以下の文章は、2025年4月23日付のコリイ・ドクトロウの「Wynn-Williams’s ‘Careless People’」という記事を翻訳したものである。

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サラ・ウィン=ウィリアムズがFacebookのグローバルポリシー責任者として過ごした日々を赤裸々に綴った回顧録『Careless People』を、読む気はさらさらなかった。だがMetaの弁護士がこの本の出版差し止めを企て、著者によるプロモーション活動を禁じる差止命令を勝ち取った。

https://www.npr.org/2025/03/14/nx-s1-5318854/former-meta-executive-barred-from-discussing-criticism-of-the-company

Metaの弁護士には感謝しなければならない。実に素晴らしい本だった! ウィン=ウィリアムズは巧みで生き生きとした筆致の持ち主で、Facebookのもっとも恥ずべき秘密を暴露しているだけでなく、ナレーターとしても抜群にうまい(私はオーディオブックで聴いたが、朗読は彼女が務めている)。

https://libro.fm/audiobooks/9781250403155-careless-people

『Careless People』を読み始める前から、この本が記録しているであろう唾棄すべき振る舞いについて、だいたいの見当はついていた。Facebookのシニア職に就いた友人が何人かいて、彼らは皆「自分なら変えられる」と意気込んで入社した(うち3人はウィン=ウィリアムズの回顧録に実際に登場する)。Facebookという企業がどれほど悪夢のような場所かは、十分に把握していたつもりだった。

だがウィン=ウィリアムズは、Facebook上層部の3人の重要人物と、私の周囲の誰よりもはるかに近い距離にいた。マーク・ザッカーバーグ、シェリル・サンドバーグ、そしてトランプ政権発足後にグローバルポリシー担当副社長に昇進したジョエル・カプラン。この3人に対しては、公の発言や行動から本能的な嫌悪感をすでに抱いていたが、ウィン=ウィリアムズが明かす彼らの私的な振る舞いは、想像を超えて唾棄すべきものだった。たとえばザックは、「カタンの開拓者たち」のようなボードゲームで部下に勝たせてもらっている。負けを受け入れられない駄々っ子なのだ(そしてプライベートジェットで「チケット・トゥ・ライド」をプレイした際、ウィン=ウィリアムズがわざと負けてやらなかったことを「イカサマだ」と非難する)。サンドバーグはといえば、自分の子どもが腎臓を必要とする事態になった場合に備え、メキシコの誰かから腎臓を買う権利をよこせと要求する。

そしてカプラン。この男は途方もなく愚かで下劣な人間で、1つだけ例を選ぶのが難しいほどだが、やってみよう。あるとき、ウィン=ウィリアムズはザックに国連総会で演説する機会を取りつけた。いつものようにザックは登壇前の事前ブリーフィングを拒否する(彼はテキストメッセージ1通より長いブリーフィングノートには目を通そうとしない人物として繰り返し描かれている)。そしてマイクの前に立った彼は、世界中の難民にFacebookがインターネットアクセスを提供するとアドリブで約束してしまう。Facebook社内のさまざまなチームが慌ただしく走り回り、これが実際に進行中のプロジェクトなのかを確認しようとする。ザックがただの口からでまかせだったと判明すると、今度はどうやって実現するかの模索が始まる。ある程度話が進んだところでカプランが横槍を入れ、難民にインターネットを無料で提供するのは良くないと言い出す。代わりに、難民にインターネットアクセスを売るべきだというのだ。Facebook社員たちはこの馬鹿げたプロジェクトに忠実に邁進するが、カプランが「難民にはそもそも金がないことに気づいた」というメールを送りつけて、プロジェクトは頓死する。

