3月の第5週に、欧州議会は著作権指令に関する最終投票を実施する。EUの著作権規則の改正は、2001年以降ではこれがはじめてとなる。通常であれば、著作権マニアや業界関係者ばかりが興味を寄せるテクニカルなものとなっていたはずだったが、この指令は欧州史上最大規模の論争を巻き起こす大問題となった。実際、この指令に反対する署名活動も、Change.orgの歴史上、最大規模のものとなっている。
どうしてこうなったのか
欧州の規則は長距離走のようなもので、著作権指令もその例外ではない。何年間にもわたって議論を重ねて洗練され、2017年春の時点では、主要な相違点はすべて解消されていた。しかしその後、大混乱が起こった。「報告者」(いわば立法監督者)であったドイツのアクセル・ヴォス欧州議会議員の主導により、専門家の助言を受けて実行不可能として破棄されたとんでもない条項(第11条と第13条)が復活したのだ。第11条と第13条を最終条文に入れるというヴォス議員の主張は、市民の怒りを呼び起こし、世界を代表するテクノロジー、著作権、ジャーナリズム、人権の専門家や団体から批判を浴びている。
この指令の解釈が食い違っているのはなぜか
「指令」とは欧州議会が制定した規則で、これ自体が直接の法的拘束力を持つ法律というわけではない。欧州レベルで指令が採択されると、28のEU加盟国はそれぞれに、指令を「転置」するため、その要件を満たす国内法を整備しなくてはならない。今回の著作権指令は曖昧な部分が多く、加盟国がどのように国内法を整備するかについてそれぞれに仮定するするところから始めなくてはならず、条文が意味するところについて意見の一致を見てはいない。たとえば、第11条(下記参照)は、記事またはその見出しから1語ないし2語より多くを含むリンクを禁止することを加盟国に認めているが、条文は「簡潔なスニペット(抜粋)」以上を含むリンクを禁止することが求めるのみである。そのため、ある国では記事中の3語を使用する記事へのリンクを禁止する法律が作られ、別の国では「スニペット」を広く定義し、ほとんど変更を必要としないように立法するかもしれない。そうなると、EU全域を網羅するサービスは、それぞれの国の法律に基づいて異なるバージョンのサイトを提供しなくてはならなくなる。オンラインサービスが、最も厳しい国の法律に合わせた変更を加えることも十分あり得る。
第11条(いわゆる「リンク税」)とはなにか
第11条は、ニュース企業の記事の見出しや短い抜粋を集約し、ニュース企業のサイトへのリンクをユーザに提供(refer)するGoogleやFacebookなどの大手プラットフォームとの交渉力をニュース企業に与えるよう求めている。第11条では、記事の「スニペット」以上のテキストを新たな著作権で保護するとしており、そのテキストを引用した場合には、誰であってもライセンスを取得し、使用料を支払わなくてはならない。この指令は、記事中の3語以上を使用すること禁止する立法を加盟国に認めている。
第11条/リンク税のなにが問題なのか
第11条は多くの憂慮すべき曖昧さを抱えている。「ニュースサイト」の定義は非常に曖昧で、「スニペット」の定義は各加盟国の立法者に委ねられている。さらにまずいことに、第11条の最終案には、小規模なサービスや非営利のサービスを保護する例外も設けられていない。つまり、Wikipediaやあなたの個人的なブログも対象になるということだ。現行案は、スニペットを含む記事へのリンクに対する使用料の徴収をニュース企業に認めるだけでなく、そうしたリンク(記事からの引用を含むリンクも該当する)を禁止する権利も与えている。つまり、記事への批判を書いた者を脅すこともできるようになるのだ。第11条はニュースメディアの市場集中をさらに加速させることにもなる。大手企業のみが互いにリンクの権利をライセンスする一方で、(訳注:資金力のない)小規模サイトにはそれが許されず、大企業が伝える記事の欠陥や矛盾も指摘できなくなるだろう。
第13条(いわゆる「検閲マシン」)とはなにか
第13条は、インターネットにおける著作権のあり方を根底から変えることになる。今日、オンラインサービスは著作権侵害を防ぐためにユーザが投稿するすべてをチェックする義務を負ってはおらず、権利者は彼らが著作権侵害とみなした投稿を削除してもらうために裁判所の命令を必要とはしていない。権利者が「削除通知」を送った場合には、サービスはその投稿を削除しなければならず、そうしなければ著作権侵害の責任を直接負うことになる。第13条は、オンラインサービスへの保護を切り崩し、著作権者がインターネットで侵害を確認して通知する手間を省く。そのかわりに、オンラインプラットフォームは、ユーザによる著作権侵害を防止する義務を負うことになる。今回の著作権指令の中でも最も強い批判を浴びているのが、この第13条だ。
