日本のオンライン海賊版の歴史をふり返ると、時代時代にさまざまなトレンドがあった。Warezに始まりNapster、WinMX、Winny、Share、BitTorrentなどのP2Pファイル共有、YouTubeやニコニコ動画などのストリーミングプラットフォーム、そしてMegauploadやRapidshare、Rapidgator、Uploadedなどのサイバーロッカーへ。

日本でも昨年10月にリンクサイト「はるか夢の址」の運営者や投稿者が摘発され、サイバーロッカーへの注目(というか圧力)が高まっている。ただ、海賊版の世界を観察していると、サイバーロッカー型の海賊版はすでに過去のものになりつつある。たとえば、サイバーロッカー自体の人気は2012年のMegauploadの閉鎖前後にピークアウトし、根強い人気のBitTorrentですら下降の一途を辿っている。

Rapidshare、Megaupload、Mediafire、Torrentの検索ボリュームの推移

従来型の海賊版メソッドが低迷する一方で、新たな潮流が生まれてきている。この数年、海賊版の世界は大きく変化しているのだが、幸いなことに日本ではそれほど注目を集めていない。もちろん流行らないには流行らないなりの理由があるのだが、将来的に脅威となりうることも考えられるので、予防接種的な観点から海賊版の新潮流を概説することにしよう。

かつてのP2Pファイル共有やサイバーロッカーのように幅広いジャンルの海賊版を網羅したものは影を潜め、よりコンテンツタイプに特化したサービス的な色彩が強まっていることもあるので、動画、音楽、ソフトウェアといったジャンルごとに紹介することにする。

動画(映画・ドラマ etc)

海賊版の華といえばやはり動画だ。海賊版の映画やドラマはこれまで多くの海賊たちを魅了してきたのだが、Netflixを始めとする手頃なサブスクリプション型ストリーミングサービスが普及し、配信までの期間の短縮や地域差の縮小が進んだこともあり、海賊版の需要は大きく低下していった。いくらタダとはいえ、複数のトレントサイトやリンクサイトで目当てのコンテンツを探し、ダウンロードし、視聴したい環境で再生する手間を考えれば、安価かつ手軽に好きな環境で楽しめるストリーミングサービスのほうが遥かに快適だ。コンテンツだけが重視された時代から、パッケージングやエクスペリエンスが重視されるサービスの時代に移り変わっていったことで、旧来型の海賊版は魅力を失っていったといえるだろう。

そんななかで注目を集めているのが、「海賊版Netflix」とも言われ、よりサービス的な側面(つまりは快適さ)を重視したKodiアドオンとPopcorn Timeだ。

Kodi + Addon

オープンソースのメディアセンター「Kodi」は、それ単体では海賊版とは無縁のソフトウェアである。もともとはXBOX向けのXBMCとして開発されていたが、リブランドした現在はWindowsやMacOS、Linux、Android、iOS、さらにはRaspberry Piなど幅広いプラットフォームに対応している。Kodiは「10フィートUI」(3m程度離れた距離からリモコンで快適に操作できるUI)を備え、動画に特化したメディアセンターとして、パソコンやNAS、HDD・BDプレイヤー、ゲーム機、スマートフォン・タブレットとホームネットワークを介して接続するサーバ/クライアント機能を持ち、さらにアドオンを追加することで、機能拡張やカスタマイズも可能だ。

そのアドオンこそが、Kodiを海賊版Netflixに変貌させる。たとえば、海賊版の映画やドラマに特化したアドオン「Exodus」(すでに開発・サポートを終了)は、複数の劇場公開中映画や人気のドラマをリストし、そのコンテンツをユーザ投稿型のロッカーサービスや海賊版ストリーミングサイトから探して、利用可能なものを再生してくれる。自らはコンテンツをホストすることはなく、外部の海賊版コンテンツを拝借することで海賊版Netflixを作り上げているというわけだ。

