以下の文章は、電子フロンティア財団の「When DRM Comes For Your Wheelchair」という記事を翻訳したものである。
EFFがコロラド州の「車いすを修理する権利」法を支持する理由
車いすの故障
300万人のアメリカ市民が車いすに頼って暮らしている。その車いすは500億ドル規模の耐久性医療機器産業(Durable Medical Equipment industry)の主要な牽引役でもある。多くの人が、宅内の移動、通勤、買い物、家族と過ごす時間をはじめ、基本的な生活を車いすに頼っている。とりわけ電動車いすは、高度なコンピュータを搭載し、周囲の環境にダイナミックに対応できる。
携帯電話やノートパソコンを落としてしまった経験のある人ならご存知だろうが、持ち運びを伴う機器は、いずれ修理が必要になる。これは電動車いすも同様だ。特に法的な意義が狭く解釈されているメディケア(訳注:高齢者や身体障害者を対象とした米連邦政府の公的医療保険制度)では、車いすユーザが車いすを屋外で使用したとしても、屋内の車いすにしか保険を適用してくれないためでもある。
持ち運ぶ製品はいずれ壊れる。屋内専用に設計された製品を屋外で使用していれば、そのリスクはさらに高まる。だが電動車いすユーザにとって、この状況はより一層ひどい。電動車いすの修理と保険制度とが悪く相互作用することで、車いすの修理に数ヶ月を要してしまうのだ。
実に深刻な事態といえる。車いすは移動と自由をもたらす強力なツールだ。だが、壊れた車いすは、自宅やベッドにいる人々を家族や友人、学校や職場から遠ざけ、床ずれや固定による合併症などのリスクももたらす。また、車いすの故障は使用者に危険をもたらし、重大な怪我に繋がるおそれもある。
座礁(Stranded)
Public Interest Research Group(PIRG)が公表した報告書「Stranded」では、141人の車いすユーザを対象に、電動車いすの機械的・電気的故障に関するインタビュー調査を実施している。
この報告書では、車いすの故障が非常に多いこと(回答者の93%が過去1年間に車いすを修理に出し、68%が2回以上の修理した)車いすを修理に出すと長期間待たされること(62%が修理のたびに4週間以上待たされ、40%が7週間以上待たされた)などが報告されている。
報告書の著者らは、修理の遅れを引き起こす多数の要因を分析した上で、車いすユーザの生活を即時かつ劇的な改善する立法として、コロラド州で先日可決された「電動車いすを修理する消費者の権利」法への支持を強く打ち出している。
禁じられた修理(The Fix is Nixed)
優れた製品デザインとは、頻繁な修理を必要としない機器を作ることではなく、故障しても容易に修理できる製品を作ることである。
ここにもメディケアのルールが影響してくる。メディケアは車いすメーカーに部品代と工賃を支払うが、技術者が車いすを検査するための旅費、引き取り、返送ための配送料は支払わない。
また、車いすユーザが民間保険に加入していても、保険会社の認可を待つ間は修理を待たされることになる。
さらに、大企業にとって修理事業は赤字部門であるため、人員、トレーニング、設備への投資は抑制されている。
だが、『Stranded』が明らかにしているように、電動車いすの正式な分類である複合リハビリテーション技術(CRT)のメーカーは、修理に敵対的な戦略を採用している。この戦略が、車いすユーザを大いに苦しめているのである。
スバラシイ車いすがなぜ故障する?
