以下の文章は、コリイ・ドクトロウの「Eggflation is excuseflation」という記事を翻訳したものである。

インフレには複雑な原因と力学があるが、1つだけ明白なことがある。価格が上昇し、利益が上がれば、物価は上昇する。そうして引き起こされる「インフレ」は、部分的には強欲さによって引き起こされる。これが「強欲インフレ[greedflation]」だ。
正統派の経済学者は強欲インフレなど存在しないと主張する。確かに企業は価格を上げたいと思うだろうが、もし上げれば他社がもっと安い価格で販売するはずだと。それに、コロナ禍のサプライチェーンショックや鳥インフルといった、もっともらしいインフレの説明がいくらでもある。だが実際には、強欲インフレは競争圧力があっても簡単に定着する。鳥インフルの存在は強欲インフレを否定するどころか、むしろ助長してしまうのだ。
産業が高度に集中化し、主要市場へのアクセスを制限するチョークポイントを支配するカルテルが存在すると、価格上昇は競合他社の値下げを誘発しない。競合他社が市場で息をする余地がないからだ。そしてコロナや鳥インフルなどのショックが起きると、カルテルはコスト増をはるかに上回る値上げをし、それをショックのせいにできる。これは強欲インフレの特殊な形態で「口実インフレ[excuseflation]」と呼ばれる。
https://pluralistic.net/2023/03/11/price-over-volume/#pepsi-pricing-power
卵の価格は記録的な高値にあり、その原因は鳥インフルにあると言われている。しかし詳しく見れば、卵インフレ[eggflation ]は明らかに口実インフレだ。卵産業は、採卵鶏のゲノムから鶏の飼育・加工、卵の流通・小売りまで、すべてを支配する独占、複占、カルテルの垂直統合構造になっている。これらの独占企業は、鳥インフルを言い訳に生産制限と値上げを堂々と共謀してきた。鳥インフルが発生するたびに、彼らは増え続けるコストについて愚痴をこぼしながら――だがそのコストは決算書には決して表れない――記録的な利益を上げ続けている。
マット・ストーラーのBIGニュースレターで連載された調査記事「Hatching a Conspiracy(陰謀の孵化)」で、反トラスト法弁護士のバーセル・ムシャルバシュは、Big Eggの歴史、仕組み、そして途方もない利益について詳細に解説している。彼らの価格操作と吊り上げは、鳥インフルに関する言い訳と同じくらい恥知らずだ。
https://www.thebignewsletter.com/p/hatching-a-conspiracy-a-big-investigation
まず鳥インフルそのものについて考えよう。鳥インフルの発生は太古の昔から養鶏業につきものだった。とはいえ、工業的養鶏の登場により、より多くの鶏がより狭いスペースで飼育されるようになったことで事態は悪化した。頻発する致命的なインフルエンザとそれによる大量殺処分に直面して、養鶏業界は発生への対処法を確立したはずだと思うだろう。その通りだ。
鳥インフルによる殺処分は相当数の鶏を一掃する――現在の鳥インフルでは米国だけで1億1500万羽以上の採卵鶏が処分された――が、これは複数年にわたって段階的に行われる。新しい採卵鶏はすぐに孵化・飼育できるし、受精卵も大量に備蓄されていて必要に応じて即座に活性化できる。2021年に始まった現在の鳥インフル以降、鶏卵の生産量はわずか3.5%しか減少していない。しかしこの数字さえもミスリーディングだ。同じ期間に米国の卵消費量は7.5%減少し、他国は米国の感染卵の輸入を阻止したため、海外向けの卵の出荷は2.5%減少している。
つまり、鳥インフルが卵インフレの原因だという話は簡単な検証にも耐えられない。業界は存在しない不足を理由に価格を上げていると主張しているのだ。鳥インフルは口実に過ぎない。これは口実インフレそのものだ。
だが――新古典派経済学者が大慌てで指摘するように――こうした値上げは、他社がより安い選択肢で市場に参入する誘因になるはずだ。口実インフレが機能するのは、サプライチェーンが市場操作や新規参入阻止のために共謀できる少数の支配的企業によって牛耳られている場合だけだ。そしてまさにそれが現実に起きている。
食料品店の冷蔵庫から見てみよう。もはや「お1人様1ダース限り」という張り紙はお馴染みとなった。一見すると、陳列された卵はさまざまな企業から供給されているように見えるが、よく調べてみると、米国で販売されるほぼすべての卵は単一の企業から来ていることがわかる。カルメイン・フーズというあまり知られていないコングロマリットが、Farmhouse Eggs、Sunups、Sunny Meadow、Egg-Land’s Best、Land O’ Lakes eggsなど数十の卵ブランドを買い占めたのだ。
https://pluralistic.net/2023/01/23/cant-make-an-omelet/#keep-calm-and-crack-on
カルメインのマックス・ボウマンCFOは、投資家向け説明会で同社の利益増を誇らしげに発表し、「大幅に高い販売価格」と「インフレ市場圧力への適応能力」によるものだと説明した。投資家は熱狂的に反応し、カルメインの株価は記録的高値を更新した。
鳥インフルのパンデミック以降、カルメインの利益はパンデミック以前の300〜600%の水準で推移している。しかしカルメインの疫病利益拡大戦略は2021年に突然生まれたわけではない。2000年代の鳥インフル発生時、カルメインは鳥インフルが大手卵ブランドに利益をもたらし、卵価格を上昇させることを学んだ。ただし、その上昇は鶏群が回復するとすぐに消える一時的なものだった。2015年の鳥インフルパンデミック時、生産者は迅速に採卵鶏を育成して鶏群を入れ替え、卵価格(と利益)はごく控えめな上昇にとどまった。
