以下の文章は、コリイ・ドクトロウの「Sympathy for the spammer」という記事を翻訳したものである。
どんな詐欺でも、どんなペテンでも、どんなイカサマでも、大勝ちするのは詐欺師をそそのかす連中であって、詐欺師自身ではない。路上で麻薬を売る子供たちは最低賃金以下で働くが、その供給元のラボを所有するご立派なボスは大金を稼ぎだす。スーパーボウルの広告からクソコイン(shitcoin)を買う絶望した「個人投資家」は身ぐるみを剥がされるが、コインを発行するMBAのヤツらは(暗号通貨ではなく、現金で)数百万ドルを荒稼ぎする。
昔からそうだった。カリフォルニアのゴールドラッシュはペテンに過ぎず、西部に向かったほぼすべての人が破産した。よく知られているように、ゴールドラッシュで荒稼ぎしたのは、騙されやすく、絶望した人々に「つるはしとシャベル」を売る人たちだった。リーランド・スタンフォードはそうやって財を成し、優生学(と大学の設立)に注ぎ込んだ。
https://www.hachettebookgroup.com/titles/malcolm-harris/palo-alto/9780316592031/
つまり、あなたを騙そうとする人々は、ほとんどの場合、その人自身も騙されているのだ。マルチ商法(MLM)詐欺を考えてみよう。私の近刊予定の小説『べズル(The Bezzle)』は、チクルの独占企業家ウィリアム・リグリー・ジュニアによって設立されたカタリナ島・アバロンの町で起こった、巧妙で信じがたいファストフードのポンジ・スキームから始まる。
リグリーはファストフードを下品だと感じ、島から禁止した。そのルールは今日まで続いている。『べズル』では、フォレンジック調査官のマーティン・ヘンチが「The Fry Guys」を発見する。それは、本土から密輸したハンバーガーとフライドポテトを急速冷凍し、「アフィリエイトマーケティング」スキームを通じて島民に販売するMLMだ。このスキームの本当の目的は、自分の下で販売する他のアフィリエイトマーケターを勧誘することだった。他のMLMと同様に、販売されるハンバーガーとフライドポテトの価値は、その周りに構築された巨大な金融詐欺の構造に比べればちっぽけなものだ。「ポイント」は現金で売買され、計画の背後にいる強欲な大陸の住人によって島から吸い上げられていた。
「べズル」は、ジョン・ケネス・ガルブレイスが「信頼された詐欺師がお金を横領したことは認識しているが、被害者がまだそれを失ったことを理解していない魔法の期間」を指した言葉だ。どんな詐欺でも、それが露見するまでは誰もが豊かになったと感じる。しかし、実際に大金を稼いでいるのは詐欺師だけだ。カモの富は幻想に過ぎないが、詐欺師がその幻想を長く維持すればするほど、カモはシステムにより多くの実際のお金を注ぎ込んでくれる。
MLMはとにかく醜悪だ。なぜなら、経済的機会から締め出された人々(女性、有色人種、労働者)を標的するからだ。こうした人々は当然、生き残るために社会的つながりに頼っている。互いの子供を世話し、お金を貸し合い、少ししかないものを持たざる人と分け合う。
MLMが武器にするのは、この社会的結束だ。暗号通貨の「起業家」は、友人や家族に「黒人を貧困から救える」と言って勧誘するよう勧めてくる。働く女性なら、「女性が互いに引き上げ合う」機会とシスターフッドに訴えかけて親友を勧誘するよう推奨される。
暗号通貨やレギンス、サプリを買うように勧めてくる「販売員」は、あなたを経済的・社会的に追い詰め、コミュニティの財政を破壊し、頼りにしている相互扶助のサバイバルネットワークを引き裂く略奪的な行為に従事している。だが、そうしたところで彼らが金持ちになれるわけではない。彼らも また 詐欺の被害者なのだ。
https://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract_id=4686468
2000年代初頭、私がまだBoing Boingの編集をしていたとき、これは本当に身近な問題だった。ブログで扱ってほしいリンクを読者が投稿できるフォームが設置していたのだが、そのフォームはスパムで あふれかえっていた。我々はあらゆるスパム対策を試みたが、それでも何百、何千ものスパムが殺到した。
ある晩、ロンドンのベッドで横になり、大量のスパムが次々に届くのを眺めていた。そのどれもが、ラストベルトの小さな会社、何でも屋、芝生の手入れ、雑用など、Boing Boingで扱う内容とは1000万マイルも離れていた。あまりに大量に届くものだから、メールのダウンロードを完了することすらできかったくらいだ。POPセッションがドロップする前に、スプール内のすべてのメールを取得できなかったのだ。メールサーバにsshで接続して、手動で削除しなければならなかった。狂気の沙汰だ。
私はイラ立ちと怒りから、スパムに書かれていた企業の電話番号に電話をかけた。彼らが胡散臭いマーケティングサービスでも雇ってるんじゃないかと思って、問いただそうとしたのだ。