この手のアドオンは、従来の海賊版的な需要を満たすのみならず、高まりつつある新たな需要にも対応している。たとえば、近年人気のスポーツイベントのライブ配信や、時間つぶしに最適なCSチャンネルなどのライブストリーミングの視聴を可能にするアドオンもある。ほかにも、Pornhubなどのアダルト動画投稿サイトのコンテンツを集約したアダルト向けアドオンも存在する。

こうした海賊ユーザ向けアドオンの人気の背景にあるのは、やはり快適さだ。KodiをインストールしたAmazon Fire TVやAndroidセットトップボックスを使えば、従来のように検索からダウンロード、視聴に至るまでPCにへばりつく必要はなく、簡単なリモコン操作だけで海賊版コンテンツを大画面のテレビで視聴することができる。ハードコアというよりは、カジュアルな海賊版需要に支えられているといったところだろうか。

インストールは必ずしも万人に易しいとは言えないのだが、AmazonやeBayなどのマーケットプレイスでインストール済みのいわゆる“Fully Loaded”(全部載せ)セットトップボックスが出品され、比較的安価に購入できたこともあり、海賊版の知識がない層にも手の届く存在となっていた。

著作権者たちがこのような状況を指を加えて眺めているわけもなく、既にテイクダウンに向けてさまざまな動きを見せている。既にAmazonやeBayでは“Fully Loaded” Boxの取り扱いが制限されており、英政府は違法なストリーミングデバイスの利用を止めるよう消費者に呼びかけている。また、違法ライブストリーミングのブロッキングも行われている。

また、セキュリティ上の懸念も少なからず存在する。字幕ファイルの処理の脆弱性を利用した乗っ取りが可能であることが指摘されたり、海賊版アドオンに悪意あるコードが仕込まれていることもある。もちろん、海賊版界隈に限った話ではないのだが、海賊版ユーザは後ろめたさから泣き寝入りしやすいこともあり、カモにされやすいのは確かだ。

Popcorn Time

ハリウッドの最悪の悪夢とも称されるオープンソースソフトウェア「Popcorn Time」。BitTorrentテクノロジーを利用し、中央サーバに頼らずにユーザ間のファイル共有によってビデオストリーミングを可能にしている。もちろん、バックグラウンドにBitTorrentを採用しているために、視聴はファイルを保持するシーダーやピアに依存し、人気のあるコンテンツほど快適に視聴できる(反面、人気のないコンテンツはほぼ利用できない)。

BitTorrentを利用したビデオストリーミングは以前から存在していたが、Popcorn Timeが海賊ユーザたちの支持を得たのは、やはりそのNetflix然としたインターフェースだ。従来のBitTorrentクライアントのようにファイルのダウンロード管理に特化したアプリケーションではなく、ユーザが見たがるであろう人気の(海賊版)コンテンツをリストし、2、3クリックで即座に視聴が開始する快適さが受けたのだろう。当初はPC向けに開発されたPopcorn Timeだが、現在はAndroid版やKodiのアドオンなどが登場している。

しかし利点ばかりではない。BitTorrentであるからには、コンテンツの視聴者は「貢献」、すなわち視聴中のコンテンツのアップロードを求められる。当然、多くの場合は違法アップロードを行うことになる。IPアドレスがモロバレなBitTorrentということもあり、なかなかにハードルが高いのだが、Popcorn Timeはその心理的ハードルを低めるために、VPNオプションを追加している。違法アップロードしていても、自身のIPアドレスがバレずにすむというわけだ。ただ、“快適”に利用するためには月額数ドルの有料VPNサービスへの加入がほぼ必須であり、そうなると「普通に有料サブスクリプションサービス使えばよくね?」と思うのだが、ジオブロック(地域制限)だのウィンドウ戦略などに煩わされたくない人には十分に意味があるのだろう。

Kodiの海賊アドオンとPopcorn Time、ここまで読まれた方はこんなもん紹介するなよと思われたかもしれない。ただ、今広まっていないのにはやはり理由がある。いずれも日本人ユーザにフレンドリーではないのだ。コンテンツに対応する日本語字幕はほとんどなく、コンテンツのセレクションも必ずしも日本人向けではない。日本のアニメなどもラインナップされてはいるが、ホストされていないもの、シードされていないものが多く、ほぼ視聴はできない。それに、正規のストリーミングサービスを利用したことがあれば、読み込みまでの時間やら操作の面倒さやらの煩わしさには耐えられないだろう。現状では日本人ユーザを動かすほどではないだろうということで解説をした次第。

