以下の文章は、コリイ・ドクトロウの「The first days of Boss Politics Antitrust」という記事を翻訳したものである。
「ボス政治」は腐敗した社会の特徴である。社会が私利私欲にまみれた組織に支配されると、強権的リーダーは怒りと絶望に満ちた民衆の心をつかむことで権力を掌握する。そして、自分に敵対する腐敗組織を標的にする。誰もが腐敗しているのだから、その訴追自体には正当性はある。
つまり、腐敗しながらにして犯罪者に法を執行すること自体はできるのである。それは優先順位の問題にすぎない。正常な国家なら、最も市民を害する違反者から摘発するはずだ。だがボス政治の下では、違反の重大さに関係なく、ボスの権力に挑戦する腐敗組織が標的となり、その一方で、より悪質な違反者であってもボスに従順なら見逃される。
習近平による終身党総書記就任に向けた粛清(2012-2015年)の手法がまさにこれだ。彼は違反者を摘発したが、最悪の違反者を狙ったわけではない。失脚・投獄された公務員は確かに腐敗していたものの、彼らは同時に習近平のライバルの権力基盤でもあった。一方で、習近平の側近である腐敗官僚は無傷のまま生き残った。
トランプは典型的なボス政治家だ――それは彼が「取引的[transactional]」と呼ばれる所以である。原則ではなく、私利私欲で動く。彼に最も多くを与える者が、彼から最も多くを得る。これは、バイデンの最大の功績――数世代ぶりの強力な反トラスト法執行――が「ボス反トラスト法」に変質することを意味する。トランプに敵対する独占企業だけが、反トラスト法の標的にされるのだ。
https://pluralistic.net/2024/11/12/the-enemy-of-your-enemy/#is-your-enemy(邦訳記事)
我々はいま、ボス反トラスト時代の1日目を生きている。トランプの就任式に巨額の献金をし、演壇の後ろに半円を描いて並んでいた独占テック企業の億万長者たちを覚えているだろうか? トランプはその連中の忠義に報いるかのように、EUなどによる国外での訴追を「米国企業」への攻撃だと非難し、政府の全力を挙げて彼らを守るとダボスで宣言した(皮肉なことに、これらの企業の独占的行為で複数の有罪判決を勝ち取っていたのは、バイデン政権下の米国政府である)。
https://gizmodo.com/trump-returns-big-techs-ass-kissing-at-davos-2000554158
公正取引委員会(FTC)は、バイデン時代の傑出した委員長、リナ・カーンを失った。彼女は4年間で、前任者たちが40年かけても及ばないほどの成果を上げた。その後任となる共和党のアンドリュー・ファーガソンは、就任初日から多数の施策を打ち切り、企業の搾取に苦しむ米国民の救済を目指した重要な取り組みを葬り去った。
https://prospect.org/politics/2025-01-24-executive-action-reaction-day-4
ファーガソンはまず、「監視価格設定」に関するパブリックコメントの募集を打ち切った。これは企業が消費者を監視し、その切迫度に応じて価格を変動させる手法である。
https://pluralistic.net/2025/01/11/socialism-for-the-wealthy/#rugged-individualism-for-the-poor
この手法の先駆けとなったのがUberで、乗客のスマートフォンのバッテリー残量が少なくなった時に料金を引き上げた。しかし、他社はさらに踏み込んだ手法を取り入れた。マクドナルドは、Plexureという企業の共同所有者として、給料日直後のドライブスルー客に通常より高額な価格を設定できる仕組みを企業向けに販売している。
https://pluralistic.net/2024/06/05/your-price-named/#privacy-first-again
しかし監視価格設定の最大の被害者は消費者ではなく、労働者だ。米国では看護師がShiftkey、Carerev、Shiftmedなど、Uber型のオンデマンド看護師アプリで働くケースが増えている。これらのアプリは規制なきデータブローカー業界から看護師の懐事情を探るデータを購入し、クレジットカードの支払いが遅延している看護師に対して、その切迫した状況につけ込んで、より低い賃金を提示する。
https://pluralistic.net/2024/12/18/loose-flapping-ends/#luigi-has-a-point(邦訳記事)
ファーガソンはさらに、略奪的価格設定に関する通知とパブリックコメント募集も打ち切った。これは競合他社を潰すために原価以下で商品を販売し、その後で価格を引き上げる手法だ。まさにUberが実践したことである。13年間でサウジアラビア王族の310億ドルを燃やし、売上1ドルにつき0.41ドルの損失を出し続けた。その結果、一般のタクシーは軒並み廃業に追い込まれ、市政府もUberの方がバスより安いという理由で公共交通機関への投資を放棄した。市場を独占すると、Uberは手のひらを返したように運賃を倍増させ、運転手への支払いを半減させた。
これがファーガソンの打ち切った施策だ。その代わりに導入したのが、「DEI」と「ウォークネス」を一掃するための内規だった。現在のFTCの最優先事項は、反人種差別主義者の職員を相互に密告させる内部告発システムの運営だ。これは不快というだけでなく、極めてバカげた話である。仮に「ウォーク」に何らかの意味があるとしても(そんなものはないが、一応そう仮定しよう)、FTCから「ウォーク」を一掃したところで、米国民は豊かにはならないし、企業の略奪から守られることもない。
