以下の文章は、コリイ・ドクトロウの「Bubbles are REALLY evil」という記事を翻訳したものである。
あらゆる経済バブルは害悪だが、少なくとも一部のバブルは崩壊後に回収可能な生産的残滓を残すことがある一方、灰しか残さないバブルもある。これこそが次の著書『アフターAI時代を生き抜く逆ケンタウロスのためのガイド[The Reverse Centaur’s Guide to Life After AI]』のテーゼでもある。
https://us.macmillan.com/books/9780374621568/thereversecentaursguidetolifeafterai/
歴史的な比較として示唆に富むのが、エンロンとワールドコムの対比だ。両社とも途方もない詐欺であり、どちらのCEOも不正発覚後まもなく死んだ。しかし、両者が残したものはまるで違う。エンロンは「エネルギー取引」によって数十億ドル規模の新たな効率化を実現すると謳いながら、実際にはエネルギー価格をつり上げるために計画的に停電を引き起こしていただけの詐欺だった。残したものは何もない。
いや、正確には皆無というわけではない。エンロンは焼け跡にわずかだが有用な残滓を残した――巨大なメール・リポジトリだ。エンロンが破綻した後、債権者から訴訟を起こされ、同社のOutlookサーバから関連するメールを開示するよう求められた。ところが経営陣は、裁判所が命じた開示に先立って無関係なメールを選別する費用を惜しみ、エンロンの全従業員が送受信したすべてのメールを公開してしまった。従業員や顧客に関する極めてプライベートでセンシティブな個人情報も含めて。
https://en.wikipedia.org/wiki/Enron_Corpus
これが「エンロン・コーパス」と呼ばれるようになり、研究者がパブリックドメインとして利用できる初の大規模メールデータセットとなった。その結果、ソーシャルグラフや自然言語処理、その後コンピュータサイエンスの重要分野や商業アプリケーションとなる無数の研究領域において、ゴールドスタンダードのデータセットとなったのである。
とはいえ、遺産としてはかなりささやかな部類に属するし、しかも功罪こもごもだ。エンロン・コーパスは膨大な数の人々に対する深刻かつ進行形のプライバシー侵害であり、さらにその火付け役となったソーシャルグラフや自然言語の研究の多くが、ろくでもない目的に使われてきたからだ。
一方のワールドコムも巨大な詐欺事件だったが、こちらは数十億ドル相当の光ファイバー回線の発注を捏造し、実際に世界中の道路を掘り返して敷設していた。ワールドコムが破綻しても光ファイバーは地中に残り、今も多くの人に恩恵をもたらしている。バーバンクの私の自宅で上下対称2Gbpsの光ファイバー接続を利用できているのも、AT&Tが旧ワールドコムの光ファイバーを二束三文で買い取ったおかげだ。
エンロンから何か有益なものを見出そうとするなら目を皿にしなければならないが、ワールドコムの生産的残滓は一目瞭然だ――世界の主要都市の地中を走る大量の光ファイバーと管路であり、接続するだけで周辺の人々を21世紀に連れてくることができる。なにしろ光ファイバーは驚異的であり、文字通り銅線やら5GやらStarlinkやらの数千倍も優れている。
https://pluralistic.net/2026/04/07/swisscom/#stacked
エンロンのケン・レイCEOもワールドコムのバーニー・エバースCEOも不正発覚後に実刑判決を受けた。にもかかわらず、バブルは止むこととはなかった。むしろ悪化の一途をたどった。AIは人類史上最大のバブルであり、南海泡沫事件1訳注:1720年にイギリスで起きた、投機熱による株価の暴騰・大暴落とその後の混乱。よりもひどい。
https://en.wikipedia.org/wiki/South_Sea_Company
かつてのバブルと同様に、現代のバブルにも何も残さないものと、何らかの生産的残滓を残すものがある。暗号通貨バブルを例に取ろう。暗号通貨はいずれゼロになる。その後に残るのは、出来の悪いサルのJPEG画像と、それ以上に救いようのないオーストリア学派経済学だけだ。
https://www.web3isgoinggreat.com
エンロンと同じく、目を凝らせば暗号通貨からも何かしらの生産的残滓を見出すことはできる。多くのプログラマーがRustプログラミングや暗号技術の基礎を大幅な補助付きで学ぶ機会を得た。セキュリティの脆弱な今のデジタル世界において、どちらも掛け値なしの善だ。
暗号通貨から生まれた基盤技術の中には、ブロックチェーンなしでも有用なものがある。たとえばMetalabelは、クリエイティブプロジェクトの共同制作者が、プロジェクトの収益配分をDAO的なロジックを従来のドル建て銀行口座に組み込むことで自動化するシステムである。暗号通貨バブルのツールの一部をリサイクルして、暗号通貨抜きで非常に実用的なユーティリティを生み出している。
