以下の文章は、EDRiの「Dutch decision puts brakes on Chat Control」という記事を翻訳したものである。

EDRi

物議を醸すこのEU法案は、これまで幾多の波乱を経てきた。ハンガリーのオルバン首相が新たな圧力攻勢をかけてきたことで、一部の立法者は今秋こそ賛同を得られると色めき立った。だが、オランダが土壇場で下した決断により、我々は—少なくとも当面は—この脅威を遠ざけることができた。

2年の難航、政府間合意が暗礁に

2022年、EUの内務担当委員イルヴァ・ヨハンソン(まもなく退任)が提案したEU CSA規則案は、プライバシー/人権コミュニティに衝撃をもたらした

欧州委員会は当初、「チャットコントロール」と呼ばれるこの法案が、デジタルコミュニケーションのセキュリティに及ぼす甚大な脅威を矮小化しようとした。だが、すぐさま各方面からの猛烈な批判に直面することになる。市民社会、法律の専門家、技術者、子どもの権利の専門家、そして警察までもが、この規則が子どもの保護という本来の目的に逆行すると警鐘を鳴らしたのだ。

さらにEUの独立法務サービスまでもが厳しい批判を展開した。罪のない人々のデジタルライツを大規模に侵害するこの法案は、EUの最高裁判所で確実に否決されるだろうと指摘したのである。

これは極めて重要な指摘だった。欧州委員会がこの物議を醸す法案を通過させるには、欧州議会と欧州連合理事会(EU27加盟国の政府を代表する機関)双方の支持を必要とするからだ。

しかし、2年以上が経過した今も、欧州連合理事会は加盟国間の意見の溝を埋められていない。デジタルセキュリティの重要性を理解する国々と、暗号化を破壊し、オンラインの無罪推定原則を葬り去ろうとする国々の間で、折り合いをつけることができずにいる。

オルバン首相、プライベートチャットへの「バックドア」設置を推進

2024年夏、ハンガリー政府は、この不運な法案について欧州連合理事会の共通立場を取りまとめるという、羨ましくない任務を担うこととなった。この任務を仰せつかったのはハンガリーで5カ国目だった。欧州委員会はこれまで、加盟国政府に執拗な説得工作を続けてきた。提案された規則は法的に問題ない、暗号化も守られる、信頼できる技術もすでにある—そう主張し続けてきた。しかし、これらの主張はすべて事実に反している。法的に問題があり、暗号化は守られず、そんな技術は存在しないからだ。

幸いなことに、2024年9月にリークされた文書から、ドイツ、ポーランド、オーストリア、エストニア、スロベニア、ルクセンブルグなど国々が、 法律は人権を遵守し、技術的現実に適合したものでなければならないという主張を堅持していることが明らかになった。各国の代表者たちは、その基準を満たすまでは同意できないと明言した。

一方で、態度を保留していたオランダ、フランス、イタリアなどの国々には、プレッシャーがかけられた。プライベートなデジタルチャットに「バックドア」を設ける提案に賛成するよう根回しが行われた。

Politico現地メディアの報道によると、悪名高いハンガリーのオルバン首相が、オランダを必死に説得しようとしていたという。そして、ここ数日で危うく成功しかけていた。

意外な救世主、諜報機関

9月下旬、デジタルライツ団体は、オランダ政府が突如ハンガリーの提案を支持する方向で検討を始めたというニュースに衝撃を受けた。オランダはそれまで、暗号化の保護が確実でない限り、この法案のいかなる提案も支持しないと約束していた。だが、最新提案の「アップロードモデレーション」が暗号化を守るという間違った主張に流されてしまった可能性がある。

ヨーロッパ内外から300人を超える研究者と科学者が即座に介入した。彼らは、この提案が専門家の間で広く認められているコンセンサスと真っ向から対立するものであることを、(再び)すべてのEU政府に警告した。プライベートなメッセージを体系的にスキャンして報告しながら、なおかつそれらのメッセージを安全に保つ方法など、個人のデバイス上で行うか他の場所で行うかに関わらず、存在しない。

10月1日、大きな転機が訪れた。EDRiメンバーのBits of Freedomや国内の野党議員を含む市民社会の必死の働きかけが実を結び、オランダが公式に提案を棄権するというニュースが飛び込んできたのだ。これは歓迎すべき展開だ。ハンガリーは提案を進めるための過半数を得られず、今後の理事会の議題からCSA規則を削除せざるを得なくなったからだ。

しかし、賛否分かれるオランダ国内の議論で最も興味深かったのは、国家安全保障機関の意見が決定打となったことだ。オランダの諜報機関は、最新の提案は国家のサイバーセキュリティを脅かし、安全保障を危険にさらすと政府に警告したのだ。 この警告は、他の国々にも重く響くはずだ。

息の根は止まった、だが埋葬されてはいない

ハンガリーに残された選択肢は少ない。複数の国が何度も試みてきたが、結論は変わらない。暗号化を損なうと同時に保護する法律など存在しえないし、違法な大規模監視を合法化することもできない。

EDRiが当初から警告してきたように、このツギハギだらけの法律は法的にも技術的にも実現不可能だ。これで最後の一撃が加えられたはずだ。いくら言葉遊びを重ねたところで、この事実は変わらない。

とはいえ、この法案はこれまでも何度も死にかけては蘇ってきた。暗号化が登場して以来、政府はたとえ合理的な容疑がなくとも、市民の暗号化された通信に広くアクセスできるべきだと執拗に主張し続けてきた。

2024年末に新しい欧州委員会が発足する。これはリセットボタンを押す絶好の機会だ。私たちには、より良い提案が必要だ。EUの人権法に準拠し、児童の性的虐待という深刻な問題に真摯に取り組む提案を。すべての人にとって安全なインターネットを確立し、さらなる害悪を生み出すことのない提案を。

Dutch decision puts brakes on Chat Control – European Digital Rights (EDRi)

Author: EDRi (CC BY-SA 4.0)
Publication Date: October 3, 2024
Translation: heatwave_p2p