以下の文章は、コリイ・ドクトロウの「A profoundly stupid case about video game cheating could transform adblocking into a copyright infringement」という記事を翻訳したものである。

Pluralistic

資本主義(利潤から富が生まれる)から封建主義(地代レントから富が生まれる)への社会の転換が、奇妙な結果をもたらしている。それは、実際の財産(物理的に所有するモノ)に対する権利が、企業の比喩的な「知的財産」の主張によって覆されるケースが増えているのだ。

なかなか理解しにくいかもしれない。まずは利潤と地代について簡単に説明しよう。資本家は設備投資をし労働者に賃金を支払って製品やサービスを生産するその過程で得られる余剰が利潤 だ。つまり、生産的なことを行うために労働者を雇って得られるお金のことである。

次に地代について説明しよう。「地代」とは、地代生活者レンティアが「生産に必要な要素」を所有することで得られるお金のことだ。生産要素とは、資本家が利潤を得るために必要なものを指す。資本家は利潤を追求するために資本をリスクにさらすが、地代生活者はほとんどリスクを負わない。

例えば、コーヒーショップの経営者を考えてみよう。彼らはエスプレッソマシンを購入し、バリスタを雇い、店舗を借りる。もし店が軌道に乗れば、大家は賃料を上げて、オーナーの利潤を吸い上げて地代を増やすことができる。もしその向かいに人気のカフェがオープンしてコーヒーショップが閉店しても、大家は大して困らない。その空き店舗をまた貸し出せるし、何より人気店の向かいという立地をウリに高額な賃料を設定できるからだ。

今日の自称・資本主義者が崇拝する「道徳哲学者たち」、つまりアダム・スミスやデヴィッド・リカードは地代を嫌っていた。彼らにとって、道徳的に正当な富の源泉こそ利潤 だった。なぜなら、資本家が利潤を追求すれば、必然的に社会のニーズに応えるからだ。

地代生活者が地代を追求すると、利潤が圧迫される。資本家が地代(つまりIPのライセンス料や建物の賃料)として支払う1ドルは、利潤として得られない1ドルであり、社会が求める商品やサービスの生産に再投資できない1ドルなのだから。

アダム・スミスいう「自由市場」は、規制からの自由ではなく、地代からの自由だった。

道徳哲学者たちの地代を嫌ったのは、つまるところ封建主義への嫌悪だった。産業革命の本質は、は単に(あるいは主に)新しい機械が登場したことではなく、地代に対する利潤の勝利だったのだ。産業革命が成功するためには、封建制を解体しなければならなかった。世襲の領主が土地に縛られた農奴から地代を徴収するシステムは、資本主義とは相容れない。資本主義が封建制に勝利したのは、農民が土地から追い出されて(紡績工場で働く「自由労働者」となり)、その土地が羊の放牧地(紡績工場の原料供給源)に変わったからだった。

もちろん、利潤という概念自体は産業革命以前から存在した。封建社会でも、富裕層が機械に投資し、労働者を雇って富を増やすことはあった。封建制を封建的にしていたのは、地代と利潤の対立が前者に有利な形で解決されることだった。法制度が資本家よりも地代生活者を優遇する限り、その社会は封建的だった。法制度が地代よりも利潤を重視するようになったとき、その社会は資本主義的になったのだ。

皮肉なことに、資本家は資本主義を嫌う。資本主義の原動力は不安定さだからだ。成功した資本家は、昔の西部劇に登場する早打ちガンマンのようなものだ。常に新たな挑戦者が現れ、新しい発明、製品、または組織戦略で彼らの財産を「破壊的に革新」し、既存のビジネスを「創造的に破壊」しようと虎視眈々と狙っている。

https://locusmag.com/2024/03/cory-doctorow-capitalists-hate-capitalism/

実に心休まることのない世界だ。成功すればするほど、世界中の野心家だけに見える「蹴飛ばせ」という光る看板を背負うことになる。不安定さは人を不幸にし、狂わせる。

https://pluralistic.net/2024/04/19/make-them-afraid/#fear-is-their-mind-killer

そのため、資本家はいつだって地代生活者になりたがり、投資家は地代を吸い上げられそうな企業を探す。ウォーレン・バフェットが「堀と城壁」を持つ企業に目がないのはそのためだ。「堀と城壁」とは、競争や破壊的イノベーションから企業を守る法的特権や市場構造のことを指す。

https://finance.yahoo.com/news/warren-buffett-explains-moat-principle-164442359.html