ウィン=ウィリアムズがこうした「無頓着な人々」の仲間に加わるまでの経緯は、奇妙だが、実に魅力的だった。若きウィン=ウィリアムズはニュージーランド外交官の末端職員で、在外勤務中にFacebookのグローバルな政治的・社会的可能性に取り憑かれた。Facebookのグローバルチームに採用されるべく――世界各国の政府との渉外戦略を担当するポジションを目指して――猛然と行動を開始する。この就職活動における最大の障壁は、そもそもそのポジションが存在しないことだった。確かにFacebookは米国政府にロビー活動を行っていたが、それ以外の世界、とりわけ各国政府に対しては、途方もなく無関心だった。

だがウィン=ウィリアムズは諦めない。関係がありそうな幹部に面談を求め続け、友人の友人のツテを辿り(Facebook自体がこの目的にきわめて有用だ)、決して引き下がらなかった。そこへクライストチャーチ地震が起きる。ウィン=ウィリアムズは米国にいて、まさに飛行機に乗り込もうとしていた。そのときニュースキャスターの姉から電話がかかってくる。姉は倒壊したビルの中に閉じ込められていて、ニュージーランド国内の誰にも電話がつながらなかった。ウィン=ウィリアムズはフライト中ずっと姉の生死を案じ、姉の無事を知ったのはFacebook上の投稿を通じてだった。

クライストチャーチ地震でFacebookが果たした役割は、ウィン=ウィリアムズのFacebookへの情熱を、宗教的な熱狂に近いものへと変貌させた。彼女はこの仕事を得るために全力を注ぎ、そして見事に採用される。ニュージーランド人としての文化的ギャップや公務員としてのバックグラウンドに起因する、いくつかの滑稽なカルチャーショックを経て、彼女はFacebookに落ち着く。

入社からの数年間は、時にコミカルで、時に恐ろしく、急速かつ不均等に成長する企業の特徴をよく表している。軍事政権によるFacebookの全国的な遮断措置が敷かれたミャンマーに派遣された際には、通信省のゴロツキに拉致・拘留されそうにもなった。ニュージーランドのジョン・キー首相の公式訪問を手配した際には、首相がザッカーバーグとの写真撮影を希望する傍らで、ザッカーバーグは目の前に立っている首相に気づかずに、マヌケな政治家に会えとはどういうつもりだとウィン=ウィリアムズを叱りつけた(結局、写真撮影は行われた)。

1つはっきりしているのは、Facebookはアメリカ以外の国にまるで関心がなかった。ウィン=ウィリアムズはこれを単なる偏狭な自国中心主義に帰している(Facebook上層部は特に顕著だ)が、もう1つ別の力学が働いている。米国は世界で唯一、a)裕福で、b)人口が多く、c)実質的なプライバシー保護法がない国だ。裕福な人々の個人データファイルへのアクセスを広告主に売って儲けるビジネスモデルにとって、米国は世界で最も重要な市場なのだ。

だがやがてFacebookは米国を征服する。米国市場を飽和させただけでなく、潤沢なフリーキャッシュフローと高い株価を武器に、WhatsAppやInstagramのような潜在的なライバルを買収し、米国ユーザがFacebook(サービス)から離れてもFacebook(企業)の囲い込みから逃れられないようにした。

この時点で、Facebook――ザッカーバーグ――は世界に目を向けた。突如として米国外のユーザ獲得が喫緊の課題となり、グローバル市場について一人で熱弁し続けてきた変わり者のウィン=ウィリアムズは、一夜にして社の最優先課題を追求する中核人材へと変貌する。

ウィン=ウィリアムズはこの方針転換の理由をザッカーバーグの性格に求めている。絶えず支配し続けなければ気が済まない、と(だからこそ部下たちはボードゲームで彼に勝たせてやることを学んだ)。これは間違いなく正しい。ザッカーバーグのこの性質は数十年にわたって公の場で示されてきたし、ウィン=ウィリアムズは非公開の場でそれを直に目撃している。

