以下の文章は、電子フロンティア財団の「Digital Sovereignty: What It Is, What It Could Be」という記事を翻訳したものである。
いまや「デジタル主権」という言葉を、いたるところで耳にするようになった。欧州の当局者は、クラウドインフラやAI、半導体、プラットフォーム規制をめぐる議論でこの言葉を持ち出す。グローバル・マジョリティ諸国の政府は、データや通信インフラに対するコントロールの強化を主張し、自国経済を押し上げる根拠としてこの言葉を用いる。企業は企業で、顧客の情報が国内の管轄下にとどまることを売りにした「ソブリンクラウド」製品を売り込んでいる。だが、デジタル主権はそれ以上の意味を持ちうる。世界中のユーザが、よりレジリエントでオープンなシステムを築き、それを維持するためのスキルとインフラを育てる機会にもなりうるのだ。
デジタル主権に単一の定義は存在しないし、デジタルライツの領域においても、一貫した統一見解があるわけではない。注目度の高まりとは裏腹に、この言葉はもどかしいほど曖昧なままだ。政策立案者、規制当局、市民社会団体などがこの言葉を口にするとき、それぞれがまったく異なる意味を込めていることもある。とはいえ、まずは大まかな定義から入るなら、デジタル主権とは「自らのデジタルな運命をコントロールする能力を持つこと」と言える――もちろん、それが具体的に何を意味するかは、個人の話なのか国家の話なのかによって大きく異なってくる。
まずは、デジタル主権が実際に何を意味するのかについて、共通の理解を築くところから始めよう。本稿の末尾には用語集も用意しておいた。
欧州をはじめ、デジタル主権が政策課題となっている地域では、議論の焦点は依存の低減に置かれている。外国(とりわけ米国)のクラウドインフラ、半導体、プラットフォーム、そして時に政治的思惑への依存である。この懸念は経済的なものであると同時に、地政学的でもある。不可欠なインフラを他国企業が握っていて、それゆえ他の法域の法律に従わざるをえないのだとしたら、その国は自国のデジタルな未来に対して、実際のところどれほどのコントロールを握っていると言えるのか。
とりわけグローバル・マジョリティ諸国では、戦争、制裁、そして進行するインターネットの分断によって、デジタル生活を支える物理的インフラが中立でも無敵でもないことを思い知らされてきた。
地政学的な不安定さが増すなか、政府と市民社会は、デジタル主権がそうしたインフラの強化に役立ちうるのかどうか真剣に検討しなくてはならない。
デジタル主権について語るとき、我々は何について語っているのか?
最近発表された仏独共同文書は、デジタル主権を「ハードウェアを含むデジタル技術を、独立した、自己決定的かつセキュアな方法で、開発、提供、利用、適応、コントロールする能力と力量[capability and capacity]」と定義し、デジタル領域における欧州の行動能力を具体化するための枠組みを提示している。
ドイツをはじめとする一部の政府は、Sovereign Tech Agencyのような取り組みを通じて、主権確立に向けた施策に資金を投じはじめている。同機関は「ドイツおよび欧州の競争力とイノベーション能力を支えるオープンソフトウェア・コンポーネントに、世界規模で投資」しているという。
欧州各地にいるEFFの盟友たちのあいだでも、デジタル主権をめぐる立場はさまざまだ。Open Rights Groupはデジタル主権を「国家が自国のデジタルインフラ、データ、テクノロジーをコントロールできる能力」と定義し、それが「英国の経済安全保障と国家安全保障にとってきわめて重要」だと述べている。
同様に、European Partnership for Democracyは「一握りのビッグテック企業が我々の集団的な運命を決めている」ことに懸念を表明し、EUは「テック企業に対する代替的な所有モデル」を模索し、「その目的と使命を明確に定義」すべきだと主張している。また、我々の友人であるEDRi(EFFも加盟している)は、「欧州のデジタル主権はオープンソースから始まる」と明言する。DI.DAYのように、デジタル主権をユーザがビッグテックへの依存から抜け出す好機ととらえる取り組みもある。
世界の他の地域に目を向けると、デジタル主権をめぐる議論はしばしば異なる様相を帯びる。先住民によるこのテーマの議論は10年以上前から続いており、先住民族が自らのデジタル・エコシステムを統治する固有の権利に焦点を当ててきた。東南アジアでは、デジタル主権への希求がソブリンクラウド産業の成長をもたらしたが、議論は純粋に経済的なものにとどまらない。データがどこに保管されるかという管轄権への懸念こそが、議論の大部分を牽引している。
