以下の文章は、コリイ・ドクトロウの「Three more AI psychoses」という記事を翻訳したものである。
「AI精神病[AI psychoses]」は、非常に便利な用語なのだが、近いうちに賢い人々の間ではほぼ確実に使われなくなるだろう。その理由は、a)便利であること、b)関連する現象を表すのに容易に日常語化できること、c)医療問題と隣接していること――そして、人間の健康に関わる比喩はすべて本質的にスティグマを助長するものであり、誰も覚えられず内輪の人間にしか通じないような長ったらしく不格好なフレーズに置き換えるべきだと強く主張する人々が存在するからである。
だからこそ、まだ使えるうちにこの便利な用語を存分に活用して、我々の世界に実在するいくつかの病理について語ることにしよう。
正式には、「AI精神病」とは、チャットボットによって誘発、または少なくとも強化・増幅された妄想を抱く人々のことを指す。AI精神病は、身近な人がそれに囚われたなら憂慮すべき事態であり、とりわけ負傷や死亡につながった極端な事例が多くの報道と世間の注目を集めてきた。
AI精神病は、新たな憂慮すべき現象であると同時に、既存の現象の延長線上にあるものでもある。パラノイア性の妄想は今に始まったことではない。たとえば「モルゲロンズ病」――体内でワイヤーが成長しているという心身症的な思い込みで、患者は皮膚を掻きむしって化膿した傷を作るまでに至る。モルゲロンズは2000年代に出現したが、その名称は17世紀の症例報告に由来する。当時の患者も同様の妄想に苦しんでいた。
https://en.wikipedia.org/wiki/A_Letter_to_a_Friend
モルゲロンズは400年の歴史を持つ現象であると同時に、インターネット時代の病理でもある。どうしてそんなことになるのか。インターネットによって、まばらに分布する特性を持つ人々同士が互いを見つけやすくなったからだ。インターネット時代が、かつては周縁的だった特性を持つ人々の組織化によって特徴づけられるのは、そのためである――良い方向(ジェンダーマイノリティ、#MeTooの連帯)にも、悪い方向(ネオナチの連帯)にも。
モルゲロンズは稀な病だが、もしあなたがそれに苦しんでいるなら、世界中の同じ妄想を抱えるほぼすべての人を見つけ出し、互いの妄想的信念を強化し合い、増幅し合うことは簡単である。
インターネットが強化する妄想はモルゲロンズだけではない。「集団ストーキング妄想」は、陰湿なサディスト集団が歌詞や公共の看板、たまたま耳にした他人の会話に隠されたメッセージを忍ばせているという信念であり、人生を台無しにする極めて破壊的な妄想である。
集団ストーキング妄想も新しいものではなく、モルゲロンズと同様に、その歴史は数世紀前にまで遡る。だがインターネットは、この妄想の患者同士が互いを見つけ、信念を強め合い、助けようとする親族やセラピスト、友人が実は陰謀に加担しているのだという説明を紡ぎ出す手助けをすることで、集団ストーキング妄想を爆発的に増幅させる。その結果、患者たちは懸命に救おうとしてくれる人々からますます孤立し、自傷行為へと駆り立てる人々とますます結びつくようになる。
そこにチャットボットが登場した。昼夜を問わずいつでも迎合的なLLMに簡単にアクセスできるようになると、もはや同じ妄想を抱く人々のフォーラムを探す必要も、苦悩に満ちたメッセージへの返信を待つ必要もなくなる。LLMは常にそこにいて、即座に「イエス・アンド」のインプロ(即興劇)スタイルの応答を返し、あなたをますます深い妄想へと引きずり込んでいく。
https://pluralistic.net/2025/09/17/automating-gang-stalking-delusion/
集団ストーキング妄想やモルゲロンズよりもさらに稀な妄想を、AIが掘り起こしている可能性もある。たとえば、あなたが一過性の妄想的信念に陥りやすい体質だとしよう(たとえば、ここに置いたはずのものが別の場所にあり、なぜそうなったのか全く見当がつかないという経験はおありだろう)。通常であれば、こうした認知の誤作動はつかの間の違和感を伴うものの、すぐに忘れ去られる。しかし、理解できないことをチャットボットに説明してもらう習慣を身につけていれば、チャットボットは「鋭い洞察です」と言って、あなたを内的には整合的だが完全に間違った信念――すなわち妄想――へと導くかもしれない。