だが私は、この性格上の欠陥に加えて、ウィン=ウィリアムズが言及していない、成長を求める構造的な圧力が存在すると考えている。成長を続ける企業はきわめて高い株価収益率(P/E)を享受する。すなわち投資家は、企業の収益1ドルあたりに対して何ドルもの株式購入費を払う用意がある。収益が似通った2つの企業でも、一方がまだ成長途上であれば、時価総額(発行済み全株式の価値)は大きく異なることがある。

高い株価収益率は、企業が成長し続けるだろうという投資家の賭けを反映し、企業が成長するほどその賭けは大胆になる。これは「成長株」を持つ企業にとって途方もない優位性だ。株式の価値が上がり続ければ、その株式は流動性が高い――つまり、いつでも株を現金で買ってくれる相手が見つかるため、株式を現金のように扱える。しかも成長株は現金よりも優れている。預金は成長が遅いか、まったく成長しない(特に過去15年以上にわたる超低金利の時代は)。一方、成長株は伸び続けるのだ。

さらに素晴らしいのは、成長株を持つ企業は追加の株式を調達するのに何の苦労もないということだ。スプレッドシートにゼロを打ち込めば、新たな株式を生み出せる。これを現金と比べてみよう。Facebookは確かに多額の収入を得ているが、その金は他の誰かがそれを使って初めて入ってくる。Facebookの資金へのアクセスは外部要因――あなたがFacebookに金を送る意思があるかどうか――に制約される。一方、Facebookの株式へのアクセスを制約するのは内部要因――すなわち新株を発行する意思のみである。

つまり、Facebookが何かを買う必要がある場合、売り手が米ドルの代わりにFacebook株を受け入れてくれる可能性がきわめて高い。従業員の採用であれ企業買収であれ、ドルしか持たないライバルよりも好条件を提示できる。なぜなら、そのライバルは追加のドルを誰かに頼まなければならないのに対し、Facebookは自社の株式をオンデマンドで作り出せるからだ。これは圧倒的な競争優位性である。

だがこれは同時に圧倒的な経営リスクでもある。スタインの法則が言うように、「永遠に続けられないことは、いつか止まる」。Facebookは新規ユーザの獲得によって永遠に成長し続けることはできない。いずれ、Facebookアカウントを持ちうるすべての人がアカウントを持つことになる。そうなれば、Facebookは別の収益方法を見つけなければならない。メタクソ化――つまりユーザや顧客から企業自身へと価値を移転させること――もその1つだし、何か新しいもの(メタバースやAIなど)を発明することもできる。だがそれらがうまくいかなければ、成長は終わりを告げ、企業はたちまち著しく過大評価された状態に陥る。株価収益率は、成長株が享受する高い水準から、「成熟」企業が甘受する低い水準へと移行せざるをえなくなる。

そうなれば、売却が遅れた者は莫大な損失を被る。そのため成長株の投資家は、片方の拳を「売り」ボタンの上に構え、成長鈍化の兆候がないか片目を開けて眠っている。成長がFacebookにライバルに打ち勝つ力を与えるだけではない――成長は同時に、大規模で突発的な価値暴落に対する脆弱性ももたらす。さらに、こうした暴落が長引いたり頻発したりすれば、報酬の一部または全部を現金ではなく株式で受け取っていた重要な社員たちが、はるかに多くの現金を要求するか、成長中のライバル企業に移籍するだろう。まさにFacebookが窮地を脱するために必要とする人材たちが去っていくことになる。成長株にとっては、成長指標のわずかな鈍化(さらに悪いことに減少)でさえ、雪だるま式に連鎖する相互増幅的な崩壊を引き起こしうる。

まさに2022年初頭に起こったことだ。Metaが予想をわずかに下回る米国の成長数値を発表すると、市場は一斉に「売り」ボタンを叩き、わずか24時間で企業の時価総額から2,500億ドルが吹き飛んだ。当時、一企業としては人類史上最悪の1日の損失額だった。

https://www.forbes.com/sites/sergeiklebnikov/2022/02/03/facebook-faces-an-existential-moment-after-230-billion-stock-crash

