以下の文章は、コリイ・ドクトロウの「Don’t Be Evil」という記事を翻訳したものである。

Pluralistic

自分が正式に「老い」の側に来たと悟った瞬間がある。立派な大人が私のもとを訪ねてきて、子どもの頃に読んだ私の本が人生を形づくる助けになったと感謝を伝えてくれる――その体験に戸惑わなくなったときだ。自分にとってはつい10秒前に書いたような本が、目の前のれっきとした大人にとって幼少期の愛読書だったという事実に驚くことなく、その人が自分の道を見つける手助けをできたという深い充足感と、それをわざわざ伝えてくれたことへの深い感謝を、素直に味わえるようになった(ショーン、君もその一人だ――昨夜モントリオールのドローン・アンド・クォータリーで出会えてよかった!)。

老いた今、人生の重要な分岐点をよく振り返るようになった。ノスタルジーではない(「ノスタルジーは有害な衝動である」――J・ホッジマン)。むしろ、自分がどうやってここにたどり着いたのかを解きほぐすためだ(「なんてことだ! 俺は何をしてしまったんだ?」――D・バーン)。そしてまた、世界がなぜこうなったのかを。

何度も立ち返る1つの出来事がある。当時は大したことに思えなかったが、振り返ってみると、今この瞬間について――私自身にとっても、我々が生きるこの世界にとっても――多くを語っているように思える。

1990年代後半、私はOpencolaというドットコム企業を共同設立した。「フリー/オープンな、ピアツーピア検索・推薦システム」を標榜していた。核となるアイデアはこうだ。初期の機械学習技術と、Napster型のP2Pファイル共有、そしてウェブクローラーを組み合わせて、あなたの興味を引くものを見つける手助けをする。仕組みとしては、デスクトップにフォルダを1つ用意し、気に入ったものを入れておく。するとシステムが他のユーザのフォルダやオープンウェブをクロールし、あなたが入れたものと関連がありそうなコンテンツをフォルダにコピーしてくれる。提案に対してサムズアップ/サムズダウンでフィードバックすれば、システムはあなたの好みの理解を徐々に洗練させていく。Napsterとその後継サービスと同様に、自分のコレクションを豊かにしてくれた相手と直接会話することもでき、どんなにマニアックな趣味であっても同好の士とつながることができた。

Opencolaは生き残れなかった。Microsoftが買収を申し出たとき、出資者たちが欲を出し、創業者から株式をすべて奪い取ろうとしたのだ。私は辞めてEFFに移り、共同創業者たちはMicrosoftで非常に良いポジションを得た。会社は税額控除目当てでOpentextに買収され、それでおしまいだった。

(いや、完全におしまいではない――当時のプログラマーたちの何人かがプロジェクトを再始動させている。これは実にすばらしい!)

https://opencola.io

Opencola時代、我々3人の共同創業者は定期的に会議を開き、この極めてクールだが有り体に言って商業性の乏しいアイデアからどうやって収益を上げるかをブレインストーミングしていた。優れたブレスト会議の常として「悪いアイデアはない」というルールがあったため、話が空想的な領域に逸れることもあれば、きわめて邪悪な領域に踏み込むこともあった。

何度も頭に浮かぶのは、そうした邪悪なアイデアの1つだ。収益化のブレスト中、我々はときどき自分たちが開発中の技術を構成要素に分解し、その一部だけでも金になるものはないかを検討した(「誰もやったことのないことを、やらなかった最初の人間になれ」――B・イーノ)。

我々には(現代の基準からすれば原始的な)機械学習システムがあり、ウェブクローラーがあり、初期のウェブがどう動いているかについての鋭い洞察があった。とりわけ注目していたのは、引用分析を用いた新しいLinuxベースの検索ツールだった。このツールは我々の協調フィルタリングの近縁にあたるもので、ウェブの構造に潜む関連性を手がかりにして、当時のウェブで最高の検索結果を叩き出していた。この会社も、我々と同じく収益化の方法がまったく見えていなかったこともあり、その動向を注視していた。その会社はGoogleといった。

