以下の文章は、コリイ・ドクトロウの「Nurses whose shitty boss is a shitty app 」という記事を翻訳したものである。

Pluralistic

ビジネスには、リスクがつきものだ。客の入りを読むのは至難の業だし、客のニーズを予測することも難しい。読みが外れれば、人手が足りなくなるか、暇を持て余す従業員に給料を払い続けることになる。この法則は、「ビジネス」が「病院」であっても変わらない。

実のところ、資本家ほど資本主義を嫌う連中もいない。資本主義の本質は、競合他社による顧客や従業員の引き抜きといったリスクにこそある。だが資本家は皆、他者が資本家の意向に合わせて行動を調整し、リスクを肩代わりしてくれる「計画経済」を密かに夢見ているのだ。資本家はサプライヤーとの独占的な取引を好み、従業員がより良い仕事に就くことを禁止する競業避止「契約」を本当に愛している。

https://pluralistic.net/2023/04/21/bondage-fees/#doorman-building

資本家がリスク回避に使う最も卑劣な手口の一つが、そのリスクを従業員に丸投げすることだ。たとえば、暇な日に従業員を早退させ、残りの勤務時間分の給料を支払わないというように。資本家にとってこれは実に容易い。なぜなら、従業員側には集団行動の壁があるからだ。労働者が資本家に対抗するには、全員がストライキに合意し、他の従業員もピケラインを尊重しなければならない。説得、交渉、組織化――すべてが困難の連続だ。一方、資本家は自分自身を説得するだけでいい。

リバタリアンは、そんなことはありえないと言うだろう。従業員はさっさと辞めて他で働けばいいし、経営者は自分の理不尽な要求に耐えてくれる労働者を見つけるのに苦労するはずだと。だが興味深いことに、同じリバタリアンが、競業避止「契約」で転職を制限することは合法であるべきだと主張する。さらには、退職に成功しても、経営者が競合他社を片っ端から買収するのを防ぐための反トラスト法なんて要らないとまで主張するのだ。

現実の世界で、労働者が経営者のリスク転嫁と戦う唯一の戦略は、a) 組合を結成し、b) 組合を通じて強力な労働法を制定することだった。労働法は組合の代替にはならないが、重要な後ろ盾となる。もちろん、組合に加入していない場合は労働法だけが頼りだ。

そこへアプリを手にしたテックブロが現れた。彼らの馬鹿げた(そして成功した)理屈は、「アプリでやれば違法じゃない」だ。「アプリでやればマネロンじゃない」「アプリでやればプライバシー侵害じゃない」「アプリでやれば証券詐欺にはならない」「アプリでやれば価格つり上げじゃない」、そして何より「アプリでやれば労働法違反じゃない」。

「ギグエコノミー」の本質は、この「アプリでやれば」という詭弁で労働法を骨抜きにし、経営者のリスクを労働者に押しつけることにある。そう、資本家は資本主義を嫌っているのだ。こうしたアプリは最初、タクシー運転手を苦しめるために使われた。それが大成功を収めると、今度は「〇〇版Uber」という形で、ペットのトリマーから大工まで、あらゆる職種の労働者から権利を奪うツールとして増殖していった。

そして今、アプリによってギグワーク化され、権利を蝕まれている職種の一つが看護師である。これは由々しき事態だ。私はこれまで看護師のおかげで命をつないできたのだから。

Roosevelt Instituteの新しいレポートは、米国の機能不全な営利医療産業で、経営者たちが最も献身的な医療専門職である看護師にリスクを丸投げする手段として、ギグワークアプリがどのように使われているかを詳細に分析している。

https://rooseveltinstitute.org/publications/uber-for-nursing

レポートの著者たちは、Shiftkey、Shiftmed、Carerevという三つのアプリを通じて働く看護師たちにインタビューし、リスクの転嫁や労働者の搾取の実態を暴き、看護師たちが自分の医療保険すら払えないほどの低賃金で働かされている現状を明らかにした。

