以下の文章は、コリイ・ドクトロウの「FTC vs surveillance pricing」という記事を翻訳したものである。

Pluralistic

経済学の神秘的な宇宙論において、「価格」は超越的な意義を持つ。価格は生きた市場が自らを知り、適応する手段であり、「効率的な」生産と消費を生み出す。

価格設定の形而上学は、最も基本的なレベルでは次のようになる。売り出されている商品が購入希望者よりも少ない場合、売り手は価格を、十分な数の購入者が脱落して需要と供給が一致するまで引き上げ続ける。

販売されているものが需要を下回る場合、売り手は多数の買い手が離脱し、需要が供給と等しくなるまで価格を引き上げる。落胆した購入希望者自分たちの困窮について十分に声を上げれば、他の売り手が(チャンスを嗅ぎつけた投資家に後押しされて)市場に参入し、供給が増加し、価格が下落して、システムが「均衡」に達する。つまり、需要に見合った正確な数量の製品をできるだけ安く生産する状態になる。新古典派経済学者の用語では、価格は「設定」されるのではなく、「発見」されるのだ。

反トラスト法では様々な罪が定められているが、それらはしばしば「価格設定」に帰結する。つまり、企業が顧客に価格を指図できるほどの「市場支配力」を持つ場合、それは犯罪であり、罰せられなければならない。これは新古典派経済学の根幹をなすものであり、トートロジーをはらんでいる。「市場支配力」は企業が「価格を設定」できる場に存在し、「価格の設定」は「市場支配力」を必要とする。

価格は市場の血液であり、(「情報」という形で)栄養素を、買い手、売り手、生産者、消費者、仲介者、その他の行為者で構成される広大なコロニー生命体全体に運ぶ。このコロニー生命体の各構成要素は、「価格シグナル」に含まれる情報に基づき、それぞれの自己利益を追求して行動する。各自の自己利益に基づく行動は、システムにさらなる情報を投入し、さらなる行動を引き起こす。価格シグナルとそれが引き起こす行動が相まって、最終的に価格を「発見」する。これは観念的な世界の抽象概念であり、それが我々の汚れた物理世界に引き出されると、鉱山の再開、コンテナ船やパイプラインの稼働、工場の設備更新、トラック網の全国展開、小売店の広告掲載や「大売り出し!」垂れ幕の掲示、そして消費者がそのディスプレイに殺到して財布を開くといった結果をもたらす。

価格が「歪められる」と、これらすべてが無に帰す。1920年代オーストリアの有名な「社会主義計算論争」において、フォン・ハイエクやフォン・ミーゼスのような宗教的市場原理主義の右翼大公たちは、左翼の反対派を論破し、市場こそが各物品の生産量、送り先、販売価格を計算できる唯一の計算システムだと主張した。

経済を「計画」しようとする試み、例えば産業を補助金で支援したり価格を制限することは、たとえ善意によるものであろうと、市場の計算を狂わせ、過剰生産と過少生産の双方を生じさせる混乱を招く。後に、ソ連の計画経済もこのような混乱に見舞われた。時には非常に深刻な事態(数百万人が死亡した飢饉)もあれば、時にはばかばかしいこと(地域の商店で手に入る商品がフォークだけになり、フォークを使った民芸品の局所的に流行するなど)もあった。

無計画市場も同様の事態を引き起こす。そも最も悪名高い事例は、資本主義が炭素集約的な商品やプロセスの膨大な過剰供給と、低炭素代替品の巨大な供給不足を生み出し、人類文明を崩壊の瀬戸際に追いやっていることだ。資本主義の価格シグナルは、人類の実存的危機に対処できなかっただけでなく、自らの破滅の種をも蒔いた。洪水で溺れたり、歩道で焼け死んだ人々から、市場コンピュータは「価格シグナル」を受け取ることはない。

https://www.fastcompany.com/91151209/extreme-heat-southwest-phoenix-surface-burns-scorching-pavement-sidewalks-pets

市場原理主義者にとって、これらの失敗は規制が市場を歪めている証拠に過ぎず、市場コンピュータに価格シグナルを注入するにはもっと規制を緩和した市場が必要だということになる。炭素に関しては、問題は生産者が「負の外部性」を生み出している(つまり、汚染して我々にツケを押しつけている)ことにある。このコストを「内部化」させることができれば、「経済的に合理的」になり、低炭素の代替品に切り替わるだろう。

