以下の文章は、2022年4月30日付のコリイ・ドクトロウの「Disney’s writer wage theft, a year on」という記事を翻訳したものである。
2020年11月、全米SF・ファンタジー作家協会(SFWA)が衝撃的な告発を行った。ディズニーが、愛すべき作家アラン・ディーン・フォスター(スターウォーズの大ベストセラー・ノベライズの著者)に対し、支払うべき印税を今後一切支払わないと通告していたというのである。
https://pluralistic.net/2020/11/19/disneymustpay/#disneymustpay
ディズニーの言い分はこうだ。フォスターの契約――スターウォーズの書籍に対する創造的労働への報酬を保証するもので、この本は映画の完成前に執筆され、最終的な映画に多くの要素が盛り込まれ、土台ともなった――は、ルーカスフィルムとの間で交わされたものであり、ディズニーとではない。ディズニーはルーカスフィルムを買収した際、その資産(フォスターの本を継続出版する権利を含む)だけを取得したのであって、負債(フォスターへの印税支払い義務を含む)は引き継いでいない、と主張したのである。
契約法の専門用語では、これはtu stupri cognati mihi(「ふざけてんのか」の意)と呼ばれる(嘘だ。でもそうあるべきだ)。実のところ、この「我々は資産だけを取得し、負債は取得していない」という主張は、ディズニーに搾取された労働者たちが裁判で闘う余裕なんてないだろうという見込みの上に成り立っている。
そこでSFWAの出番となった。協会には、高齢で、がんを患い、病身の妻を介護中のフォスターの代わりに声を上げるリソースがあった。SFWAは #DisneyMustPayキャンペーンを立ち上げ、何十億ドルもの利益をもたらしたクリエイティブワーカーへの義務をディズニーに果たすよう求めた。
このキャンペーンはたちまち多くの支持を集め、とりわけ、クリエイティブワーカーたちから多数の賛同が寄せられた。資産は引き継ぐが負債は引き継がないというディズニーの理論が通れば、誰一人として安全ではいられないと理解していたからだ。レーベル、スタジオ、出版社との契約を問わず、印税に基づくいかなる契約であっても、デラウエアやネバダやサウスダコタのような企業犯罪天国に番号付きLLCを設立して資産を移転してしまえば、いくらでもひっくり返せてしまう。一方、負債は別の番号付き会社に残され、その会社は用済みになれば負債ごと切り捨てられるようになる。
キャンペーンの勢いが増し、さらに多くの作家が声を上げるにつれ、ディズニーの賃金泥棒の全貌が明らかになった。アラン・ディーン・フォスターの件は例外的な事例ではなく、多数の作家に対するの組織的搾取の一例にすぎなかった。その背景にはディズニーによる買収の嵐があった。ルーカスフィルム、フォックス、ピクサーをはじめとするメディア企業との合併を経て、ディズニーはこれらすべての企業合併において、文学的資産(出版する権利)だけが移転され、義務(著者への支払い)は移転されなかったという立場を取ったのである。
https://pluralistic.net/2021/04/29/writers-must-be-paid/#pay-the-writer
SFWAが組織的賃金泥棒を暴いた続報を公開してから1年が経つ。その記念日を前に、SFWAは最新の報告を公開した。
https://www.writersmustbepaid.org
報告によれば、ディズニーは最も注目度の高い作家たちには未払い分を支払ったものの、SFWAが求めた組織的な精算と交渉には応じようとせず、知名度の低い作家たちは今も正義がなされるのを待ち続けている。
「ディズニーは、マーベル、スターウォーズ、エイリアン、プレデター、Buffy: TVSなどのメディアミックス1訳注:原文は”media tie-in”。映画やテレビシリーズなどの既存作品を原案としたノベライズやコミックなどを指している。作品を執筆した、知名度の低い作家たちへの義務を認めることを依然として拒否している。これらの世界の権利を買い取ったのなら、そのクリエイターたちへの義務も一緒に引き受けたはずだ」
SFWAの#DisneyMustPayタスクフォース(ニール・ゲイマン、テス・ジェリッツェン、リー・ゴールドバーグ、メアリー・ロビネット・コワル、チャック・ウェンディグ)は、ディズニーが報酬未払いの作家たちの作品を増刷・再刊し続けている事実を指摘している。しかも、作家たちには一銭も支払わず、精算報告すら行わず、作品が再刊された旨の通知さえしていない。
実に恥ずべき振る舞いだ。ディズニーが長年にわたって展開してきた「著作権を尊重せよ」という聖戦がいかに空虚かを物語っている。ディズニーが著作権を尊重するのは、それがクリエイターに対する企業の横暴の免罪符となるとき、あるいは、ディズニーが自社の垣根を越えて競合他社や他の業界の行動を支配する手段になるときだけだ。著作権がクリエイティブワーカーの正当な報酬を保障するためのツールとなるとき、ディズニーはパイレート・ベイの挑発や、ナイトマーケットの海賊版DVD売りの無頓着さをはるかに超える侮蔑を示すのである。
