以下の文章は、コリイ・ドクトロウの「AI’s productivity」という記事を翻訳したものである。

Pluralistic

子供を連れてニュージーランドに本の出版ツアーに出かけた。その際、スーパーマーケットに子供の目線の棚からお菓子をすべて撤去した特別な通路があることを知って心底感心した。なんてすばらしいアイデアだ!

それに関連する話として、世界各国が子供向けの広告を規制している。その理由は主に2つ。

  1. 子供は決して愚かではないが、経験が不足していて、それゆえ騙されやすい。
  2. 子供には自分のお金がないので、広告で見たものを手に入れるには親にねだるしかなく、これが子供向け広告の規制を求める自然な支持基盤(ねだられる親たち)を生み出す。

騙されやすい人々を標的にして、他の人々を虐げたり苦しめたりするよう仕向ける広告は、とりわけ腹立たしい。例えば、AIはあなたの仕事を絶対に間違いなくこなせないはずなのに、AI企業は数百万ドルを費やしてあなたのボスをターゲティングして、チャットボットを導入すればあなたをクビにできると説得しようとしている。

ボスはあなたの仕事内容を全く理解していない。内心では、あなたを失業を恐れる寄生虫的な怠け者としか見ておらず、仕事に来るのは a) 挑戦的であるからでも、 b) やりがいがあるからでもないと確信している。

https://pluralistic.net/2024/04/19/make-them-afraid/#fear-is-their-mind-killer

それゆえ、チャットボットを売り込むAIセールスマンの格好のカモになる。ボスは喜んであなたを解雇し、チャットボットに置き換えるだろう。チャットボットは組合を作らないし、愚かな命令に口答えもしないし、製品を「メタクソ化」するよう命じても不都合な精神的苦痛を経験することもない。

https://pluralistic.net/2023/11/25/moral-injury/#enshittification

ボスは反転したマルクス主義者だ。マルクス主義者と同じように、あなたのボスの世界観は「従業員の賃金は、幹部のボーナスや自社株買い、株主の配当から差し引かれる」という原則に基づいている。それゆえ、あなたのボスはあなたを解雇してソフトウェアに置き換えることに熱心であり続ける。ソフトウェアは安上がりで、賃上げも要求しない。

そうして、あなたのボスはAIセールスマンの格好のターゲットになる。AI企業の評価額と、その企業の製品を購入する顧客にとってのAIの有益性との間に大きな隔たりがある理由も、これで説明がつく。投資家としてAI企業の株を買うことは、AIの有益性に賭けることを意味するかもしれない。しかし実際には、多くの投資家のAI企業への投資は、あなたのボスがあなたやあなたの仕事を軽視していること、そしてボスの騙されやすさに賭けているのだ。

しかし、ボスと幼児の類似性は騙されやすさだけではない。幼児が目線の高さにあるチョコレートバーを手に入れるには、疲れ切った親を説得しなければない。同様に、あなたのボスがAIセールスマンの約束した生産性向上を実現できるかどうかは、あなた次第なのだ。

Upwork Research Instituteの最新調査報告書は、AIの導入をそそのかされたボスが、今や宣伝通りに機能させようと奮闘する職場で起こっている奇妙な状況を明らかにしている。

https://www.upwork.com/research/ai-enhanced-work-models

調査結果の見出しが全てを物語っている。

  • ボスの96%がAIによって労働者の生産性が向上すると期待
  • 企業の85%がAIの使用従業員に要求または強く奨励
  • 従業員の49%がAIによる生産性向上の仕組みを理解していない
  • 従業員の77%がAIの使用で生産性が低下すると回答

コミック裏表紙のシーモンキー飼育キットの広告に騙され、卵から孵化したブラインシュリンプを見た幼児は、広告と同じように小さな王冠をかぶせろと大騒ぎし、親をほとほと困らせる。AIを導入した職場がまさにそのような状態にある。

https://www.splcenter.org/fighting-hate/intelligence-report/2004/hitler-and-sea-monkeys

