海賊版は多くミュージシャンのセールスに貢献するとの学術論文が『Information Economics and Policy』誌に掲載された。この査読論文によると、海賊版は中堅アーティストにデジタル、フィジカルの双方でポジティブな影響を及ぼす一方、トップミュージシャンのセールスを減らしているという。

オンライン海賊版は音楽セールスに貢献するのか、それとも損害を与えるのかという問いは、この数十年激しい議論を巻き起こしている。

すでにさまざまな研究が幅広く行われており、アーティストや音楽ジャンル、メディアのタイプなどによって、ポジティブ、ネガティブ、さまざまな影響が報告されている。

今月、その議論に新たな研究が加わった。査読誌『Information Economics and Policy』に掲載されたクィーンズ大学の経済学者ジョナサン・リーの論文だ。

「Purchase, pirate, publicize: Private-network music sharing and market album sales」と題されたこの論文は、BitTorrentの海賊版がデジタル、フィジカルの音楽セールスに及ぼす影響を検証している。

我々は2年前、この研究の初期段階にもお伝えしているが、彼は研究手法とデータサンプルを改良し、よりクリアな結果を導き出している。

ファイル共有データは、あるプライベートBitTorrentトラッカーから入手したもので、250,000枚のアルバムと、500万回以上のダウンロードデータをカバーしている。これらをニールセンサウンドスキャンが公表する米国のアルバムセールスデータと照合した。

推定アプローチを改善し、マッチング技術をアップデートしたことで、論文の最終版は実に興味深い結果を示している。

Torrentトラッカーのデータの分析によると、海賊版は中堅アーティストのセールスを物理媒体(CD)とデジタルダウンロードの双方で押し上げているという。しかし、もっと人気のアーティストの場合には、この効果は逆転する。デジタル、フィジカル双方のセールスが減少し、その減少は特にデジタルセールスで顕著であった。

「いずれの市場においても、トップアーティストは被害を被り、中堅アーティストは後押しを受けています。この効果は特にデジタルセールスで大きくなっています」とリーはTorrentFreakに語った。「デジタル海賊版からフィジカルCDに切り替えるよりも、デジタル海賊版からデジタル配信へと乗り換える傾向があるということでしょう」

この結果は、著作権侵害への理想的な「汎用的」対策は存在しないとの結論を導く。実際、無断共有はポジティブな影響をもたらすこともある。

このことは、過去数年のミュージシャン自身の観察とも一致している。複数のトップアーティストが海賊版のポジティブな効果を認め、最近ではエド・シーランが、自身のキャリアは海賊版のおかげだと発言している。

エド・シーランはCBSのインタビューで「違法な音楽共有を嫌う音楽業界にいるのだから、それが悪いことだということはわかっている」としたうえで、「僕を作り上げたのは違法なファイル共有。イングランドの大学生だったころ、お互いに曲を共有していたよ」と語っている。

TPBで共有されるエド・シーランのアルバム

もちろん、現在のエド・シーランは全く異なる立場にある。トップアーティストの1人として、海賊版の被害を受ける側にあるのだ。しかし、次世代のスターたちは、海賊版の恩恵にあやかっているのかもしれない。

リーによると、音楽業界は海賊版サイトの閉鎖が必ずしも正解ではないことに気づくべきだという。それどころか、ファイル共有サイトは、場合によってはプロモーション・プラットフォームとして役立つ可能性もある。

「上述の通り、プライベートファイル共有ネットワークをすべて閉鎖しようとする方針は、(比較的小さいセールスへの影響に比して)過剰に費用がかかり、(汎用的な方針としては)賢いものとはいえません。適法なサービスの利便性を高め、購入の代替選択肢となる海賊版への需要を減らすほうが好ましいでしょう」とリーは我々に語った。

「商業ラジオによる無料のプロモーションと同様に、特に売り出し中のアーティストにとっては、海賊版ネットワークに自ら楽曲をリリースする実験をしてみても良いかもしれません」

リーはこの結果から、別の興味深い推論を行っている。近年、複数のレーベルやアーティストが、ストリーミングプラットフォームと独占的な契約を結んでいる。コンテンツが適法なサービスを利用していてもアクセスできない状況――つまり、断片化した状況は、海賊版の魅力を増す可能性があるという。

「海賊版を包括的な(非断片化した)代替プラットフォームと見ることができます。消費者が断片化されたプラットフォームに複数の加入しなくてはならないのであれば、断片化されていない単一のプラットフォームとして、海賊版を利用するインセンティブは高まるでしょう」

研究に使用されたデータは、大規模なストリーミング・ブームが沸き起こる数年前に収集されたものであるため、今日の状況とは異なるかもしれない。しかし、海賊版がセールスに及ぼす影響は、音楽業界が主張するほどに単純なものでないことは明らかだ。
Piracy Can Help Music Sales of Many Artists, Research Shows – TorrentFreak

Author: Ernesto / TorrentFreak / CC BY-NC 3.0
Publication Date: January 28, 2018
Translation: heatwave_p2p
Header Image: Esther Wechsler

海賊版の広告効果は、コンテンツ自体が海賊版の主役であった時代にはいわゆる口コミ効果としてあったのかもしれないが、ストリーミングサービスが普及し、サービスとしての側面が強まっている現在においてはどうなのだろう、という疑問がある。

この研究自体は、「とりあえずダウンロードされやすい」トップアーティストよりは「試聴のつもり」でダウンロードされる新人、中堅アーティストにポジティブな影響があるという従来の研究通りの結果といえる。日本でも、海賊版マンガが連載中の作品の正規版の売上を減少させ、連載が終了している作品の売上を上昇させていることが、慶應義塾大学経済学部の田中辰雄准教授の論文で示されているが、顕在顧客が多いものはネガティブな影響、潜在顧客が多い作品がポジティブな影響を受けている、というところだろうか。

また、海賊版ネットワークをプロモーションの場として捉えるというのも、すでにuTorrentFrostWireが実施しているがうまくいったという話は聞かない。試行回数が少ないために成功例を出せなかっただけなのかもしれないが、個人的には意図して成功させることは極めて難しいと思っている。

こうした研究、海賊版の影響を(ポジティブ、ネガティブ共に)過大視してしまう人に釘を刺す、という意味では有意義だと思うのだが、この知見をどう活かすかとなるとなかなかに難しく感じる。

カテゴリー: CopyrightSurvey / Study