音楽

海賊版のもう1つの華といえば音楽だ。とはいえ、Spotifyが登場し、その後を追うように誕生したさまざまな定額制サブスクリプションサービスが普及するにつれ、海賊版音楽の需要は下降の一途を辿っている。当然ながら、膨大なボリュームの音楽を、好きなシチュエーションで、快適に、好きなだけ楽しめるのだから、ほとんどの人はそれで十分満たされるはずだ。そう、「ほとんど」の人は。

ストリーム・リッピング

レコード業界の国際団体IFPIが現在最も敵視する海賊行為が、ストリーム・リッピングである。

IFPI 2017 music consumer insight report”より

ストリーム・リッピング自体はそれほど目新しいものではなく、YouTubeなどの動画ストリーミングやSpotifyなどの音楽ストリーミングから音声ファイルをローカルにダウンロードする行為である。YouTubeのアドレスを入力すると動画の音声ファイルのダウンロードが可能になるウェブサイトや、Spotifyで作成したプレイリストの楽曲を音声ファイル化する(あるいはプレイリスト内の楽曲を外部のダウンロード可能なライブラリから探し出す)アプリケーションを使って行われている。

レコード業界としては、ダウンロードされてはストリームごとに得られる使用料を徴収できないではないか、とお怒りのようで、昨年9月にはドイツのストリーム・リッパーサイト「Youtube-mp3.org」を米国で提訴している(なお、EFFはストリームリッパーは“著作権侵害サイト”ではないと反論)。

すでに音楽サブスクリプションサービスを利用している方に「YouTubeからダウンロードすればタダになるよ!」と言ったところで、「めんどくさいよ」と一蹴されそうではあるが、ストリーム・リッパーたちにとっては好ましい選択肢なのである。1つには有料ストリーミンスサービスの費用対効果が低いというのもあるのだろう。たとえ月額10ドル程度であろうとも、そこまで熱心に音楽に飢えていない(が聞かないというわけでもない)人には、ちょっと手間はかかるがローカルにダウンロードして聞くくらいで十分だ、ということなのかもしれない。一方、すでに音楽サブスクリプションサービスに加入しているが、お目当ての音源がカタログされていないという人もいるだろう。また、モバイルインターネットが十分に発達していない、あるいは高額な地域では、ローカルダウンロード需要はまだまだ健在だ。

もちろん、単曲でダウンロード購入するなり、SpotifyやDeezerのフリープランを使えばいいだろうと言いたくなる気持ちもわからないではないし、安価なファミリープランや学割プランだってあるはないかとも思わないでもないのだが、非正規の手段を塞いだところで、不満のある人たちが現状の選択肢を選ぶとは思い難い。例のごとく、若年層ほどストリームリッパーの割合が高い事を考えると、お財布に十分にお金が入っていない人たちや、有料サービスを利用するほどではないがまったく興味がないわけでもない人たち、カタログの欠損を補いたい人たちから選ばれるオプションをさらに充実させ、正規サービスに誘導、定着させる流れを作ったほうが、将来的にレコード業界が望む方向に進んでいくのではないだろうか。

ソフトウェア・ゲーム

ソフトウェアにおいても、サブスクリプション化が進むにつれ、海賊版は以前ほど熱心にダウンロードされるものではなくなりつつある。もちろん、映像や音楽に比べるとまだまだBitTorrentやサイバーロッカーで流通してはいるのだが、PCからスマートフォン、タブレットへという環境の変化も相まって、海賊版需要は減少を続けているように見える。

また、海賊版ゲームについては、包括的かつ継続的な海賊版調査が見当たらず、どうなっているのかはよくわからない。据え置き機、携帯機ともに海賊版ROMが動作するCFWが開発・更新されているものの、マジコンほど気軽なものではないことを考えると、蔓延しているともいい難い。