「著作権フィルター」とはなにか
当初、第13条は、オンラインサービスプロバイダに課せられる義務が明確であった。サービスプロバイダは、あらゆるツイート、Facebookの投稿、共有された写真、アップロードされたビデオ、その他あらゆるアップロードについて、既知の著作物データベースのアイテムと照合して類似するものはないかを見て、極めて類似する物があった場合にはブロックするよう求められていた。すでに複数の企業が、不完全ながらこうしたフィルターを開発している。最も有名なのはYouTubeの「コンテンツID」で、信頼された一部の団体が提供する作品に一致するビデオをブロックしている。Googleはこれまで、コンテンツIDの開発に1億ドルを投じてきた。
なぜ人々はフィルターを嫌うのか
著作権フィルターは大きな議論を呼んでいる。よほど低精度のものでなければ、フィルターの導入には高額な費用がかかり、それを構築できるのは大手テクノロジー企業だけに限られる。その大半は、米国を拠点とする企業だ。さらに、フィルターは不完全で、適法なコンテンツさえしばしば過剰ブロックしてしまう。チェックやバランスを欠いているために、気に食わないコンテンツを削除するために簡単に悪用されている。フィルターは著作権を主張する人々が真実を語ることを前提としており、マグロ漁の網で多数のイルカを捕まえるような怠惰とずさんさを促進している。
第13条は「フィルター」を義務づけているのか
アクセル・ヴォス議員をはじめとする第13条の支持者たちは、この指令を欧州議会で通すために、フィルターに関する記述を削除した。しかし、その修正が加えられた第13条の条文でも、オンライコミュニティの運営者に、何かしらの方法で、数千億件にも上るソーシャルメディアやフォーラムへの投稿やビデオのアップロードすべてについて、著作権上の問題を抱えていないかを確認し、評価することを求めている。第13条の支持者たちは、フィルターは必須ではないという。だが、フィルターを用いずに第13条を満たすにはどうすればよいのか、という問いには、誰一人答えようとはしない。ようするにこういうことだ。4本の足、長い鼻、長い牙を持つ大きなアフリカの哺乳類を飼えという法律ができたとすれば、象を飼う以外の選択肢はない。
すべてのオンラインサービスにフィルターが義務づけられるのか
欧州には、主に「中小企業」(SMEs)で構成される活気あるテクノロジーセクターが存在する。著作権指令を交渉してきた政治家たちは、米国の大手テクノロジー企業から欧州インターネットの恒久的なコントロールを奪い返しつつ、こうした欧州企業を駆逐してしまわないようなルールにするよう強いプレッシャーをかけられてきた。それゆえ、SMEsを保護するための政治的妥協がなされたが、それでも最終的には彼らを破滅に追いやるものとなった。新たな規則では、オンラインサービスが開始されてから最初の3年間に限って、著作権に対する責任が一部免除されることになっている。しかし、その期間であっても、サービスの月間ユニークビジターが500万人に達するか、年間売上高(収益ではない!)が1000万ユーロに達した場合には、免責されなくなる。つまり、米国最大規模のプラットフォームと同様の義務を負うということだ。企業が1000万1ユーロを稼ぎだしてしまえば、もれなく著作権フィルターの請求書も届くことになるのである。非営利サービスを対象とした免責条項も設けられているが、条文は曖昧で、それが何を意味しているかの明確な説明もない。他の法律と同様に、各加盟国がそれぞれ施行する法律次第ということになる。たとえばフランスの交渉担当者は、いかなるインターネットサービスであれ、この要件から免責されるべきではないと明言している。したがって、フランスは可能な限り免責規定を狭めることが予想される。小規模企業や非公式組織は、EU各国で権利者から訴訟を起こされることを想定し、それぞれの管轄区域に弁護士を雇わなくてはならなくなるだろう。いずれ、欧州司法裁判所がより正確で、うまくいけば公正な解決策を示してくれる可能性もあるが、そのような訴訟が終結するには長い年月を要する。おそらく裁判を経ることなくそれぞれに妥協的なライセンス契約を締結するであろう大手の権利者と大手テクノロジー企業は、いずれも免責規定をさらに狭めることに関心を示すだろう。非営利サービスや小規模企業は、それに対抗して多額の費用を捻出して訴訟を起こし、勝利を手にする日まで耐え抜かなければならない。
「フィルター」ではなく「ライセンス」すればよいのではないか