ラテンアメリカでは、デジタル公共インフラがしばしば議論の重要な論点となっている。アフリカ各地の指導者たちは、この大陸をテクノロジーの一方的な消費者から、自らのデジタルインフラとデータ・エコシステムの設計者へと転換させたいという願いを口にしている。そして中東・北アフリカでは、米国のテック企業――同地域の紛争に関与し、不均衡な検閲(とりわけパレスチナ人の声に対する検閲)を行ってきた企業――への依存に対する懸念が、多くの場合、何よりも優先されることが多い。
ヨルダンを拠点とするシニア研究者のリーム・アルマスリは先日、デジタル主権についてEFFに語ってくれた。彼女はデジタル主権を「人々やコミュニティが、自らのニーズと価値観に資するテクノロジーを選び、コントロールし、利用する能力」と捉えている。その背景には、地域の紛争で米国企業が果たしてきた役割がある。
アルマスリは1月の論考で、市民のデータや通信、ウェブサイトに対する主権と影響力を政府により多く与えることへの懸念が高まっていると指摘し、こう記している。「これは、インターネットやメディアに厳しい検閲を課し、市民のデータを対象にした説明責任なき監視プログラムを運用している国々では、とりわけ憂慮すべき事態だ」
実際、ビッグテックに対する主権強化を推し進めることには利点がある一方で、一部の国家がアクセスの遮断や分断の手段としてデジタル主権を追求するという本質的なリスクもつきまとう。我々はすでに、イランやロシアなどでその実例を目の当たりにしてきた。
だからこそ、イラン人研究者のアザデ・アクバリのように、「米国や中国のテクノロジーへの依存を終わらせる鍵としてデジタル主権を推し進める現在の潮流は、自らの欧州中心主義的なバイアスに無頓着すぎる」と考える人がいるのも当然である。
EFFはどう考えるのか
人々がデジタル主権を手にしている世界では、市民社会は自由に、プライベートに、そして望むなら匿名でコミュニケーションできるはずだ。人々は自分のデータがどこにあり、誰がそれにアクセスできるのかを容易に把握できなければならない。そしてそのデータは、プラットフォーム間、サービス間で簡単に持ち運べるものであるべきだ。
EFFは、デジタル主権を囲われた庭[walled garden]としてではなく、レジリエンスを高め、産業とスキルを育てる機会と捉えている。我々は、政府がデジタル主権の構築において役割を果たすことができるし、果たすべきだと考えている。ただしそれは、すげ替えただけの企業群のもとでデジタル依存の状態を再現するだけのものではなく、ユーザの自律性を中心に据えたものでなければならない。政府は、相互運用性とデータポータビリティの原則に基づいて構築された、フリー/オープンソースのツールやプロジェクトを支援し、自らも利用すべきである。その支援には、フルタイムの開発者、UXデザイナー、コミュニティマネージャーの雇用も含まれるべきである。政府の政策や法律は、ユーザに自らのデータに対するコントロールを与え、誰がそれに合法的にアクセスできるのかを明確に理解できるようにしなければならない。デジタル主権は、不公正な囲い込みや強要的な利用規約、誘導的なデフォルト設定に縛られることなく、デジタル製品やサービスの使い方をユーザ自身が選べる力を育むものでなくてはならない。さらに、より広い意味での公益インターネット――テック大手のような規模やビジネス慣行に頼ることなく、公共財や有益なサービスを提供するウェブの領域――を育むものでもなければならない。
暗号化のバックドアは、ユーザのコントロールを中心に据えたデータ主権のビジョンとは根本的に相容れない。政府は、信頼に足るエンドツーエンド暗号化通信と、保存データに対する強力な暗号化の開発と普及を後押しすべきだ。その支援には、暗号学者を雇用すること、データ最小化を根本的な設計原則として強化された、査読済みの強力な暗号化標準に貢献すること、そして「合法的アクセス」であれ他のいかなる理由であれ、バックドアを義務づける法律の制定を控えることが含まれるべきである。
我々テクノロジストは、自らが望むデジタル主権を実現するために、政府が動くのを待つ必要はない。インターネットは、我々が築いたとおりの姿にできる。我々は、オープンソースで分散型、エンドツーエンド暗号化されたプロジェクトに貢献できる。相互運用性とデータポータビリティを最初から機能として組み込んだ標準をつくることもできる。プロプライエタリなソリューション、ユーザの囲い込み、暗号化バックドアの誘惑に抗うことだってできる。
