以下の文章は、電子フロンティア財団の「Right to Repair in Times of Pandemic」という記事を翻訳したものである。
“エントロピー”はただの単語ではなく、物事は混沌と崩壊に向かうという(熱力学の第二)法則である。ゆえに「修理する権利」は重要な意味を持つ。モノを修理することは、混沌の中から秩序を取り戻し、劣化や崩壊を食い止めるという太古からの格闘を体現することにほかならない。
修理する権利の先駆者が農民であったことは偶然ではない。人口の少ない農村に暮らす人々は、農具に降りかかるエントロピーから自らの生活を守らなくてはならなかった。部品の調達や、サービス技術者の来訪を何日、何週間も待ってなどはいられない。農業の黎明期から、農民は自ら道具を作り、修理してきたのだ。
コロナウィルスは、かつての農民の生活というものを思い起こさせるものでもあった。世界的なサプライチェーンが混沌とし、都市全体が封鎖される中、壊れたものは自分で直さない限り直ることはないという状況に陥っている。
幸運なことに、我々にはまだインターネットがある。そこにはiFixitの「あらゆるもののための修理ガイド」のリポジトリなど、膨大な修理方法が蓄積されている。ツールへのアクセスも史上最も恵まれた時代であり、レーザーカッターやCNCフライス、3Dプリンタのような“ツールを作るためのツール”といった未来的なものまである。
こうしたツールはすでにこのパンデミックにおいて重要な役割を果たし始めている。イタリア・ブレシアの病院では、人工呼吸器のベンチュリー酸素マスクが故障して緊急事態に陥っていたところ、地元の3Dプリンタ事業者の協力を得て病院にプリンタを持ち込み、その場で交換部品を設計して3Dプリントしたという(訳注:日本語記事)。修理に成功したことで、呼吸器は再び命を救うために使えるようになった。
表面上は、現代の奇跡と危機的状況における連帯感が合わさった心温まる物語である。だがその裏側にはもっと複雑な事情があった。
部品をゼロから設計しなくてはならなかった理由は、メーカーがプロジェクトへの協力を拒否したためであった。プロジェクトの関係者は、部品を製造した場合には特許訴訟を起こすと脅されたと語っている。一方、別の関係者は脅迫はなかったと話しているが、いずれもメーカーが設計書の共有を拒否したことは認めている。脅迫の有無はさておくとしても、代替部品の設計者はその設計図を提供するつもりはないと話している。
世界中で人工呼吸器やその部品が不足しているなか、ハイテク製造の大部分を担う中国の生産能力が著しく低下している。オンラインコミュニティでは、オープンソースのハードウェア人工呼吸器をはじめとするパンデミック関連技術をクラウドソーシングする計画があちらこちらで進んでいる。だが彼らと企業ができる最も重要な貢献は、既存のテスト済みの技術を機能的に維持するために協力しあうことである。
こうした医療技術プロジェクトの成功は極めて重要なことであるとともに、極めて困難な挑戦でもある。世界的なサプライチェーンの停止は、致命的障害ポイントとなる中央ハブを中心に構築された複雑な長距離製造システムの脆弱性を露呈させている。この緊急時にオープンソースのハードウェア設計や医療機器用の部品製造が急増したことは、世界の重要な製造能力の分散化が急務であることを示唆している。こうした分散化の取り組みは、医療システムの故障リスクを軽減する可能性を秘めている一方で、それ自体がリスクを生み出す可能性もある。緊急の修理や改造を安全に行うための最善の方法は、本来の製造事業者がコミュニティの技術者と協力することである。実際、それしか方法はない。病院の供給不足を放っておくことも、緊急時が過ぎ去るまでハードウェアを放置しておくこともできないのだ。
緊急医療の性質上、第一線の専門家は、機器が完全に機能していない場合にどうやって機器を稼働させ続けるかを判断しなくてはならない。平時においても、信頼できる部品や熟練したサービスを常にタイムリーに受けられるわけではない。現場での修理を試してみるべきか、あるいは修理で十分に機能するようになるのかを判断するのは医療の専門家であって、医療技術企業の株主でもなければ、利用規約や特許弁護士でもない。
今や私たちはかつての農民のように孤立していて、遠くのメーカーが故障した機器を修理しに来てくれるまで待つ時間的猶予もない。現在、世界中の製造・修理のボランティア部隊がこの災厄を乗り超えるために奉仕している。企業に求められていることは、彼らへの技術的支援のための一歩を踏み出し、修理方法や仕様書を提供することだ。
Right to Repair in Times of Pandemic | Electronic Frontier Foundation
Publication Date: March 19, 2020
Translation: heatwave_p2p
Header Image: Cesar Carlevarino Aragon