『銀河ヒッチハイク・ガイド』を読んだ後には、「42」を頻繁に見かける。あるいは思春期の子供たちと日常的に接していると、「6-7」という数字がしょっちゅう目に飛び込んでくる。そこへ、おべっか使いのおしゃべり屋があなたの肘のそばに座り、こうした偶然の一致を丁寧に拾い上げ、世界に壮大でパラノイア的な物語を投影する二人だけの狂気の推理劇に組み込んでくれる様子を想像してみてほしい。確証となる証拠は一つ一つ丹念に記録され、反証はすべて軽んじられるか無視される。それは全自動のラグジュアリーQAnon――あなたをますます深い狂気へと追い込む、AI駆動の自己増殖型陰謀論である。
これが、もともと「AI精神病」という用語が作られた際に指し示していたものだ。サム・コールが優れた記事「AI精神病を経験している人との話し方」で指摘しているように、メンタルヘルスの専門家たちは「精神病」というレッテルに必ずしも納得していない。
https://www.404media.co/ai-psychosis-help-gemini-chatgpt-claude-chatbot-delusions
ここでの「精神病」は診断ではなく比喩として理解するのが最善であり、すでに述べたように、医療や健康に関わる現象を参照する比喩を根絶することを自らの使命とする、非常に厄介な人々の一大勢力が存在する。だが、こうした比喩は殺しにくい。なぜなら、なじみのない新しい現象を、我々がすでに理解しているものと結びつけるという有益な仕事を果たしているからである。
こうした比喩がスティグマを助長しうるのは事実だが、必ずしもそうなるわけではない。自己免疫疾患を抱える人間として、私はICE(移民・関税執行局)を「抗体が宿主を攻撃し、その生命を脅かす自己免疫疾患」と表現することに不快感を覚えない。「自己免疫疾患」が文字通りの医学的現象と比喩的な政治的現象の両方を指しうることを理解する能力は私にもある。両者を取り違えたことは、一度もない。
「AI精神病」は、まさにそうした非常に有用な比喩の1つであり、それは「AI精神病」がAIにまつわる他の誤った信念を描写するために、さらに比喩的な用法を獲得していることからも明らかだ。今日は、そうした3つのAI精神病――投資家のAI妄想、経営者のAI妄想、そして批判者のAI妄想――と、それぞれの関係について論じたい。
まず投資家の妄想から始めよう。AIは、おなじみの面々――ベンチャーキャピタル、プライベート・ウェルス・ファンド、潤沢な現金準備と低金利バブル期の容易な融資アクセスを持つテック独占企業――による投資プロジェクトとして始まった。こうした連中はデカいロングショット[大穴狙い]のギャンブルを好み、新たな市場を見つけて参入・支配しようという動機が極めて強い。
成長企業が成長し続けなければならないのは、「腫瘍のイデオロギー1訳注:自分自身の宿主を殺すことになったとしても、無限の成長を追求すること」を持っているからではない。成長企業が成長を続けなければならないのは、イデオロギー的な理由ではまったくなく、現実的な理由による。成長企業の株式は「株価収益率」(PER)の高い倍率で取引されるため、他社の買収や主要な人材の採用において、株式を通貨のように使うことができる。
しかし、成長が鈍化すると、投資家はその株式をはるかに低いPERの倍率で再評価する。その結果、(主に株式で報酬を受け取っている)個々の幹部は自らの資産を大幅に減らすだけでなく、クビを切られる。同時に、株価が下落している企業は買い物を株式ではなく現金で支払わなければならなくなり、買収や人材採用による成長も削がれる。企業は自社株をいくらでも発行できる(スプレッドシートにゼロを打ち込むだけでいい)が、現金を手に入れるには、顧客、債権者、あるいは投資家を説得して彼ら自身の金を差し出させるしかない。
https://pluralistic.net/2025/03/06/privacy-last/#exceptionally-american