PCゲームについては、SteamOriginUplayなどの配信プラットフォームが登場、普及したことで、海賊版の需要はだいぶ低下してきているように思える。とはいえ、昨年PC GAMERが行った調査によれば、全世界のPCゲーマーのおよそ35%、米国だけでみても約25%が海賊版を利用していると回答しており、PCゲーマーの9割を海賊版ユーザとみなしていた業界としてはだいぶ落ち着いたと見てよいのだろうが、まだまだ海賊ユーザの割合は低いとは言えない状況だ。

鍵屋(デジタルマーケットプレイス)

海賊版需要を減らしたSteamやOriginであるが、新たな問題を引き起こしてもいる。海賊版に分類してよいかどうかはわからないが、少なくともそれに類するものとはいえるだろう。いわゆる「鍵屋」である。

鍵屋はPCゲームのプロダクトキーやプロダクトコードを販売するサービス、あるいは転売を可能にするマーケットプレイスのことを指し、正規流通のキーに比べ安価に提供されているのが特長だ。販売・転売されたキーは、StreamOriginなどの配信プラットフォームでゲームのアクティベーションやダウンロードに利用できる(PS4のゲームも販売されているが、こちらはユーザアカウントごと購入するというアグレッシブな手法が用いられている模様)。

プロダクトキーの販売や転売、希望小売価格より安価に売ること自体は(多くの地域で)違法行為でもなんでもないのだが、問題はそのキーの出所が極めて怪しいことである。AUTOMATONによれば、鍵屋で販売されていたゲームキーの一部が、盗難クレジットカードで購入されていたという。マネーロンダリングの手段としてPCゲームのマーケットプレイスが利用されているというわけだ。不正決済に利用されたオンラインストアが、決済会社からチャージバック手数料を請求され、取引停止に追い込まれたというケースもあったようだ。

いわゆる著作権侵害を伴う海賊版というわけではないのだが、こうしたエコシステムを支えているのは、海賊版の世界を支える需要と同等のものだろう。鍵屋が扱うキーすべてが犯罪に絡むものだというわけではないし、デジタルマーケットプレイス自体を悪とするつもりもない。むしろ健全な発展を望んでいるのだが、鍵屋の背後に潜む闇の部分は払拭されなければならない。

クラックアプリマーケット

PC向けの海賊版需要が減少するなか、スマートフォンの普及を受けて拡大したのがクラックアプリマーケットだ。有料アプリを無料化したり、正規アプリに改造(MOD)を施したクラック版アプリを配布している。Androidの場合は、Google Playストア以外でもアプリをインストール可能なので、この手のマーケットが海賊版スマートフォンアプリ需要に応えているのだが(もちろん、rootedオンリーなものもある)、AppStore以外からアプリをインストールすることはできないiOSでも、Jailbreakをすれば話は別。脱獄者向けに同様のクラック版アプリを提供するレポジトリも存在する。

ちょっと検索すればこの手のクラックアプリは簡単に見つかるのだが、「違法コピー絶対ダメ」という倫理的、法律的な問題はともかく、セキュリティ上の理由からインストールは絶対におすすめしない。Google Playストアですら悪意のあるアプリがうようよしているなか、大した管理もされていない、海賊版が当たり前のようにおいてあるマーケットのアプリなど、何が仕込まれているかなんてわかったものではない。どうしてもクラックアプリをインストールしたいのであれば、日常使用している端末とは別に、個人情報が一切入っていない(カメラもマイクも殺した)端末を用意してやるべきだろう。

書籍・コミック・論文

書籍に関しては、ウェブサイトやサイバーロッカーを介して海賊版が出回ってはいるのだが、電子書籍の読者属性自体が海賊ユーザのメイン世代とはかけ離れているため、世界的に見ればそれほど盛んに行われている印象はない。