ボスは従業員の生産性に頭を悩ませてきた。「生産性のパラドックス」は、1970年代から今日まで続く、米国の労働者の生産性の急速かつ持続的な低下を表す言葉だ。

https://en.wikipedia.org/wiki/Productivity_paradox

この「パラドックス」は、生産性向上の奇跡として売り込まれたITの成長を指している。このパラドックスを説明する理論は数多くあるが、なかでも故デイビッド・グレーバー(死してなお眠れぬ)の2012年のエッセイ「空飛ぶ車と利益率の低下について」が最も優れた説明だと思う。

https://thebaffler.com/salvos/of-flying-cars-and-the-declining-rate-of-profit

グレーバーは、ITの成長が研究アプローチの大きな転換点だったと主張する。かつて研究は、官僚的な制約の少ない変わり者(ジャック・パーソンズやオッペンハイマーなど)が主導していた。ITの台頭は、労働力の監視、数値化、そして何より規律化を目指すマッキンゼー流の「管理主義」の台頭と時を同じくしている。ITによって記録が容易に作成できるようになり、同時にそれが当たり前のことと見なされるようになった。

すぐに、全ての従業員(70年代まで米国の生産性向上の立役者とされた「クリエイティブ」人材も含む)は膨大な時間、時には労働時間の大半を費やして、フォームへの記入、業務の文書化、つまり一日の仕事の詳細な記録作成に追われるようになった。こうして生み出された大量のデータは、肥大化する管理職階級を生み出した。企業だけでなく、大学や政府機関まであらゆる組織が「植民地化」され、企業に似た構造を持つようになった(有権者や学生を「顧客」と呼ぶところまで)。

仮にすべての記録管理に意味があるとしても、仕事の文書化に時間を取られれば取られるほど、実際の仕事をする時間が減るのは明白だ。その問題の解決策として、さらなるITの導入が進められた。記録管理を容易にする方法として売り込まれたのだ。しかし、官僚制にITを組み込むのは、高速道路に車線を増やすようなものだ。細かな記録管理が容易になればなるほど、より多くの記録管理が要求されるようになった。

だが、それだけではなかった。ITが職場にもたらしたものがある。ITへの投資が企業の収益性を劇的に向上させた分野が確かに存在する。

まず、ITによって企業は生産を低賃金のグローバルサウス、つまり労働者保護が弱く、環境規制が緩く、規制当局を簡単に買収できる地域にアウトソーシングできるようになった。何千マイルも離れた工場で製造したり、別の国のリモートワーカーを管理したりするのは並大抵のことではない。しかし、ITは距離、時差、言語の壁を取り払った。ITを駆使して国内の労働者を解雇し、遠く離れた土地で労働者を搾取し、環境を破壊することを学んだ企業は大いに繁栄した。こうしたプロジェクトを指揮した幹部は出世の階段を駆け上がった。例えば、ティム・クックは生産を米国から中国に移すことに成功し、AppleのCEOの座を射止めた。

https://archive.is/M17qq

アウトソーシングは生産性の低下を補う即効性の覚醒剤だった……当面の間は。最終的にアウトソーシングから得られる利益を限界まで絞り尽くしたことで、企業は新たな利益の源泉を求めるようになった。そこで登場したのが「ボスウェア」、つまり労働力の監視と規律の自動化である。ボスウェアは、キーストロークから眼球の動きまで、あらゆる細部にわたって労働者を監視することを可能にした。

