以下の文章は、電子フロンティア財団の「Ban Government Use of Face Recognition In the UK」という記事を翻訳したものである。
2015年、英国レスターシャー警察は、音楽フェスティバルに来場した9万人の観客の顔をスキャンし、欧州各地の犯罪容疑者データベースと照合した。これは英国の屋外公共イベントにおける初のライブ顔認識(LFR:Live Facial Recognition)として知られている。これ以降、政府による監視も、民意の裏付けもないままに、この技術は英国全土で頻繁に使用されるようになった。
顔認識は、プライバシー、表現の自由、情報セキュリティ、社会正義に著しい脅威をもたらす。この技術は、有色人種を誤って認識することで、例えば不当逮捕に繋がったり、トランスやノンバイナリーの人々を正しく認識できなかったりといったひどい歴史を持っている。もちろん、一夜にして100%の精度が得られたところで、大規模に人々を識別・追跡できる侵入的な監視ツールであることに変わりはない。
EFFは近年、ここ米国で政府による顔認識の使用禁止を訴え、米国内の自治体を監視するとともに、支援もしてきた。だが、国内の動向を監視するのと同様に英国における顔認識技術の使用についても注視してきた。
だからこそ、我々は英国政府による顔認識技術の使用禁止を要請している。我々だけではない。ロンドンを拠点にする市民団体「ビッグブラザー・ウォッチ」は、英国全土で政府による顔認識技術の使用を終わらせるための闘いを続けてきた。人権団体「リバティ」は、警察によるライブ顔認識の使用は1998年人権法に違反しているとして、初の裁判を起こしている。政府の個人情報保護当局ですら、LFR技術が内包する偏向、出処の不確かな監視リスト画像の使用、LFRの展開がデータ保護原則の抜け道になることについて懸念を表明している。また、ロンドン警視庁が委託した独立報告書は、警察によるLFRの使用には明確な根拠がなく、この技術は81%不正確であるとして疑問を呈している。また、Ryder Reviewは、さらなる規制が導入されるまで公共空間でのLFRの使用を中止するよう勧告している。
英国の顔認識技術ポリシー
英国の警察は米国の警察と同様にライブ顔認識を使用している。これは事実である。街を歩く人の顔を容疑者の写真などのデータベースと照合する、『マイノリティ・レポート』のようなリアルタイム監視が行われているのである。
イングランドとウェールズでこの技術を使用する5つの警察のうち、主にロンドン警視庁(MEP:Metropolitan Police)と、100万人都市圏のカーディフを管轄する南ウェールズ警察は秘密裏に導入している。この技術は日本のテクノロジー企業、NEC Corporationから納入されていることが多い。カメラの前を通過する人物の顔をすべてスキャンし、犯罪容疑者や被告人の監視リストと照合し、マッチした場合には即座に逮捕される。また、英国の6つの警察では、監視カメラで撮影した画像と警察のデータベースを照合する「遡及的顔認識(RFR:Retrospective Facial Recognition)」を採用しているが、リアルタイムでの比較ではない。スコットランド警察は2026年までにLFRを導入する意向を示していると報じられている。逆に、北アイルランド警察は現在まで顔認識技術を購入・導入はしていない。
残念なことに、この危険な技術の急速な普及は、議会での法的な審査を逃れている。警察当局は、LFRの採用やセーフガードの在り方について、一方的に決定しているのである。今年はじめ、現在の監視技術の展開が人権と法の支配に及ぼす悪影響に対処する規制とトレーニング義務の導入を求める報告書が貴族院から提出されているが、英国政府はこれを拒絶している。顔認識に関連する規制を見直す必要があることを示す証拠が示されているにも関わらず、見ようともしないし、手を打とうともしていないのである。
2020年8月、民間人が南ウェールズ警察に起こした裁判で、警察による顔認識技術の使用の適法性が争われることになった。控訴審は、警察によるLFRの使用は、プライバシー権、データ保護法、平等法に違反する場合には違法であるとの判断がくだされた。とりわけ、カメラの設置場所や監視リストの構成等について、警察の裁量が大きすぎることも指摘されている。