たとえばShiftkeyはこうだ。看護師はアプリにログインして、勤務可能なシフトを登録しなければならない。後でそのシフトが割り当てられたものの実際には勤務できなければ、アプリ上のスコアが下がり、将来的にシフトを得られなくなるリスクを負わされる。しかしShiftkey側は、登録したシフトでの勤務を保証しない――つまり看護師は、Shiftkeyが必要かもしれない時間帯を空けておかねばならないのに、実際に呼び出された時間分しか給料がもらえないのだ。サービスの需要不足というリスクを、すべて看護師が背負わされている。

各看護師にShiftkeyが提示する賃金レートは、シフトごとに異なる。アプリは規制のない無秩序なデータブローカー業界から安く仕入れた市販の財務データを使い、看護師一人一人の切迫度を予測する。銀行残高が少なく、クレジットカードの借金が多いほど、提示される時給は低くなる。法学者のヴィーナ・ドゥバルが「アルゴリズムによる賃金差別」と呼ぶ、アプリを使った脱法賃金搾取の典型例だ。

https://pluralistic.net/2023/04/12/algorithmic-wage-discrimination/#fishers-of-men

Shiftkeyの労働者はシフトを巡って互いに入札を強いられ、最低賃金を受け入れた者が仕事を得る。Shiftkeyは一見まともな時給――ある看護師の場合は23ドル――を提示する。だが給料日までに、様々な手数料で賃金は骨の髄まで削り取られる。「安全手数料」という名目で、身元調査や薬物検査のために日額3.67ドルを徴収される。これらの検査は看護師一人につき一度しか行われないのに、なぜか毎日請求される――これも経営者のリスクを労働者に転嫁する手法の一つだ。さらに傷害保険(日額2.14ドル)と医療過誤保険(日額0.21ドル)の手数料も課される――これもまた経営者のリスクを労働者に押しつける仕組みである。当日払いを希望すれば、シフトあたり2ドルの手数料が発生する――切迫度で時給を決められた労働者から搾り取る、給与日貸付的な高利貸しだ。そこにアプリへの紹介料としてシフトあたり6ドル(来年は7ドルに値上げ)が加わる。そうして、時給23ドルは実質13ドルまで目減りしてしまう。

さらに、ギグ看護師は制服、免許、機器を自前で用意しなければならず、病院ごとに色の違うスクラブや靴まで必要になる。そして「自分自身のボス」として、最終的な収入から給与税も自分で差し引かねばならない。「自営業者」扱いなので、残業代も労災補償も一切ない。退職金制度も健康保険も、病気休暇も有給休暇もない。

アプリ側は経営者に対して、資格確認済みの優秀な看護師を提供すると売り込んでいる。だが資格確認のプロセスは完全に自動化されている。看護師は資格関連の書類を山のようにアップロードし、身元調査を受けるが、人間による面接は一切ない。評価は完全に機械任せだ。たとえば呼び出しに応じて移動する際は位置追跡アプリを起動しなければならず、渋滞で立ち往生してモバイルデータ通信が途切れれば、たちまち信頼性スコアが低下する。

Shiftmedは、いったん引き受けたシフトをキャンセルした看護師にペナルティを科す。一方、直前でキャンセルした経営者側は、せいぜい小額のペナルティ(キャンセルされたシフトの最初の2時間分の支払い)を科されるか、多くの場合はペナルティなしで済む。Carerevアプリを使う経営者なら、わずか2時間前の通告でペナルティなしのキャンセルが可能だ。研究で紹介されていた看護師は、午前7時のシフトのために午前5時に起床したところ、睡眠中にシフトがキャンセルされていたという。すでに子どもの保育の手配は済ませていた上に、その日の仕事も給料も失うことになった。ここでもすべてのリスクを背負うのは看護師だ。一日の仕事を空け、保育料を支払い、睡眠のリズムを変えた。彼女がCarerevをキャンセルすればスコアが下がり、将来のシフトは減る。だが経営者がキャンセルしても何の影響もない。