著作権が労働者の力を引き出すという話は、常に過大に喧伝されてきた。それを最も声高に叫んできたのが巨大エンターテインメント企業だった。彼らは正しく理解していた――クリエイターに与えられる著作権が大きくなればなるほど、問答無用の契約を押しつけることによって、多くの著作権を収奪できるのだと。著作権がクリエイターにとって無意味なわけではないが、公正な契約法、労働組合の組織化、反トラスト法の執行に取って代わるものでもない。
今年9月、Beacon Pressから『チョークポイント資本主義:ビックテックとビックコンテンツはいかにしてクリエイティブ労働市場を支配したか、いかにしてそれを取り戻せるのか』が出版される。レベッカ・ギブリンと私が、クリエイティブ労働市場がいかに歪められたか、そして著作権の先にある市場の正常化をどう考えるべきかを論じた書籍である。
本書では、ディズニーによるフォスターらの作家からの搾取を取り上げ、その事態に至った法的、経済的、政治的構造を分析している。すなわち、企業の強盗男爵たちを次々と強大にしていった「独占のフライホイール」であり、労働者の取り分を株主に付け替えることを可能にした仕組みだ。さらに重要なのは、この本がすぐに実行可能な政策提言をまるごと一揃い提示していることだ。クリエイター、クリエイターの権利団体、規制当局、立法者に向けた、このフライホイールを逆回転させるための処方箋である。
我々は、ディズニーが反対する著作権の領域にも踏み込んでいる。たとえば、米国著作権法の「終了権」――クリエイターが30年後に著作権を取り戻し、作品を再販したり自ら再刊したりすることを認める権利――がその1つだ。レベッカはこの分野の世界的第一人者であり、終了権に関する最も包括的な研究を共著で発表している。このテーマを論じるのにこれ以上ない適任者だ。
https://pluralistic.net/2021/09/26/take-it-back/
ディズニーは今まさに終了権と闘っている。マーベルのスーパーヒーローを生み出したクリエイターたちの遺族(スタン・リーの遺族を含む)が、マーベルへの著作権譲渡を終了してキャラクターを取り戻そうとしているからだ。
終了権は遺族に限った話ではない。存命のクリエイターにも大きな恩恵をもたらしうる。キャリアの初期にやむにやまれず不当で一方的な契約を結んでしまった人々にとってはなおさらだ。終了権の期間を短縮し、手続きを簡素化すれば、労働者の権利のためのさらに強力な武器にすることができる。
最も愛されている存命のクリエイターたちの中にも、すでに終了権の恩恵を受けている人がいる。スティーヴン・キングやジョージ・R・R・マーティンといった作家は初期の著作を取り戻し、より有利な条件で再契約を結んだ。しかし彼らが取り戻したのは数冊単位[retail]にすぎない。フランシーヌ・パスカル(Sweet Valley High)やアン・マーティン(Babysitters’ Club)はまとめて[wholesale]終了権を行使し、数百冊もの本を一挙に取り戻している。
終了権は本だけのものではない。ジョージ・クリントンは、自身のカタログの著作権を盗んだ悪徳元マネージャーを何年にもわたって法廷で追及した。クリントンは1413作品の著作権譲渡を終了させ、この問題に決着をつけた。
あまりに長い間、クリエイターの権利団体は、正当な報酬の確保にあたって著作権を主要なツールとして重視してきた。しかもそれは著作権の全体ではなく、我々の作品から利益を得ながらも我々への義務からは全力で逃れようとする巨大エンターテインメント企業にとって、最も大きな旨味のある部分に限られてきたのだ。
今日、アーティスト団体は反トラスト法をはじめ、著作権以外の政策にもより深く関与するようになっている。思い出してほしい。ディズニーの賃金泥棒は、露骨に反競争的な一連の合併から始まったのだ。慎重な競争規制当局であれば、一目見て差し止めていたはずの合併だった。
当時、我々には慎重な競争規制当局がいなかった。40年間、企業はレーガン時代の「消費者厚生」理論の恩恵を享受してきた。独占を「効率的」と歓迎し、独占が労働者の賃金に与える影響を考慮の対象から明示的に排除する反トラスト理論である。
ようやく、この愚かな理論が覆されつつある。反トラスト法の革命が進行中であり、リナ・カーン、ティム・ウー、ジョナサン・カンターといった、闘志と知性にあふれる規制当局が先頭に立っている。著作権局とは異なり、司法省(DoJ)と連邦取引委員会(FTC)は、クリエイターがエンターテインメント独占企業の鞭をさらに強めることなく勝利を勝ち取れる場なのだ。