この判決を受け、警察大学(College of Policing)は、デーベースに登録される画像は比例性と必要性の基準を満たすものでなければならず、警察は他の「より侵入性の低い」方法が適さない場合にのみLFRを使用すべきであるという新たなガイドラインを公表した。同様に、当時の情報コミッショナー、エリザベス・デナムは、法執行機関が効率やコスト削減のみを理由したLFRの使用を警告する公式見解を発表している。警察の監視カメラの使用についてもガイダンスが出されており、とりわけよく知られているものとしては、2020年12月の監視カメラコミッショナーのLFRガイダンス、2022年1月の監視カメラネットワークシステムに関する監視カメラ行動規範があるが、いずれも個人のプライバシー権に一貫した保護を提供するものではない。
ロンドン警視庁
ロンドン警視庁では、カメラを搭載したライトバンを公共空間に配置し、通行人の顔をスキャンして、瞬時に警察データベース(PND)に照合することで、LFRを活用している。
PNDに登録されている画像は主に逮捕者の写真であり、不起訴の者、無実であることが明らかになった者も多数含まれている。2019年には、PNDに約2000万件の顔画像を保持されていることが報道されている。別の報道では、67人が自分の画像の削除を要請したものの、受理されたのは34人で、14人が拒否、残る人々は保留されることになった。だが、高等法院は2012年、無実の人々の生体情報がデータベースに違法に保持されていると警察に通告した。
つまり、一度でも逮捕された人物は、たとえ容疑が晴れたとしても、LFRによって何度も顔を照合される「デジタル容疑者」のままなのである。こうしたプライバシー権の侵害は、警察間のデータ共有によってさらに悪化する。たとえば2019年の警察のレポートでは、2016年から2018年にかけて、ロンドン警視庁と英国交通警察がキングス・クロス団地で7人の画像を共有し、顔認識を秘密裏に使用していた経緯が詳細に記されている。
2016年から2019年にかけて、ロンドン警視庁はロンドン全域で12回にわたってLFRを展開した。最初は2016年のノッティングヒル・カーニバル(英国最大のアフリカ系カリブ人の祭典)で実施され、1人が誤検知されている。2017年のノッティングヒル・カーニバルでも2人が誤検知され、1人は正確に検知されたものの、その時点ですでに指名手配はされていなかった。ビッグブラザー・ウォッチによると、2017年のカーニバルでは、LFRのカメラは鉄板で隠してライトバンに設置されていたため、ほぼ秘密裏に行われたものであったという。顔認識ソフトウェアは、少数民族や若者、女性を高確率で誤認することが証明されている。また、ノッティングヒル・カーニバルなどの(大半が黒人の参加者)場所で展開されれば、顔認識技術に内在するひどいバイアスや、警察力の増幅、人種間格差などの問題はさらに悪化することになる。
コロナ禍にあって配備を中止していた警察も、次第にロンドン中心部でのLFRの使用を再開しだしている。英国政府がマスク着用義務を緩和した翌日の2022年1月28日、ロンドン警視庁は9756人の監視対象リストでLFRを実施した。その結果、4人が逮捕されたのだが、1名は誤認逮捕、もう1人は古い情報で手配されていた人物だった。同様に、2022年7月14日に地下鉄オックスフォード・ストリート駅構外で実施されたLFRでは、約15600人のデータがスキャンされ、4人に「真の警告」、3人が逮捕されたという。顔認識データはエラーが生じやすいにも関わらず、ロンドン警視庁はできるだけ多くの人物をスキャンするために、人通りの多い場所にLFRを配備していることを認めている。つまり、冤罪を引き起こす可能性が高められているのである。
ロンドン警視庁は最近、既存のLFRシステムと並行して使用される遡及的顔認識(RFR:)用の顔認識技術を大量購入した。2021年8月、ロンドン市長室は、NECとの4年契約(3,084,000ポンド相当)の一環として、ロンドン警視庁のRFR使用拡大を許可する提案を承認した。現在、LFRはCCTVカメラを通じて展開されてはいないが、RFRは国家記録保管データベースの画像と、CCTVカメラ、携帯電話、ソーシャルメディアから取得した画像とを照合するものである。ロンドン警視庁がRFRを導入すれば、ロンドンの広範囲に及ぶCCTVネットワークを利用して顔画像を入手できるようになる(ロンドンには約100万台のCCTVカメラが設置されている)。2020年の報道によると、ロンドンは世界で3番目に監視の厳しい都市で、62万台以上のカメラが設置されているという。また、2011年から2022年までの間に、ロンドンの各自治体でCCTVカメラの台数が2倍以上に増えたという報道もある。
警察大学の犯罪・刑事司法担当のデヴィッド・タッカーは、RFRは「公然と」使用されるとしながらも、未定義の「重大な脅威」が認められる場合には、一般市民に事前通知されないことを認めている。カメラはより強力になり、技術は急速に発展している。さらに、100万台以上のカメラから画像を収集しているとなれば、顔認識データは法執行機関には集めやすく、一般市民には回避しがたいものとなっている。