第13条は、著作物の侵害的使用をブロックすることを企業に義務づけているだけである。そのため、第13条の支持者たちは、オンラインサービスが大手エンターテイメント企業のカタログをすべてライセンスすれば、フィルターを導入する必要はないと主張している。しかし、オンラインで公開されているほぼすべての創作物(このFAQ記事からあなたのツイートに至るまで)は、即座に、そして自動的に著作権で保護されることになる。EU議員が世界をどう認識しているかに関わりなく、私たちはごく一部の強力な権利者が、世界の大部分の著作物を管理しているような世界に住んでいるわけではない。全インターネットユーザ、すなわち30億人の人々が、潜在的な著作権者なのだ。第13条は、ごく一握りの巨大メディア企業の著作権を保護することだけをオンラインサービスに求めているわけではない。たとえば、小規模な愛犬家フォーラムは、そのユーザが投稿するかもしれない別の愛犬家フォーラムの写真について、その写真のライセンスを取得するために「最善の努力(best effort)」を講じたことを示す必要があるのだ。たとえオンラインプラットフォームが、あらゆる商業音楽、書籍、コミック、TV番組、ストックアート、ニュース写真、ゲームなどのライセンスを取得できたとしても(メディア企業がそれらをライセンスすれば、だが)、それ以外のユーザ投稿をライセンスする「最善の努力」を講じるか、別のユーザがそれを再投稿するのを防がなくてはならない。
第13条に過剰ブロックを抑制する文言は含まれていないのか
第13条は、虚偽の著作権侵害削除からユーザを保護する法律を定めるよう加盟国に指示する文言が含まれているが、EUの著作権は、著作権侵害による金銭的被害への損害賠償は認めているものの、合法的な投稿が検閲されただけでは何ら救済されることはない。たとえば1日数十億の投稿を扱うFacebookのような企業が、誤ってその投稿の1%をブロックしてしまった場合には、毎日数百万件の異議申し立てを処理し、裁定なくてはならなくなる。そうなれば、Facebookは裁定までに数日、数週間、数ヶ月、数年とユーザを待たせたり、ずさんな判断をテキパキとこなすモデレータを雇ったり、あるはその両方を選択するかもしれない。だが、第13条はそのような処遇を改善するよう求める権利をユーザに与えてはいない。さらに、第13条における最低限の保護でさえ、プラットフォームが(訳注:著作権侵害ではなく)「利用規約違反」によってユーザの投稿が削除されたと仕立てることで、無効化される恐れもある。
第13条の反対派は「ミームを救え」だけを求めているのか
そうではない。もちろん、フィルターはミームが「フェア・ディーリング」(欧州においてパロディ、批評、論評などに認められる著作権の例外)なのか侵害なのかを正しく判定することはできない(人間のモデレータであっても困難を伴う)という点では真実だ。その意味で、「ミームを守れ」というフレーズは、そうした判断を、付随的使用に関しては特に、フィルターに任せるのは現実的ではないことを伝えるにはキャッチーではある。自分の子どもがはじめて自分の足で歩いた時、たまたま音楽がかかっていたとする。その「付随的」な音はフィルターのトリガーとなる。つまり、家族の大切なその瞬間を世界中の大切な人たちと共有しようとしても、(訳注:音楽が流れていたがために)できなくなってしまうのだ。あるいは、報道カメラマンがデモ隊に暴力を振るう警官の写真やテロ攻撃の惨状を写真に収めたとしよう。そこにたまたま著作権で保護されたストックフォトを用いたバス広告が写り込んでいたとする。その付随的な画像もまた、フィルターのトリガーとなり、極めてニュース価値の高い写真がブロックされることもありうる。カメラマンは、大手プラットフォームが雇った低賃金の、疲弊しきったモデレータが異議申し立てをレビューしてくれるまでの数日(あるいは数週間)を待たされることになる。インディペンデント・クリエイターもその影響を受けることになるだろう。たとえば、彼らのコンテンツが大手の権利者に利用されている場合だ。現在のフィルターは、本来の制作者がアップロードしたオリジナルのコンテンツを頻繁にブロックしている。それは、そのコンテンツを使用したニュースサービスやアグリゲータが、その著作権を主張しているためだ。(こぼれ話:アクセス・ヴォス議員は、AIはミームと著作権侵害を区別できると主張している。なぜなら、Googleで「ミーム」を画像検索したら、ミームがいっぱい表示されたから、だそうだ)
私はどうすればいいのか
欧州議員に連絡し、著作権指令に反対票を投じるよう伝えてほしい。議員たちは5月の欧州議会選挙に向けて地元で選挙運動を開始しようとしている。まさにその時期に投票が実施される。彼らは有権者の声に敏感になっているはずだ! そして3月23日には、欧州各地で著作権指令に反対するデモ更新が行われる。たしかに第13条の推進派は金を持っているのだろう。だが我々の側には人々がいるのだ!