以下の文章は、コリイ・ドクトロウの「Workplace surveillance is coming for you」という記事を翻訳したものである。
テクノロジーを使ってなにかヒドイことをしてやろうとしているなら、金持ちや社会資本が太い連中を最初に狙うのはやめた方がいい。連中はすぐに文句を言うから、計画は失敗に終わる。クソみたいなテクノロジーを成功させたいなら、まずは抑圧しても見向きもされないような人たち(囚人や子ども、移民など)から始めて、最終的に特権階級にまで拡張していけばいい。私はこれを「クソテクノロジー導入曲線」と呼んでいる。
クソテクノロジー導入曲線のポイントは、技術的抑圧を状態化させることにある。つまり、1つのグループに対して一気に行ってしまうことだ。あなたが20年前、まばたき一つしないビデオカメラの視線の中で夕食を食べていたなら、マンモス刑務所に収容されていたに違いない。だが、いまや「ラグジュアリーな監視」のお陰で、GoogleやApple、Amazonの「スマート」カメラを使えば、中流家庭でもマンモス刑務所と同じような体験ができる。こうしたカメラは、刑務所から学校、職場、家庭へと曲線を上昇してきたのである。
コロナ禍は後期資本主義を大きく加速させ、我々の自宅をコスト不要の社宅に変え、「在宅勤務」を「職場住まい」に変えてしまった。ボスウェアという傍流の技術が大ブームを巻き起こし、特権階級に続く階段を駆け上がっていったのである。
ボスウェアの歴史を振り返ると、その期間の大半は、周縁化され、抑圧された労働者を監視するために用いられてきた。たとえば、ほとんどが“黒人”の“女性”が占めるArise社のような職場で、だ(同社は労働者に自分のトレーニング費用を請求し、退職に罰金を科すような会社である)。
だが、ロックダウンによって地位の高いホワイトカラー労働者が在宅勤務になると、彼らの上司は、カメラで監視し、マイクの音に耳をそばだて、キーストロークを記録し、ハードディスクを調べ、テキストメッセージを読み取るなど、とんでもなく侵入的なスパイウェアを導入しだした。
これは20世紀初頭に実践されたテイラー主義、あるいは「科学的管理」の再来であった。かつて、高給取りで無責任なコンサルタントが、白衣やクリップボードで科学者コスプレをして工場内に散らばり、労働者を見下ろし、その一挙手一投足を監視し、撮影までした。
その後、コンサルタントたちは自分の職場に戻り、ネガティブなポイントをこねくり回し、労働者がどのような姿勢でいるべきか、手足・頭をどのように動かすべきかという全く主観的な職場規則を作成する。言ってしまえば、企業によってのアンチ・ヨガであり、そのアーサナは労働者が“ボスにとって生産的に見える”よう設計されているだけである。もちろん、そのボスはその仕事の仕方も評価方法も理解してはいない。
パンデミックが生み出した新たなテイラー主義者は、もはや工場内に閉じこもってはいない。デジタルツールのお陰で、彼らはあなたの自宅にまでやってきて、どうでもいいコトまで事細かに測定し、ボスがあなたに給料を支払うべきかどうかを決めるためのスコアをはじき出す。
ボスウェアは、ジョディ・カントー、アーヤ・スンダラム、アリーザ・シンシア、ラムゼイ・テイラーらのニューヨーク・タイムズ紙の素晴らしい特集でも取り上げられている。記事では、「労働者生産性スコア」が労働者の職務遂行能力を損ねる一方で、ボスが労働者の賃金を削減できるようになったことを明らかにしている。
記事で取り上げられたケーススタディは、クソテクノロジー導入曲線のさらに上を行くものだった。たとえば、時給200ドルで働く財務責任者のキャロル・クレーマーは、ボスが自分の仕事を10分単位で記録し、キーボードから指を放したり、考え事をしたり、話をしたり、ペンと紙でメモをとっていたりした時間分を給料から差っ引いていることに気がついた。
クレーマーは賃金未払いを避けるために、たとえ仕事に支障をきたしたとしても、ボスウェアに仕事をしていると認識させるためにクリックを繰り返すといった「無意味な忙しさ」をみせなければならなくなった。これは、「測定したものをありがたがる」、もっと言えば「測定そのものが目的になる」(いわゆるグッドハートの法則)ことの証左である。
測定の追求による労働生産性の低下は、ボスウェアがもたらす不可避の失敗である。2020年に、私はある技術屋で働く読者の体験を紹介した。彼女のボスがトラブルチケットを何枚クローズしたかで彼女の成績を評価した結果、彼女は「チケット・クローズ・マシン」になってしまったのだ。
エンジニアである彼女は、体系的にこの問題に取り組んだのである。そして、チケットを「未対応」とマークして早々にクローズすれば自分の成績をごまかせること、また、同じチケットを何度も閉じたり開いたりするとポイントを稼げることを発見した。