Facebookが米国市場を制覇したことで海外ユーザへの重点シフトが起きたのは、ザックが征服に取り憑かれているからだけではない。Facebookにとって米国での成長鈍化は、大量の株式売却、そしてそれに伴う「社内で自在に刷れる”通貨”でライバル企業や優秀な人材を買収できた時代」の終焉という存亡にかかわるリスクをもたらす。

かくしてFacebookは世界に目を向け、海外の政治情勢に注意を払うべきだというウィン=ウィリアムズの長年の主張が、ようやく上層部に響き始める。だが、その上層部――ザック、サンドバーグ、カプランをはじめとする幹部たち――は「無頓着」だ。ザックは事前説明を拒み、わずかに与えられた情報も忘れ、昼まで起きようとしないせいで重要な会議を台無しにし、機会を次々と潰していく。サンドバーグのダボス訪問は、自己宣伝と「リーン・イン」ブランドの売り込み、そしてつまらない駆け引きへの執着によって台無しになる。カプランはGreen Dayの「American Idiot」を地でいく人物で、外国人が存在するという事実すらほとんど理解できない。

この時期のウィン=ウィリアムズの冒険は実にうまく語られており、戦慄と爆笑が交互に訪れる。ウィン=ウィリアムズが苦労して掴んだ絶好の機会を、Facebook上層部は器の小ささ、近視眼、そして傲慢さ――つまりは「無頓着さ」――ゆえに、勝利の寸前で自ら敗北に変えてしまう。

だが、ウィン=ウィリアムズがFacebookに幻滅した原因は、こうしたフラストレーションの積み重ねではない。彼女が個人としても職業人としても愕然としたのは、この会社のおぞましく、冷酷で、残忍な振る舞いだ。上司であるジョエル・カプランが執拗にセクハラを繰り返し、それを止められる立場にいるすべての人間が「黙って受け入れろ」と告げる様子を、彼女は描いている。ウィン=ウィリアムズが第2子を出産した際、大量出血を起こし、昏睡状態に陥った。のちに、カプランはICUで生死の境をさまよっていた間にメールやテキストに「応答しなかった」ことを理由に、彼女にマイナスの人事評価を下した。これは、母乳育児についてプライベートな質問をしつこく投げかけたり、ベッドからビデオ通話をかけてきたりといった、それ以前の行動からの重大なエスカレーションであった(カプランはサンドバーグの元恋人であり、ウィン=ウィリアムズは別の不気味な出来事も記している。Facebookのジェット機内で、サンドバーグが自分の寝室で隣に寝るよう圧力をかけてきた場面だ。サンドバーグは自分の部下の若い女性たちに日常的にこれを求めていたとウィン=ウィリアムズは述べている)。

一方、ザックはFacebookにとって考えうる最大の成長市場、中国を執拗に追い求めていた。ただ1つの問題は、中国がFacebookを望んでいないことだ。ザックは習近平との面会を実現させようと繰り返し画策し、直接自分で売り込みをしたがった。習近平はこの案にまったく敵意を隠さない。ザックは中国語を学び、習近平の著書を研究し、自分のデスクの上に目立つように1冊置く。やがて彼はディナーの席で習近平の隣に座ることに成功し、次に生まれる子どもの名前をつけてほしいとまで懇願する。習近平はこれを断った。

何年にもわたるしつこい働きかけ、ロビー活動、卑屈な追従の末に、Facebookの中国担当幹部たちは、中国の役人とパイプを持つことに成功する。その人物はFacebookの中国進出の可能性をちらつかせた。Facebookはこの人物にあらゆるものを約束した――中国政府が望むだけの監視と検閲、さらにそれ以上のものを。ところがFacebookの中国側の窓口が汚職で投獄され、一からやり直さなければならなくなった。

