以下の文章は、コリイ・ドクトロウの「We bullied HP into a minor act of disenshittification」という記事を翻訳したものである。

メタクソ時代の只中にあって、低品質なメタクソ化の事例は枚挙にいとまがない。だがその中でも、メタクソ化の先駆者として君臨する企業が存在する。それがHPである。
メタクソ化のプレイブックのページは、信じられないほど高価なHPのインクで印刷されている。もし自分でコピーを取ろうものなら、プリンターは5回も停止し、ページ全体を単色で埋め尽くす「キャリブレーション」なる作業(1回あたり10ドル相当のインクを浪費する)を強制してくる。文句があるなら、怒り死ぬまで文句を言い続けろ、というわけだ。
HPは露骨なまでにユーザを軽蔑している。4色すべてのインクカートリッジが装着され、なおかつ使用期限内でなければスキャンすら実行できないプリンター複合機を開発した。50ドルものマゼンタインクが少なくなれば、モノクロ印刷まで停止する。プリンター本体には特別仕様の半分入りカートリッジが付属するが、「キャリブレーション」なる儀式を終えるや否やほぼ空になる。代わりに購入する通常サイズのカートリッジにも罠が仕掛けられている。まだ2割も残っているのに「インク切れ」を告げるのだ。
HPはユーザを巧妙に誘導して、撤回不能なサブスクリプションに加入させる。印刷量に関係なく毎月料金を徴収され、契約枚数を超過すれば、インクが残っていようといまいと印刷できなくなる。このインクサブスクリプションを開始するに当たり、HPは消費者を釣るための餌を用意していた。「ライフタイムサブスクリプション」という甘い誘い文句で、プリンターを使用し続ける限り毎月15ページまで印刷できる定額プランを提供した。ところが数年後、「フリーインク for life」に加入した顧客全員にメールが届いた。月額課金プランへの移行を通告され、嫌ならプリンタを投げ捨ててクソでも喰らえ、というものだった。
https://pluralistic.net/2020/11/06/horrible-products/#inkwars
HPはまた、著作権法を悪用してサードパーティーによるインクカートリッジの再充填や互換品の製造を阻止する先鞭をつけた。ビル・クリントンのデジタルミレニアム著作権法第1201条では、著作物へのアクセス制御を回避する「回避装置」の配布を重罪とした。そこでHPは、カートリッジの「真正性」を確認するため、プリンターとの暗号化通信を必須とする仕様を採用した。これにより、ユーザが自分のプリンターで使うインクを自由に選べるようにするバイパス装置の販売者は、DMCA1201条違反で懲役5年と500ドルの罰金を科される重罪犯となる。
しかし、自然は必ず活路を見出す。ハードウェアハッカーたちは、HPプリンターカートリッジのための驚くほど巧妙なバイパス装置を開発してきた。紙のように薄く、柔軟で、接着剤付きの回路基板を作り出し、これをサードパーティー製カートリッジに巻き付けて、回収したHPのセキュリティチップとプリンター間の通信を傍受する手法などが代表例だ。
https://pluralistic.net/2024/09/30/life-finds-a-way/#ink-stained-wretches
だがHPも黙ってはいない。卑劣な手段で反撃してくる。たとえば、サードパーティー製カートリッジの互換性を破壊する「セキュリティアップデート」を定期的に配信する。しかも、ユーザがこの偽装アップデートを見破って阻止できないよう、インストールから数カ月間は休眠状態を保つよう設計されている。全員が「OK」をクリックするのを待ち、その後、これらの「洗脳されたプリンター」が一斉に目覚めて、インクの使用を拒否することでユーザを裏切るのだ。
こうした施策の数々により、HPは容赦なくインク価格を引き上げ続けた結果、現在では許可証なしで一般人が購入できる液体の中で最高額となっている。1ガロンあたり1万ドル以上という価格は、買い物リストを印刷するのに、ケンタッキーダービー優勝馬の精液よりも高価な着色水を使っているということを意味する。
HPはメタクソ化を体現する象徴的存在であり、同時にメタクソ化パンデミックのゼロ号患者でもある。
https://pluralistic.net/2021/02/18/ink-stained-wretches/#hache-pe
HPのメタクソ化への衝動は制御不能なまでに暴走している。自社の利益を追求するため、顧客の不利益となる方策を執拗に模索し続ける。先週、彼らは自社の基準からしても驚愕の策を打ち出した。カスタマーサービスへの電話に対し、担当者が待機していても強制的に15分間待たせる方針を発表したのである。
https://www.theregister.com/2025/02/20/hp_deliberately_adds_15_minutes
この強制待機の間、顧客はHPのウェブサイトと粗悪なチャットボットで問題解決するよう、録音音声で延々と要求される。競争市場であれば、企業は製品の品質向上でカスタマーサービスのコストを抑制するはずだ。しかしプリンター市場のような独占市場では、製品に意図的に苛立たしい機能を仕込み、怒り心頭の顧客をカスタマーサポートに追いやり、存在しないドライバや架空のトラブル対処法を捏造する暴走チャットボットに押しつけることができる。
これを見て私は思った。さすがはHP、恥知らずの極みだと。
とはいえ、彼らも完全に恥を捨て去ったわけではなかったようだ。ポール・クーネルトがThe Registerで記事を公開してからたった1日で、HPは「フィードバック」(「激しい怒り」を言い換えるための企業用語)を受けて方針撤回を表明した。
https://www.theregister.com/2025/02/21/hp_ditches_15_minute_wait_time_call_centers
これはメタクソ化に抗う勢力にとって稀有な勝利であり、特筆に値する。このマンジョーネ的な時代にあって、企業は実際に、多少なりとも卑劣さと残虐性を抑制するよう強要できることが証明された。しかも、この出来事が英国で起きたことは興味深い。キア・スターマー首相が競争規制当局のトップを解任してAmazon UK元責任者に置き換え、テック企業による英国民への収奪を野放しにした時期だというのに。
https://pluralistic.net/2025/01/22/autocrats-of-trade/#dingo-babysitter
この堕落の時代にあっても、奴らを追い詰めることは可能なのだ。Sonosがスマートスピーカーをメタクソ化した際は、CEOを更迭に追い込んだ。
https://www.theverge.com/2025/1/13/24342179/sonos-ceo-patrick-spence-resignation-reason-app
Unityが世界中のゲーム開発者から搾取しようとした際は、経営陣を総入れ替えに追い込んだ。
https://venturebeat.com/games/john-riccitiello-steps-down-as-ceo-of-unity-after-pricing-battle/
勝てない戦いもある。メタクソ化推進者たちは勝利を重ね、5億人のユーザを不幸に陥れながらも金を稼ぎ続ける(スティーブ・ハフマン、覚えておけよ――我々の記憶は長いぞ)。
https://en.wikipedia.org/wiki/2023_Reddit_API_controversy
しかし、HPの経営陣という異常者たちをメタクソ化計画から撤退させることができた。毎回挑戦する価値はある。
Pluralistic: We bullied HP into a minor act of disenshittification (22 Feb 2025) – Pluralistic: Daily links from Cory Doctorow
Author: Cory Doctorow / Pluralistic (CC BY 4.0)
Publication Date: April 12, 2025
Translation: heatwave_p2p