そして彼女はこう締めくくった。「あなたの会社の役員は、一日に何通メールを送ったかで自分たちの仕事が評価されるなんてバカげたことだとわかっているはず。なのに、それがビジネスに役立つとでも思っているんでしょうか。あるいは、組織全体の成功を使命とする自分たちの仕事は複雑すぎるから、文脈抜きの測定基準には還元できないと反対するのでしょうか」。
皮肉なことに、ボスウェアは現在、役員たちにも目を向け始めている。だが、彼らは高いスコアを維持しつつ仕事をこなすエンジニアリング・スキルを持ち合わせてはいないので、結局スコア稼ぎだけに注力して、仕事をおざなりにしなければならなくなる。
NYTの記事では、高得点を得るためにあえて雑に仕事をこなしている様々な人たちを紹介している。たとえば、ホスピスの牧師は、寄り添ったケアを提供したかどうかではなく、死にゆく患者やその家族との対応回数に応じて点数が付けられる。
彼らの活動は癒やしとは無関係に、経営視点でのプライオリティに基づいて採点される。悲嘆に暮れる患者との通話は0.25点、死にゆく患者との面会は1点、葬儀の司会なら1.75点といった具合に。
患者が予想以上に長生きしてしまったり、取り乱したり、差し迫った死を受け入れるために予約をキャンセルされてしまうと、牧師がポイントを稼ぐ機会が損なわれてしまう。そこで牧師たちが給料を維持するために頼ったのが「ドライブスルー方式のスピリチュアルケア」だ。つまり、意識を喪失した患者の病室に頭だけ突っ込み、看護師と短い言葉を交わして、「患者訪問」したと記録しているのである。
医師や看護師の仕事も、電子カルテや請求書によって一変してしまった。医療もクソテクノロジー導入曲線を知る上では欠かせない分野だ。高給・高需要・高技能の専門家であるはずの彼らは、彼らの意見もプライオリティもまったく無視して設計されたシステムへのデータ入力を中心に仕事を整理しなければならなくなったのだから。
タイムズ紙の記者は、プライベート・エクイティがバックについた医療系独占企業、ユナイテッド・ヘルス社のソーシャルワーカー、セラピスト、依存症カウンセラーを調査している。彼らは患者と話をするためにタイピングを止めると、「働いていない」とマークされるらしい。その会話が長く続くと「怠け者」とマークされて懲戒のリスクを負うことになる。
修士号を持つソーシャルワーカーは、仕事中に発生したキーストロークの総数に基づいて報酬が支払われる。たとえばログアウト時にシステムがハングアップすると、一晩中「働いていない」とみなされ、平均スコアが低下する可能性がある。従業員がこうした問題に直面すると、上司から「定期的にマウスを動かして、部門のスコアを下げないようにしよう」とアドバイスされる。
この記事で最も興味深いのは、こうしたゴミソフトウェアを開発・販売する疑似科学者たちをプロファイリングしているところだ。ワークスマート社の共同開発者、フェデリコ・マッツォーリは、自社製品の利点をこう説明する。「こうした指標やインサイトを目にすれば、何かが変わります。何もしない、あるいはマルチタスクで仕事をこなせないことが、どれほど無駄なことかを思い知るのです」。
マッツォーリは、自社製品を使ったことがないか、使っていたとしても製品責任者として試しただけなのだろう。スポーツ選手が自分のスプリントを測定するためにストップウォッチを使うようなもので、少なくともボスが給料を下げるか解雇するかを決めるような状況で製品を使ったわけではないようだ。
つまるところ、あるテクノロジーを利用することと、そのテクノロジーが自分に対して使われることの違いを理解できないのは、この業界の常である。たとえば、クロスオーバー社は自社製品を「生産性のFitbit」と謳っているが、その顧客は「まるで透視能力」が得られると狂喜している。Fitbitは自分にとって重要なことを改善するのに役立つからこそ便利なのだが、クロスオーバーの顧客は命令に従わない従業員を罰するためにそれを使いたがっているのだ。これがFitbitと囚人追跡用手錠の違いであり、その違いこそがクロスオーバーを「生産性の足かせ」にしているのである。
皮肉なことに、クロスオーバー社は、社内でも侵入的な監視を行い(まさに同社が開発・販売する侵入的な監視ツールを使って)、従業員を怒らせて人材流出を招き、後任探しに苦労したという。結局、クロスオーバー社はボスウェア製品の開発・販売に必要な人員を確保するために、侵入的な機能をオフにせざるを得なくなった。