米国の労働者の力が低下した(大量の労働者を解雇して仕事を海外に移すという計画の素晴らしい副産物で、残された労働者は失業を恐れるあまり、どんな仕打ちにも耐えるようになった)ことにより、ボスウェアを使って賃金を数値指標と連動させることが可能になった。ギグワーカーたちは、アプリユーザーから5つ星以外の評価をつけられると収入を減らされ、YoutubeやTiktokのクリエイターもルール(しかし、どのルールかは明かされない)に違反したという理由で報酬を削られている。

https://pluralistic.net/2024/01/13/solidarity-forever/#tech-unions

ボスウェアは公立学校から病院、レストランからコールセンターまで、あらゆる職場を支配している。在宅勤務(別名「仕事場に住む」)をしていたり、UberやAmazonのドライバーをしているなら、その監視は自宅や車内にまで及ぶ。

https://pluralistic.net/2020/10/02/chickenized-by-arise/#arise

ITは労働者を賃金泥棒として描くことを可能にした。結果として生産性は低下したが、(訳注:監視に基づく減給によって)利益を増すことができた。

https://pluralistic.net/2024/01/11/robots-stole-my-jerb/#computer-says-no

この仕組みは、「ケンタウロス」と「逆ケンタウロス」という自動化理論の比喩を用いるとわかりやすいかもしれない。「ケンタウロス」は、自動化ツールに支援される人間のことだ。例えば、あなたのボスがAIを使ってあなたの眼球を監視し、賃金泥棒の口実を探すとき、ボスはケンタウロスだ。人間の頭部が機械の体の上に乗り、その機械の体が人間の能力をはるかに超える困難な仕事をこなしてくれる。

「逆ケンタウロス」は、自動化システムの助手として機能する労働者だ。逆ケンタウロスの労働者は、眼球、トイレ休憩、キーストロークをAIに監視され、機械が単独では遂行できないタスクを行うために使役され(そして最終的には使い捨てられ)る。

https://pluralistic.net/2023/04/12/algorithmic-wage-discrimination/#fishers-of-men

しかし、このようなやり方で人間から絞り取れる仕事量には限度がある。やがて彼らはその仕事に適さなくなる。Amazonの内部調査によると、同社は労働者を急速に使い潰しているため、米国のすべての健常な労働者を使い果たすおそれがあることが明らかになっている。

https://www.vox.com/recode/23170900/leaked-amazon-memo-warehouses-hiring-shortage

これが、Upworkの調査で明らかになったその他の重要な発見を説明する。

  • ボスの81%が過去1年間で労働者への要求を増加させている
  • 労働者の71%が「燃え尽き症候群」に陥っている

「AIが従業員を燃え尽きさせる」問題に対するボスの解決策は、「IT主導のフォーム記入が従業員の生産性を低下させる」問題への対応と同じだ。やり方を変えるのではなく、同じことをもっと強くやるのだ。Ciscoは、怒り狂った顧客からの罵倒を浴びて精神が崩壊寸前の労働者を検知し、家族の「癒し」写真を見せて「禅」タイムを与える新製品を開発した。

https://finance.yahoo.com/news/ai-bringing-zen-first-horizons-192010166.html

労働者を監視することで「ストレス管理」を支援する――これもまた、ますます残酷になりつつある「職場ウェルネス」テクノロジーの新たな形態だ。この種のテクノロジーはいずれも、(当然の帰結として)職場ストレスを増加させる

https://pluralistic.net/2024/03/15/wellness-taylorism/#sick-of-spying

常にAIに監視され、AIの密告の恐怖に怯えながら仕事することが従業員のストレスレベルを爆上げするというごく当たり前のことを、あなたのボスだけが理解できない。不幸なことに、AIのセールスマンもよく理解している。彼らは喜んで、あなたを死にたくさせる逆ケンタウロス自動化ツールを売りつけ、それからあなたの生きる意志を回復させると謳う別の自動化ツールを売りつけるのだ。