これがカーボンクレジットの創出と販売の理論的背景である。企業に文明の崩壊と大量絶滅のリスクを冒すのをやめるよう命じるのではなく、クリーンテクノロジーを奨励し、汚染を罰するような市場を創出することで、そうするようインセンティブを与えることができる。カーボンクレジットの売買は、人類と人類が知る唯一の居住可能な惑星に存在するリスクを反映した価格シグナルを生み出すはずであり、市場が「均衡」をもたらすはず、だった。

残念ながら、現実には明らかに不公平な左派バイアスがある。カーボンクレジットはレモン市場だ。自動車や飛行機を「相殺」するために購入したカーボンクレジットは、すでに焼失した森林や、すでに恒久的に野生動物保護区に設定され伐採できない森林のものである可能性が高い。

https://pluralistic.net/2022/03/18/greshams-carbon-law/#papal-indulgences

カーボンクレジットは想像し得る最も歪んだ結果を生み出している。例えば、テスラの収益の多くは、地球上で最も汚染のヒドいSUVメーカーへのカーボンクレジット販売から得られたものである。テスラのクレジットがなければ、SUVは高すぎて販売できず、絶滅していたことだろう。

https://pluralistic.net/2021/11/24/no-puedo-pagar-no-pagara/#Rat

さらに、カーボンクレジットは人類の破滅を防ぐ直接行動を組み込んだ「包括的エネルギー」戦略の一部ではない。これらの市場ソリューションは、強力な直接行動と相容れない。クレジットに頼れば、実際に効果のある他の行動は取れなくなるのだ。

https://pluralistic.net/2023/10/31/carbon-upsets/#big-tradeoff

価格シグナルが「効率的」あるいは「生存可能」な生産には不十分なメカニズムであることが繰り返し証明されているにもかかわらず、資本主義の神話体系において依然として最重要の精神的支柱となっている。過去40年間にわたる反トラスト法と競争法への容赦ない攻撃にもかかわらず、形式的にも実質的にも禁止され続けている唯一の企業権力の形態が「価格決定力」なのである。

だからこそ、司法省テック企業や主要映画会社が従業員の賃金を抑制するために秘密裏に共謀するのを阻止できたし、その従業員たちは雇用主から巨額の賠償金を獲得することができたのだ。

https://en.wikipedia.org/wiki/High-Tech_Employee_Antitrust_Litigation

また、ビッグシックス(現ビッグファイブ)出版社とAppleが電子書籍の価格の下限を設定するために共謀したとして、大きな問題となったのもそのためである。

https://en.wikipedia.org/wiki/United_States_v._Apple_(2012)

独占に関しては、(ロバート・)ボークに毒された連邦裁判官や政府機関でさえ、価格操作には厳しい姿勢を取ってきた。なぜなら、価格の「歪み」は市場コンピュータをクラッシュさせるからだ。

だが、これほど価格の歪みが禁忌とされていても、米国の独占企業は価格を操作する数々の方法を見出してきた。先月、『アメリカン・プロスペクト』誌は、独占企業やカルテルが価格を操作し、賃金が停滞し、信用がより高価になる一方で、価格をどんどん釣り上げてきた様々な手法について、1号まるごと費やして特集した。

https://prospect.org/pricing

例えば、ジャンク料金(別名「ドリップ・プライシング」、あるいは革命が起きて真っ先に処刑されたい人が「付帯収入」と呼ぶもの|訳注:最初は安い価格を提示しながら、手続きが進むと拒否できない追加料金、手数料、税金などを上乗せして請求する手法)が蔓延している。航空会社の手荷物料金からホテルのリゾート料金、家主が小切手やカード、あるいは現金で家賃を支払う際に請求される料金まで、さまざまだ。

https://pluralistic.net/2024/06/07/drip-drip-drip/#drip-off

米国の病院が大好きな「偽りの透明性」という策略もある。

https://pluralistic.net/2024/06/13/a-punch-in-the-guts/#hayek-pilled

食料品価格の急騰を引き起こした「グリードフレーション」がある。食品大手の億万長者どもが表向きはコロナ禍の経済対策小切手のせいにしながら、陰では株主に価格決定力を自慢していた。

https://prospect.org/economy/2024-06-12-war-in-the-aisles

銀行は中央銀行のプライムレート引き上げをはるかに上回る高利で数百億ドルを稼ぎ出している(これは今度は、コロナ禍の救済小切手の過剰さを考えれば正当化されるという)。

https://prospect.org/economy/2024-06-11-what-we-owe

Amazonのような企業がユーザインターフェースで仕掛ける詐欺もある。ユーザを騙してサブスクリプションに登録させたり、より高額な商品を掴ませている。これは「ダークパターン」と大げさに呼ばれることもあるが、実際には単なる詐欺だ。