テック企業は途方もなく巨大な市場シェアを持っている――たとえばGoogleの検索市場における90%のシェアを思い出してほしい。そのため、Googleは15年以上にわたり、他の市場を奪うことで成長を続けると投資家を納得させようと、ますます馬鹿げた策を練り続けてきた。当初、これらの企業は互いの市場を食い合う寸前だと主張していた(GoogleはG+でFacebookを破壊する、Facebookは「動画へのピボット」でYoutubeを同じ目に遭わせる、といった具合に)。
この戦略には実際に利点があった。Facebookの市場の潜在的価値は、推測する必要などなく、Facebookの四半期報告を見るだけでよかった。しかし、欠点は、GoogleがFacebookの市場を吸収できるかという点について、FacebookにはFacebookの意見があり、そうはさせないと力強く主張できたのである。
数年間の混乱を経て、巨大テック企業は投機的な新市場――メタバース、Web3、暗号通貨、ブロックチェーンなど――を通じた成長の売り込みへと切り替えた。投機的な新市場は投機的である。その弱点は市場がどれほどの規模になるか誰にもわからないことだ。しかし、それは同時に強みでもあった。どれほどの規模になるか誰にもわからないなら、非常に大きくなるかもしれないという可能性もまた否定できないのだから。
関心を想像上のものだけに限定することには、もう1つ別の利点がある。想像上のものは存在しないので、発言に反論してくることもなければ、要求を突きつけてくることもない。右派が架空の子供たち(胎児、Wayfairの家具に閉じ込められた子供、存在しないピザ店の地下室にいる子供、性別適合手術を受ける子供)に関心を寄せる様を考えてみよう。彼らにとって、こうした子供たちの擁護は実に都合がよい。なぜなら、現実の子供たち(飢えた子供、ガザのジェノサイドで殺された子供、ICEに親を拉致された子供、マット・ゲーツやドナルド・トランプが性的目的で人身売買した子供、米国国境のケージに入れられた子供、ケアを拒否されて自傷行為や自殺に追い込まれたトランスジェンダーの子供)とは異なり、存在しない子供はあなたに何も求めないし、あなたが本当に自分たちの利益を考えているかどうかについて公に発言することもないからだ。
しかし、AIプロジェクトが車輪を回し続けるためにますます巨額の資金を必要とするにつれ、おなじみの面々は資金を使い果たしつつある。そこでAI詐欺師たちは公開市場での資金調達に目を向けるようになってきている。連中は年金積立を自らの成長ナラティブマシンに投資させ、テクノロジーへの不理解に乗じて金を騙し取ろうとしている。
これは「ビザンティン・プレミアム」と呼ばれている。投資機会があまりにも複雑で奇妙なために投資家が理解できず、騙されやすくなることで付加されるプレミアムのことだ。
https://pluralistic.net/2022/03/13/the-byzantine-premium/
AIは恐るべき経済現象である。人類史上のあらゆるプロジェクトよりも多くの資金を溶かしている――6,000億から7,000億ドル、しかもまだ増え続けており、OpenAIのサム・アルトマンのような輩はさらに数兆ドルを要求している。AIの中核資産――データセンターとGPU――の耐用年数は2〜3年であるが、AI企業の経営者たちは5年で減価償却すると頑なに言い張っている。これは紛れもない会計詐欺であり、企業が被る損失を隠蔽する手法にすぎない。だが、資産の交換時期が2年ごとか、3年ごとか、5年ごとかは実際にはどうでもよい。なぜなら、AI企業をすべて合わせても年間売上は600億ドル以上にはならない(この数字自体、大幅に水増しされている)。年間600億ドルでは、2年でも、3年でも、5年でも、7,000億ドルの損益分岐点に達することはできない。
もっとも、極めて長い赤字期間の末に収益化を達成した、例外的に価値の高い技術もある。たとえば、ウェブそのものだ。しかし、こうした逆転劇にはすべて共通する特徴がある。それは、良好な「ユニットエコノミクス」を持っていたことだ。ウェブの新規ユーザが1人増えるごとに、ウェブ産業の赤字は縮小していった。ユーザがウェブにログインするたびに、業界の収益性は向上した。ウェブ技術の世代が進むごとに、前の世代より利益率が高くなった。