しかし、電話口で聞かされた彼らの説明は、はるかに奇妙なものだった。みな、グローバル化の余波で閉鎖される工場をレイオフされた労働者だったのだ。その解雇パッケージの一環として、雇用主はレイオフされた労働者が自分でビジネスを立ち上げる「コース」を提供し、「再訓練」していたのだった。
この「コース」は、今で言うライズ・アンド・グラインド(起きて働け!)的なハッスルカルチャー詐欺の先駆けだった(繰り返しになるが、本当に儲けられるのはコースを売っている連中だけで、「生徒」たちはコースを修了するころには もっと貧しくなっている)。会社に人生を捧げた後、捨てられる運命にある労働者たちに、自力でビジネスを成功させられると約束していたのだ。
https://pluralistic.net/2023/04/10/declaration-of-interdependence/#solidarity-forever
そうだ、我々にはインターネットがあった! 自分自身のボスになるための新しいチャンスが溢れていた! そしてそのコースには、お手製のチンケなウェブサイト構築サービスが付属していて、高額なドメイン販売ポータルと、新しいビジネスを「数千ものサーチエンジン」に登録するためのフォームが備えられていた。
20年近くも前のことだが、当時でさえ、重要な検索エンジンはGoogleただ一つだった。詐欺師が約束した「数千もの検索エンジン」は、実際にはディレクトリ、インデックス、ブログ、メーリングリストへの登録・投稿フォームに過ぎなかった。投稿を 公開する ディレクトリ、インデックス、ブログ、メーリングリストの数は「ゼロ」か「ほぼゼロ」だった。Boing Boingの誰かが間違ったキーを押して、偶然にもケンタッキーやオハイオの崩壊しつつある脱工業化した郊外の落ち葉掃除サービスについて500ワードのブログ記事を書くなどということは、絶対にありえなかった。
私をスパムの海に溺れさせていた人々は、詐欺師ではなく、詐欺に遭っていた人々 だったのだ。
しかし、これはストーリーの半分に過ぎない。数年後、BoingBoingのフォームがどのようにして一攫千金の大量投稿システムに組み込まれたのかを知った。それはMLMだったのだ! 旧ソ連のコーダーたちは、ダークネットのウェブサイトを通じて仕事を受け、外部の投稿フォームをリバースエンジニアリングしてクソフォームに組み込み、そこから投稿されるごとに雀の涙ほどの報酬を得ていた。賢いコーダーは直接フォームをクラックせず、ビジネスに疎い他のコーダーを勧誘してやらせ、彼らから搾取していた。
詐欺の経済は、このような間接性に依存している。そこでは、詐欺のカモが次の詐欺師になり、有益で生産的で優れた空間を役に立たないガラクタであふれさせる。だが、そうなったところで彼らが潤うことはない。Clarkesworld はどうなったか。この素晴らしいオンラインSFマガジンは、LLMが「書いた」何千もの粗悪な投稿が殺到したことで、ご存知のように停止に追い込まれた。
編集長のニール・クラークがそうした投稿をうっかり採用するなどあり得なかった。どれもひどい出来だったのだ。この「物語」を投稿していたのは、素晴らしい文章を大量に生み出せる「ライフハック」を発見した、鬱屈としたSF作家などではなかった。
彼らは、AIが不労所得、つまりAIによる自己永続的だが非生産的なシステム(AI-based self-licking ice-cream cone)こそが 週4時間労働 生活の鍵だという詐欺に引っかかった詐欺師たちだったのだ。
https://pod.link/1651876897/episode/995c8a778ede17d2d7cff393e5203157
これは典型的な不労所得脳の発想だ。「もっともらしい文章を生成できるボットがある。文章をお金と交換できる場所を探し出し、そこにボットを差し向け、座って賞金を数えよう」。ドラッグでキマりきったMBAロジックだ。人々が対価を支払うものを見つけ、なぜそれに対価が支払われるのかを理解することなく、それに似たものを大量に生成する方法を見つけ、大量に投下する。
詐欺師は「正直者は騙せない」と考え、自分自身を騙すことから始める。しかし、だまされやすい人を予測する要因は、その人の正直さではない。その人の 絶望 だ。路上で麻薬を売る子供、高校時代の友人にレギンスを売るためにDMを必死に送る母親、自分のクソコインに乗ってほしいとせがむ親戚。彼らはみな、システムが自分たちを虐げ、それが日に日に悪化していることに突き動かされているのだ。
彼らは、本当の 金持ちはみんな詐欺を働いていると(正しく)考えている。Amazonが高価で粗悪な商品を検索結果の上位に押し上げる「広告」を売って年間380億ドルを稼いでいるのなら、その「機会」が明らかに略奪的で詐欺的だという理由だけでなぜ不適切だと言われなきゃいけないのか?