https://prospect.org/economy/2024-06-10-one-click-economy

これは需要が高いときにより多くの生産者(例えばUberドライバ)を市場に誘引するためのものだとされている「サージ料金」も、実際には搾取の口実に過ぎない。ウェンディーズのように、客からサージ料金を徴収しておきながら、従業員には分配されないことも多い。

https://prospect.org/economy/2024-06-07-urge-to-surge

そして価格吊り上げの最も陰湿で、最も利益率が高いのが監視価格設定だ。その核心は、同意なく収集された個人データに基づいて、ラテコーヒーから家賃まで、購入するものをリアルタイムで再価格設定するアルゴリズムに情報を提供することだ。

https://pluralistic.net/2024/06/05/your-price-named/#privacy-first-again

マクドナルドが一部所有するPlexureのような企業は、監視データを使用して給料日を把握し、毎日購入する朝食のサンドイッチや仕事帰りのソーダの価格を吊り上げられると豪語している。

あらゆる悪しき価格設定の慣行と同様に、監視価格設定もその起源は航空業界にある。航空業界は、乗客を監視して各人が航空券にいくら支払えるかを把握するために、早くから多額の投資を行ってきた。そして、それに応じて価格を引き上げていった。こうしたシステムの設計者たちは、その後、Realpageのような企業を設立した。家主が違法に家賃価格を操作するのを助けるデータブローカーだ。

RealpageやATPCO(航空会社間の価格固定を調整している)のようなアルゴリズム仲介者は、ダン・デイヴィスが「説明責任の吸込口(accountability sinks)」と呼ぶものだ。カルテルはすべてのデータを別個の第三者に送信し、その第三者がそれらの価格を比較して、我々全員を搾取するためにどれだけ価格を引き上げるべきかを全員に伝える。

https://profilebooks.com/work/the-unaccountability-machine

こうした価格操作の仲介者はいたるところに存在しているし、商業的監視のブームに先立って存在していた。例えば、Agri-Statsは40年間にわたり、食肉加工業者が食肉の価格操作するのを支援してきた。

https://pluralistic.net/2023/10/04/dont-let-your-meat-loaf/#meaty-beaty-big-and-bouncy

しかし、商業的監視とアルゴリズム価格設定を組み合わせると、コカイン・シャーク(あるいはメスメタンフェタミン・ゲイター)のような恐ろしいハイブリッドが生まれる。

https://www.nbcnews.com/news/us-news/tennessee-police-warn-locals-not-flush-drugs-fear-meth-gators-n1030291

この「メス・ゲイター」の擁護者たちは、監視価格設定の真の目的は企業が割引を提供できるようにすることだと主張する。ストリーミングサービスは貧困層に0.99ドルのサブスクリプションを提供する余裕がない。なぜなら、そうすれば富裕層が19.99ドルを支払うのをやめてしまうからだ。しかし、監視価格設定があれば、すべての顧客が支払能力に応じて異なる価格を得られ、皆もが得をするいうわけだ。

だが、現実の世界ではそうはならない。現実の世界では、ぼったくられた富裕層なら、比較検討したり、州の司法長官に苦情を聞いてもらえたり、他の企業に乗り換えて罰を与えるだけの余裕がある。一方、貧困層は現金に乏しいだけでなく、時間や政治的影響力も乏しい。

1ドルショップのデュオポリーが、略奪的価格設定で町のすべての個人経営の食料品店を廃業に追い込んで食の砂漠を作り出しても、誰も気に留めない。なぜなら、州司法長官や政治家は1ドルショップで買い物をする人々のことなんて全く気にしていないからだ。そして、1ドルショップは製造業者と結託して、1ドルで販売はしているが、重量・数量で比べれば通常の食料品店の2倍、3倍の価格の「騙し売りサイズ」の商品を並べることができるのである

https://pluralistic.net/2023/03/27/walmarts-jackals/#cheater-sizes

確かに、出張で飛行機に乗っていそうな乗客(土曜日の宿泊を含まない直前の購入者)は、休暇で飛行機に乗っていそうな人々よりも高額な料金が請求される。しかし、それは航空料金がまだ完全に監視価格に移行していないためだ。航空会社が、あなたが大学院生で、職を得るために絶対に学会に出席しなければならないことを正確に計算でき、あなたのクレジットカードにどれだけの余裕があるかを正確に知っていれば、あなたが支払える最大の金額を1セントまで正確に請求するようになるだろう。