サウスウェールズ警察
サウスウェールズ警察は、英国で一番初めにLFRを導入した警察だ。ロンドン警視庁よりも頻繁に監視技術を使用していると言われており、2020年6月の報道では、70回以上の配備が明らかにされてリウ。このうち2件は、上述した2020年8月の裁判につながっている。サウスウェールズ警察控訴審判決を受けて、2017年から2019年の間にRFRを使用して8501枚のが蔵を処理し、その過程で犯罪が疑われる1921人を特定したと主張する文書を公表している。
サウスウェールズ警察は、主に平和的な抗議活動やスポーツイベントで、2つの顔認識プロジェクト、LOCATEとIDENTIFYを配備してきた。LOCATEは2017年6月、UEFAチャンピオンリーグ決勝の週に初めて展開され、2470件の「潜在的な一致」と2297件の誤検出、1人の逮捕者を出した。同様に、IDENTIFYは2017年8月から使われ始めたが、記録保管画像データベースを活用し、警察がCCTVの静止画像やその他のメディアを遡及的に検索して容疑者を特定できるようにした。 サウスウェールズ警察は、2018年に開催された兵器見本市での平和的な抗議活動の際にもLFRを展開している。同警察は記録保管データベースから、指名手配されている508人と、さらに「前回のイベントで問題を起こした」6人の監視対象者リストが用いられた。米国でも同様に、フレディ・グレイの死を巡る抗議デモに顔認識システムが使用されるなど、保護された言論活動を行う人々が標的にされている。言論の自由と抗議の自由は不可欠の市民的自由であり、こうしたイベントでの政府の顔認識技術の使用は、言論の自由を妨げ、コミュニティ全体を害し、個人の自由を侵害するものである。
2018年、プライバシーの権利に関する国連特別報告者は、ウェールズ警察のLFRの使用は不必要かつ不均衡であると批判し、プライバシー権の侵害を緩和するために展開前にプライバシー評価を実施するよう政府と警察に求めた。一方、警察側は「国民を保護し、犯罪を予防する上で、顔認識の有益性を絶対的に確信している」と主張している。顔認識は類似した顔が増えるほどに照合精度が低下するため、データベース内の人数が増えるほど精度が下がるにもかからず、である。
国際的な視点
英国では以前の立法提案が政策課題からは外されており、LFRの停止を求める議会からの要請も無視されてきた。一方、欧州の政治家たちは、政府によるこの技術の使用停止を求めている。欧州議会は最近、公共空間での警察による顔認識技術の使用禁止を求める拘束力のない決議を圧倒的多数で可決した。2021年4月には、欧州データ保護監督官が、欧州委員会のAI法提案の一環として、公共空間で人物の特徴を自動認識するAIの使用禁止を求めた。同様に、2021年1月には欧州評議会が顔認識技術の厳格な規制を求め、同技術が肌の色、宗教などの信条、性別、人種・民族的出自、年齢、健康状態、社会的地位の判断のみに用いられる場合には禁止すべきであるとの新ガイドラインを公表している。人権擁護団体も、EUの人権法に反しているとして、バイオメトリクス監視を禁止するようEUに要請している。
米国議会は、政府による顔監視の利用の規制方法について議論が続いている。また、米国の州や自治体単位で、警察による顔認識技術の使用を制限したり、全面的に禁止する動きも見られている。全米の各都市でも、大小を問わず、この侵入的な技術の使用を禁止する条例を制定する動きが加速している。もし英国が強力なFRTルールを制定すれば、米国を含む世界中の政府にとっての模範となるだろう。
次のステップ
顔認識は、プライバシー、人種正義、表現の自由、情報セキュリティに害をなす危険な技術である。そして、英国で静かに広がっているこの技術は、政府による生体情報の無秩序な監視を加速させている。どうか我々とともに、英国での政府による顔認識技術の使用禁止を求めて立ち上がってほしい。一緒にこの脅威を食い止めよう。
Ban Government Use of Face Recognition In the UK | Electronic Frontier Foundation
Author: Paige Collings and Matthew Guariglia / EFF (CC BY 3.0 US)
Publication Date: September 26, 2022
Translation: heatwave_p2p
Material of Header image: Adam Bowie