封建時代には、地代の主な源泉は土地だった。しかし当時から、王は忠実な家臣にアイデアに関する地代を与えることもあった。「特許状」は、特定の物品の製造や行為を独占的に許可する、法律に保護された権利だった。例えば、銀リボンの製造を認める特許状を持っていれば、銀リボンを作りたい者から許可料を徴収できた。特定の製造業者にのみ許可を与えれば、その業者の利潤のほとんどを吸い上げることも可能だった。。

現代の地代生活者も土地に興味があるらしい。ビル・ゲイツは米国最大の土地所有者だし、多くの町で、プライベートエクイティの大家たちが市場に出る戸建て住宅をすべて買い占め、管理の行き届かないスラムを作り出している。

https://pluralistic.net/2024/05/22/koteswar-jay-gajavelli/#if-you-ever-go-to-houston

しかし、21世紀を定義づける地代の源泉は「IP」だ。IPとは議論の余地のある用語で、ここでは「企業が競合他社、批評家、顧客に対して法的支配を行使することを可能にする法律や政策」を意味するとしよう。

https://locusmag.com/2020/09/cory-doctorow-ip/

IPは実際の財産権と根本的に対立する。たとえばHPはプリンタで使用できるインクを指定するし、トラクターメーカーのジョンディアは修理業者を制限するし、Appleはインストールできるアプリを制限したりする。

あるいは、ゲーム開発ツールを作るUnityが、開発されたゲームの売上からロイヤリティを要求し、これを「成功の共有」と呼んでいる例もある。

https://pluralistic.net/2023/10/03/not-feeling-lucky/#fundamental-laws-of-economics

これらの対立にIPが勝利し、実際の財産権が敗北するたびに、我々の社会は「テクノ資本主義」から「テクノ封建主義」へと一歩、また一歩と近づいているのだ。

https://pluralistic.net/2023/09/28/cloudalists/#cloud-capital

「IP」を「他人の所有物の使い方を制限する法律」と捉えると、一見不可解なIP関連の争いの多くが理解できるようになる。また、いつもは賢い人々が、重大な副作用を見過ごして短期的な目標のためにIPの拡大に同意してしまうことも説明がつく。彼らは副作用を見落としているのだ。難しい事例は悪法を作り、難しいIP事例はさらにひどい法律を作る。

5年前、アンティファの活動家たちが巧妙なアイデアを思いついた。ネオナチのデモ行進中にヒット曲を大音量で流すというものだ。著作権で保護された音楽が含まれる動画は、YouTubeなどのプラットフォームのフィルターでブロックされるため、ナチはデモの様子を投稿できなくなるだろうと考えた。

https://memex.craphound.com/2019/07/23/clever-hack-that-will-end-badly-playing-copyrighted-music-during-nazis-rallies-so-they-cant-be-posted-to-youtube/

幸い、この策は効果がなかった。しかし、動画の著作権フィルターを強化する声が高まれば、まだ実現する可能性はある。実際、すでに各地の警察がテイラー・スウィフトの曲やディズニーの音楽を大音量で流し、市民との対話の様子が投稿されるのを防ごうとしている。

https://pluralistic.net/2022/04/07/moral-hazard-of-filternets/#dmas

プログレッシブがアップロードフィルタの強化を支持する無謀な理屈は、彼らがウェブスクレイピングを著作権侵害として扱うよう求める要求にも通底している。そうすることで、AI企業が彼らの作品を無断で使用してモデルを学習させることができなくなるはずだと信じている。しかし、この要求が通れば、J・D・ヴァンスの都合の悪い過去の発言や、新聞社説委員が撤回した主張をInternet Archiveが記録できない世界が作り出されてしまう。

https://pluralistic.net/2023/09/17/how-to-think-about-scraping/

ナチのデモが良いとは思わないし、スクレイピングが問題を引き起こすこともある。しかし、IPを使ってこれらに対処しようとするのは、病気よりも苦しい治療法を選ぶようなものだし、そもそも治療にすらなっていない。

