以下の文章は、EDRiに掲載されたBits of Freedomの「Belgium wants to ban Signal – a harbinger of European policy to come」という記事を翻訳したものである。
本稿は、オランダ語の記事を翻訳したものである。オランダの視点からベルギーの最新動向を伝えているが、その本質は他の欧州連合加盟国にも同様に当てはまる。
7年ほど前、オランダの裁判所は同国の電気通信データ保存法を無効と判断した。この法律では、通信事業者は我々の通信のメタデータを最大2年間保存することが義務づけられていた。このメタデータには、メッセージや会話の内容ではなく、誰が誰と、いつ、どこから接続して接触したかを示す情報が含まれる。蘭裁判所がこの法律を無効化するのはほぼ必然であった。欧州司法裁判所がそれより前にEUデータ保存指令を無効化しており、そのオランダ版の法律が無効にならないはずもなかった。
すべてが、誰もが、標的に
EUデータ保存指令が無効とされたのは、たとえ具体的な犯罪容疑がなくても、すべての欧州市民のデータの保存をプロバイダに義務づけていたためだ。欧州司法裁判所は、この法律があまりにも広範囲に及び、その必要性も証明されていないことから、欧州人権憲章に違反すると判断した。この有名な判決以降、加盟国は水面下で別の方法論を見出そうとしてきた。つまり、「ターゲットを絞った」データを(誰かに)保存させつつ、できるだけ多くの人のデータを集めるにはどうしたら良いのか、という問題に取り組んできたのだ。
我々の南の隣国も指を加えて見ていたわけではない。先週、ベルギー政府は新たな法律の提案書を発表した。2ヶ国語で書かれていたためでもあるが、それでも800ページを超える長大な提案であった。ベルギー政府の目的は、メタデータの長期保存を再導入することにある。提案では、包括的なデータ保存との批判を避けるべく、「特定の」状況におけるデータの保存のみを要求している。具体的には、国家安全保障上の深刻な脅威がある場合に、データ保存が要求される可能性があるとしている。たとえば、国境を越えたテロ攻撃で容疑者が逃亡しているようなケースでは、あらゆる人のデータを保存させることが可能になる。より具体的な脅威の場合には、地理的空間に基づいてデータを保存させる。たとえば、ある大都市でテロが発生する可能性があるとの情報が得られた場合、その都市と周辺数キロのすべての住人のデータを保存させることができるようになる。欧州がテロ攻撃の脅威に継続的に晒されていること、そして、この提案がより多くの人を巻き込めるように幅広く定義されていることを考えれば、ベルギー国民の大部分がデータを保存されうる状況に置かれることになる。
記録義務
ベルギー政府の提案は、かつてのデータ保存義務を復活させるだけにとどまらず、さらに拡張するものとなっている。「以前」の法律では、プロバイダは収集したデータのみを保存する義務を負っていた。プロバイダが取得していないデータは保存しなくても良かった。手にしていないものをとっておくことなどできるわけもないのだから当然である。たとえば、電話での通話を処理するために、誰が誰に電話をかけたかを記録していた場合、そのデータは保存しておかなければならなかった。一方、電子メールプロバイダが、いつ、誰が、誰にメールを送ったのかを記録していなければ、保存すべきデータはないということになる。だが、ベルギー政府の提案はそれを許さない。たとえプロバイダ自身がデータを記録する必要はないと考えていても、政府に代わってそのデータを記録することが義務づけられるのだ。したがって、ベルギー政府の提案は、データを保存する義務だけでなく、それを記録する義務をも負わせることになる。
Signalの禁止
この提案の影響は広範囲に及ぶことになるだろう。つまり、Signalのような暗号化メッセンジャーが違法化されるかもしれないということだ。ベルギーの著名な暗号学者もこの問題を指摘している(この記事はペイウォールの向こう側で、オランダ語のみ)。Signalの開発者は、(訳註: サービス提供に)本当に必要なデータだけを保存し、それ以上は保存しないという事実を誇りにしている。なぜなら、取得していないデータが漏洩することはありえないためだ。Signalが知っているのは、アカウント作成日と、ユーザの最終接続日だけで、誰が、いつ、誰にメッセージを送ったかは記録していない。だがベルギー政府はSignalにそのデータを記録させるだけでなく、長期間の保存を義務づけようとしている。まさにSignalが意図的に避けてきたことを強制することにほかならない。絶望的な状況だ。
Signalがサービス提供に本当に必要とする以上のデータを記録・保存しないという事実こそが、Signalが称賛される所以である。取得してもいないデータを提出させられることはありえないからこそ、Signalに政府当局からの強い圧力に耐えてくれることを信頼したり、祈る必要はなかったのである。また、Facebook(あるいはMeta)のWhatsAppのように、Signalが突然、我々の行動データを収益化しはじめるかもしれないと心配する必要もなかった。いずれも、ジャーナリストや政治家らがSignalを積極的に利用してきた理由である。ベルギー政府は現在、この安全性を消滅させると脅しているのである。
来たるべき時代の前触れ
「どうせベルギーの話だし、ベルギーの友達もいないから関係ない」と思われるかもしれない。だが、それは近視眼的な見方だ。ベルギーがこのような法律を通せば、他の加盟国もそれに追随するだろう。欧州裁判所が以前のデータ保存義務を無効化して以来、欧州各国政府はどのようなかたちであれば新たなデータ保存義務を導入できるかを模索してきた。彼らの目的は、裁判所によって無効化されず、可能な限りたくさんのデータを収集させる義務を負わせられる法律を作ることにある。現在ベルギーで起こっていることは、欧州全体の政策の前兆である。遅かれ早かれ、オランダを含む全ての加盟国で同様の提案がなされるだろう。
本稿はCeleste Vervoortが(訳注:英語に)翻訳した。
本稿はこちらで最初に公開された。
(寄稿:レジョ・ゼンガー、EDRiメンバー Bits of Freedomポリシーアドバイザー)
Belgium wants to ban Signal – a harbinger of European policy to come – European Digital Rights (EDRi)
Author: Rejo Zenger (Bits of Freedom) / EDRi (CC BY-SA 4.0)
Publication Date: May 23, 2022
Translation: heatwave_p2p