https://pluralistic.net/2023/11/29/aethelred-the-unready/#not-one-penny-for-tribute
不労所得への道は、実際には「より愚かな者(greater fool)」への道だ。経済学で、無用のガラクタを法外な値段で買わされた人を指す言葉だ。それは心を腐らせ、コミュニティを原子レベルに分断し、連帯を打ち砕き、シニシズムを生み出す。
https://pluralistic.net/2023/02/24/passive-income/#swiss-cheese-security
botshit(ボットが生み出すクソ)の台頭と隆盛は、この現象と切り離せない。検索結果、ソーシャルメディアのフィード、受信トレイにあるbotshitは、それを送信したクソ投げ屋(enshittifier)に富をもたらすことはない。むしろ、彼らはAIゴールドラッシュの「つるはしとシャベル」を売る連中に騙されているのだ。
それこそが、「自動化による失業」という扇動的な誇大広告がもたらす真のコストだ。ボットがあなたの仕事をこなすにはほど遠いが、あなたのボスがあなたを解雇して まともに仕事をこなせない ボットに置き換えるよう騙されかけてはいるのだ。
https://pluralistic.net/2024/01/11/robots-stole-my-jerb/#computer-says-no
猛烈なスピードでイスの数が減少するイス取りゲーム経済という(正しい)認識によってパニックに陥った、目が血走った「起業家」たちは、AIのリーランド・スタンフォードたちの格好のカモだ。彼らは、ボットが価値を生み出す退屈な作業をすべて自動化してくれると約束して、世代を超えて受け継がれる富(generational wealth)を溜め込んでいる。Amazonマーケットプレイスに「申し訳ありませんが、OpenAIの利用規約に反するため、このリクエストを実行できません」という名前の商品が これまで以上に 並ぶことになるのだろう。
https://www.theverge.com/2024/1/12/24036156/openai-policy-amazon-ai-listings
もちろん、そんな商品を買うヤツなどどこにもいない。だが、AIのつるはしとシャベルを売る連中はそこから多額の富を得る。そして歴史は繰り返す。こうした成り上がりの億万長者どもは、リーランド・スタンフォードの優生学への傾倒を継承している。
https://www.truthdig.com/dig-series/eugenics/
AIスパムは儲からないという事実は、AI企業の運命を左右する。高価値AIアプリケーションのほとんど(自動運転車、放射線分析など)はリスク許容度が低い。たしかにAIツールは、人間の見逃しを警告することで、人間がタスクをより正確に実行するのを助けてくれるかもしれない。だが、そのような用途にAIを用いても、莫大な富が生み出されることはない。労働者のコストを増やすが仕事を改善してくれる(訳注:高コスト低付加価値の)AIに、市場は存在し得ないのである。
https://locusmag.com/2023/12/commentary-cory-doctorow-what-kind-of-bubble-is-ai/
スパムは得難い高価値・低リスクのAIアプリケーションかもしれないと考える人は多い。だが、それは真実ではない。AIスパムの目的は、より良いコンテンツを求めている人のクリックをかすめ取ることだ。そう、SEOだ。検索エンジンに媚びたLLMが書いた2000ワードのオムレツのレシピというゴミを読んで、そのサイトのフィードを購読するヤツなんていやしない。
そして、そのオムレツのレシピは、スパマーに わずか数セント しか生み出さない。彼らはそのセントをドルに変えるために 大量のスパムを ばらまき続けるのだ。スパムを1つ投稿しただけで儲けられるはずもないのだから。もしすべてのスパマーが、クエリの実際の回収コスト(エネルギー、冷却コスト、資本償却、賃金)を負わされることになれば、すべてのAIスパムは(高額の)負債を押しつけるものに変貌するだろう。
ハッスルカルチャーと不労所得は、他人のドルをあなたのダイム(訳注:10セント硬貨)に変えることだ。要はマイナス・サムでしかなく、社会に純損失をもたらすものなのだ。成功したように見える「不労所得」の背後には、その得難い不労所得を約束する(が、実際にはもたらさない)詐欺師がいて、「まだハッスルが足りない!」とカモをなじりながら大儲けしてるんだ。
https://www.ftc.gov/business-guidance/blog/2023/12/blueprint-trouble
(Image: Cryteria, CC BY 3.0, modified)
Pluralistic: Sympathy for the spammer (15 Jan 2024) – Pluralistic: Daily links from Cory Doctorow
Author: Cory Doctorow / Pluralistic (CC BY 4.0)
Publication Date: January 15, 2024
Translation: heatwave_p2p