以下の文章は、Access Nowの「Digital identity: What the World Bank won’t talk about」という記事を翻訳したものである。
10月10日、世界銀行と国際通貨基金は年次サミットを開催し、世界の包括性と持続可能な開発に関する取り組みの方向性を定める課題と機会について議論することになっている。残念なことに、市民社会団体から人権侵害、排除、阻害、監視を助長するシステム開発の責任について回答を求めているにもかかわらず、彼らは2年連続でデジタルアイデンティティの課題を議題から外した。
デジタルIDシステムの推進は、世界銀行を始めとする国際機関の優先事項となっている。国連の持続可能な開発目標(SDGs)16 .9の「すべての人に法的な身分証明(ID)を提供する」を達成するために不可欠だと考えているためである。だが、世界銀行が資金を提供し、推進してきたさまざまなデジタルIDプログラムが示すように、この方法で目標を達成しようとすることは、近視眼的であり、危険性をはらんでいる。
アフガニスタン
昨年、タリバンによる政権掌握後のアフガニスタンで、アフガニスタン市民を守るために作られたはずのデジタルIDシステムが市民に危害を加えるために使われうることが明らかになったばかりである。とりわけ、高レベルのリスクに晒されている人たち――女性や人権擁護者、ジェンダー正義の活動家、ジャーナリストら――がその標的になる。世界銀行は女性を支援する取り組みとして、このバイオメトリック・デジタルIDプログラムを推進してきた。だが、この出来事が明らかにしているように、現在の国別分析は、起こりうる人権侵害を予測・緩和できてはいない。
ケニア
ケニアのNGOグループは、ケニアの国家統合ID管理システム(NIIMS)への技術提供によって生じる人権問題を十分に検討・対応していないとして、多国籍企業IDEMIAを仏裁判所に提訴している。世界銀行はNIIMSに技術支援し、積極的に資金提供を行っているが、同国の人権団体は、集中化したNIIMSデータベースが周縁化されたコミュニティの排除を助長していること、人権保護のための監視とバランスが欠如していること、監視を目的とした使用の危険性があることを指摘している。
フィリピン
フィリピン政府も「デジタルトランスフォーメーション」と呼ばれる取り組みを進めており、デジタルIDプログラムを強化するために世界銀行から6億米ドルの融資を受けている。世界銀行は、このシステムの展開を「早急に」進めるよう要請している。だが、人権へのリスクや、政府が市民のデータを不利に扱わないことを保証する仕組みについて、利害関係者との協議が十分に行われることはなかった。これは重要かつ緊急の問題である。2020年以降、フィリピンの人権状況は急速に悪化しており、ノーベル賞を受賞したジャーナリスト、マリア・レッサとその同僚が被害にあった複数の事件も、人権への攻撃の氷山の一角でしかない。ジャーナリスト、活動家、コミュニティリーダーに対する攻撃、さらに超法規的処刑すら無数に報告されている。さらに、ドゥテルテ前大統領が残忍な「対麻薬戦争」を進めるなかで、監視ソフトウェアが使用されていたという証言もある。デジタルIDシステムが、この国のデジタル弾圧のツールになることはないと信じるに足る理由は一つもない。
いまこそ対話を
今月始め、70を超える市民社会団体、研究者、活動家が、世界銀行に対し、デジタルIDシステムの導入に際して人権保護を重視するよう要請した。これには、すでに人権侵害に使用されている事案を審査し、人権リスクを高めるものについては支援を中止することも含まれている。世界銀行がナイジェリアのデジタルIDプログラムへの資金提供をデータ保護規制が整備されるまで凍結したことは歓迎するが、この要件だけでは、弱い立場にある人々の権利を守るには不十分である。市民の安全を守るために、世界銀行をはじめとするデジタルIDシステムへの資金提供者は、市民社会および専門家との持続的かつハイレベルな対話の場を設け、それを継続しなければならない。これは緊急に必要な対話であり、来年まで先延ばしするような猶予はない。
Digital identity: What the World Bank won’t talk about – Access Now
Author: MARIANNE DÍAZ HERNÁNDEZ / Access Now (CC BY 4.0)
Publication Date: September 26, 2022
Translation: heatwave_p2p