以下の文章は、電子フロンティア財団の「Lessons From History: Afghanistan and the Dangerous Afterlives of Identifying Data」という記事を翻訳したものである。

Electronic Frontier Foundation

20年間の占領を終え、米国がアフガニスタンから軍を撤退させた。長期にわたる駐留の副産物は新たな意味を持ち、アフガニスタンの人々を新たな危機にさらしている。米国は20年にわたってアフガニスタンの人々の情報収集を主導し、給与や雇用などの一般的・官僚的なデータのみならず、「HIIDE」と呼ばれるデバイスでアクセス可能な生体情報の巨大データベースまで構築した。

HIIDE(Handheld Interagency Identity Detection Equipment)は、指紋や虹彩などの生体情報をスキャンし、大規模データベースに保存・アクセスするためのデバイスである。表向きは、テロリストやテロリスト予備軍を追跡するためのプログラムだが、米軍に協力する請負業者やアフガニスタン人の身元確認にも使われた。米軍は当初、アフガニスタン人口の80%をこのプログラムに登録させることを目標にしていたという。タリバンによるアフガニスタン制圧後、このHIIDEデバイスがタリバンに押収され、弱い立場の人々を特定し、標的にするために使用されるのではないかという懸念が報道された。

MIT Technology Reviewの取材に応じた専門家によると、HIIDEデバイスは将来の政権には限定的にしか使えず、データも遠隔地に保存されているため、懸念は小さいという。だが彼らは、アフガニスタン内務省と国防省の請負業者や従業員への給与支払いに使用されていた「Afghan Personnel and Pay System (APPS)」について警鐘を鳴らしている(日本語記事)。このデータベースには、アフガニスタン国軍とアフガン国民警察の全構成員の詳細な情報が含まれており、米軍やアフガン政権、警察、対反乱対策に協力した人物を探し出すのに使われるのではないかという新たな懸念が生じている。

米軍によるこうした情報の使用については、これまでも懸念と抗議の声が上がっていたが、今やその懸念は新たな次元に達してしまった。残念ながら、これは個人データの収集・保持の副作用である。どれほどデータが安全だと思っていても、どれほど今の政権が責任を持って善意で情報を扱ってくれると信じられても、社会の優先順位の変化や法改正、あるいは新政権の誕生によって、全く異なる体制にデータが引き継がれるリスクは常に存在しているのだ。

最も著名な事例は、20世紀初頭、プロイセンをはじめとするドイツ警察や市政府が収集・保持していた膨大な情報である。ベルリン警察のファイルシステムを視察した米国人は、何十もの部屋がファイルで埋め尽くされていることに衝撃を受けた。このシステムが始まって以来、ベルリン出生者、在住者、旅行者の個人情報や識別情報が1200万件以上も記録されていたのだ。プロイセン警察は政治的取締りと残忍な戦術で知られているが、1918年から1933年までのワイマール時代には、他国では同性愛者やジェンダー・ノンコンフォーミング者を厳しく取り締まっていた時代でありながら、警察はLGBTQ+の人々に寛容で、渋々ながらも容認してはいた のである。

だが、その後に台頭したナチスが、主要先進国たるプロイセンの政府や経済のみならず、人々の詳細な情報が記載された何百万もの警察ファイルを掌握したことで状況は一変したのである。(訳注:ナチス・ドイツでの同性愛者の迫害については、こちらの記事にまとまっている)

世界の歴史を振り返れば、責任を持って収集された情報であろうとなかろうと、善意で使用された情報であろうとなかろうと、同じようなことを繰り返してきたのだ。今日の政府が収集した情報が、明日には悪意を持った人々の手に渡るかもしれない。善意の目的で収集された個人の情報を、政府が別の目的で悪用するというようなことは、はるか遠い国の出来事ではない。

生体情報監視とデータ保持の後遺症がアフガニスタンの人々を再び脅かしている。残念なことではあるが、大量データ収集の危険性の歴史に新たな章が追加されてしまったのだ。情報とその利用に関する保護を強化しても、それだけでは限界がある。多くの場合、個人情報の悪用によって人々が脆弱な立場に置かれないようにするためには、そもそも収集する情報の量を可能な限り制限するしかないのだ。

Lessons From History: Afghanistan and the Dangerous Afterlives of Identifying Data | Electronic Frontier Foundation

Author: Matthew Guariglia (EFF) / CC BY 3.0 US
Publication Date: September 15, 2021
Translation: heatwave_p2p