以下の文章は、コリイ・ドクトロウの「Ad-tech targeting is an existential threat」という記事を翻訳したものである。

Pluralistic

商業目的の監視産業は無法地帯である。データブローカーやアドテク企業、そしてその業界に関わるすべての企業が、人々の暮らしに関する親密な情報、センシティブな情報、さらには人の人生を破滅させかねない情報を収集し、保存・分析したうえで、売買や貸し出しを行っている。

昨年末、この業界の要となるデータブローカーを排除する新しい規則案について、消費者金融保護局の公聴会で証言を行った。

https://pluralistic.net/2023/08/16/the-second-best-time-is-now/#the-point-of-a-system-is-what-it-does

他の証言者たちの話は興味深く、同時に背筋が凍るような内容だった。AARP[全米退職者協会]から参加した弁護士は、データブローカーが「認知症を抱える高齢者」といったカテゴリへの広告ターゲティングを可能にしていると説明した。さらに国防総省からの証言者は、「ギャンブル問題を抱える現役軍人」をターゲティングした広告を、誰でも簡単に出稿できる状況だと述べた。確かにその通りだ。しかも、こうした露骨なカテゴリ分けすら必要ない。「アイビーリーグ/ビッグテック出身の25~40歳、法学・政治学専攻で、議会から5マイル圏内に在住」という条件で広告を配信すれば、議会スタッフ全員に悪意のあるペイロードを送り込めてしまう。

ただし、これはデータブローカーの話に過ぎない。本当の問題は、MetaとGoogleという2つの巨大企業が支配するアドテク業界にある。両社は「規制のないデータブローカーたちよりも我々の方が優れている」と主張する。彼らは、規制なき独占的な監視権力を、責任を持って行使していると言う。当然、ウソっぱちである。

Metaは「憂鬱な10代」といった(インセル勧誘にうってつけの)ターゲティングを提供し、その事実が何度も発覚している。

https://www.technologyreview.com/2017/05/01/105987/is-facebook-targeting-ads-at-sad-teens

Googleはどうだろうか。もちろん彼らも、不気味な商業的監視の捕食者としての本性を隠せないでいる。本日、Wiredのデル・キャメロンとドルーブ・メーロトラは、Googleが慢性病患者や経済的困窮者、さらには国家安全保障の「意思決定者」をターゲティングする手法について報じた。

https://www.wired.com/story/google-dv360-banned-audience-segments-national-security

Googleはこうしたカテゴリを自社では提供していないものの、データブローカーがそれらを構築し、Googleを通じて販売することを容認している。位置情報と学歴データを使えば「議会スタッフ」をターゲティングできるように、HIV、喘息、慢性疼痛などの治療を行う診療所への定期的な通院記録を基にすれば、慢性病患者をターゲティングできる。

Googleはこれが自社のポリシーに違反すると主張し、これを防ぐために最高水準の技術的対策を講じていると述べている。しかし、Wiredがこのデータブローカーがどのようにして更年期の人々や、「慢性疼痛、線維筋痛症、乾癬、関節炎、高コレステロール、高血圧」の患者を含むオーディエンスを販売できたのか尋ねても、Googleは回答を避けた。

この報道で取り上げられたデータブローカーは、服用している薬(アンビエン[睡眠薬]を含む)に基づく個人へのアクセス、オピオイド中毒者や依存症からの回復者、内分泌障害を持つ人々、さらには「米国の機密性の高い防衛関連技術にアクセスできる契約者」へのアクセス権も販売していた。

これらのカテゴリは、個人や集団、そして国家全体を危険にさらす恐喝、スピアフィッシング、詐欺、マルバタイジング[マルウェア入り広告]など、さまざまな犯罪を誘発する可能性は用意に想像できる。米国海軍情報局はすでに、広告でターゲティングされた「匿名」の人々を特定する手法の詳細を公表している。

https://www.odni.gov/files/ODNI/documents/assessments/ODNI-Declassified-Report-on-CAI-January2022.pdf

最も衝撃的なのは、33,000ものターゲティングセグメントが表面化した経緯だ。あるアクティビストが広告主のふりをしただけで、データブローカーは何の確認もせずに全パッケージを送り付けてきたのだ。ジョニー・ライアンはイルランド自由人権協会の優れたプライバシー活動家である。彼は架空のデータ分析サイトを立ち上げ、あるブローカーにセールスの問い合わせを送った(このブローカーは、悪意のある者がターゲットカテゴリを攻撃するのを防ぐため、記事では特定されていない)。

