以下の文章は、コリイ・ドクトロウの「Autodoxing」という記事を翻訳したものである。

Pluralistic

劣悪なテック政策がもたらした惨状のなかで、人権のために25年間闘ってきた者として断言しよう。地獄への道は、浅はかなテック政策で舗装されている。

この惨状が何より腹立たしいのは、それが予見可能だったうえに、実際に予見されてもいたからだ。Sun MicrosystemsのCEOスコット・マクネリが「プライバシーなど死んだ。諦めろ」と世界に言い放っていた頃、デジタルライツの擁護者たちはこう訴えていた。「デジタルツールはプライバシーを守るきわめて重要なものだ。それだけじゃない。社会全体でプライバシーを廃絶すれば、遠い未来にまで計り知れない被害をもたらすことになる」。

https://pluralistic.net/2025/10/31/losing-the-crypto-wars/#surveillance-monopolism

プライバシーを目の敵にしていたのは経営者たちだけではなかった。政治家もだ。たとえばビル・クリントンは、あらゆるマイクロチップにバックドアを仕込もうとした(ジョークでも比喩でもない)。

https://en.wikipedia.org/wiki/Clipper_chip

NSAに至っては、民間人が実用的な暗号を利用することを全面的に禁止させることに成功している。その理屈はこうだ。たとえあらゆる変質者やケチな犯罪者、企業スパイや国家の後ろ盾を得たスパイ、マフィアが我々を監視できるようになろうとも、諜報員が「悪党」をスパイできるほうが皆にとって安全だ、と。

https://pluralistic.net/2026/04/09/bernstein-2/#win-some-lose-some

その禁止措置が覆された後も、各国政府は民間セクターに対し、際限なく、遠慮なく、許可を得ることもなく我々を監視するよう促してきた。存命中のあらゆる人々の、プライベートで、明かされたくないデータを蓄えたこうした民間の宝庫は、令状不要の帳簿外の監視システムとなった。警察もスパイも政府機関も、思うがままにそこへアクセスできる。

https://pluralistic.net/2026/10/13/petards-r-us/#nobus

こうした監視能力を守るため、民間企業と政府は結託して「回避防止」法を成立させた。これにより、デバイスやアプリをリバースエンジニアリングしてプライバシーブロッカーを追加することは違法となった。その結果、我々が所有するあらゆるデバイス、使っているあらゆるアプリが、絶えず我々を監視するようになった。

https://pluralistic.net/2024/03/12/market-failure/#car-wars

同時に、各国は新たなプライバシー法を成立させられずにいるか(米国では、連邦レベルの消費者プライバシー法が最後に改正されたのは1988年のことだ)、成立させても執行しないまま放置してきた(EUでは、「アイルランド人のふり」をすることで、米国の大手テック企業がEUのプライバシー法を無視できてしまう)。

https://pluralistic.net/2023/05/15/finnegans-snooze/#dirty-old-town

監視やりたい放題の我々の世界は、客観的に見てきわめて劣悪だ。我々のデータを同意なく収集・保持することを許された企業や機関は、そのデータを安全に保つ能力などないことを何度も何度も証明してきた。しかも、どれほどひどいヘマをやらかしても、何ひとつ変わらない。Equifaxが1億4800万人もの米国人を晒してから10年近くが経つ。にもかかわらず、同社はいまも営業を続けているばかりか、商業監視企業をさらに買収・吸収することまで許されてきた。

米国の規制当局は2021年、EquifaxによるTeletrackの買収を認めた。カナダの規制当局は2023年、Food Industry Credit Bureauの買収を認めた。同年、ブラジルの規制当局もEquifaxによるBoa Vista Serviçosの買収にお墨付きを与えた。Equifaxはかつて自社の情報漏洩について、相次ぐ合併の末に新たに買収した監視企業のデータベースを場当たり的に統合した結果生じた、ずさんなセキュリティ慣行のせいだと説明していたにもかかわらず、だ。

