著作権は国際法――主に世界知的所有権機関(WIPO)による1886年ベルヌ条約と1996年のインターネット条約――の対象だが、いまも国内法によって履行、執行されている。著作権法制は国ごとに大きく異なる。もっとも大きな違いは著作権保護期間の長さで、著作者の死後50年(ベルヌ条約の最小要件)から死後100年(メキシコ)まである。

法律の違いはバグなどではなく、特長である。各国が自国の状況に基づいて、著作権法に例外的な免除規定を定める権利を有するように(たとえば、外国の書籍があまり販売されていないインドの著作権法は、公立図書館でそうした書籍を3部までコピーすることを認めている)、その国の国民にとってもっとも有益な著作権保護期間が採用されなくてはならない。ほとんどの場合、もっとも短い期間が好まれることだろう。

しかし、保護期間が国ごとに違っていては、著作権者にとっては煩雑な環境となってしまう。そこで著作権者は世界中で著作権をより容易に行使するために、著作権の保護期間を調和(平準化)させようとしてきた。そうすることで、ベルヌ条約が定める死後50年間を越えて、さらに20年間の独占的使用権を得ることができる。それを達成するため利用されてきたのが貿易協定だ。

貿易協定

WIPOベルヌ条約と同様、貿易協定は基本的には条約なのだが、2つの大きな違いがある。第一に、WIPO条約は、透明性が担保され、EFFや図書館協会、障害者団体など、利用者が参加したうえで交渉が進められるが、貿易協定は……そうではない。貿易協定にアクセスできる団体は、米国通商代表部(USTR)の貿易諮問委員会など各国諮問機関の一員として参加する企業ロビイストだけだ(詳細については、昨年の著作権ウィークの記事を参照のこと)。先月の国連インターネット・ガバナンス・フォーラム(IGF)に関連して、EFF主導のグループは、透明性を高め、排他性をなくした貿易交渉の進め方に関する勧告を公表したが、この戦いは現在もなお続いている。

第二に、WIPO条約が著作権という単一のテーマに取り組むのに対して、貿易協定は食肉の表示基準や衣料品工場の検査、政府入札の制限など、幅広いテーマを扱うという点だ。どういうわけか、こうした交渉を行う国々は、さまざまな分野に渡る交渉国の要求――そして自国の業界ロビイストの要求――と、自国の著作権法制の自治権を維持するという価値とを天秤にかけることを迫られる。多くの場合、国が自国の著作権法制を売り渡すという結果を招く。2017年のオーストラリア生産性委員会の報告書では以下のように指摘されている。

オーストラリアの知的財産権交渉では、『大きければ大きいほど良い』という価値観と、協議や透明性の不十分さが問題視されている。特許や著作権の保護期間など特定のIP規定を履行するようオーストラリアに約束させる国際協定は、オーストラリアの利益に反するものであった。通常、こうした合意はトレードオフを伴うものだが、締結を急ぐあまり、オーストラリアはあっさりと受け入れてしまった。

こうした取引に利用されるのは、たいてい著作権保護期間である。シンガポールとチリが2003年に、オーストラリアが2005年に、バーレーンとモロッコが2006年に著作権保護期間を延長したのは、まさにそのためだ。環太平洋経済連携協定(TPP)の締結国のうち、現在も6カ国が保護期間延長をせずに済んでいるのは、間一髪のところでトランプ大統領が合意を撤回し、保護期間延長を履行する必要がなくなったためである。現在はCPTPPと形を変えたが、著作権保護期間の延長の必要はなくなった。

しかし、不透明かつ閉鎖的な貿易協定を通じて、各国が保護期間延長を強要される脅威は去ったわけではない。このようなアジェンダを推し進めているのは、米国だけではなく、欧州も同じだからだ。悲劇的なことに、日本はTPPのもとで著作権保護期間延長を強いられなくなったはずだったが、先月、日欧経済連携協定(EPA)の合意内容が公表されると、すでにEUとの間で保護期間の延長に合意していたことが判明した。現在交渉中の別の貿易協定でも、EUは(欧州諸国より貧しい)フィリピンに対して保護期間を死後70年にするよう求めている。