現実の問題であっても、IPで解決できないケースは多い。例えば、市販のハックで自動エイムしたり、壁を透視したりして、不当な優位性を得るチーターに対するゲーマーの怒りはよくわかる。

他人にPCやコンソールの設定方法を指図したいのであれば、IP(「競合他社、批評家、顧客をコントロールできる法律」)は魅力的な選択肢に見える。しかし、これは他の問題をIPで解決しようとする試みと同様、病気よりも苦しい治療法であり、やはり治療にすらならない。

2002年、Blizzardは「bnetd」というプログラムを作った趣味のプログラマたちを訴えた。bnetdは、Blizzardのゲームを接続できる独自のゲームサーバプログラムだった。これは、頻繁に障害を起こし、ゲーマーの不満の的となっていたBlizzardの公式サーバーBattlenetの代替として開発されたものだった。

https://www.eff.org/cases/blizzard-v-bnetd

Blizzardは一般向けにいくつかの主張をした。たとえば、bnetdは公式サーバーと違って接続するゲームのライセンスキーをチェックしないため、海賊版を助長すると主張した。この主張はゲーマーにはほとんど刺さらなかったが、bnetdにはチートチェック機能がないという主張はゲーマーたちにも大いに響いた

だが、Blizzardは法廷ではまったく別の主張を展開した。bnetdの開発者たちが著作権法に違反したと訴えたのだ。具体的には、デジタルミレニアム著作権法(DMCA)の1201条、「著作権で保護された作品へのアクセス制御の回避」を禁じる条項に違反したと主張した。つまり、開発者たちが自分で購入したソフトウェアを自分のコンピュータ上で動かしながら、デバッガで調べて独自のゲームサーバの作り方を理解しようとしたこと自体が違法だと主張したのだ。

Blizzardは開発者たちを、Blizzardソフトウェアの海賊版を作成したと言って訴えたわけではない(実際、彼らは正規購入していた)。他のゲーマーの海賊行為を助長したとして訴えたわけでもない。もちろん、チート可能なゲームサーバを作ったことで訴えたわけでもない。

Blizzardが問題にしたのは、開発者たちが自分で買ったソフトウェアを、自分のコンピュータ上で動かしながら分析した行為そのものだった。

米国最大の書籍小売業者の一つであるWalmartが、「Walmartで購入した本は同じくWalmartで購入した本棚にしか置けない」という方針を打ち出したとしよう。そして、Walmartから購入した本のサイズを測定して、それに基づいて互換性のある本棚を作ることがWalmartのIP権を侵害すると主張して、それが認められたとしたら? そんな馬鹿な!

そう、これはIPが実際の財産権に勝利した事例なのだ。にもかかわらず、しかし、2000年代初頭のゲーマーたちは声高にBlizzardを支持した。なぜか? ゲーマーはチーターを嫌っていたし、IP法を「企業が自分の物の使い方を指図できる法律」だと(正しく)理解していたからだ。難しい事例は悪法を作り、難しいIPの事例は狂った法律を作る。

bnetdから20年以上経った今も、チートは狂ったIP法を構築するためのトロイの木馬のままだ。ドイツでは、ソニーがチートデバイスメーカーのDatelを訴えている。

https://torrentfreak.com/sonys-ancient-lawsuit-vs-cheat-device-heads-in-right-direction-sonys-defeat-240705

ソニーの主張はこうだ。プレイヤーの指示でデバイスのメモリ内容を書き換えるDatelの製品は著作権を侵害している。ソニーは、ユーザのデバイスのRAMチップに書き込む値は、ソニーが作成した著作物であり、その変更は無許可の二次的著作物の作成であり、著作権を侵害すると主張しているのだ。