データは新たな石油ではない。データは新たな油の染みたボロ布だ。危険な状態のまま膨大な量を倉庫に溜め込み、火事が起きるたびにその被害額を社会に押しつけられる場合にのみ、利益を生む。

https://locusmag.com/feature/cory-doctorow-zucks-empire-of-oily-rags/

Equifaxは常習犯だ。だが企業版の死刑を科されるどころか、ソファの隙間から出てきた小銭程度の罰金を払わされただけだった。その額は、燃え盛る油の染みたボロ布の巨大倉庫を築き上げることで同社が社会に押しつけたコストの、何分の一の、さらに何分の一の、そのまた何分の一に過ぎない。

Equifaxが再犯しない理由など、どこにあるだろうか? 政策立案者たちはプライバシーの強化ではなく縮小を求め続け、その結果に対する彼らの無関心ぶりはほとんど滑稽ですらある。

たとえば、元オーストラリア首相のマルコム・ターンブルだ。テック政策について、これまで誰かがどこかで口にしたなかで、疑いなく史上最も愚かな発言をした人物である。在任前も在任中も、そして退任後も変わらず、多くの同輩たちがそうであるように、ターンブルは実用的な暗号を非合法化しようとし、「悪党」をスパイするために、あらゆるデバイスにビル・クリントン流のバックドアを設けるべきだと主張した。オーストラリアの警察が「悪党」をスパイできるようにすれば、悪党がオーストラリア国民をスパイすることも可能になる――それが数学の法則の定めるところだと指摘されると、ターンブルはこう言い返した。「数学の法則は大変結構だが、オーストラリアで適用されるのはオーストラリアの法律だけだ」。

https://www.newscientist.com/article/2140747-laws-of-mathematics-dont-apply-here-says-australian-pm/

ターンブルが例外的な存在なら……笑い飛ばすこともできただろう。暗号を禁止すれば悪党があらゆるものをハッキングできるようになるという科学的に反論の余地のない事実に対して、世界一愚かな切り返しをしたのは確かにターンブルだった。だが、暗号を禁止したがっていたのは彼だけではない。暗号の禁止は、カナダでは現在進行形の政策だ。

https://blog.mozilla.org/netpolicy/2026/10/08/canadas-bill-c-22-threatens-encryption-users-privacy-and-the-security-of-digital-economies

英国でも、それは現行の政策である。

https://pluralistic.net/2023/03/05/theyre-still-trying-to-ban-cryptography/

そしてEUでも。

https://fightchatcontrol.eu

マルコム・ターンブルと、たとえばカナダのマーク・カーニー首相との違いはどこにあるのか。ターンブルは暗号禁止を擁護しようとするほど愚かだった。一方のカーニーは、批判者たちの世間知らずぶりに首を振ってみせるだけで、世界中のサイバー犯罪者を引き寄せ、カナダのデータを隅々までハッキングさせかねない破滅的な提案を淡々と推し進めている。

劣悪なプライバシー政策に関して、政治家たちはこれまでの「実績」に満足する気などさらさらない。民間セクターに我々のデータを無謀に収集・保持するよう促す(あるいは義務づける)新たな手法のニュースが、ほぼ毎週のように飛び込んでくる。そのデータがいずれ流出し、インターネット中にばらまかれるのは確実だというのに。

「年齢確認」法を例に取ろう。「年齢確認」などというものは存在しない。あるのは全員を四六時中監視し、我々のインターネット上のあらゆる活動の記録を(さらに)生み出すことだけだ。

https://pluralistic.net/2026/05/19/shes-dead-of-course/#consensus-hallucination

「プライバシーを保護する」年齢確認などという約束は、どれもこれもデタラメである。

https://pluralistic.net/2025/08/14/bellovin/#wont-someone-think-of-the-cryptographers

今日、子供たちがインターネット上で被害を受けていると考えるなら、彼らのデータがさらに収集され、保存され、流出し、彼らを傷つける武器として使われるようになるなど、容認できるはずもない。

https://pluralistic.net/2026/06/23/destroy-the-village/#to-save-it

アルゴリズムによる操作や、悪意ある者からの標的化から子供たちを守りたいのなら、子供への監視を禁止して、誰も彼らを標的にできないようにすればいいのではないか?