外国政府、たとえば中国――米国の国家安全保障機関のお気に入りの藁人形――は、Googleのデータを購入し、同社のアドテクスタックを使ってユーザをターゲティングできる。実際、過去に中国のスパイは、マルウェアを仕込んだターゲット広告を配信するマルバタイジングで敵対者を攻撃している。そして、中国企業は毎年数十億ドルもの資金を米国人向けの広告ターゲティングに投じている。

https://www.nytimes.com/2024/03/06/business/google-meta-temu-shein.html

GoogleとMetaには、ダミー会社による広告の購入やターゲティングを防ぐ有効なチェック機能は存在しない。さらに両社のサービスにデータを提供するデータブローカーは、詐欺やその他の悪意のある行為に利用されることを全く気にかけていない。

こうした状況を可能にしているのは、議会が1988年以降、プライバシーに関する立法を怠ってきたからだ。その年に議会が可決したのが、ビデオ店の店員が客のレンタル履歴を新聞社に漏らすことを禁じるビデオプライバシー保護法[VPPA:Video Privacy Protection Act]である。これが議会が制定した最後の連邦消費者プライバシー法となった。

https://en.wikipedia.org/wiki/Video_Privacy_Protection_Act

VPPAの成立過程は示唆に富んでいる。この法律は、レーガンが最高裁判所入りを目指した極右判事ロバート・ボークのビデオレンタル履歴が新聞にリークされた後に可決された。ボークは上院の承認公聴会で否決されたが、それはビデオレンタル履歴が原因ではなかった(実際、彼の映画の趣味はたいへんに良かった)。むしろ、彼がニクソン主義の犯罪者であり、悪質な人種差別主義者で、その経歴は想像を絶するナンセンスで彩られていたからだ。

しかし、ボークのビデオレンタル履歴の流出は議会議員たちの背筋を凍らせた。彼のレンタル履歴は恥ずかしいものではなかったが、議会は有権者に知られたくないことをレンタル履歴に残していたのだろう。誰がどんな映画を見ていたかを暴露することを犯罪とするため、彼らは電光石火の速さで動いた。

そしてそれが最後となった。37年間、議会は新たな消費者プライバシー法を制定してはこなかった。その結果が現在の状況――自殺念慮の10代、核ミサイル基地で勤務するギャンブル依存症の兵士、認知症を患うおばあちゃん、そして議会のすべてのスタッフに向けて広告をターゲティングできる世界である。

大規模監視の問題は、機械による自動洗脳光線のようなものだと考える人もいる。彼らは、ビッグデータと機械学習を駆使して長年追求されてきた洗脳技術をついに完成させたという、テックブロたちの自画自賛的な主張を鵜呑みにしている。

しかし、こんな珍妙な空想を受け入れなくても、それが有害である理由とその仕組みは理解できる。オピオイド依存症に苦しむ人に偽の治療法やリハビリ施設の広告を届けたのであれば、それは洗脳ではなく、単なる詐欺である。ターゲティングされた嘘が無限の被害をもたらすと理解するのに、「洗脳」という概念は必要ない。

そして、その被害は実に深刻である。スタインの法則は「永久に続かないのなら、それはいずれ止まる」と説く。議会のプライバシー立法の失敗は、議会自身を含むすべての人々を危険にさらしている。商業的監視産業が大規模な情報漏洩や標的型フィッシング攻撃、あるいは議会を巻き込んだ恐るべき国家安全保障上の事件を引き起こすのは、時間の問題だろう。おそらくその時になってようやく、具体的な行動を起こすことになるのだろう。

その間にも、プライバシー法のアップデート失敗がもたらす被害者の輪は広がり続けている。警察に身元を特定された抗議者、州外の中絶クリニックで追跡された10代の少女たち、採用や融資で差別された有色人種、そしてディープフェイクポルノで嫌がらせを受けた人々――すべてが、この法の不備の犠牲者なのだ。

https://pluralistic.net/2023/12/06/privacy-first/#but-not-just-privacy

(Image: Cryteria, CC BY 3.0, modified)

Pluralistic: Ad-tech targeting is an existential threat (20 Feb 2025) – Pluralistic: Daily links from Cory Doctorow

Author: Cory Doctorow / Pluralistic (CC BY 4.0)
Publication Date: February 20, 2025
Translation: heatwave_p2p