以下の文章は、電子フロンティア財団の「To Fight Surveillance Pricing, We Need Privacy First」という記事を翻訳したものである。
デジタル監視は至る所に存在する。企業の詮索者たちは、我々の行動、移動、コミュニケーションのすべてに関する情報を収集する。そして、それを編集し、保存し、我々に対して使用するのだ。
企業はますます、この情報を利用して個人の特性や行動に基づいた個別の価格設定を行っている。この「監視価格設定」により、小売業者は同じ商品に対して、本来法律で保護されるべきインターネット閲覧履歴、物理的位置、信用履歴などの情報に基づいて、顧客ごとに異なる価格を請求できる。幸いなことに、連邦取引委員会(FTC)はこの危険な慣行に対する新たな調査を開始し、対策に乗り出した。
監視価格設定とは何か
監視価格設定は、個人情報の膨大な蓄積を分析し、ある商品にユーザが支払えるであろう価格を予測し、それに応じて請求するものである。これにより、小売業者がユーザにもっと高額を支払わせられると判断した場合、例えば給料日などに、より高額な価格を請求できる。あるいは、ユーザが緊急で必要としている時に高額な請求をすることも可能だ。
2019年に調査報道によると、Targetのアプリが、ユーザの位置情報を収集し、それに基づいて価格を変動させていたことが明らかになった。Targetの駐車場にいるユーザには、他の場所にいるユーザよりも大幅に高い金額を請求されていた。このような価格吊り上げは、既に店舗に来ているユーザは商品購入の意思が固まっているため、より高い金額を支払う意思があるという前提に基づいているとみられる。一方、他の場所にいる客に、安い価格が提示されるのは、店舗に来て商品を購入する動機づけにするためなのだろう。
同様に、Staplesはユーザの位置情報に基づき、近くに選択肢の少ない客にはオンラインで高い価格を請求していた。このウェブサイトは、OfficeMaxまたはOffice Depotの実店舗から約20マイル以内に位置する顧客には、低い価格を提示していた。
監視価格設定はすべての消費者に悪影響をもたらす
米国のプライバシー保護の不十分さが、こうした監視価格設定を可能にしている。他の国々とは異なり、米国には包括的なプライバシー法が存在しない。その結果、企業は処罰を恐れずに我々を監視できる。規制されていないデータブローカーは、クレジットカードを使用する度、インターネットを閲覧する度、医者を訪れる度、車を運転する度、あるいは単に携帯電話を所持したまま世界を移動する度に生成される膨大な情報を売買している。こうした監視の目から身を守ることは極めて困難だ。
企業の監視はあらゆる場面に及ぶが、往々にして不正確で、異議を申し立てもできない個人プロフィールを生み出す。監視価格設定は、これらのプロフィールを使用して、住宅から食料品に至るまでのあらゆるものの価格を設定する。
これは本質的に不公平だ。プライバシーは人権である(米国の立法者が数十年にわたってプライバシー法を更新していないにもかかわらず)。そもそも監視されるべきではない。そして、常時行われる監視価格設定は、経済的な悪影響を恐れることなくインターネットを自由に利用する力を損なう。
さらに悪いことに、監視価格設定は、人種的マイノリティや貧困層に偏った悪影響を及ぼすことが多い。これらのグループは歴史的に、企業がAI駆動の価格設定ツールを採用した際に、より大きな価格吊り上げに苦しんできた。例えば、テスト対策会社であるPrinceton Reviewが使用していたアルゴリズム価格設定モデルは、アジア系アメリカ人の客に、他の人種背景を持つ客よりも高い価格を請求していた。同様に、UberやLyftなどのライドシェアアプリは、有色人種の住民や貧困線以下で生活する住民が多い地域の住民により高額な運賃を請求していた。
さらに、監視価格設定ツールは悪名高いほど不透明である。価格設定の決定に関する透明性の欠如が、顧客や規制当局がこれらの問題の害を評価し、是正を求めることを困難にしている。
シェロッド・ブラウン上院議員は、監視価格設定が「価格つり上げ」の一形態であり、市場競争も抑制しかねないと述べている。競合他社よりも個人情報を収集すれば、競争上の優位性を得てより高額を請求できるようになるため、継続的かつ詳細なデータ抽出を促されることになる。プライバシーを侵害すればするほど企業は儲かることになり、底辺への競争の状態に陥る。一方、潜在顧客の膨大な個人データを持たない小規模な競合他社は不利な立場に置かれることになる。