https://made-not-found-by-danah-boyd.ghost.io/no-one-paid-me-to-disagree-with-jonathan-haidt-it-was-teenagers-who-taught-me-that-he-was-wrong

さて、ここで「どうやって監視してはいけない相手を、つまり子供を見分けることができるのか?」と思ったかもしれない。そう、見分けることなどできない。子供を監視しないためには、誰であれ監視させないようにするしかない。

https://pluralistic.net/2023/04/09/how-to-make-a-child-safe-tiktok/

「誰も監視するな」は、オンラインのプライバシーを向上させる見込みが十分にある処方箋だ。ところが政府は、「何ひとつ試してはいないが、もうアイデアが尽きた」という由緒正しき伝統に則り、デジタルプライバシーを悪化させる方法ばかりを見つけ続けている。たとえば、街灯という街灯にFlockのカメラを設置しようといったように。

https://www.eff.org/deeplinks/2026/09/high-crime-lmao-how-cops-are-treating-mass-surveillance-joke

そして英国労働党だ。国の医療記録を研究目的で分析するための、きわめて効果的かつ安全なプライバシー保護型の手法を試験的に導入して成功を収めた後、労働党はそれを恒久化できるかどうかを評価するため、ゴールドエイカー報告書の作成を委託した。

https://pluralistic.net/2024/03/08/the-fire-of-orodruin/#are-we-the-baddies

報告書が完成し、政策立案者たちがそれを咀嚼する時間も十分にあった。そのうえで労働党の選択は……報告書を放り投げ、国の医療データをそっくりPalantirに引き渡すことだった。データの取り扱いを何度も誤り、プライバシーを侵害し続けてきた常習犯に、だ。

https://www.theguardian.com/technology/2026/sep/30/legal-objections-palantir-nhs-platform-handling-data

劣悪なプライバシー政策の最も恐ろしい点を挙げよう。導火線が長いのだ。商業および民間セクターによるデジタル監視の害は、それを許す決定が下されてから何年も、ときには何十年も経ってから現れることがある。

9.11後、公的機関に米国の全住民のデータを収集・統合・保管するよう奨励した決定と、ICEの民族浄化部隊が家々のドアを叩き壊し、人々を強制収容所へと引きずっていけるようになった現状とは、一直線につながっている。同じように、あらゆる社会保障番号の流出に何の手も打たなかった決定と、その後、DOGEのクソガキ犯罪者どもが社会保障データを丸ごと盗み出した事件もまた、一直線につながっているのだ。

https://www.pcmag.com/news/is-your-ssn-in-the-national-public-data-breach-heres-how-to-find-out

だが、こうしたつながりがどれほど明白でも、両者が時間的にも空間的にも大きく隔たっているせいで、政策立案者たちは予見可能なひどい結果を招くひどい決定を下しながら、素知らぬふりを決め込んでいる。社会としての我々には「対象の永続性」、つまり過去の行為と現在の現象とを結びつける能力が欠けているのである。

報道機関は、AIによって引き起こされた壊滅的なデータ流出とハッキング攻撃の「暗黒の10月」を報じた際にも、一世代にわたる政策立案者たちの情報セキュリティへの無関心と敵意には触れもしない。

https://pluralistic.net/2026/09/12/god-in-the-box/#llms-are-fake

政策立案者たちは、政治における永遠のいまから恩恵を受けている。そこでは災厄はただ我々に降りかかるものであり、歴史も前例も原因も存在しない。1つの大きく美しい法案(One Big Beautiful Bill)を覚えているだろうか? この法案の設計者たちは、最悪の害が中間選挙の後に生じるよう仕組んでいた。メディケイドの就労要件や食料支援の制限は12月に始まり、低価格住宅や地方病院への予算削減は1年をかけて段階的に実施されていくことになっている。

https://www.tumblr.com/mostlysignssomeportents/832146932089700352

暗黒の10月の後には、暗黒の11月、暗黒の12月、暗黒の2027年、そして暗黒の2030年代が待ち構えている。政策立案者たちが、自分たちの選んだ「悪党」を攻撃しやすくすることよりも我々の安全を守るほうが大切だと判断するまで、サイバーセキュリティの大惨事は次から次へと我々に降りかかり続けるだろう。