AIはその対極にある。AI企業が獲得するユーザ――有料・無料を問わず――は1人増えるごとにコストがかかる。そのユーザがチャットボットにログインしたりプロンプトを入力したりするたびに、企業はさらに金を失う。ユーザがAI製品を使えば使うほど、その製品の赤字は膨らんでいく。そしてAI技術の世代が進むごとに、前の世代よりも多くの金を失うのである。
AIを良い投資に見せかけるために、AI企業の経営者とその売り子たちは、この現象に何らかの説明をつけるナラティブを捻り出さなければならない。そのナラティブの一部はビザンティン・プレミアムに依存している。「確かに、あなたはAIを理解していない。だが、これほど賢い人々が何千億ドルもAIに投じているのは、大儲けできる確信があるからに決まっているではないか」と。言い換えれば、「これだけ大きな糞の山なら、どこかにポニーが埋まっているはずだ!」というわけだ。
これは見事なナラティブのトリックだ。金を失うことを美徳に変えてしまっている。プロジェクトの潜在的リターンが投入資本の何倍にもなるとカモに信じ込ませてしまえば、金を失えば失うほど、投資は魅力的に見える。
これが第一のAI精神病だ。ユニットエコノミクスが最悪で、損益分岐点はおろか黒字化への道筋もない、可燃性の高いGPUとデータセンターに世界経済を賭けるべきだという考え方である。
投資家のAI精神病は、第二のAI精神病と相互に増幅し合う。つまり、経営者のAI精神病――労働者をクビにして自動化することへの経営者の飽くなき情熱である。
経営者は格好のカモだ。労働者をクビにできるものなら何にでも飛びつく。なにしろ理想の企業とは、アウトプットに無限大の対価を課し(だから市場は独占を愛する)、インプットにゼロを支払う企業なのだから(たとえば「学術出版」)。
つまり、チャットボットがあなたの仕事をこなせないという事実は、AIのセールスマンがあなたのボスを説得して、あなたの仕事をこなせないチャットボットであなたをクビにさせられるという事実ほど重要ではない。経営者たちは人間を欠陥だらけのチャットボットに置き換え続けており、その結果は壊滅的である。Amazonのクラウドサービスのクラッシュがまさにそうだった。
経営者たちは、自分が運転席にいないという自尊心を打ち砕く事実に悩まされている。ボスが出勤しなくても、すべては問題なく回り続ける。労働者全員が休めば、事業は停止する。心の奥底で、経営者は自分が運転席にいるのではなく、後部座席でおもちゃのハンドルを回しているに過ぎないと知っている。AIは、そのおもちゃのハンドルを駆動系に直結させる可能性をちらつかせる。そうなれば、企業の製品は物事を実行する方法を知っている人々に荒唐無稽な計画の実行を頼む必要なく、経営者の想像からダイレクトに世に出ることになる。
https://pluralistic.net/2026/01/05/fisher-price-steering-wheel/#billionaire-solipsism
これは経営者にとって強烈にエロティックな提案であり、天文学的なCEOの報酬が正当化される究極のリビドー的空想――会社で起こるすべてのことが真に、直接的にボスに帰属するという幻想――の具現化だ。チャットボットによってますます深層空想世界に引き込まれる妄想患者のように、自分が労働者の何千倍もの価値があるという経営者の妄想は、チャットボットのセールスマンにとって格好のカモとなる。セールスマンは経営者を妄想のさらに奥深くへと浸らせ、ついには会社全体をその妄想に賭けさせる。
ここで第三の、そして最後の新たなAI精神病に移ろう。批判者のAI精神病――AIはどうしようもなくひどいテクノロジーだという信念である。これは「クリティハイプ[criti-hype]」の一種に過ぎない。クリティハイプとは、批判者が敵対する企業の誇大宣伝を鵜呑みにし、それを批判として繰り返すことである(アドテク業界の「ドーパミン回路をハッキングして」我々の心をコントロールできるという利己的な主張を信じ、無批判に拡散した人々がどれほどいたか思い出してほしい)。