PIRGの報告書は、車いす修理の困難さの背景にある複雑な理由を明らかにしている。さらに、メーカー以外の修理工場に修理を依頼したり、自分自身で車いすを修理できるようにする法律を、車いすユーザが圧倒的に支持していることも明らかにしている。車いすユーザに修理する権利を与えたとしても、業界の構造的な問題が解決(fix)するわけではないが、彼らの車いすは修理(fix)できるようになる。これは大きな前進だ。
では、なぜ車いすの修理は難しいのだろうか? マルキアン・ハウリルクは、Kaiser Health Newsの寄稿記事で、電動車いす業界がたった2社の民間資本に支配されているためだと説明している。NumotionとNational Seating and Mobilityの2社は、プライベート・エクイティ(未公開株)の保有者に投資利益をもたらすために、サービス部門の予算を大幅に削減したのである。
だが、車いす業界の2大独占は、買収・合併の監視が甘かったとか、未公開株が買い漁られたという単純な理由で引き起こされたわけではない。メディケアの競争入札プロセスが、「製造・管理コストのスケールメリットを享受できる大企業に有利に働き、そして、しばしば品質と顧客サービスを犠牲にする」ためである。さらに悪いことに、メディケアは予防保守をカバーしておらず、車いすの交換も5年に1度きりだ。
おさらいしよう。電動車いすの利用者は――
- 屋内用として設計された車いすを屋外でも使用せざるをえない
- 車いすは品質を妥協した低入札の請負業者が製造している
- 予防保守を受ける権利がない
- 少なくとも5年間は使い続けなければならない
もっと車いすの修理サービスが必要だと考えるのももっともなことだ。
DRM搭載の車いすだって、スゴイネ
車いすユーザは修理で長期間待たされるのを嫌い、しばしば自分で部品を調達し、自分で修理している。怪我をして動けなくなるか、部品や工具を自費で購入するかの選択を迫られると、車いすユーザの多くは「お金を支払う」一択だと考える。
だが電動車いすの電子システムを自宅で修理するとなると、また別の問題に直面する。電子機器が複雑だということではなく、メーカーが「デジタル著作権管理(DRM)」を採用し、アクセスをブロックするよう設計しているためである。
DRMは音楽、電子書籍、ビデオゲーム、映画などでもおなじみの存在だ。少なくとも1979年からさまざまな形態で存在してはいたが、本格的に普及しだしたのは1998年のデジタルミレニアム著作権法(DMCA)の成立以降である。
DMCA1201条は、DRMについて定めている。著作物の「アクセス制御」を回避するためのツールや情報の「売買」を重罪と定め、5年以下の禁固刑、50万ドル以下の罰金が科される。
重要なポイントは、DMCA1201条が著作権侵害(たとえばDVDを何千枚もコピーして闇市場で売りさばく)を目的としたDRMの回避の禁止だけに限定されていないということだ。そのため、企業は著作権法を悪用して、著作権とは全く関係のないビジネスを犯罪化できるようになったのである。修理や保守、改良を妨げるために製品にDRMを組み込んだ企業は、1201条を利用して、修理や保守、改良の活動をする人たちを著作権侵害だといって攻撃できてしまう。DRMを回避すること自体が違法化されてしまったからだ。率直に言って、DRMの回避を禁止するDMCAは違憲であり、修理以外にもさまざまな活動を妨害している。だからこそ、我々はそれを覆すために訴訟を起こしているのだ。
だが一方で、車いすのDRMは、車いすユーザや非メーカー技術者が日常的に生じる電子的な問題を診断することを妨げている。さらに車いすを生活に合わせて調整すること(たとえば、「車輪のクセやモーターの調子が良くないときに、管理(administrative)ソフトで電動車いすの速度減衰設定を調整しなければならない」とか、「悪天候でも使えるように別のタイヤを取り付けたときには、管理ソフトウェアの機能にアクセスして、車いすのグリップ・パラメータを調整したい」)すら阻害しているのだ。
電動車いすの電子システムへのアクセスは、暗号化されたセキュリティドングルとパスワードで制限されていることが多い。PIRGの報告書によると、「(ハードウェア)キーがないと、(Dynamix DXコントロールシステム搭載の車椅子用)診断ツールはパラメータ値や診断メッセージを表示できても、電動車いすのコントローラに編集や書き込みができない」という。
DRMはまた、電動車いすユーザがコントロールを微調整する設定へのアクセスも制限している。アーサー・トーリーは、入力デバイスとステアリングの遅延設定がひどいために、車いすの操作が「バンジーロープで運転しているみたい」になっていると語っている。さらに、設定にアクセスできないために、車いすユーザが自分の操作技術に合わせてスピードやハンドリングを制限することもできないと説明する。
(高くても安くても)部品は部品