「生産性トラッカー」の主要フォーカスは、トイレ休憩を測定し、小便をした従業員を処罰することにある。小便を記録するツールもまた、特権階級に続く勾配を駆け上がってきたクソテクノロジーだ。Amazonの倉庫作業員やドライバーたちはボスウェアを満足させるためにペットボトルに用を足さなければならなかった。そうしてブルーカラー労働者に導入されると、その矛先はホワイトカラー従業員へと近づいていく。
次の段階は生徒たちだ。子どもたちは非組合員のブルーカラー労働者に比べればわずかばかりの特権を持っている。だが、すでに1000を超える学校で、生徒たちの排尿まで追跡するE-hallpassが導入されている。
法人格のメタファーがますます具体的になるにつれ(たとえば企業の政治支出の制限は法人格の表現の自由を侵害するとした最高裁のシチズン・ユナイテッド判決など)、多くの人が「企業とはどのような人物なのか」という問いに思いを巡らせてきた。
2003年のドキュメンタリー映画『ザ・コーポレーション』は、もし企業が人間であるならば、サイコパスで、無慈悲で、まったく共感性にかける人物だと断言する。SF作家たちも、企業を「スローAI」(チャーリー・ストロス)、スカイネット(テッド・チャン)、人間を腸内細菌として利用する不死のコロニー生物(私)と述べてきた。
だが、ボスウェアの台頭により、企業はもう1つのパーソナリティ・アーキタイプを示し始めている。それは、虐待的なアルコール依存症の父親で、自分の人生がどうしようもならなくなった結果、屈辱的な方法で他人の人生を支配しようとすることで慰めを得て、最終的に自分自身を破滅に導いてしまう、という人物像だ。
なぜならボスウェアは仕事のポイントを「仕事を達成すること」から「チェックボックスを埋めること」に変え、生産性を根本的に下げるだけでなく、それを用いる企業を存続の危機に晒すからだ。たとえば独占企業のMicrosoftが提供するクラウドベースの文書・表計算・メールシステム「Office 365」がそう。
Office 365は、Microsoft Officeのオンライン版から、ボスウェア配信システムへと変貌を遂げた。Office 365のウリは、きめ細かな従業員の追跡と比較にあり、ボスは従業員のパフォーマンスを互いにランクづけすることができる。だが、この自動化された剣闘士スタイルのキーストロークを越えて、Office 365の分析は、あなたの会社が他社と比較してうまく機能しているかを教えてくれる。
そう、Microsoftはあなたの競合企業を監視し、そのメトリクスへのアクセスを売り込んでくるのだ。そいつはすごい、だがこの売り込みを聞いた購買担当者はその意味するところにまったく気づいていないのである。つまり、Microsoftはあなたの会社をスパイして、そのメトリクスを競合他者に提供しているのだ。
もっと強烈な可能性だってある。Microsoftは同社製品が収集したあなたのビジネスに関するデータ、つまり全従業員のあらゆるキーストロークを使用して、あなたの会社と競合するかもしれないのだ!
一世紀前、「科学的管理の専門家」は、経営者が好む「スマートな労働力」を科学的なベストプラクティスに変換することを約束し、ボスから多額のコンサルティング料をせしめた。非合理的なバイアスを数学的にそれらしく表現し、科学的真実であるかのように宣言する、まごうことなき経験主義ウォッシングであった。
ボスウェア企業は、労働者の力に対する雇用者の不安を煽り、生産的な労働者を効率的な測定基準遵守者に変容させ、雇用者のビジネスを弱体化させる一方で、企業から価値ある市場インテリジェンスを奪っている。
言い換えれば、ボスウェアの問題は、ボスの問題なのだ。実際、ニューヨーク・タイムズの特集では、Amazonが労働組合結成を従業員に支持させないようにするために、職場からボスウェアを除去することを約束したと指摘している。
ボスは労働組合が「自由」を奪うと冷笑するが、労働組合の脅威は、どんな労働法よりも労働者に自由をもたらす。ボスウェアに感染した職場はスターリン主義的ディストピアでしかなく、労働者が何気なくそっぽを向いたり、タイピングが遅かったりすると、仕事に進捗に関わりなく罰せられてしまう。
このことは、2019年にSlateのFuture Tenseに書いた短編小説『Affordances』の主題でもある。「クソテクノロジー導入曲線」は、我々の社会で最も虐げられ困窮する人びとから始まるのだが、それを放っておけば、いずれ我々一人ひとりに降り掛かってくることを書いた小説だ。
(Image: Cryteria, CC BY 3.0; Scottish Government, CC BY 2.0, modified)
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