「生産性のパラドックス」は私たちの目の前で解決されつつある。米国の労働者1人当たりの生産性が低下したのは、規制のない無法地帯に米国の仕事をアウトソースし、その結果生じた不安定さを逆手に取って国内に残った労働者から搾取する方が収益性が高かったからだ。この状況に不満を持つ労働者は、怠け者だと非難された。1976年から2016年の間に平均的な米国労働者の労働時間は13%増加したにもかかわらず。

https://pluralistic.net/2024/01/11/robots-stole-my-jerb/#computer-says-no

AIは、効率改善ではなく労働者搾取によって利益を増すという40年来の手法の、最終段階の仕掛けに過ぎない。その仕組みは突然生まれたわけではなく、レーガン時代の企業権力理論である「消費者厚生」の直接的な帰結だ。「消費者厚生」アプローチの下では、独占が奨励された。ただし、その市場支配力を使って賃金を引き下げ、供給業者をいじめ、消費者のコストを下げることを条件として。

「消費者厚生」は、我々の「労働者」性と「消費者」性を切り離せると想定していた。つまり、賃金が停滞し労働条件が悪化しても、午後5時(あるいは、まあ、午後9時)に退勤して、車中泊しながらフードスタンプ受給者が調理した0.99ドルのマクドナルド格安メニューを買えれば、それで問題なかろう、と。

https://www.theguardian.com/us-news/article/2024/jul/20/disneyland-workers-anaheim-california-authorize-strike

しかし、我々は消費者厚生の終着点に近づきつつある。確かに、あなたの幼児のようなボスはAIを買うよう騙され、あなたの同僚の半分を解雇し、残りの人々にAIを使って仕事をするよう強要するかもしれない。しかし、AIがその仕事をこなせないのなら(実際こなせない)、コミック広告に出ていたようにシーモンキーを動かせと要求しても、うまくいくはずがない。

労働者とサプライヤーをいじめることで得られる利益が少なくなるにつれ、企業は消費者にその矛先を向け始めている。チャットボットや、そのワークフローに組み込まれた人間からのサービスが悪くなっているだけではない。アルゴリズムによる監視価格設定がリアルタイムで自動的に価格を吊り上げることで、消費者はより高額を払わされているのだ。

https://pluralistic.net/2024/07/24/gouging-the-all-seeing-eye/#i-spy

デイビッド・デイエンとリンゼイ・オーウェンスの素晴らしい言葉を借りれば、これは「回収の時代」だ。企業が労働者の抑圧から得た利益を消費者と分かち合う時代が終りを迎えているのだ。

https://prospect.org/economy/2024-06-03-age-of-recoupment

独占に対する寛容さがこれらの企業を「大きすぎて潰せない」存在にし、そのことが彼らを「大きすぎて裁けない」存在してくれると踏んでいるのだ。だから彼らは労働者だけでなく消費者も平気で欺く。

AIは、あなたの仕事をこなせないチャットボットをボスに買わせるギャンブルに過ぎないが、投資家はその賭けに冷めつつある。かつてAIを無限の成長を秘めた数兆ドル規模の分野と喧伝していたゴールドマン・サックスは、今やAIを購入した企業がそれをどう使えばいいのか分からないという報告書を発表した。

https://www.goldmansachs.com/intelligence/pages/gs-research/gen-ai-too-much-spend-too-little-benefit/report.pdf

まあ、投資銀行は多少は保守的であっていい。なら、VCは? 彼らにはリスクを許容できるほどには貪欲だ。そうだろう? しかし、一流のシリコンバレーVC、セコイア・キャピタルでさえ、AIへの投資が誰の役に立つのかを公然と疑問視し始めている。

https://www.sequoiacap.com/article/ais-600b-question/

子供を連れて、子供の目線からお菓子がすべて撤去された通路を歩いたときの爽快感は言葉では言い表せない。残念ながら、国中のこども経営者たちが、きらびやかなAIの謳い文句に目を奪われ、その衝動買いの尻拭いを労働者に押し付けるのを防ぐ方法は見つからない。

(Image: Cryteria, CC BY 3.0, modified)

Pluralistic: AI’s productivity theater (25 Jul 2024) – Pluralistic: Daily links from Cory Doctorow

Author: Cory Doctorow / Pluralistic (CC BY 4.0)
Publication Date: July 25, 2024
Translation: heatwave_p2p

カテゴリー: AI