今回は違う。2021年の鳥インフル発生は、卵価格の即時的、実質的、継続的、かつ持続的な上昇をもたらした。採卵鶏の数は激減し、「親」鶏群(受精卵から採卵鶏を供給する鶏群)は2021年の310万羽から2025年には250万羽へと劇的に減少した。数字だけでは全容が見えにくいかもしれない。つまり、親鶏群の平均年齢は歴史的水準よりもはるかに高く、生産可能な卵の生産数は今後減少していくことになる。
その不足は、鳥インフル発生以来、農場に追加されている若雌鶏(未成熟な雌鶏)の数にも表れている。記録的な卵価格にもかかわらず、農家は採卵鶏の数を増やしていない。ムシャルバシュが指摘するように、鳥インフル発生以来増加したのは利益だけだ。親鶏群、受精卵、若雌鶏はすべて着実かつ意図的に減少させられてきた。これは3年間でさらに悪化している。これはサプライチェーンのボトルネックではない――独占の仕業だ。
複数の独占の仕業、という方が正確かもしれない。養鶏サプライチェーン全体が近親交配のカオスにある。鶏の遺伝学全領域――つまりどの鶏が存在するか――はプライベートエクイティに支援されたHendrix Geneticsと億万長者が所有するErich Wesjohann Groupという2つの欧州企業によって支配されている。これらの企業は20年間で米国の採卵鶏のほぼすべての供給源を買収または排除してきた。ムシャルバシュは次のように述べている。
今日、我が国の鶏卵生産者は、このデュオポリーの協力なしに自社の鶏群の数を増やす――あるいは老齢化や死亡で失った鶏を入れ替える――ことさえできない。そして、鶏の価値は卵価格と連動して上昇するため、卵価格が高いとき、この2社の男爵は生産者への若雌鶏供給を意図的に制限する明確な利益がある――高価格を維持するためだ。
しかし誰もがBig Bird Genomeの慈悲にすがっているわけではない。カルメインは彼らと特別な取引を結んでおり、必要なときに必要な数の採卵鶏が手に入るという。これによりカルメインは競合したり買収を拒否するライバル卵企業に対して、繁殖、供給、販売の面で優位に立ち、完全に駆逐することができた。約60の家族経営生産者はカルメインに対して周辺的で不利な立場に追いやられ、一線を越れば即座に徹底的に叩き潰される。
カルメインは全米卵生産者協会(UEP)を支配している。ある裁判官はカルメインとUEPの関係を「マフィアのボス」に例えた。
UEPが主に他の卵企業を犠牲にしてカルメインの利益を促進するために存在しているにもかかわらず、Rose Acre Farmsのような家族経営企業は、列に加わらなければ生き残れないという思いから協会に加入し続けている。UEPは卵のOPECのような役割を果たし、業界全体が従う生産制限を設定している。裁判所が認定したように、UEPはカルメインが「命令を吠え立てる」ための「拡声器」なのだ。
UEP自身の経済学者たちは、このプロセスについて驚くほど率直だ。経済学者ドナルド・ベルが1994年に「雌鶏が多いと利益が減る!」と述べたように。この当然の帰結を理解するのに経済学の学位は必要ない。雌鶏が少なければ、利益は増える。そして採卵鶏の数が急落するにつれて卵の卸売価格は上昇し続け、2023年だけで75%も上昇した。
米国は計画経済国家だ。もちろん、機能不全の生産システムと物資不足に悩む破綻国家ソ連と違って、米国は決して計画経済に屈しないと言われてきた。しかし米国の卵はテクノクラートの気まぐれに左右されているのではなく、強欲な独占企業の思いのままだ。先月、トランプ政権のブルック・ロリンズ農務長官はカルメインと会談した後、カルメインに生産増の見返りとして補助金を約束して去った。これらの独占企業にとって世界史上最も収益を叩き出している時期に、補助金をくれてやると約束したのだ。
卵インフレは、米国産業を支配するもう1つの独占の縮図である。一般市民から盗んで一握りの株主を肥え太らせている。これは米国で唯一の卑劣な鶏独占でさえない――同様に卑劣な別の仕組みが、肉用鶏を育てる養鶏農家を支配しており、これは「chickenization(チキン化)」と呼ばれている。
それは他の食肉市場も同様だ。カルテルはデータブローカーに金を払い、価格操作の手助けをしてもらっている。
https://pluralistic.net/2023/10/04/dont-let-your-meat-loaf/#meaty-beaty-big-and-bouncy
こうしたデータブローカーと連携したカルテルは米国のあらゆる領域に存在し、ジャガイモから家賃まであらゆるものの価格を操作している。
https://pluralistic.net/2025/01/25/potatotrac/#carbo-loading(邦訳記事)
今度デニーズに行って卵1個につき0.50ドルの追加料金を目にしたら、思い出してほしい。その値上げは鳥インフルのせいではない――口実インフレがもたらした避けられない卵インフレであり、強欲インフレの一形態なのだと。
ムシャルバシュはBIGでの連載をあと2回控えているが、待ちきれない場合は、このシリーズの元となった報告書「Kings Over the Necessaries of Life(生活必需品を支配する王たち):米国の農業システムにおける独占化と競争の排除」を読むことができる。これはムシャルバシュがFarm Actionのために執筆したものだ。
Pluralistic: Eggflation is excuseflation (10 Mar 2025) – Pluralistic: Daily links from Cory Doctorow
Author: Cory Doctorow / Pluralistic (CC BY 4.0)
Publication Date: April 12, 2025
Translation: heatwave_p2p