたちに莫大な利益が転がり込む。米国特許商標庁(USPTO)の元長官で、現在は大手特許権者のために仕事に勤しむデイビット・カッポスは、現USPTO長官のアンドレイ・ヤンクに、特許審判部〈PTAB:Patent Trial and Appeal Board〉の医療発明に関する事案の扱いを見直すよう求めている。カッポスは、特許権者に有利な2つの判定を先例化し、今後のPTABの裁定を拘束しようと考えているのだ。

COVID-19危機を知財権の拡大につなげるというアイデアは、呆れるほどに間違っている。だが、米国の特許権者とその弁護士がこうした馬鹿げた方程式を支持していることに驚きはない。米国の特許権者の多くは、実際にはイノベーションに関心があるわけではなく、レントシーキング可能な国家システムを支える信念体系を支持しているだけなのだ。米国の一般市民もそのことに気づき始めている。我々はすでに、イノベーションを促すための最善の方法を知っている。それは情報のオープンアクセスと競争だ。特許権者は公共の利益を意に介さず、彼らの収益をさらに増やすだけのためのルール変更を求めている。

もしサッセ議員の法案が可決すれば、国家非常事態の直後に、特許訴訟から富を得られる人たちの利益のために、10年に及ぶ混乱が生じることになる。政治家は、特許権の強化を求める要請に耳を傾けてはならない。

Lengthening Patent Terms by 10 Years is Exactly the Wrong Response to COVID-19   | Electronic Frontier Foundation~

Author: Joe Mullin (EFF) / CC BY 3.0 US
Publication Date: May 02, 2020
Translation: heatwave_p2p
Material of Header Image: Volker Neumann (CC BY-NC-SA 2.0)
カテゴリー: Patent