さらに言えば、クリエイターが企業権力と闘うとき、その闘いは孤独なものではない。労働者の権利をめぐる闘争は普遍的なものだ。スターバックスのバリスタから長距離トラックの運転手まで、Amazonの倉庫労働者からニューヨーク・タイムズのテック労働者まで。労働は労働であり、賃金泥棒は賃金泥棒だ。我々は皆、この闘いの中にいる。
Pluralistic: 30 Apr 2022 – Pluralistic: Daily links from Cory Doctorow
Author: Cory Doctorow / Pluralistic (CC BY 4.0)
Publication Date: April 30, 2022
Translation: heatwave_p2p
このコラムは2022年に書かれたもので、当時のバイデン政権下のリナ・カーン率いるFTCへの期待が色濃く滲んでいる。それから4年経った現在のドクトロウは、トランプ政権の反トラスト政策は死んだと評価している。
それはさておき、本稿に書かれているように、SFWAの#DisneyMustPayキャンペーンから1年後には、発端となったアラン・ディーン・フォスターら、スターウォーズ3部作のオリジナル・ノベライズ作家たちの印税問題は解決された。しかし、SFWAが求める「全作家を対象とした精算、連絡窓口の設置、ライセンスページでのFAQ公開」には頑として応じず、より弱い立場の作家への印税の支払いを拒み続けた。
当然ながら、「資産は引き継ぐが負債は引き継がない」というディズニーの荒唐無稽な主張が、法廷で通用するはずもない。裁判を起こせば勝てるじゃないかと思われるかもしれない。
だが、この手の大企業対個人の訴訟においては、リソースに勝る大企業が裁判の手続きをあえて複雑化したり、却下申し立てや異議申し立てを乱発したり、裁判の長期化を図ることで、個人の原告には到底まかないきれないほどに弁護士費用を膨らませようとするのも珍しくはない(あるいは、「名誉毀損」を理由に反訴するなどのSLAPP的手法もある)。
また、司法の場以外でも、世論に不条理を訴えることを阻止する手筈も抜かりない。当初フォスターがディズニーの出版部門に印税未払いについて問い合わせた際、ディズニー側は秘密保持契約(NDA)に署名しなければ話し合いを拒否する、と通告した。フォスターはNDAに署名せず、事実を公表し、SFWAの支援のもとで#DisneyMustPayキャンペーンを展開することができたが、NDAに署名してしまった作家は、世論を味方につけることすらできない。
こうした無理筋な主張は、我々が考える以上に平然と行われている。ディズニーワールドで出された食事にアレルゲンが含まれていたために妻を亡くしたとして、米国の医師がディズニー側の過失を訴えた裁判を覚えているだろうか。
ディズニーは当初、この医師がディズニープラスの無料トライアルに登録したことがあり、さらにディズニー・パークスの公式サイトで入園チケットを購入していたため、彼は「拘束力を有する仲裁および集団訴訟の放棄」の規約に同意しているとして訴訟の棄却を求めた。つまり、この医師は、たとえディズニー側の不手際によって妻を亡くしたのだとしても、ディズニーに対して訴訟を起こす権利はないのだ、と。もちろん、このような主張を司法が認めるかどうかはわからないが、それを本来の訴訟に加えて司法の場で争うこと自体が、原告に著しい負担を強いることをディズニー側はわかっている。
結局、この件は大きく騒がれたことで、ディズニー側が折れ、「同社では何よりも人道的配慮を優先するよう努めており、今回のような特殊な状況では迅速に解決するための繊細なアプローチが必要だと考えたため」に仲裁権を放棄するということになった。いわば、我々の主張は間違ってはいないが特例的にこの件については適用除外にする、という判断を下したことになる2その後、この医師は自発的に訴訟を取り下げた。どうやら非公開の和解に至ったようである。。
ディズニーが際立って邪悪だと言いたいわけではない。企業というもののは、極めて単純な理屈で動いている。それゆえに、状況が許すのであれば、たとえ報いがあろうととも利益がその報いを上回る限り、平気で悪事に手を染める。我々の感覚からすれば許されざる悪事に思えても、彼らにとっては極めて合理的に見えている。
フォスターは#DisneyMustPayキャンペーンの開始にあたり、ミッキーに宛ててオープンレターを公開した。その中で彼はこう述べている。
巨大企業がよくやる手口だよね。要望や問い合わせを無視して、申し立てた側がただ諦めることを、あるいは死んでしまうことを期待する。でも、私はここにいて、キミが私に支払うべきものを受け取る権利を依然として持っている。私がたった1人の作家だという理由だけで無視されない権利だって、その中には含まれている。キミたちは、他にもどれだけのライターやアーティストを同じように無視しているんだい?
- 1訳注:原文は”media tie-in”。映画やテレビシリーズなどの既存作品を原案としたノベライズやコミックなどを指している。
- 2その後、この医師は自発的に訴訟を取り下げた。どうやら非公開の和解に至ったようである。