海賊版学術論文

一方で、局所的にホットな領域も存在する。海賊版論文の共有だ。ここでは2つほど紹介しておこう。

1つは「Sci-Hub」というカザフスタンの大学院生アレクサンドラ・エルバキアンが立ち上げたダイレクトダウンロード可能な論文の検索エンジンだ。カザフスタンの大学では先進国の大学のように好きなだけ論文を読める環境は整っておらず、個人でオンラインサービスを利用しようとしても論文1本につき32ドルを支払わなければならない。もちろん、研究を行うためには1本の論文ですむはずもない。貧しい国の研究者が富める国の研究者以上に高額なコストを掛けなければ研究すらままならないという研究者の「南北問題」に業を煮やして、Sci-Hubを立ち上げたというわけだ。

知識の共有を是とする、著作者である研究者たちから大きな批判の声が上がることはなかったのだが、エルゼビアを始めとする学術出版社は徹底的にSci-Hubを潰すために動き始めた。すでに複数のドメインが失われ、米国では差し止めと約17億円の損害賠償の支払が命じられている。

もう1つは、研究者版Facebookともいわれるソーシャルネットワーク「リサーチゲート」だ。リサーチゲートは単に研究者同士の繋がりを作るだけでなく、自らの研究成果として論文をアップロードできるレポジトリとしての役割を果たしていた。研究者自身には望ましい機能であっても、やはり学術出版社の怒りを買うことになってしまった。学術出版社からの圧力に屈したリサーチゲートは170万本の論文へのアクセスを制限したものの、訴訟を抱えることになってしまった

いずれもすでに追い詰められている感はあるのだが、決して(潜在的)利用者のデマンドを満たして解決に向かっているわけではない。少なくとも、途上国や新興国が発展を遂げる過程で、同様のサービスがまた生まれてくるだろう。

海賊版コミック

「日本では知られてない」というタイトルなので、お題に即していないかもしれないが、コミックの海賊版が盛んなのは日本だ。日本の漫画を扱ったファンサブサイトはそれなりにあるが、やはり需要があるのは日本国内。少なくとも、ネタバレまとめサイトという特殊な形態にまで需要があるのは、やはり日本くらいだろう。

最近大変に話題なので触れないわけにもいかないのが、かつてのフリーブックス、現在の「漫画村」である。漫画雑誌や単行本を取り揃えた海賊版サイトなのだが、非常に使い勝手がよいこともあり、大変な人気を博しているようだ。

趣旨違いなので詳細は避けるが、漫画村にまつわる最大の問題は、代替する正規サービスが存在しない、ということである。よくありがちなのは、「その作品なら電子書籍があるよ!」という反論なのだが、それが通用するなら、漫画は紙で買えばいいし、音楽はCDで買えばいいし、映画はDVDで買えばいい。ユーザの利便性を無視し、不便さを押し付ける手段はソリューションにはなりえない。

何がいいたいのかというと、出版社は、自社で囲い込むことも、紙も諦めて、業界で団結して漫画サブスクリプションはじめたほうがいいよ、ということである。残念なことに、音楽や映画と違って、この分野の需要は世界的なものではないので黒船を待ってても仕方ない。このまま衰退するか、向こう数十年漫画文化を守る新たな仕組みを作るか、という瀬戸際にあるのだが、出版社の経営陣はどう考えているのだろうか。漫画文化が殺されるのだとしたら、海賊版によってではなく、彼らの優柔不断さによってではないだろうか。

アカウント・ジェネレータ

さて、ここまでいろんなジャンルの海賊版の新潮流を概観してきたが、最後は別の角度から1つ紹介しておこう。いわゆるアカウント・ジェネレータ・サービスだ。

鍵屋問題と同様、著作権侵害的な海賊版とは少し異なる。この手のサービスが提供するのは、コンテンツそのものではなく、コンテンツを提供するプレミアム・アカウントだ。特にNetflixのアカウントが人気のようだが、映画やテレビ番組、ライブスポーツ、音楽、ゲーム、アプリケーションなど、ありとあらゆるサブスクリプションサービスのアカウントがきわめて安価に提供されている(たとえば、Netflixの年間利用がわずか3ドル)。さらに、複数のプレミアムサービスをバンドルで提供しているジェネレータもある。