https://peoples-things.ghost.io/youre-doing-it-wrong-notes-on-criticism-and-technology-hype
AIはふつうのテクノロジーである。それを作った人々も、それが作られた状況も、ふつうだ。その使われ方も悪用のされ方もふつうである。だからといって良いわけではないが、例外的ではない。
https://www.normaltech.ai/p/a-guide-to-understanding-ai-as-normal
AIにおいて例外的なのはテクノロジーではなく、バブルの方だ。AIそのものに、天然資源を異常なまでに貪り、雇用を脅かし、戦争犯罪に加担する特性があるわけではない。いずれもバブルのせいであり、バブルはAIが例外的であってふつうではないという考えに依存している。AIの例外性に関する主張を繰り返し増幅することは、AI企業を助けることになる。資本の流入を維持しバブルを膨らませ続けるために、彼らは例外性に頼っているからだ。
AIはふつうのテクノロジーだ。テクノロジーが好ましくない不道徳な人物や機関によって発明されるのは、ふつうのことである。すべてのテクノロジーがろくでもない人物によって発明されるわけではないが、ろくでもない人物や機関はテクノロジーの歴史において十分に(そしておそらく不釣り合いなほど多く)存在してきた。チャールズ・バベッジは、奴隷農園の労務管理を改善する手段として汎用コンピュータの概念を発明した。
https://logicmag.io/supa-dupa-skies/origin-stories-plantations-computers-and-industrial-control
エイダ・ラブレスは奴隷制度の効率化に興味があったわけではないが、純粋な科学的探究に駆られていたのでもない。彼女が考案したプログラミングは競馬の賭けに役立てるためだった(うまくいかなかったが)。
https://en.wikipedia.org/wiki/Ada_Lovelace
シリコントランジスタの共同発明者ウィリアム・ショックレーは、歴史に残るとんでもないクソ野郎であり、すべての非白人を抹殺することに執念を燃やすあまり、一度も商用製品を出荷できなかった優生学者だった。
https://pluralistic.net/2021/10/24/the-traitorous-eight-and-the-battle-of-germanium-valley/
IBMはアウシュビッツ用のタビュレータを製造した。HPは、誰も引き受けない汚れ仕事のテックプロジェクトを請け負うペンタゴンの御用達業者だった。Unixが世に出たのは、Bell Labsがあまりにも多くの反トラスト法違反を犯したために、自ら製品化することを禁じられたからにすぎない。
AI企業がひどいクソ野郎の創業者を擁していることは、例外的ではない。これらの企業が戦争犯罪に加担していることも、例外的ではない。創業者たちが労働者を窮乏させたがっていることも、例外的ではない。これらの企業が製品について嘘をつき、株式詐欺で世間知らずの投資家を破産させ、資本が階級闘争に勝利するための手段として自らを投資家に売り込むことも、例外的ではない。
だからといってAI企業が善良だということにはならない――ただ例外的ではないというだけだ。そして例外的でないからこそ、他のテクノロジーを律するのと同じ力学がAI企業の製品にも当てはまる。その有用性は、誰が作ったか、どう売られたかではなく、何をするかによって決まる。AI製品の有用性は、人々がそれを使って幸福になれる用途を見出せるかどうかに基づいている――そのテクノロジーを作った人間が善人かどうか、その技術の資金が詐欺的だったかどうか、あるいは他の人々がそのテクノロジーを使って他者を害しているかどうかとは関係がない。
自動化には2つの種類がある。ものをより速く(したがってより安く)作る自動化と、より良いものを作る自動化だ。一般に、資本は自動化を使って生産速度を上げることを好み、労働者は自動化を使って生産物の質を向上させることを好む。