Carerevはさらに、経営者が一日分の給料を支払わずに看護師を早退させることを認めている――それどころか、患者のケアのためにシフト後も残った看護師に残業代すら払わない。図書館学者のフォバジ・エッターは「職業への畏敬(vocational awe)」という言葉を生み出した。ケアに関わる職種の労働者が、自分に依存する利用者、患者、生徒への献身から、劣悪な労働条件や無給の残業に耐えてしまう現象を指す概念である。

https://www.inthelibrarywiththeleadpipe.org/2018/vocational-awe/

研究対象となった看護師の多くが、病院の駐車場に着いた瞬間にシフトをキャンセルされた経験があると語っている。言うまでもなく、シフト開始直前にキャンセルされては、他の施設でシフトを確保することなど不可能に近い。

米国の医療産業は、独占企業の支配下にある。最初に製薬会社の独占化が始まった。次々と合併を重ねた製薬会社は、法外な高価格で病院を痛めつけるようになった。次に病院が互いを飲み込み始め、合併を繰り返した結果、ほとんどの地域が1つか、2つの病院チェーンに支配されることになった。病院は購買力をテコに製薬価格を抑え込めるようになった――その一方で、売り手としての力を悪用して法外な価格で保険会社を痛めつけた。そこで保険会社も合併し、病院の価格つり上げと戦う態勢を整えた。

医療産業のあらゆる場所で独占企業が暗躍している。薬剤師や薬剤給付管理会社、共同購入組織、医療用ベッド、生理食塩水や医療用品。独占は独占を生む。

(UnitedHealthcareは特に異常な存在だ。その部門は、これらすべての分野で最強のプレイヤーの一つで、独占企業の中の独占企業と化している――たとえばUHCは、米国最大の医師雇用主でもある)。

https://www.thebignewsletter.com/p/its-time-to-break-up-big-medicine

だが米国の医療において、独占できない2つの重要なステークホルダーがいる。患者と医療従事者だ。我々はそれぞれ医療サプライチェーンの両端にいて、組織化されておらず、バラバラで、常に振り回されている。そして、中間に陣取る独占企業たちの格好の餌食となっている。だからこそ患者は年を追うごとに、ますます劣悪な医療にますます高額な料金を支払わされ、医療従事者は年を追うごとに、ますます劣悪な労働条件でますます低賃金の仕事をさせられているのだ。

これは、バイデン政権が間違いなく解決に向けて動いた数少ない分野の一つである。訴訟を起こし、規則を制定し、「アプリを使っても犯罪は犯罪だ」と繰り返し宣言することで、投資銀行家や億万長者たちを驚かせた。

これらのアプリが看護師たちに課す仕打ちは、アプリであろうとなかろうと違法行為そのものだ。FTC(連邦取引委員会)のアルバロ・ベドヤ委員は先月の重要なスピーチで、FTC法がこの種のボスウェアを「不公正で欺瞞的な」競争形態として禁止する権限をFTCに与えていると説明した。

https://pluralistic.net/2024/11/26/hawtch-hawtch/#you-treasure-what-you-measure邦訳

FTCはこういうことをやってもいいのだ。では、トランプのFTCは実際にそれを実行するだろうか?トランプ陣営はFTCが「政治化している」と非難したが、トランプの次期FTC委員長候補は、さらなる政治化を公言している。

https://theintercept.com/2024/12/18/trump-ftc-andrew-ferguson-ticket-fees/

バイデンのFTC同様、トランプのFTCも労働者保護の執行措置を取りたいと考えるなら、ターゲットには事欠かないはずだ。しかしバイデンの独占禁止担当者たちが、米国民に最も大きな害を及ぼす不正企業を優先的に狙い撃ちにしたのに対し、トランプの独占禁止担当者たちは、トランプが個人的に嫌う悪徳企業を優先することになるだろう。

https://pluralistic.net/2024/11/12/the-enemy-of-your-enemy/#is-your-enemy邦訳

つまりは、これらの看護師向けアプリのいずれかが、トランプや彼の取り巻きの逆鱗に触れでもしない限り、看護師たちが正義を手にする日は来ないのだ。

(Image: Cryteria, CC BY 3.0, modified)

Pluralistic: Nurses whose shitty boss is a shitty app (17 Dec 2024) – Pluralistic: Daily links from Cory Doctorow

Author: Cory Doctorow / Pluralistic (CC BY 4.0)
Publication Date: December 18, 2024
Translation: heatwave_p2p