この時点でカプランは、ウィン=ウィリアムズを処罰していた。彼女はセクハラを止めさせようと他の人間に働きかけたことへの報復だと見ている。そして彼女の職責を半分に削った。彼は彼女が断固として反対し、絶対に関わらないと拒んでいた中国担当への異動を画策するが、彼女はこれも拒否した。代わりに、中国事業の新責任者の採用担当に回され、結果として中国政府との取引の詳細を記した膨大な書類の山にアクセスできるようになった。

ウィン=ウィリアムズによれば、Facebookは中国政府のために大規模な検閲・監視システムを実際に構築した。中国の諜報機関、警察、軍が中国のFacebookユーザ、さらにはグローバルなFacebookユーザに対して使うためのものだ。世界中のFacebookコンテンツのキャッシュを中国国内に設置し、中国政府がFacebookの全活動を監視できるようにすることを約束した。つまり、プライベートな通信を傍受し、中国以外のユーザのコンテンツまで検閲できるようにするというものだった。

これだけのことをしても、Facebookは中国市場へのアクセスを得られなかった。だが中国政府は、Facebookが構築したツールを利用して、香港と台湾の独立運動、自由な報道、反体制的蜂起を攻撃することはできた

同じ頃、ミャンマーではジェノサイドが醸成されつつあった。NGOや人権活動家たちは繰り返しFacebookに連絡を取り、ムスリム少数民族であるロヒンギャへの憎悪を煽るためにプラットフォームが広範に利用されている事態に注意を払うよう求めていた。Facebookは「Free Basics」(データ通信量の上限から自社サービスを除外するよう通信事業者に金を払うプログラム)の展開に莫大なエネルギーを注ぎ込み、その結果ミャンマーでは「インターネット」と「Facebook」が同義語になっていたにもかかわらず、ミャンマーでの事業運営にはまったく何の注意も払っていなかった。モデレーションスタッフはたった1人のビルマ語話者だけ(後に2人)で、拠点はダブリンにあり、現地時間には勤務していなかった(後にこの2人は、ジェノサイドを計画するミャンマー軍事政権の手先である可能性が高いことが判明する)。

同社はビルマ語のシステム対応への投資も怠っていた。ビルマ文字で書かれた投稿はUnicodeとして保存されないため、自動モデレーションシステムのいずれも解析できなかった。こうしたシステムのアップグレードを求める嘆願にあまりにも敵対的だったため、ウィン=ウィリアムズと一部の同僚は、秘密の非公開Facebookグループを作り、会社の失態とミャンマーで高まる致命的な暴力の潮流を記録していた(ウィン=ウィリアムズが参加していた秘密の反体制的Facebookグループはこれだけではない。同僚や上司からセクハラを受けた女性たちのグループの一員でもあった)。

その後に続くジェノサイドは、計り知れないほど凄惨なものだった。そしてトランプ当選の時と同様、会社の当初の姿勢は、一般従業員に衝撃と恐怖を与えた現実世界の出来事に、自社が重大な役割を果たした可能性などないというものだった。

つまり、この会社は「無頓着」なのだ。ユーザへの差し迫った危害、民主主義への脅威、自社の社員への被害について警告を受けても、トップ幹部たちはまるで意に介さない。警告もその帰結も無視するか、口先だけで対応する。彼らは気にしない。

カプランを見てみよう。難民にドローンでWiFiを届ける事業で各国政府の歓心を買う計画が破綻した後(ドローンは飛ばないし難民には金がない)、彼は別の戦略を思いつく。「政府関係」部門を営業部隊に再編し、有権者を取り込みたい政治家や、独裁国家であれば参政権を奪われた人質同然の市民を操りたい政治家に、政治広告を販売する。これは政府の協力を取り付ける仕組みとしても、Facebookのグローバルポリシー部門をコストセンターからプロフィットセンターに転換する手段としても、大成功を収めた。

だが当然、代償がある。カプランの最良の顧客は、独裁者や独裁者志望、憎悪やジェノサイドの扇動者、亡命や殺害によって反対派を粛清する機会を窺う権威主義者たちだった。

ウィン=ウィリアムズは、Facebookが最悪の人間たちによって運営されており、彼らがまた非常に無頓着であること――無謀で、無関心で、無神経という意味で――を説得力をもって示している。