FTC委員のアルバロ・ベドヤは、一切遠慮のない反対意見を寄せた。
アンドリュー・ファーガソンには、委員長としての最初の公務として他にもやるべきことがあったはずだ。食料品価格の高騰を調査する動議を提出することもできた。壁・天井請負業者団体から出されている公開請願に基づき、違法業者による商業建設業界の契約競争の不正操作を調査することもできた。ルイジアナ、ミシシッピ、アラバマのエビ漁業者からの公開請願に基づき、強制労働で養殖され、抗生物質漬けにされたインド産エビの輸入に関する虚偽・誤解を招く主張を調査することもできた……
私はアイオワ州のトウモロコシ農家や牧場主と会った。ビロクシのエビ漁師とも会った。ノックスビルの薬剤師、タルサの食料品店主、ウェストバージニア州チャールストンの患者や医師とも会った。43度の灼熱の中、マイアミの100万ドルの高層ビルを建設する作業員たちとも会った。
はっきり言おう。彼らが口にしなかったことがある。それは「DEI」だ。
彼らが語るのは、有力企業が法をかいくぐって農家や労働者、小規模事業主に横暴を働いている実態についてだ。政府の無策についてだ。そしてそのせいで破産の淵に追い込まれている現実についてだ。
しかしファーガソン委員長は、こうした一般市民の悲痛な叫びに耳を傾けようとしない。
https://www.ftc.gov/system/files/ftc_gov/pdf/bedoya-statement-emergency-motion.pdf
ベドヤは今もFTCに留まっている。行政機関の任命職は、任命した大統領の任期を超えて続く。政権交代時には機関長が辞任するのが通例で――実際リナ・カーンは去った――が、委員は留任することが多い。ベドヤには是非とも留まってほしい。彼は数少ない優秀な人材の一人で、その存在は我々全員にとって貴重なのだ。
バイデン政権の機関トップで辞任していない人物が一人いる。意外にも、それはバイデンの最良の任命者の一人、消費者金融保護局(CFPB)のトップ、ロヒト・チョプラだ。チョプラはこの比較的新しい機関の権限を徹底的に追求した初めてのCFPB局長で、その強力な規制は最高裁で全会一致の支持を得ている。
トランプの企業支援者たちはCFPBを忌み嫌い、イーロン・マスクは徹底的にCFPBを憎み、暗号資産詐欺師たちに至っては究極的にCFPBを憎悪している。皮肉なことに、このCFPBへの悪魔視こそが、チョプラの長期在任を可能にしている要因らしい。The American Prospectのデイビッド・デイエンによると、トランプ陣営の誰も彼の後任になりたがらないという。2020年の最高裁判決で大統領にはCFPB長官の解任権があると認められたはずだが、チョプラの後任という憎まれ役を買って出る者は誰もいない。
https://prospect.org/economy/2025-01-24-rohit-chopra-still-has-a-job
その間にもチョプラは着実に実績を積み上げている。矢継ぎ早に新施策を打ち出し、最近では信用情報機関大手のトランス・ユニオンにも照準を合わせた。バイデン政権の末期には、米国で最も略奪的な企業に対する執行、調査、その他の施策を立て続けに繰り出した。デイエンによれば、過去4年間でチョプラは詐欺的企業から60億ドルの不当利得を吐き出させ、32億ドル超の制裁金を科している。
トランプがチョプラの後任選びに苦心しているのは、トランプが連邦政府の採用凍結を行ったからだ。つまり、後任は現役の政府職員でなければならない。金融界の悪徳人材は政府を去り、かつて公務員として便宜を図った巨大金融機関で働いている。仮に適任者がいても、そのポストの後任が採用できないため引き受けられない――例えば、FDIC(連邦預金保険公社)には適任の悪党がいるものの、彼がチョプラの後任に就けばFDICはたった2人になってしまう。あるいはFCCの共和党の手先が転職すれば、民主党委員が多数派を占めることになる。実際にそうなってくれれば嬉しいのだがね。
デイエンが指摘するように、いずれはチョプラも解任されるだろう。だがそうなったとしても、CFPBは一定の法執行を継続するはずだ。ファーガソンもいずれは、「ウォーク」狩りに明け暮れる以外の仕事をFTCに命じることになるだろう。実際に動き出せば、途方もなく腐敗した企業が標的になる。結局のところ、それは米国の大企業のほぼ全てを指している。40年に及ぶ反トラスト法の怠慢で、この分野はすっかり腐敗していたのだ。
トランプの反対者たちは、トランプがこれらの巨大悪徳企業を敵視するなら、その企業は実は善良なのではないかと考えたくなるだろう。数人のスパイがトランプを嫌っているからといって「インテリジェンス・コミュニティ」に心酔した「進歩派」の二の舞だ。だが、FBIは我々の味方ではない――マーティン・ルーサー・キング・ジュニアに自殺を強要しようとした組織なのだから。
https://en.wikipedia.org/wiki/FBI%E2%80%93King_letter
あなたの敵の敵? 略奪的な独占企業である限り、やはり敵に違いない。ボス政治は腐敗を処罰する――ただし恣意的に。トランプ流の反トラスト法は確かに多数の悪質企業を標的にするだろう。だがそれで、善良な企業に生まれ変わるわけではない。
Pluralistic: The first days of Boss Politics Antitrust (24 Jan 2025) – Pluralistic: Daily links from Cory Doctorow
Author: Cory Doctorow / Pluralistic (CC BY 4.0)
Publication Date: Posted on January 24, 2025
Translation: heatwave_p2p