価格決定力に抵抗する力は、企業の市場支配力の関数だけではなく、あなたの政治的権力の関数でもある。貧困層は盗まれるものが少ないかもしれないが、彼らが強奪されても誰も気にかけない。

https://pluralistic.net/2024/07/19/martha-wright-reed/#capitalists-hate-capitalism

アルゴリズムによって強化された監視価格設定は、資本主義の経済原理信奉者たちが何よりも重視する「価格」に対する深刻な脅威となる。これにより、監視価格設定は、規制当局にとって取り締まりのし易い「低木の果実」となる。いずれの党にも支持者のいない、超党派の犯罪なのだ。

幸いにも、連邦取引委員会(FTC)は監視価格設定に宣戦布告し、この業界の主要プレーヤー8社(資本主義の宿敵であるマッキンゼーやJPモルガン・チェースを含む)に対し、価格操作で訴追するためのデータを45日以内に提出するよう命じた。 

https://www.ftc.gov/news-events/news/press-releases/2024/07/ftc-issues-orders-eight-companies-seeking-information-surveillance-pricing

『アメリカン・プロスペクト』誌のデイビッド・デイエン編集長は、FTCが彼や同誌のジャーナリスト仲間にはできなかったことを成し遂げたと指摘してる。つまり、これらの企業に社内データを吐き出すよう強制しているのだ。

https://prospect.org/economy/2024-07-24-ftc-opens-surveillance-pricing-inquiry

これは重要だ。FTCが権限を使ってこの岩をひっくり返すことで、蠢く生き物が姿を表すからという理由だけではない。行政機関は好き放題動けるわけではない。最高裁によって行政機関の権限が制限されるはるか以前から、行政機関は規則を制定する前に証拠を収集し、意見や反対意見を募るなど、厳格な規則に従うことが義務づけられていた。

https://pluralistic.net/2022/10/18/administrative-competence/#i-know-stuff

間違いなく、最高裁判所のロパー判決(「シェブロン・ディファレンス」を覆し、詳細かつ具体的な承認のない措置を執る権限を行政機関から奪った)は、監視価格設定業界がFTCを裁判所に訴えることを後押しするだろう。裁判所がFTCに有利な判決を下すかどうかは、現時点ではなんとも言えない。FTC法第6条(b)では、明らかにFTCが執行活動の一環としてこれらの開示を強制することを認めているが、証拠を得るまで執行活動を開始することはできない。そして、FTCの歴史全体を通じて、この種の命令は執行の前段階であった。

この件で注目すべきは、超党派で取り組まれていることだ。共和党の2人(すべてに反対票を投じるあの共和党員だ)を含む、FTC委員が全会一致に賛成票を投じた。価格吊り上げは、政治的傾向に関係なく誰もが嫌う、わかりやすい企業犯罪だ。

チケットマスターによる価格詐欺に関するプロスペクト誌の記事では、デイエンとGroundworkのリンゼイ・オーウェンズはこれを「回収の時代」と呼んだ。

https://pluralistic.net/2024/06/03/aoi-aoi-oh/#concentrated-gains-vast-diffused-losses

40年間、新古典派経済学の「消費者厚生」に焦点を当てたことで、価格が上昇しない限り、企業が労働者やサプライヤをどれだけ欺こうと、どれほど搾取しようと不問に付されてきた。しかし40年が経ち、労働者やサプライヤから搾り取るものは何もなくなってしまった。そこでカルテルは我々、つまり顧客に矛先を向けて回収する時が来たのだ。

彼らは、合併とロビー活動を通じて強力な市場支配力を蓄積したことで、新自由主義経済学の反トラスト理論における唯一の明確な一線を越えられると信じている。つまり、価格の吊り上げだ。経済学者が価格をどれほど神聖視しているとしても、潰れるには大きすぎ、したがって罰するには大きすぎる企業には勝てないのかもしれない。

FTCは、我々の経済的福祉を守るための重要な一歩を踏み出した。そしてそれは、最右翼の経済学者でさえ喝采すべき一歩だ。彼らは問いかけている。「あなたは本当に価格の歪みが大罪だと考えているのか? もしそうなら、我々の行動を支持しなさい」と。

Pluralistic: FTC vs surveillance pricing (24 Jul 2024) – Pluralistic: Daily links from Cory Doctorow

Author: Cory Doctorow / Pluralistic (CC BY 4.0)
Publication Date: July 24, 2024
Translation: heatwave_p2p

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