だが、この優れた回顧録の水面下には、「無頓着」のもう1つの意味が潜んでいる。「傲慢」という意味での「無頓着」――自分たちの行動の帰結を気にしないという意味での「無頓着」だ。

私にとって、これが『Careless People』の最も重要な、しかし最も掘り下げが不十分な教訓だった。ウィン=ウィリアムズがFacebookに入社したとき、彼女は愚か者やソシオパス、漫画的なまでに利己的で最低な人間たちに囲まれている自分に気づく。それにもかかわらず、この人間たちは、彼女が愛し、何億もの人々とともに大切に思うサービスを築き上げていたのだ。

Facebookやその可能性に興奮したのは、間違いではない。会社は無頓着な人間たちに経営されていたが、彼らはかつては慎重だった。失敗の結果が重大であるかのように振る舞っていた。「無謀」という意味では「無頓着」だったが、無謀な衝動に完全に身を委ねたらどうなるかという健全な恐怖(つまり敬意)を抱いているという意味では、「気にかけて」いたのである。

ウィン=ウィリアムズが直接証言する次の10年は、彼らがより無謀になっていく物語ではない。無謀の帰結として受ける報いの可能性が後退し、それとともに帰結に対する配慮も消えていく物語だ。

Facebookは競合企業を買収し、悪行に対する市場の報いから解放された。不満を抱いたFacebookユーザが避難先として向かうInstagramとWhatsAppを買い占めれば、Facebookは競争の規律から――つまり、ユーザにとって不利益なことをすればユーザが逃げ出すという恐怖から――自らを解放できた。

Facebookは規制当局を取り込み、悪行に対する規制の報いから解放された。オバマ、そして世界中の政治家たちの選挙キャンペーンで中心的な役割を果たすことで、Facebookは監視者を嘆願者へと変えた。Facebookに責任を問うよりも、恩恵にあずかるよう仕向けることに成功した。

Facebookは従業員を飼いならし、悪行に対する労働力の報いから解放された。エンジニアの供給が需要に追いつくにつれ、Facebook経営陣は、セクハラ上司の不処分であれ、ジェノサイドや独裁的弾圧への加担であれ、従業員の反乱を恐れる必要がないと悟った。

まず、Facebookは「大きすぎて潰せない[too big to fail]」存在になった。

次に、Facebookは「大きすぎて罰せない[too big to jail]」存在になった。

そしてついに、Facebookは「大きすぎて気にしなくていい[too big to care]」存在になったのだ。

ウィン=ウィリアムズが最終的に解雇される地獄絵図へとFacebookを変貌させたのは、この「無頓着さ」だ――声を上げすぎた末に追い出された彼女が目にしたもの。Facebookの幹部たちが「無頓着」なのは、ツイート1本より長いブリーフィングノートを読むのを拒むから、だけではない。誰を傷つけようが、誰を怒らせようが、誰を破滅させようが気にする必要のない地点に到達したという意味で「無頓着」なのだ。

『Careless People』の終盤に、象徴的なエピソードがある。2017年、リーク情報によって、Facebookの営業担当者が「落ち込んで『自分には価値がない』と感じている」10代の若者にマーケティングできる能力を広告主に売り込んでいたことが明らかになった。

https://arstechnica.com/information-technology/2017/05/facebook-helped-advertisers-target-teens-who-feel-worthless

ウィン=ウィリアムズは――当然ながら――愕然とし、会社の公式回答を見てさらに愕然とする。Facebookは、この機能が開発されていたことを一切知らなかったと否認し、適当な下っ端をスケープゴートとしてクビにすると回答したのだ。ウィン=ウィリアムズは彼らの嘘を知っている。これが通常のサービスであり、広告主に日常的に自慢している機能だと知っているのだ。

