以下の文章は、電子フロンティア財団の「Telling Police Where People With COVID-19 Live Erodes Public Health」という記事を翻訳したものである。

Electronic Frontier Foundation

米国の複数の地域で、州政府がCOVID-19検査で陽性と判定された人物の氏名と住所を警察などの緊急対応者〈first responder〉と共有している。警察、救急隊員、消防士が通報を受けて陽性者の自宅に向かった際に安全を確保するためだという。

だがこの情報では、未検査者・無症状者から緊急対応者を守ることはできない。また、検査をためらわせたり、感染者が非難されたり、脆弱なコミュニティにおける警察機能を低下させ、ウィルス感染を恐れて緊急通報を無視するということも起こりかねない。

この公衆衛生の危機に際して、顔識別位置情報追跡発熱検知カメラのような承認されていない手法・効果が疑わしい手法で個人データが収集されようとしている。こうした新たな技術・戦術は、その使用が正当化されるか、最小限度に留められているか、透明性が担保されているか、偏見・偏向はないかといった点について詳細に評価されなければならない。緊急対応者へのCOVID-19感染者情報の提供は、そのような評価を受けてはいない。

何が提案されているのか

アラバマ、フロリダ、マサチューセッツ、ノースカロライナ各州には、すでにCOVID-19陽性者の氏名と住所を収集し、そのデータを地域の緊急対応者に提供している自治体がある。このアプローチを支持する人たちは、陽性者のいる世帯からの通報に対応するにあたり、緊急対応者が必要な予防措置をとれるようにするためだと主張する。

だが、このアプローチではすでに感染予防対策を行っている緊急対応者を守ることはほとんど期待できない。COVID-19の症例の多くは無症状・軽症で、さらに多くの地域で検査がほとんど行われていないことを考えれば、警察、救急・消防隊員にに陽性者の情報を伝えることは誤った安心感を与えることにもなりかねない。緊急対応者はあらゆる通報に感染リスクがある前提で対応すべきであり、それができていればデータの共有は不要である。実際、緊急対応者と市民とのやり取りの大半は世帯外で行われている。緊急対応者はあらゆる接触を感染リスクとして活動するためのツールを備え、トレーニングを行わなければならない。

なにが懸念されるのか

米国市民にとって、COVID-19の検査を受けるのは高いハードルがある。陽性判定者の医療データや住所が共有されるとなれば、さらにハードルを高くしてしまい、検査を躊躇する人びとも出てくるだろう。たとえば弱い立場にある不法滞在者・不法入国者は、自らの情報が公衆衛生当局以外の機関に渡るとなれば検査をためらうかもしれない。こうしたアプローチは、政府が特定の目的のために個人を特定可能なセンシティブなデータを収集する場合、政府はそのデータを目的外に使用してはならないというデータプライバシーの基本的な規範からも逸脱している。また、数十万人規模の緊急対応者がこうした情報にアクセスした場合、悪用や漏洩のリスクを生じることにもなる。

同様に、警察などの政府当局に渡った個人の衛生データの蓄積が、感染者やそのコミュニティへのスティグマや偏見を生み出すことは歴史が証明している。たとえば、公衆衛生の専門家からも、COVID-19の陽性判定者リストを保管することと、1980年〜90年代のエイズ危機にHIVの陽性判定者に向けられたスティグマとの間に共通性があるとの指摘がある。同様に、1918年のインフルエンザ大流行時には、隔離や辱め、差別を恐れるあまり、人びとは症状を隠し、医師は診察を避けたという。

また、このウィルスは有色人種が多く住む地域に偏った悪影響を及ぼしてもいる。そうした地域はもともと公衆安全公衆衛生機関のサービスが行き届いていないためだ。感染者の住所を緊急対応者に開示することは、危機に直面した世帯への迅速な対応を妨げることになり、この問題をさらに悪化させかねない。こうした消極的姿勢は、COVID-19の検査データを共有することで、特定の人種・民族を容易に推測できる地域におよぶ可能性がある。

結論

COVID-19の検査データの緊急対応者への提供は、深刻な問題を解決する簡単な方法のように思えるかもしれないが、言われているほどには有効ではない。緊急対応者が通報に対応し、市民とやり取りする際には、あらゆる予防措置を講じ続けるべきであり、コミュニティ内の陽性判定者が少ないという誤解を招く個人の衛生データに頼るべきではない。

こうしたデータ共有は、この危機を克服するという公衆衛生上の目標を阻害しかねない。現在、我々は検査、封じ込め、治療において政府の支援を必要し、政府は我々の協力を必要としている。この種の情報共有は、その重要な信頼関係を損ねかねない。

Telling Police Where People With COVID-19 Live Erodes Public Health | Electronic Frontier Foundation

Author: Matthew Guariglia (EFF) / CC BY 3.0 US
Publication Date: April 15, 2020
Translation: heatwave_p2p
Header Image: arbyreed (CC BY-NC-SA 2.0)