以下の文章は、Access Nowの「Tackling the “black snakes” undermining digital rights worldwide」という記事を翻訳したものである。

北米の先住民、ラコタ族やダコタ族に伝わる予言がある。「黒蛇」が大地を這い回るとき、彼らやその生活様式、そして環境そのものに破壊をもたらされるという。テクノロジーと先住民の権利が交差する領域で活動する私の目には、この予言が世界のデジタルライツが直面する現代の課題と重なって見える。この認識は、私が3か月余り前にAccess Nowの新しいエグゼクティブディレクターに就任して以来、日に日に鮮明になってきた。
先住民の活動家たちは、環境と人権の問題を精神性や予言の文脈に位置づけることで、生態系、文化、道徳的生存が分かちがたく結びついていることを説いてきた。「黒蛇」の比喩は、気候変動、資源収奪、構造的抑圧といった「現代」の課題に立ち向かうにあたって、先住民の知恵、価値観、精神性がもつ普遍的な力と意義を我々に気づかせてくれる。デジタル・ドリブンな現代社会は、一見すると未来的に映るかもしれない。しかしこの領域もまた、「デジタルの黒蛇」と向き合っている。それは、デジタル時代における人権のセーフガードという我々の使命に対して、広範かつ破壊的な脅威をもたらす外的要因である。これらの脅威に対しては、慎重な適応と対応が求められている。
1. 先細る市民社会のリソース
非営利団体、報道機関、草の根の活動家たちは、世界中で実存的な危機に直面している。サービス提供先のニーズと、それを満たすために使えるリソースとの間の溝は広がる一方だ。より制限された環境の中で活動しながら、草の根組織や社会的弱者からの要求にも応えていかなければならない。運営コストはインフレで押し上げられ、公正な賃金も支払いたい。こうした中、デジタルライツセクターを含む多くの非営利団体は、助成団体による優先順位の見直し、助成金額の削減、資金提供の一時停止などにより、深刻な資金不足に陥っている。採用凍結、プログラムの縮小、人員整理を余儀なくされ、運営そのものの縮小に追い込まれる団体も出てきた。それぞれの使命を持続可能な形で遂行する能力が危機に瀕している。
2. グローバルな支配と搾取の新たな戦場:データコロニアリズム
データコロニアリズムの台頭により、植民地時代の搾取と抑圧がデジタル世界で再現されようとしている。現代においては、個人やコミュニティのデータが支配と搾取の手段となる。Access Nowの活動開始から15年以上が経過し、その間イラン、エジプト、パレスチナ、スーダン、ミャンマーなどでの民主主義は後退を続けた。私の前任者でAccess Nowの共同創設者のブレット・ソロモンが指摘するように、「政府がデジタルテクノロジーを解放の力ではなく、支配の道具として見なしている。デジタルテクノロジーは、監視、弾圧、反体制派の抑圧を劇的に強化した。データコロニアリズムは、搾取と支配のメカニズムとデジタルエコシステムとの融合の末にもたらされている。
歴史的に見れば、植民地支配者は物理的な資源、労働力、知識を搾取してきた。今日では、人間の経験やデータがその目的で流用されている。これを行うのは政府だけでなく、我々の個人生活から利益を得ようとするビッグテック企業でもある。この展開は、すでにリソースが限られている市民社会組織、特にデジタルライツを守り、このような構造的不正義に立ち向かおうとする組織にとって、重大な課題となっている。
3. 後退する人権の擁護
世界各地で、苦心の末に獲得した人権が蝕まれつつある。デジタルライツは、権威主義との闘いにおける重要な戦場ともなっている。デジタルテクノロジーは、支配の道具としてだけでなく、反LGBTQ+法などの差別的な政策を執行するメカニズムとしても機能する。生体認証データベースやAI監視システムといった先進技術により、活動家や個人が差別、不当な摘発、暴力のリスクにさらされるケースが増えている。特にLGBTQ+コミュニティにとって、組織化、権利擁護、つながりのためのライフラインであるはずのデジタルプラットフォームが、ますます敵意に満ちた場と化している。
政府は、オンラインスピーチの犯罪化、草の根組織への規制強化、既存の不平等を助長する抑圧的な政策の復活によって、反体制派への締め付けを強めている。本来包摂と活動の場であるはずのオンラインプラットフォームは、ヘイトスピーチ、デジタルハラスメント、アルゴリズムのバイアスが社会的弱者に不当な害を与える戦場と化した。一方で、訴訟や法的手続きは、反体制派を黙らせ、人権擁護の声を封じ込めることを目的とした「市民参加に対する戦略的訴訟(SLAPP)」の形で乱用されている。デジタル市民空間の縮小は、平等と人権のための幅広い闘いを損ない、活動家や支援者を脆弱で孤立した状態に追い込んでいる。これらの空間を守るには、政府、企業、市民社会による世界的な注目と説明責任がいますぐに不可欠だ。デジタルライツは抽象的な概念ではない――それは世界中の社会的弱者の安全、可視性、進歩の土台なのだ。