だが彼女は、Facebookがこの場面で吐いたもう1つの嘘には触れていない。Facebookは実在するティーンエイジャーの数よりも多くのティーンエイジャーにリーチできると広告主に売り込んでいた。10代が落ち込んでいるか「自分には価値がない」と感じているかを判別できると謳う「感情分析」ツールの有効性を高らかに宣伝していたが、こうしたツールの精度は悪名高いほど低く、コイン投げとほぼ変わらない、一種のデジタル骨相学にすぎなかった。

つまりFacebookは、広告主に何を提供しているかについて公衆に嘘をついていただけではない――広告主にも嘘をついていたのだ。「お金を払っていないなら、あなた自身が商品なのだ」という格言とは裏腹に、Facebookは搾取して逃げおおせる相手は誰であれ「商品」として扱う(他のあらゆるテック独占企業と同じように)。

https://pluralistic.net/2022/11/14/luxury-surveillance/#liar-liar

ウィン=ウィリアムズは、Facebookのトップ幹部たちが嘘をつく場面を数えきれないほど記録している――法廷に対して、議会に対して、国連に対して、報道機関に対して。Facebookは嘘が得になるとき嘘をつく――ただし、それで逃げ切れる場合に限る。落ち込んだ10代をターゲティングするツールについて広告主に嘘をついていた頃には、すでにGoogleと共謀して「Jedi Blue」と呼ばれる違法なツールで広告市場を不正操作していた。

https://en.wikipedia.org/wiki/Jedi_Blue

Facebookの物語は、大きすぎて気にしなくていい存在を目指し、その目標を達成した企業の物語だ。同社の濫用は、市場支配力と正確に軌を一にしている。ユーザを囲い込んでからユーザに対してメタクソ化を行い、広告市場を支配してから広告主を裏切り、メディアを取り込んでからメディア業界を破壊する「動画ピボット」詐欺を敢行した。

https://en.wikipedia.org/wiki/Pivot_to_video

Facebookの「無頓着さ」について重要なのは、それがトップ幹部たちの数々の深刻な人格的欠陥の結果ではなかったということだ。政策的選択の結果なのである。反トラスト法を執行しないという政府の決定、プライバシー法を形骸化させた政策、相互運用可能なライバルを潰すための武器をFacebookに与えたIP法の拡大――こうしたすべてが、Facebookを経営する無頓着な人間たちが気にすることをやめられるような、メタクソ化を促す環境[enshittogenic environment ]を作り出したのだ。

であるならば、政策環境を変えれば、こうした無頓着な人間たち――そして我々が依存する他の企業を経営する彼らの後継者たち――に気にさせることができる。彼らが我々のことを気にかけるようにはならないかもしれない。だが、その無頓着さに身を委ねたら我々が彼らに何をするかを、気にさせることはできる。

Metaは現在、世界的な規制のターゲットとなっている。米国では反トラスト訴訟に直面し、

https://pluralistic.net/2025/04/18/chatty-zucky/#is-you-taking-notes-on-a-criminal-fucking-conspiracy

EUでは力強い法執行の誓約がなされている。

https://www.reuters.com/business/retail-consumer/eu-says-it-will-enforce-digital-rules-irrespective-ceo-location-2025-04-21

マーティン・ルーサー・キング・ジュニアはこう言っている。

法律は人に私を愛させることはできない。だが、私へのリンチを止めさせることはできる。それはとても重要なことだと思う。

Pluralistic: Sarah Wynn-Williams’s ‘Careless People’ (23 Apr 2025) – Pluralistic: Daily links from Cory Doctorow

Author: Cory Doctorow / Pluralistic (CC BY 4.0)
Publication Date: April 23, 2025
Translation: heatwave_p2p
Materials of Header Image: Alessio Jacona (CC BY-SA 2.0) / World Economic Forum (CC BY-NC-SA 2.0) / World Economic Forum (CC BY-NC-SA 4.0) ;modified