以下の文章は、TorrentFreakの「127 Russian Cinemas Resort to Piracy, Movie Boss Says: “I Don’t Blame Them”」という記事を翻訳したものである。

TorrentFreak


ロシアの映画産業全体が崩壊の危機に瀕している。数週間前には16の映画館が海賊版の最新映画を上映していたが、先週には127館にまで増加した。映画館経営者協会の会長でさえ、現状を良しとは考えていないものの、「映画館が海賊版上映に手を染めたことを責める気にはなれない」という。金儲けのためではなく、生き残りを賭けた戦いが続いている。

ウラジーミル・プーチンがウクライナ侵攻を指示したとき、彼は2つのことを確実に知っていた。1)重大な結果をもたらすだろうが、2)自分には影響しない。

5ヶ月後、確かにその結果は世界規模で生じた。だが、それもウクライナほどではない。ウクライナでは数万人が死亡し、数百万人が難民となり、経済の回復には数十年を要するほどのダメージを受けている。一方のロシアでは、少なくとも1000社の外国企業が撤退し、SWIFTにはアクセスできず、推定6300億ドルの外貨準備金が凍結された。

生命維持装置に繋がれたロシアの映画産業

ロシアの映画産業は、ウクライナ侵攻によって追い詰められた多数の犠牲者の1つである。ハリウッド撤退によってお客を呼べる娯楽がほとんどなくなると、様々なグループが映画館の遊休スクリーンを借りて、トレントで入手した映画を自主的に「海賊上映」するようになった。

トレントサイトからダウンロードした『バットマン』を映画館で上映するなんて合理的じゃないかと思う人もいるかもしれない。何しろ、それで配給の問題がたちどころに解決し、一般市民が映画にアクセスできるようになるのだから。反面、このビジネスモデルは、正規コンテンツの配給、安定性、投資、関連する雇用機会の上に築かれた業界全体を事実上ないがしろにしている。

ライセンスされたコンテンツが利用できなくなったことで、底辺への競争が始まってしまったのだ。

2022年上半期にロシアの映画館業界が被った損失は、パンデミックによる損失を超えるという調査結果もある。ロシア映画館経営者協会(AVK)の対応は、欧州国際映画館連合(UNIC)からの脱退だった。

AVKのプレスリリースでは、脱退の理由として、制裁、ハリウッドの映画供給拒否、「反ロシア的なレトリック」を挙げているが、突然の関係断絶の本当の理由は定かではない。

一方、ロシアの国内情勢は悪化の一途を辿っている。ハリウッド映画がメジャー作品の約70%を占めていたロシアでは、スタジオが撤退したことにより、その穴を埋めるための非正規コンテンツが出回るようになった。だが、当局はこれを取り締まる意向を見せてはいない。

急増する海賊版映画上映

海賊版上映が活発化していた5月、AVKは「プロフェッショナルの映画界全体」に向けて、海賊版に対抗してロシア映画産業を守っていこうと呼びかけた。「我々は、ロシアの映画館での映画の違法上映を非難する」とAVKは述べている。

だが、ロシア政府が映画産業の財政的安定を確保すると約束しながらも何もしなかったために、海賊版上映が激増していったようだ。AVKのアレクセイ・ヴォロンコフ会長は問題があることは認めつつも、2021年比で72%の収益減という現実、8月までに50%の映画館が閉館するとの見込みの前には、実利的にならざるをえないようだ。

「映画館がトレント上映に手を染めたことを責める気にはなれない」とヴォロンコフ会長は業界紙Kinometroに語っている。

「現時点までに、映画コピーの無断上映の波は指数関数的に増加しており、今後も拡大するでしょう。4週間前、こうしたコンテンツは16の映画館で上映されましたが、先週には127館で上映されました」

終幕

付加価値という概念も、それを提供する手段もない、混沌とした闇市場に正当性を奪われてしまえば、長期的に安定したリターンを求める投資家たちは、おそらくほかを探すようになる。ゲームの参加者たちは今、諦めか脱出か損切りの準備を進めていることだろう。彼らにはもはや売るべき魅力的なプロダクトはなく、売りさばけるのは劣悪なコピー品だけなのだから。

映画館での海賊版映画の上映は、合法的な代替手段がまったくないうちはうまくいくのだろうが、最終的に事態が正常化しだしたとして――それがいつになるのかはわからないが――ロシアに正規の映画を上映できる映画館が残されているのだろうか。ロシア国内の産業はたった6ヶ月で崩壊寸前にまで追い込まれたが、ウクライナ危機の影響は向こう6年かけても解決することはないだろう。

どうかエンドロールを……。これは史上最悪の映画だ。

127 Russian Cinemas Resort to Piracy, Movie Boss Says: “I Don’t Blame Them” * TorrentFreak

Author: Andy Maxwell / TorrentFreak (CC BY-NC 3.0)
Publication Date: July 23, 2022
Translation: heatwave_p2p
Material of Header image: Karen Zhao


日経新聞などでもロシア国内での海賊版の横行を記事にして危機感を露わにしているが、個人的には「海賊版の横行」自体はさしてロシア国外の企業に大きな影響は与えないだろうと思っている。

すでにロシア市場は外国企業からアクセスできる市場ではなくなっている、つまり外国企業にとって価値を生み出さない市場であり、このような海賊版上映によって著作権者が被る直接的な実際的被害というのはそれほど大きいものではないだろう。

もちろん、「ロシア市場において正当なビジネスが行われていたならば」という現実を無視した仮定を置いて被害額を算出することもできるのだろう。だが、ロシア企業とのビジネス上の取引は(少なくとも企業に求められるまっとうな手段を用いては)もはやできない。すでにウクライナ危機によって機会損失が生じているのであり、海賊版によって新たに機会損失が生じるわけではない(ただし、ロシア国外の市場に波及する場合はその限りではない)。

かといって、海賊版映画で映画館を支えられるかというと、それも期待できない。コロナ禍で大打撃を受ける中、ウクライナ侵攻に対する経済制裁という追い打ちに見舞われた映画館にとっては藁にもすがる思いなのだろうが、海賊版という「藁」程度ではこの危機を乗り切れるはずもない。