以下の文章は、コリイ・ドクトロウの「The (real) dead economy theory」という記事を翻訳したものである。

Pluralistic

イーロン・マスクにまつわる愉快な事実を1つ。2020年、彼の(名目上の)純資産は200億ドルだった。それがいまや(名目上)1兆ドルに達している。だが愉快なのはそこではない。こちらだ――2020年以降、彼はやることなすこと、すべてが失敗続きだ。

ジョン・クイギンが書いているように、2020年以前のマスクは、Tesla、バッテリー、Starlinkのマスクだった。2020年以降のマスクは、Starship、ロボタクシー、Cybertruck、Twitterのマスク――商業的失敗と、文字通り爆発した資産の連続だ。付け加えるなら、2020年以降のマスクは世界一貪欲な金の焼却炉まで作り上げた。「XAI」という名の、自動児童ポルノ製造ツールだ。

https://crookedtimber.org/2026/06/15/one-big-grift/

クイギンは断じる。いまや「金融市場が資産を正確に評価するという役割を果たせず」、「市場を機能させるはずの制度的構造は、その努力を放棄してしまった」時代なのだと。SpacexのIPOに始まった話ではない。クイギンが書くように、Bitcoinをはじめとするクリプトは、かつてゴールドマン・サックスのような、表向きは堅実な金融機関から敬遠されていた。ところが今日では大手銀行がこぞってクリプトサービスを提供しているし、人々は「暗号通貨」と呼ぶことすらやめてしまった。あれが通貨の一種だというフリをする者など、もはやどこにもいない。あれは取引可能なコレクターアイテムであって、犯罪の決済やマネーロンダリングにすら大して役に立たない。

Spacexは、クリプトの論理の延長線上にあるにすぎない。何かに価値があるのは「将来、他の誰かがもっと高い値段で買ってくれるはずだ」と考える人間がいるからであって、それが有用な働きをするからではない、という論理だ。

https://johnquiggin.com/2018/02/09/bitcoin-kills-the-efficient-market-hypothesis/

この論理が、今日の市場全体を貫いている。AI――世界で最も金を溶かす技術――は、他のあらゆるものを犠牲にして投資を吸い寄せている。NIH[米国立衛生研究所]の古参職員たちが、長年続けてきた医学研究プロジェクトを打ち切らないでくれとDOGEの小僧どもに懇願したとき、マスク配下のブロッコリーヘアの褐色シャツ隊は彼らの面前で嘲笑い、こう言い放った。がん研究など要らない、「GAI」はもうじき完成し、ソイツががんを治してくれるのだから、と。価値ではなくヴァイブスに投資する例として、これ以上のものはそうそうお目にかかれない。本物のがん研究を打ち切って金を浮かせ、その金を単語当てマシンにもっと多くの単語を教え込むために注ぎ込む――なにしろそのマシンはもうすぐ神になって、がんを治してくれるはずなのだから。

今日のゴールドマン・サックスは、クリプトに全ベットしているだけではない。SpacexのIPOにも全額賭けている。クイギンが書くように、同行は「マスクの寄せ集め資産」が今後40か月100倍に成長するというマスクの主張に、お墨付きを与えたのだ。

クイギンの短いエッセイは、数日前に読んで以来、私の頭の中を転がり続けていた。そして昨日、オーウェン・マクグランによる「死んだ経済理論(The Dead Economy Theory)」と題されたエッセイを見つけた。

https://www.owenmcgrann.com/p/the-dead-economy-theory

この現象にぴったりの名前だ! と思った。ところがマクグランの記事を読んでみると、これもまた「AIが我々の仕事をすべて奪った後、経済はどう回るのか」を問う類の文章だった。AIは間違いなくそうするのだから、本当にそうなるのかと疑う意味すらない、というわけだ。

断っておくが、自動化を前にした労働の置き換えにいかに公平に対処するか、という思考実験そのものは大いに結構。私はSF作家である。そういうネタは私の飯の種だ。

だが、AIセールスマンの主張を鵜呑みにした理屈に「死んだ経済理論」の名を与えるのは、キラーフレーズの度し難い無駄遣いである。AIがあなたの仕事にもたらす真のリスクは、「AIがあなたの仕事をこなす」ことではない。「口答えする労働者を従順な機械に置き換えたくてたまらない、あなたの上司の無限の欲情。そこにAIセールスマンがつけ込み、あなたの仕事をこなせないチャットボットを売りつける。かくして上司はあなたをクビにし、その無能で欠陥だらけのチャットボットに置き換える」――これである。

同じ理屈で言えば、本当の「死んだ経済」リスクとは、生産的な労働のすべてが、サム・アルトマンのような常習的嘘つきにしてギロチン送りがふさわしいビリオネアの所有するチャットボットに担われるようになることではない。実際の「死んだ経済」リスクとは、我々の制度と市場が、生産的な活動からミーム株、ヴァイブス、バブルへと資本を移し続けることだ。

我々は「AIがん研究」をやろうと思えばできる。がん研究者のために、厄介な多変量解析の問題を自動化するツールを作ればいい。だが我々が実際にやっているのは、がん研究から資金を断ち(とりわけ「システミック(全身性)」のがん研究が槍玉に挙がる。「システミック(構造的)」なものを研究するのは「ウォーク」だから、だそうだ)、データセンターを建設してマスクをトリリオネアに仕立て上げるための財政的余地をくれてやっているだけだ。

これは単なる死んだ経済ではない――あなたの愛する人すべてと、大切なものすべてを殺す経済だ。

Pluralistic: The (real) dead economy theory (17 Jun 2026) – Pluralistic: Daily links from Cory Doctorow

Author: Cory Doctorow / Pluralistic (CC BY 4.0)
Publication Date: June 17, 2026
Translation: heatwave_p2p

カテゴリー: AI