そう、これは狂っている。幸いなことに、ソニーはこれまでのところ法廷で阻止されているが、EUの最高裁判所に向けて突き進んでいる。もし成功すれば、あなたの指示でコンピュータを変更するすべてのツールが、このような主張の対象になる可能性がある。

これはどれほど状況を悪くしうるのだろうか? こんな例がある。ドイツの出版大手アクセル・シュプリンガー(トランプ支持者でイスラエル強硬派の偏執的な人物が率いていて、米国の報道ジャーナリストにトランプ&イスラエルに寛容な態度を取るよう命じている)が、Adblock Plusの製作者であるEyeoを訴えている。HTMLを変更して広告をブロックすることが、アクセル・シュプリンガーのウェブページの「派生作品」を作り出している、という理屈でだ。

https://torrentfreak.com/ad-blocking-infringes-copyright-ancient-sony-cheat-lawsuit-may-prove-pivotal-240729

アクセル・シュプリンガーの提出書類はソニー/Datel訴訟を引用し、IPは財産権に勝ると主張している。そして、自分が所有するコンピュータ上で実行される自分のウェブブラウザは、アクセル・シュプリンガーが認める方法でのみ動作しなければならないと主張する。

アクセル・シュプリンガーがブラウザに仕掛けている戦争はとりわけ懸念される。なぜなら、ブラウザはインターネットソフトウェアの中で「ユーザエージェント」として機能する最良の事例だからだ。「ユーザエージェント」は「ブラウザ」の古風な工学的同義語であり、ブラウザの役割を反映した言葉である。つまり、あなたに代わってウェブに出て行き、あなたのために何かを持ち帰り、あなたが望む方法で表示する役割だ。

https://pluralistic.net/2024/05/07/treacherous-computing/#rewilding-the-internet

光過敏性てんかん発作を防ぐために点滅するGIFをブロックしたい? ならユーザエージェントに検出させて削除するよう指示しよう。色覚異常があるから色を変えたい? それもユーザエージェントに頼もう。

https://dankaminsky.com/2010/12/15/dankam/

若いデザイナーが「白地に黒い文字は目に悪い」というデマに騙されてサディスティックな灰色に設定された文字を読むために、フォントサイズとコントラストを上げたい? それがリーダーモードの目的だ。

https://frankgroeneveld.nl/2021/08/24/most-underused-browser-feature

良好なデジタル生活の基礎は、接続先のサーバの所有者ではなく、あなたのために働くデバイスだ。たとえ、あなたのユーザエージェントが彼らの代わりにあなたを攻撃する仕向ける喫緊の懸念がなくても、あなたのテクノロジーにあなたを裏切るように設計された機能が存在すること自体が、必然的にあなたが害することになるモラルハザードを引き起こすのだ。

https://pluralistic.net/2023/08/02/self-incrimination/#wei-bai-bai

「IP」(「あなたが自分の財産をどのように使用するかをコントロールできる法律」)は、あらゆる問題への魅力的なソリューションだ。しかし最終的に、IPは既に力を持った者の力をさらに増長させることにしか使われない。あなたがそれに抗い、勝利する唯一の望みは、あなたにのみ忠誠を誓うユーザエージェントを手にすることだ。

IPが際限なく、危険なほどに拡大し続けている現状は、利潤に対する地代の勝利が拡大し続けていることを反映している。つまり、何かをすることによって得られる収入ではなく、何かを所有することから得られる収入が勝利するようになっているのだ。AI、ナチ、ゲーム内のチートといった差し迫った問題を解決できると信じて、IPが支持されるかもしれない。しかし最終的には、現代の封建主義者を脅かさない範囲でのみ財産(資本を含む)の使用方法を制限するような法律が拡大していけば、いずれあなたはテクノ農奴として余生を生きることになるだろう。

Pluralistic: A profoundly stupid case about video game cheating could transform adblocking into a copyright infringement (29 Jul 2024) – Pluralistic: Daily links from Cory Doctorow

Author: Cory Doctorow / Pluralistic (CC BY 4.0)
Publication Date: July 29, 2024
Translation: heatwave_p2p