ここからが邪悪な話になる。Google上で最も検索される10万語のリストを抽出するのは、おそらく可能だ。次にウェブクローラーを使って、それぞれのキーワードの上位100件の検索結果を取得し、それをベイジアン機械学習ツールに投入し、検索結果の意味構造の統計モデルを構築する。そしてそのモデルに合致する、キーワードごとに数千ページにおよぶワードサラダを生成し、Googleの引用分析モデルを欺く相互リンクを仕込む。そのワードサラダのページに広告を貼り付ければ――ほら、フリーキャッシュフローの出来上がり!

もちろん、実行には移さなかった。だがこのアイデアを練り上げている最中、部屋にはある種の暗い興奮と恐怖が充満していた。我々が特別賢かったわけではない。同じような頭の体操をしている部屋は世の中にいくらでもあったはずだ。違いは、我々がウェブを愛していたことだ。ウェブをこんなふうに意図的に汚染するという発想は、吐き気を伴うものだった。Opencolaの目的は、共通の関心を通じて人と人をつなぐことにあった。我々はGoogleを愛していた。ウェブに書かれた文章のなかから、喜びや知識を与えてくれる書き手を見つけ出す手助けをしてくれるGoogleを。皆がインターネットに投稿しているものを理解する力をGoogleから奪い取ることを狙ったこの種のスパムは……おぞましいものだった。

当時はその言葉を知らなかったが、我々がやっていたのは「レッドチーミング」にほかならない。自分たちが大切にしているものを、攻撃者がどう破壊しうるかを考え抜く作業だ。その後、我々は「ブルーチーミング」も試みた。もし他の誰かが同じ着想を得て実行に移した場合、我々のツールでどう反撃できるかを構想した。

当時は「ブルーチーミング」という言葉も知らなかった。これらの用語を覚えてからは、世界を見通す視界がずいぶんクリアになった。今日、インターネットを愛し、それをよりよいものにしたいと願う仲間を鼓舞するとき、私が頼りにするもう1つの言葉がある。「Tronで目覚めた[Tron-pilled]」だ。Tronは「ユーザのために闘った」。我々テクノロジストの多くはTronで目覚めた。初期の頃、このインターネットというものから金が生まれるかどうかすらわからなかった時代、Tronで目覚めたことこそが関わる理由のほぼすべてだった。もちろん、見知らぬ他人を遠隔から苦しめる機会に飛びついた少数のモンスターもいたが、その数はTronで目覚めたナードたちの軍勢にはまったく敵わなかった。インターネットをもっと良くしたかった。自分たちが味わっているのと同じ楽しさを、ノーミーな友人たちにも味わってほしかったからだ。

ここで言いたいのはこういうことだ。ザッカーバーグやマスク、そして数え切れないほどの詐欺師やペテン師や不気味な連中がウェブ上でやってきたようなおぞましいことを構想する能力を持った人間は、当時も大勢いた。こうしたモンスターたちが持っていたのは天才性ではない――冷酷さだ。我々がインターネットを壊す方法をブレストしたとき、恐怖を感じ、それを守ろうという意志に駆り立てられた。彼らがインターネットを壊す方法をブレストしたとき、売り込み用のスライドをこしらえた。

それでもなお、かつてのウェブは長きにわたり、多くの面で良いものであり続けた。Tronで目覚めた者たちが戦線を維持したからだ。ポスト・アメリカのインターネットという新しき良きものを我々が築くとき、Tronで目覚めたテクノロジストの大群が――老いも若きも――必要になる。それを作り、維持し、そして何より守る者たちが。

Pluralistic: Don’t Be Evil (11 Apr 2026) – Pluralistic: Daily links from Cory Doctorow

Author: Cory Doctorow / Pluralistic (CC BY 4.0)
Publication Date: April 11, 2026
Translation: heatwave_p2p

カテゴリー: Monopoly