自動はんだ付け機を切望するホビイストを思い浮かべてみよう。そのホビイストは、人間の手では困難な精度を要する基板レベルの修理や改造を行いたいのだ。このホビイストはケンタウロスであり、機械を使って人間の目的を達成している。
次に、同じ機械をずらりと並べた組立ラインに投資する工場経営者を思い浮かべてほしい。この経営者は大量の労働者をクビにし、残った者に穴埋めをさせたいのだ。経営者が達成したいのは企業の目標であり、はんだ付け機を最大限に活用して「資産を搾り取る」ことを望んでいる。ラインの稼働速度は、労働者がついてこられるギリギリの限界に設定される。ライン上の労働者は「逆ケンタウロス」――機械の周辺機器として人間が酷使され、常に持久力の限界ギリギリのペースで働かされるのだ。
逆ケンタウロスは、資本の自動化計画――あらゆるものをより速く、より安く作ること――に囚われている。しかしそれは経営者がもたらす結果であって、テクノロジーがもたらす結果ではない。
テクノロジーが政治的でないと言いたいのではない。テクノロジーに政治が埋め込まれていないと考えるのは愚か者だけだ。だが、テクノロジーの政治性は単純で明白で不変であると断言するなら、それ以上の愚か者だ。
また、労働者がテクノロジーをいつどのように使うかを決められる場合に、常に賢明な判断を下すとも言っていない。自動化はんだ付け機を選ぶホビイストは、ともすれば器用さを磨く機会を逃し、別の実践の場面で活かせたはずの能力を習得できないかもしれない。
とはいえ、そのレベルまで手先の器用さを高めようとすると、やることなすことうまくいかず、意気消沈してすっかり諦めてしまうかもしれない。あなたから見て賢明でない他者の選択にも、あなたの視点からは見えない完全に合理的な説明がありうる。結局のところ、世界は、労働者が自分の仕事のどの部分を自動化し、どの部分に力を注ぐかを自ら決められるほうが、よりよい場所となる。
これは極めてふつうのテクノロジーがもたらす状況だ。新しいテクノロジーが、実現すれば破滅的で壮大な目標を掲げるクソッタレによって推進され製品化される一方で、そのテクノロジーに自分やコミュニティに有益な使い方を見出す人々が存在する、という状況である。
AIが例外的にひどいテクノロジーであるという信念(例外的にひどい経済バブルであるという認識とは異なる)は、AI批判者を彼ら独自の馬鹿げた袋小路へと追い込む。
技術的・創造的な仕事に携わる、熟練かつ信頼できる多くの実践者たちが、AIで仕事の一部を自動化するという、極めて合理的でふつうの使い方を見出している。彼らはAIがすべてを永遠に変えてしまい、今にも世界が終わろうとしていると大騒ぎはしない。AIを神やセラピストと取り違えてもいない。
ただAIをプラグインのような、ふつうのテクノロジーとして扱っているのだ。プログラマのツールは何十年にもわたり定期的に有用な自動化プラグインを獲得してきた――構文チェッカー、高度なデバッガ、ワイヤフレーム自動生成ツールなど。私の知人にも思慮深く腕の確かなプログラマが何人かいるが、多くのプログラマにとって、AIはもう1つのプラグインであり、十分に有用だと感じ、控えめながらも熱意を持って受け入れている。
こうした人々の実体験を否定するのは正気の沙汰ではない。彼らはミッションクリティカルなAWSモジュールをバイブコーディングしているわけではない。大規模に技術的負債を生み出しているわけでもない。
https://pluralistic.net/2026/01/06/1000x-liability/#graceful-failure-modes
高度に自動化された実践にもう1つの自動化ツールを追加し、理にかなう場面で使っているだけだ。常に賢明な選択をするとは限らないが、それもまたふつうのことだ。AI以前の自動化ツールにも、ソフトウェア開発でプログラマを間違った方向に導くものはいくらでもあった。ケンタウロスとして構成された腕の確かなプログラマは、どの自動化ツールをどういった状況で信頼すべきかを経験から学び、それに応じて自らを律する。