だが、エンロン・コーパスと同様に、これもささやかな成果にすぎない。世界は暗号通貨からわずか数百万ドル分の価値を生み出すために、数千億ドルをドブに捨ててきたのだ。残りの価値は、一般大衆を騙して貯蓄を手放させたインサイダー詐欺師たちの懐に消えた。
バブル崩壊後の暗号通貨がエンロン的だとすれば、AIはどうか。AIはワールドコム寄りだと私は考えている。結局のところ、AIにできる有用なことはそれなりにあるからだ。それがバブルでなかったなら、AIは「プラグイン」として大いに役立っただろう。もちろん、使う人もいれば使わない人もいる。生産的な使い方もあれば愚かな使い方もある。しかし世界経済を丸ごと賭けたりはしないし、データセンターの冷却のために残り少ない飲料水を浪費したりもしない。
AIバブルが弾けた後には、耐久性のある残滓が数多く残される。データセンターはそっくりそのまま残る。GPUもそこにあり、限界まで酷使して「資産を搾り取る」ことさえしなければ、2〜3年で焼き切れることもない。応用統計学者や熟練のデータラベラーたちが職を求めることになるだろう。そして、ほとんど最適化されていないオープンソースモデルが大量に残る(ユビキタスで万能の勝者総取り型中央集権AIを支配するために他のすべてを上回る投資を約束して資金を調達しているのだから、わざわざオープンソースモデルを効率化してやる必要などあるまい)。
https://pluralistic.net/2025/10/16/post-ai-ai/#productive-residue (邦訳)
2000年代初頭のドットコムバブル崩壊後の状況とよく似ている。一夜にして、perl、Python、HTMLの補助金付き訓練を受けてきた人文系の大卒者たちが、一斉に職探しに走った。サーバは二束三文で大量購入できた(ユーザデータが残ったまま!)。私は「ダイニングセット」として、1脚1000ドル以上の高級オフィスチェアを1脚50ドルで6脚も買った(まだビニールに包まれたまま!)。売り主は、自分の破綻したスタートアップのオフィス前の歩道でそれらを売りさばいていたドットコム起業家だった。彼は一生分の10倍はあるブランドTシャツを20ドルで買わないかと提案してきたが、さすがにそれは断った。
かくしてWeb 2.0が誕生した。突如として、本物を、良いものを作りたい人々がそれを実行できるようになった。熟練の働き手も、ハードウェアも、オフィススペースも驚くほどの安値で手に入り、自己資金やクレジットカードで賄えた。横暴な上司やVCに縛られることなく、自分たちが望むウェブを自力で追求できるようになった。あの熱狂の時代に作られたすべてが良いものだったとは言わないが、たしかに多くの良いものが生まれた。
AIバブル崩壊後のシーンがWeb 2.0に匹敵する恩恵を生み出す未来は、容易に想像できる――バブルを作り出した株式詐欺師たちが約束した幻の巨額利益に惑わされることなく、有用で楽しいことをしたいと願う人々が、自分たちのために、自分たちの手で作り上げるプロジェクトがいくつも生まれていくだろう。
バブル崩壊後のツールの中には、私自身の役に立つものがきっと出てくるだろうし、おそらく20年後の私はそれを使い続けているだろう。ちょうど今日の私が、初期ドットコムバブル崩壊後に生まれたサービスやツールの一部をいまだに使い続けているように。
それでもなお、このバブルは割に合わない。
あらゆるバブルが残す残滓には補助金が注ぎ込まれている。だがその補助金は「根拠なき熱狂」に取り憑かれた資金潤沢な投資家から出ているのではない。詐欺的なバブルを膨らませたインサイダーたちに金を託すよう騙された、一般の個人投資家から出ているのだ。
ワールドコムからエンロンまで、暗号通貨からAIまで、バブルの本質は残滓の有無にあるのではなく、勤労者から詐欺師への富の移転にある。バブルとは、ものを作る人々が苦労して積み立てた虎の子の貯蓄を、ものを盗む人々へと移し替えるシステムだ。
カーター政権の時代以降、労働者は貯蓄を株式市場に注ぎ込むことを強いられてきた。かつての「確定給付型年金」(死ぬまで毎月インフレ調整済みの一定額を保証する制度)が、401(k)をはじめとする「市場連動型年金」(退職後に生き延びられるかどうかは株式の値動きに正しく賭けられたかどうかで決まる制度)に取って代わられたからだ。
https://pluralistic.net/2022/05/29/against-cozy-catastrophies/