4. 深刻化する人権侵害、戦争犯罪、そして高まるジェノサイドの脅威
今、ガザ、ウクライナ、ミャンマー、スーダンなど、世界各地で残虐行為や重大な人権侵害が目撃されている。このような危機においてテクノロジーは二面性を持つ。虐待の記録と支援の動員に役立つ一方で、抑圧的な政権による住民の監視、検閲、抑圧の道具としても使われている。ガザのような実際の戦場では、空爆の標的を定めるためにAIテクノロジーが使用される事態にまで至っている。さらに、デジタルデバイドとインターネット遮断がこれらの危機を悪化させ、グローバルコミュニティの効果的な対応を妨げ、重要な情報の流れを断ち切っている。
5. AIがもたらす新たな脅威
AIの急速な進歩は、機会と重大なリスクの両方をもたらしている。人権に基づく適切な監視と倫理的配慮を欠けば、AIは社会的弱者に対する既存の人間のバイアスを固定化し、大規模な監視を可能にし、透明性も説明責任もないままに重要な意思決定が行われかねない。権威主義政権はAIテクノロジーによって市民への支配を強化し、プライバシーやその他の基本的権利を侵害するだろう。人権を守る責任あるAIの開発と政策の推進は、今や不可欠である。
6. テクノロジーと気候正義
デジタルテクノロジーと気候の関係は複雑だ。環境の変化を監視し、資源利用を最適化し、持続可能な実践を促進するツールを提供する一方で、テック産業はエネルギー集約型のデータセンターを通じて炭素排出に大きく寄与している。現在では、膨大な電力と水を消費して成果を生み出す生成AIシステムの需要増大も、この問題に拍車をかけている。テクノロジーが環境に与える負荷は、その構築に必要な鉱物採掘から廃棄後の電子廃棄物まで、ライフサイクル全体を通じて倍加し、すでに逼迫したエコシステムにさらなる圧力をかけている。進行中の気候危機は、デジタルインフラを混乱させ、接続性と情報へのアクセスにも影響を及ぼしかねない。
我々は、気候変動に起因する混乱へのレジリエンスを高めながら、テクノロジーの環境負荷を軽減する持続可能なソリューションを追求しなければならない。システム全体の変革には、草の根組織と政策立案者の協力関係の強化が不可欠だ。地域の環境知識とデジタルイノベーション、政策提言を結びつけることで、急速に変化する状況の中で、テクノロジーの環境負荷を減らすだけでなく、その恩恵への公平なアクセスを確保するソリューションを生み出すことができる。
抵抗の輪をつなぐ
上述した課題は、どれも単独で扱うことも、取り組むこともできない。例えば、生成AIの爆発的利用は、このテクノロジーの環境負荷を増大させると同時に、日常的なものからディストピア的なものに至るまで、人権侵害を深刻化させている。権威主義政府も民主主義政府も、これらの課題に対する市民社会の抵抗力を奪おうとしている。ここで改めて、先住民の相互接続性の視点に立ち返る必要がある。先住民の活動家にとって、「黒蛇」の比喩は破壊の象徴であると同時に、神聖な空間を守り、抵抗するための結束の呼びかけでもある。デジタルの黒蛇が絡み合い、増殖する中で、我々はこれらの問題とそれが共同体に及ぼす影響の理解に、一層の努力を傾けなければならない。
2025年の幕開けにあたり、我々は全員がこの重要な時期を新たな決意とともに迎え入れる必要がある。真の変革を起こすには、協力、相互支援、共通の取り組みが欠かせない。我々の前に立ちはだかる「黒蛇」は強大だが、それを跳ね返す我々の団結した力もまた、同様に大きい。世界中のすべての人々のデジタルライツを守り、その地平を広げるために、我々は立ち上がることができる。
Digital rights worldwide are being undermined by “black snakes”
Author: Dr. Alejandro Mayoral Baños
Alejandro / Access Now (CC BY 4.0)
Publication Date: 16 January 2025
Translation: heatwave_p2p
Material of Header image: COPPERTIST WU / Markus Spiske, modified