CRTの2大メーカーは、部品をとんでもない高額で売りつけていて、航空宇宙産業も顔負けの利幅を獲得している。『Stranded』には次のように書かれている。
- 「タイヤがパンクした。新品のインナーチューブはAmazonで6ドルだった。(国内CRTサプライヤの)Numotionは両輪のホイールごと交換したがり、メディケイド(訳注:低所得者と対象とした主に州政府の公的医療保険制度)に300ドル、部品の入手に6~8週間はかかると言われた。インナーチューブは2日で届いたが、彼らは取り付けてはくれなかった」
- 「ブルースが車いすの電源ボタンの修理を依頼すると、Numotionは修理には4ヶ月かかり、500ドル請求すると言う。これがないとブルースはベッドから動けない。eBayの翌日配達便で20ドルで購入した」
ボタンやインナーチューブを交換できる熟練の技術者は、電動車いすのユーザ自身を含めたくさんいる。
ロビン・ボルドックは、この問題についてPIRGのインタビュワーと議論した。ボルドックの夫は原発性進行形多発性硬化症のため、呼吸器と頭の動きで操作するデバイスのついた電動車いすを使用している。彼女は「どうして近所の自転車屋さんは、私たちの車いすのパンクを直してくれないのでしょう?」と質問している。
アーサー・トレイは、このインタビューで話を聞いたもう1人の車いすユーザである。下半身不随の彼は、日常的な修理であ出れば自分の車いすを自分で修理できることに自信を持っている。「手動の車いすも電動車いすも、それほど複雑でも難しくもないんですよ」。
報告書のインタビューに協力した車いす技術者もこれに同意する。「車いすの修理のほとんどは簡単なもので、専門的な技術や訓練は必要なく、単に機械装置に詳しければいい」と語っている。
だがそれにもかかわらず、CRT企業は、ユーザに直接発送すればメディケアやメディケイドの償還が受けられないという理由で、車いすユーザへの部品の発送を拒否している。
車いすを修理する権利
電動車いすを修理する消費者の権利法(HB22-1031)がコロラド州議会を通過し、ジャレッド・ポリス知事の署名で成立する見通しとなっている。立法概要は以下の通りである。
この法案は、非メーカー修理業者や電動車いすの所有者が、電動車いすの診断、メンテナンス、修理サービスを行えるよう、製造者が部品、組込ソフトウェア、ファームウェア、ツール、または診断・メンテナンス・修理マニュアル、図面等の情報のドキュメントを非メーカー修理業者や所有者に提供することを義務づけるものである。この要件の違反は、欺瞞的取引行為である。これら情報リソースの提供義務を遵守する上で、製造者は非メーカー修理業者や所有者に企業秘密を開示しなくともよい。
非メーカー修理業者や所有者にこれらのリソースを提供する製造者の義務を免除ないし制限するような、製造者が新たに締結する契約上の規定またはその他の取り決めは無効であり、法的強制力を持たない。
これは車いすを修理する権利法としては初の成功例だが、携帯電話、ノートパソコン、家電製品、自動車、トラクターなどを修理する権利を保護するために各州議会に提出された多数の修理する権利法と驚くほど酷似している。
こうした法律は、ビッグ・アグリカルチャーからビッグテックにいたるまで、反修理企業の利益を守ろうとする陣営から強硬な反対に直面している。だが、流れは変わりつつある。ニューヨーク州では、電子機器の修理に関する権利法案が可決された。
コロラド州の車いす限定の修理する権利は突破口を開いた。車いすユーザと非メーカー修理業者のために、企業に自社DRMの回避を可能にさせることで、この法律はDRMの解除を禁止するDMCAを回避しているのだ。
もちろん、電動車いすユーザが簡単に修理できるようになったとしても、電動車いすにまつわるあらゆる問題が解決するわけではない。屋内用の電動車いすを屋外で使わざるをえない問題も、市場が修理への投資を拒む2社の手に集中している問題も、メディケアが消耗した車いすの交換を拒んでいる問題も解決しないのである。
だが、修理する権利を保護することは、車いすに頼って暮らしている人々を助けることにはなる。車いすユーザと彼らが信頼する技術者に車いすを修理できるようにすることは、他のすべてのものの修理する権利のための戦いが続いているさなかにも、車いすユーザは車いすの機能を修理によって保つことができるということだ。車いすの修理の独占という残酷で官僚的な悪夢から解放され、この領域で切実に求められている抜本的な構造改革のために戦う時間を得ることができたのである。
When DRM Comes For Your Wheelchair | Electronic Frontier Foundation
Author: Cory Doctorow / EFF (CC BY 3.0 US)
Publication Date: June 7, 2022
Translation: heatwave_p2p