消費者は監視価格設定が不公平であることをわかっていても、これに抵抗する法的権利は極めて限定的だ。一部のウェブサイトは、ブラウザのトラッキング拒否要求を完全に無視している。別のサイトでは、トラッキングを防ぐデジタルプライバシーツールを使用するユーザにより高額な価格を請求することさえある。例えば、通常価格を引き上げ、データ収集を許可した顧客にのみ割引を提供する。このようなプライバシーの対価スキームは個人の選択を損ない、基本的権利に対価を支払う余裕のない人々に偏った害を及ぼす。
監視価格設定を止める
今こそ、監視価格設定に抵抗しなくてはならない。ほとんどの販売業者がまだこれを採用していない今だからこそ、軌道修正はしやすいはずだ。これは、我々のプライバシーの権利にとっても極めて重要である。
良いニュースがある。FTCは最近、監視価格設定の慣行について調査を開始したと発表した。具体的には、FTCはMastercard、Revionics、Bloomreach、JPMorgan Chase、Task Software、PROS、Accenture、McKinsey & Co.の8社に対し、他社に提供している監視価格設定ツールに関する情報提供を命じた。
これら8社は、個人情報の収集、分析、悪用において重要な役割を果たしている。彼らは他社に監視価格設定ツールを提供する「仲介者」なのだ。FTCはこうした企業に対し、ツールの技術的詳細、使用する消費者情報の種類と出どころ、現在これらを使用している企業、そして消費者価格にどのような影響を与えているかを詳述した報告書の提出を指示した。
FTCのリナ・カーン委員長は次のように説明している。
米国民の個人データを収集する企業は、市民のプライバシーを危険にさらすおそれがある。現在、企業はこの膨大な個人データの蓄積を利用して、より高い価格を請求している可能性がある…米国民は、企業が詳細な消費者データを使用して監視価格設定を展開しているかどうかを知る権利がある。
このFTCの調査は、消費者に悪影響を及ぼしうる不透明な価格設定慣行について、市民の理解を深める重要なステップである。この新しい価格設定モデルの透明性を高めることで、この不公平な価格設定慣行を抑制する取り組みが促進され、さらにはこの慣行の息の根を止める規則制定や執行措置を呼び込む可能性もある。
監視価格設定がもたらす数多くの悪影響を軽減するには、まず監視自体を防がなくてはならない。どうすればよいのか。プライバシーファーストを実践するのだ。
包括的なプライバシー法を制定すれば、そもそも企業が膨大な量の個人データを蓄積できなくなる。企業が個人情報を持っていなければ、それに基づいて価格を設定することはできない。
経済学の研究によると、GDPRのようなオプトイン型のプライバシー規制は、監視価格設定の悪影響を軽減し、我々全員に良い影響を及ぼしているという。規模を問わずすべての企業が顧客のプライバシーを尊重しなければならなくなれば、監視は最大手のオンラインプラットフォームに競争上の優位性をもたらさなくなる。
包括的で強力なプライバシー保護は、他にも様々な利点もたらす。金融詐欺との戦い、地方および全国ニュース媒体の支援、リプロダクティブ・ライツの保護、TikTokなどのアプリにおける外国政府の監視の軽減、そしてテクノロジー分野における競争の改善に大いに役立つだろう。
最も重要なのは、プライバシーに対する強力な法的保護が、個人データを悪用する新たな、さらに有害な方法の出現を防ぐことだ。強力で包括的な連邦プライバシー法を制定しない限り生活の最もセンシティブな事実を利用して我々に悪影響を及ぼす手法は、「監視価格設定」で終わることなく、ますます多くのバリエーションを生み出し続けることになるだろう。
To Fight Surveillance Pricing, We Need Privacy First | Electronic Frontier Foundation
Author: Tori Noble / EFF (CC BY 3.0 US)
Publication Date: August 5, 2024
Translation: heatwave_p2p