AIが例外的だ――例外的に邪悪だが、それでも例外的だ――という信念があるからこそ、批判者は、「熟練の労働者が特定の自動化ツールを使うべきかどうか」について自分たちの方が適切な判断できると決めつけ、しかもその判断を当該作業の質ではなく、ツール自体の道徳的性格に基づいて下してしまう。
AIはごくふつうのものである。環境コストを押し上げているのはバブルだ。もしLLMがサンディア国立研究所にある2、3個の大型データセンターだけだったら、それが消費する水やエネルギーに特段目くじらを立てる者はいないだろう。NASAの打ち上げから大型ハドロン衝突型加速器まで、大規模な科学的事業はしばしば膨大な物資とエネルギーを必要とする。バブルこそが、滑稽なほどの規模で限界効用を逓減させ、超大で無駄な重複作業を引き起こしているのだ。
AIブロたちも例外的ではない。AIに7,000億ドル(しかもまだ増え続けている)を溶かした株式詐欺師たちは、投資家の判断力を曇らせるサイバー催眠術師ではない。テック産業のリターンが先細りし始め、投機的な新規事業への熱狂を煽り立てることが生存戦略となって以来、ずっと繰り返されてきた同じ詐欺を働いているだけだ。
だからといって、こうした連中が最低なクソ野郎でないわけではない。あいつらはクソだ。ただ、ふつうのひどいクソ野郎だというだけである。触れるものすべてを洗い流せない罪で穢す大悪魔の地位に祭り上げ、彼らの評判を高めてやる必要はない。サム・アルトマンはレックス・ルーサーではない。ただの詐欺師だ。
このブロたちがただのふつうのバカ野郎だという事実は、彼らのやること全てを罪として扱う必要がないことを意味する。人類の知識の総体をスクレイピングして何か新しいものを作ることは「窃盗」ではない。目的次第で、それはアーカイブにもなりうるし、検索エンジンの構築にもなりうる。
https://pluralistic.net/2023/09/17/how-to-think-about-scraping/
あまりにも多くのAI批判者が、この連中が労働者の生活を破壊したいと豪語する唾棄すべきクズであるという否定しようのない事実から出発して、そこから逆算して「罪」を見つけ出そうとしてきた。罪はこれまでに書かれたすべての書籍に対して数学的分析を行うことにあるのではない。それ自体はむしろすばらしいことだ。かつてアーロン・シュワルツがやったことだ――彼はかつて、出版されたすべての法学論文を取り込み、石油会社からロースクールへの寄付が、地球の破壊の法的責任をビッグオイルに問えない理由を論じる教授たちの論文にどうつながっているかを追跡するために利用した。
AIブロの罪は、出版物を複製したことにあるのではない。行儀の悪いクローラでサーバを叩きまくるのは確かにクソな行為であり、そんなことをする連中はファックだ。だが、もしこの連中がサーバに異常な負荷をかけない行儀の良いスクレイパーを作っていたとしても、批判者たちが「ああ、それならまあいいか」などと言うわけがない。
AIブロたちの罪は、経済を破壊し、地球を荒廃させる株式詐欺を仕掛けていることだ。連中の存在意義は、あらゆる労働者を困窮させ、滅びゆく世界の富の100%を病的に裕福でギロチンに値する少数の富豪へと移転させることにある。プラグインを作ること? それは例外的ではない。ただふつうのことだ。
何かがふつうだからといって、良いということにはならない。太陽に放り込んでやりたいふつうのものはいくらでもある。だが、敵の自己顕示的なナラティブを増幅して、「例外的に邪悪」という意味であれ彼らを例外的だと非難することは、我々の利益にはならない。彼らはふつうのクソ野郎だ。
くたばれ。
(Image: ZeptoBars, CC BY 3.0, modified)
Pluralistic: Three more AI psychoses (12 Mar 2026) – Pluralistic: Daily links from Cory Doctorow
Author: Cory Doctorow / Pluralistic (CC BY 4.0)
Publication Date: March 12, 2026
Translation: heatwave_p2p
- 1訳注:自分自身の宿主を殺すことになったとしても、無限の成長を追求すること