どう見たってイカサマなゲームだ。いつだって金融業界のインサイダーは教師や看護師、清掃員のような生産的な労働者よりも株式の賭けがうまいのだから。にもかかわらず、この制度の推進者たちは、労働者はイカサマのカモなどではないと言い続けてきた。しかし株式市場では、ある賭け手の損失が別の賭け手の利益となる。わずか1%に満たない賭け手が市場のほぼすべての利益を刈り取っているKalshiやPolymarketと変わるところはない。
どういうわけか、我々はインデックス連動型ファンドを通じて市場全体に賭けていれば、インサイダーを打ち負かし、老後にドッグフードで飢えをしのいだり子供の世話になったりせずに生き延びられるはずだ、と言われ続けてきた。
https://pluralistic.net/2022/03/17/shareholder-socialism/#asset-manager-capitalism
こうすればポートフォリオが「分散」され、理解も推測もできないリスクから守られる、というのがその建前だった。ところがプライベート・エクイティとAIバブルのおかげで、「市場全体に賭ける」ことが実質的に「AIに賭ける」ことと同義になってしまった。S&P 500の35%は7つのAI企業に集中し、これらの企業は明らかに詐欺的な(ワールドコムを彷彿とさせる)手法で、同じ1000億ドルのIOUを猛スピードで回し合い、全員の口座に同時に入金されているかのように見せかけている。
https://www.fool.com/investing/2025/11/05/ai-growth-stocks-is-there-still-room-to-run
AIバブルが弾ければ、米国株式市場の(少なくとも)35%は蒸発し、AIセールスマンたちの詐欺的な宣伝を信じてAIに将来を賭けるよう仕向けられた一般の貯蓄者たちは壊滅する。一生懸命に働き、ささやかな贅沢も我慢して老後のために貯蓄してきた無数の人々が、すべてを失うのだ。彼らは社会保障制度に頼らざるを得なくなるが、共和党はその制度を兵糧攻めにして破綻させ、(またしても)「市場連動型」の制度に転換しようと躍起になっている。その制度では、すべてのカードを握るプロのプレーヤーを相手に、株式市場というカジノで強制的にチップを買わされることになる。
https://www.newsweek.com/major-social-security-change-proposed-to-build-wealth-11727844
株式市場の3分の1が消滅すれば、甚大な波及効果が生じる。たとえ米国の労働者の退職金貯蓄額の中央値がわずか955ドルであっても、だ。
https://finance.yahoo.com/news/955-saved-for-retirement-millions-are-in-that-boat-150003868.html
なぜなら、それ以外のすべての人の虎の子の貯蓄を吹き飛ばせば、一世代にわたって消費が冷え込むからだ。医療費を払うために持ち家を売らなければならない退職者は、地元の食堂で朝食をとることも、火曜日の夜に映画を観に行くこともなくなる。孫に素敵な誕生日プレゼントを奮発することも、自分の子供が初めての家を買う手助けをすることもできなくなる。
さらに悪いことに、経済的破局に対して我々の社会が知っている唯一の対処法は(今のところ)過酷な緊縮財政を課すことあり、緊縮財政は有権者をファシストの扇動者へと追いやる。彼らは自身の権力獲得のためにあらゆる苦境をスケープゴートにされた少数者のせいにし、ひとたび権力を握れば、後は手当たり次第に収奪する。
https://pluralistic.net/2026/04/12/always-great/#our-nhs
要するに、AIバブルが生産的残滓を残すという点でより「マシな」種類のバブルであると認識することと、その残滓を生み出す生産的あるいは道義的に許容される手段としてAIバブルを容認することとの間には、天と地ほどの違いがある、ということだ。大惨事から何か有用なものを救い出せると見込むことと、救い出せる量を最大化するために、その大惨事を意図的に引き起こしたり長引かせたりするのは、まったく別の話だ。
このバブルを作り出した詐欺師たちは、一世代の貯蓄者の将来を破壊すべく企んだ犯罪者だ。彼らは怪物だ。そのバブルは一刻も早く弾けさせなければならない。
Pluralistic: Bubbles are REALLY evil (07 May 2026) – Pluralistic: Daily links from Cory Doctorow
Author: Cory Doctorow / Pluralistic (CC BY 4.0)
Publication Date: May 07, 2026
Translation: heatwave_p2p
- 1訳注:1720年にイギリスで起きた、投機熱による株価の暴騰・大暴落とその後の混乱。