暗黒の11月の予告編をお見せしよう。情報窃取(Infostealer)型マルウェア「Volta」の新種が出現した。AIツールを使い、ハッキングするそばから被害者を晒し上げるのだ。

https://www.wired.com/story/kernel-panic-volta-autodoxer-ai-infostealer-malware

その仕組みはこうだ。あなたのコンピュータがハッキングされ、データが盗まれる。そのデータは、Ticketmaster、Disney、AT&Tなどの漏洩データと統合される。これらの企業は、我々全員について膨大なデータを無謀にも蓄積し、インセキュアに保管したあげく、インターネット上に流出させた。そして流出したデータは、インターネット上で永遠に生き続ける。

Voltaの作成者たちは、LLMに「インテリジェンス・アナリストとして振る舞い、被害者について出典つきの構造化された評価を作成する」よう指示している。これにより犯罪者たちは、搾取して得られる見込みのリターンに基づいて被害者に優先順位をつけられるわけだ。さらにVoltaは、GmailやDoordash、Uber Eatsのプロフィールまで徹底的に漁り、この調書を補強していく。こうして統合されたデータによって、犯罪者があなたに電話やメールをして(あるいはチャットボットにさせて)、さらに多くのデータを差し出すよう騙すことは格段にたやすくなる。

https://pluralistic.net/2024/02/05/cyber-dunning-kruger/#swiss-cheese-security

Voltaはとりわけ若いインターネットユーザに関心を寄せているらしく、「Discord、Telegram、Steam、Robloxのセッション」を狙っている。言うまでもなく、我々の「年齢確認」サービスが若いインターネットユーザに関する膨大かつ詳細で、永久に消えないデータを流出させてしまえば、こうしたAIで強化されたマルウェアははるかに高い精度と効果で子供たちを標的にできるようになるだろう。

AIの能力は、インフォスティーラーを格段に凶悪なものにした。だが、その新たな威力の源泉は、AIの能力が漏洩データによって飛躍的に強化されていることにある。そしてその漏洩データこそ、政策立案者たちと、彼らが生み出したインセンティブに忠実に応えてきた企業とが、何世代にもわたってプライバシーに敵意を向けてきたことの帰結にほかならない。予見可能であり、実際に予見されてもいた帰結だ。

我々は油の染みたボロ布の時代を生きている。何十年にもわたり、我々は公的機関が我々のデータとコンピュータを好き勝手に略奪できるよう、民間セクターにデータを溜め込ませ、セキュリティを弱体化させるという火遊びに興じてきた。そしていま、あらゆるものが燃え盛っているという現実を、繰り返し思い知らされている。

これを正すには長い時間がかかるだろう。それでも、我々にはできる。よりセキュアなシステムを構築することはできる。そもそも企業が我々のデータを収集すること自体を、法的にはるかに厄介にすることもできる。ブラウザ、スマートフォン、コンピュータ、自動車、サーモスタット、スマートスピーカー向けのプライバシーブロッカーの開発を合法化し、後押しすることもできる。データを溜め込むことの真の社会的コストを反映させるべく、情報流出に対して企業版の死刑を科すことだってできる。Flockのカメラを禁止し、DOGEのファシストやICEのならず者たちが使いやすいよう我々のデータをパッケージ化する、9.11後の「フュージョンセンター」を解体することもできる。広く使われているソフトウェアの欠陥を諜報機関が溜め込むことを禁じ、代わりにベンダーが修正できるよう、それらのバグの開示を義務づけることだってできる。

https://en.wikipedia.org/wiki/NOBUS

そして、そのいずれかに取りかかる前にも、できることはある。企業に我々を監視するよう義務づけ、製品に意図的にセキュリティ上の欠陥を組み込ませようとする運動に終止符を打ち、これ以上事態を悪化させるのをとにかくやめさせることだ。

Pluralistic: Autodoxing (02 Nov 2026) – Pluralistic: Daily links from Cory Doctorow

Author: Cory Doctorow / Pluralistic (CC BY 4.0)
Publication Date: September 2, 2026
Translation: heatwave_p2p