スペシャル301条報告書

米国は貿易交渉以外にも、USTRが毎年発行するスペシャル301条報告書によって、他国の著作権法に干渉しようと試みている。スペシャル301条報告書は、国際法上は何ら効力を持たない文書ではあるが、米国の一方的な要求通りに著作権法を改正しない国を「ウォッチリスト(監視国)」に追加し、要求を拒否し続けた場合には経済制裁を加えるとの含みをもたせている。

2016年、米国はスイスをウォッチリストに追加したが、その1年後、まさにスイスの時計のような正確さで、同国は著作権法の大改革案を提出している。このなかには、実演権の保護期間の50年から70年への延長も含まれていた(厳密には著作権ではなく「著作隣接権」であるが)。これはカナダが2015年に行った改正と同様であるが、カナダは2016年のスペシャル301条報告書でもウォッチリストの最上位に掲載され、現在もリストに掲載されたままである。

賞味期限切れのアイディア

2000年代はじめ、貿易協定が死後70年間の勢いを加速させることに成功したために、少なくとも3つのことが変わった。第一に、こうした協定が交渉された直後、長期的な著作権保護期間が経済成長に結びつくとの考えに疑問を投げかける経済学者から、新たな強い証拠が出始めたことだ。たとえば、エルドレッド対アシュクロフト訴訟では、17人の著名経済学者が、米国の保護期間延長法に疑問を呈する法廷助言書に署名している。今日、多くの経済学者が著作権保護期間は14年程度が適正だとの意見に同意している。

第二に、米国の世界的な経済支配力はこの数十年で着実に低下している。東アジア地域包括的経済連携(RCEP)を進める経済大国、中国とインドの著作権保護期間は、いずれもベルヌ条約が定める死後50年間であり、すぐにでも延長に傾くとは考えにくい。また、NAFTA交渉を見ても、死後50年間を維持するカナダは、延長しないとの確固たる決意を表明している。かつて米国はカナダに強い影響力を持っていたが、今日ではその力は弱まっている――TPPの合意内容から著作権保護期間延長を削除するほどに。

第三に、そしてもっとも興味深いことに、コンテンツ製作者の代表からも、長期間の著作権保護期間は望ましくないという意見ががでてきたことだ。先週のArs Technicaに掲載された画期的な声明のなかで、全米作家協会は次のように述べている。

多くの会員が、パブリックドメインとなった過去の作品へのアクセスから利益を得ていることを鑑み、著作権保護期間の延長は支持しない。むしろ、政治的に実現可能なのであれば、我々は保護期間を死後50年間に巻き戻すことを支持するだろう。

膨れ上がってしまった著作権保護期間のロールバックは、政治的に実現可能ではないかもしれないが、秘密裏に進められる貿易協定を通じた他国への保護期間延長の強制を阻止することはできる。米国の貿易交渉官は、クリエイティブセクターでさえ要求していない要求を、政治的リソースを割いてまで、けんか腰で強要する必要などないのだ。

著作権保護期間延長は、決してよいアイディアではなかった。しかし、閉鎖的、排他的、ロビイスト主導の貿易協定のなかで、それを望まない国に強要する場合には、極めて酷いアイディアといえる。米国と欧州は、貿易相手国に著作権保護期間の延長を要求することをやめ、そのような要求を受けている国は断固として拒否すべきだ。いまやクリエイティブ産業ですら、著作権保護期間は長くないほうがよいと考えているのだから。

How Closed Trade Deals Ratchet Up the Copyright Term Worldwide | Electronic Frontier Foundation

Author: JEREMY MALCOLM (EFF) / CC BY 3.0 US
Publication Date: January 17, 2018
Translation: heatwave_p2p