最後に、デジタル主権はビッグテックの支配への対抗策として語られることが多いが、だからといって民間企業に果たすべき役割がないわけではない。主に米国を拠点とする一握りのテック企業の影響力を、他の地域を拠点とする少数の巨大企業に置き換えたところで意味はない。企業は、オープンソースで分散型のプロトコルの上にプラットフォームやサービスを構築し、エコシステムに貢献することができるし、そうすべきだ。また企業は、ユーザが求めたものを提供するのに厳密に必要な場合を除き、個人データの処理を最小限にとどめるべきであり、その場合も、どのようなデータを収集し、どこに保存し、誰がアクセスできるのかをユーザに明示したオプトイン同意に限るべきである。さらに企業は、相互運用性を確保し、ユーザが自分のデータを携えて簡単に離脱できるような形でツールやプラットフォームを構築しなければならない。こうした慣行の一部は、すでにいくつかの法域で法的に義務づけられている。だが企業は、法律が求める最低限をこなすだけで満足する必要はない。ユーザを尊重し、今すぐデータ主権を支援すべきなのだ。
用語集
以下の用語は、本稿のみならず、デジタル主権をめぐるさまざまな議論を理解するうえで役に立つ。
媒介者責任[Intermediary liability]: オンラインサービスプロバイダ(ISP、ウェブサイト、ソーシャルメディア・プラットフォーム)が、名誉毀損、著作権侵害、違法なヘイトスピーチなど、ユーザによる違法行為に対して負う法的責任。
The stack: (主に)米国を拠点とするテクノロジー提供者への依存を断ち切るために設計された、セキュアでオープンソースの技術的枠組み。欧州発の代替手段に焦点を当てることが多い。データ、インフラ、テクノロジーに対するコントロールを取り戻すために設計された、相互運用可能でベンダー中立的かつ透明性の高いデジタルインフラ群から構成される。
デジタル主権[Digital sovereignty]: 国家、組織、個人としての人々が、自らのデータ、テクノロジー、インフラに対する権限を保持することで、自らのデジタルな運命をコントロールする能力。
データ主権[Data sovereignty]: デジタル情報は、それが物理的に収集、保存、処理される国や地域の法律およびガバナンスの枠組みに従うとする原則。収集する組織の所在地にかかわらず、データは発生元の法域における固有のプライバシー保護と規制に拘束されつづけることを定める。
デジタル・コモンズ[Digital commons]: 知識、ソフトウェア、データなど、コミュニティによって共同で生産、統治、維持され、公共のアクセスに供されることを目的としたオンライン上の共有資源。例としては、Wikipedia、Linuxのようなオープンソースのオペレーティングシステム、Creative Commonsライセンスのコンテンツなどがある。
データポータビリティ/相互運用性[Data portability/interoperability]: 個人データを、構造化された機械可読な形式で、あるサービスプロバイダから別のプロバイダへ、あるいは個人のシステムへと容易に移転できる能力。ユーザが「壁に囲まれた庭」から離れることを可能にし、ベンダーロックインを減らし、ユーザの自律性を高める。
デジタル依存[Digital dependency]: デジタル主権の対義語。国家、組織、個人としての人々が、自らのデータ、テクノロジー、インフラをコントロールすることを通じて、自らのデジタルな運命をコントロールすることができない状態。
分散化[Decentralization]: 中央集権的で、多くの場合米国を拠点とする企業プラットフォームへの依存から脱却し、個人、コミュニティ、国家が自らのデータ、デジタルアイデンティティ、インフラに対するコントロールを保持する、分散型でユーザ中心のインターネットへと移行すること。
エンドツーエンド暗号化(E2EE): 送信者と意図された受信者だけがメッセージやデータにアクセスし、読み、復号できるセキュアな通信プロセス。
公正(Digital Fairness Actにおける意味での): 消費者の選択を歪め、その脆弱性につけ込むような、欺瞞的、操作的、あるいは中毒性のあるデザイン慣行が存在しないこと。
ユーザ主権[User sovereignty]: 個人が自らの個人データ、デジタルアイデンティティ、オンライン上のプライバシーに対して絶対的なコントロールを持つという考え方であり、大規模テクノロジープラットフォームによる権力の集中を拒否する。ユーザの同意、分散化、そしてセキュアで独立したツールを用いて個人データを管理する能力を重視する。
Digital Sovereignty: What It Is, What It Could Be | Electronic Frontier Foundation
Author: Jillian C. York and Eva Galperin / EFF (CC BY 3.0 US)
Publication Date: September 9, 2026
Translation: heatwave_p2p
Material of Header image: EFF (CC BY)