アカウントジェネレータと名乗ってはいるが、彼らが提供するアカウントは新規に発行されたものではない。誰かが使っているアカウントのユーザ名とパスワードが提供されるだけだ。そのの出所が明らかにされることはほとんどないが、アカウントハックで入手されたアカウントが混じっていても不思議ではない。

インターネットユーザのセキュリティ意識は徐々に向上しつつあるが、いまだに同じユーザ名とパスワードを複数のサービスで使いまわすユーザも少なくなく、どこかで流出したID/PASSの組み合わせが各種ストリーミングサービスへの不正アクセスに利用されている。正規のユーザのあずかり知らぬところでアカウントがクラックされ、誰かに使われているというわけだ。サービスの無料期間などを利用して自前で正規アカウントを用意したり、互いにアカウントを融通し合うアカウントジェネレータサービスもありうるのだが、漏えい情報の取得やそれを利用したログイン試行が比較的容易にできることを考えると、アカウントハックされたものが少なからず含まれていると推測される。少なくとも日本では、不正アクセスの実行犯ともなりうるリスクは、料金の安さで埋め合わされるものではないだろう。

海賊版流通をスケールさせてはならない

ここまで、さまざまな海賊版の新潮流を見てきたが、ほとんどは脅威というほどのものではなく、今大きく取り沙汰されているものも時が立てば沈静化していくと思われる。とはいえ、そのころには、また新たなメソッドが登場していることだろう。

海賊版は根絶されるに越したことはない。しかし、それを目指してしまえば、インターネットユーザの自由は大幅にそがれることになる。ユーザの自由が認めているからこそ、誰かが何かしらの形で海賊版を流通させ続けているのだ。なにもインターネットに限った話ではない。交通事故がなくならないのはなぜか。犯罪がなくならないのはなぜか。それを起こしてしまうだけの自由が認められているからにほかならない。海賊版流通を許さないほどにユーザの自由が失われるのだとしたら、そのような世界はそもそもエンターテイメントを楽しむ自由すらないディストピアであろう。

真に重要なのは、海賊版の撲滅を目指すことではなく、可能な限り減らすことである。ビジネスに影響を及ぼさない程度にまで「規模」を抑え込むということだ。海賊版の世界にも市場原理は働く。海賊版への需要が高まれば高まるほど、海賊版の供給はよりリッチになっていく。選択肢は増え、カタログは充実し、利便性が高まっていくのだ。もちろん、海賊版を提供する者へのインセンティブも高まる。より魅力的になった海賊版はさらに需要を高めていく。学術論文を貧しい国の研究者にもアクセスできるよう立ち上げられたSci-Hubは、気づけば米国や欧州、日本など先進国の研究者にも利用されていた。需要が大きければ大きいほど、さらに多くの人たちを巻き込み拡大していく。

00年代を通じて、海賊版の世界は隆盛を迎えた。その隆盛を支えたのは「枯渇」だった。音楽、映画、ゲームなどのコンテンツは物理媒体に縛られ、求めるデジタルデータはインターネットで正規流通すらしていなかった。デジタルデータをPCにぶち込みたいのに。もちろん、CDやDVDをリッピングすることもできたし、キャプチャーカードで映像を抜くことだってできた。でも、一番簡単なのは海賊版をダウンロードすることだった。しかもタダで。そうして海賊版流通の規模は膨れ上がっていった。

では、今はどうだろう? DVDのリッピングが法律で縛られたくらいで、以前できたことは今もできる。もちろん、海賊版のダウンロードも。でも、海賊版ですら以前ほど魅力的な選択肢ではなくなってしまった。SpotifyやNetflixが海賊版の利便性を追い越したのだ。SporifyやNetflixで楽しめるストリーミングコンテンツを、わざわざ海賊版でダウンロードしようと思うだろうか。SpofityやNetflixで満足しているのに、わざわざ面倒な海賊版の世界を覗く必要があるだろうか。利便性の高いサービスは、ユーザの行動や習慣を変えてしまう。SpotifyやNetflixが海賊版キラーと呼ばれる所以だ。

もちろん、SpotifyやNetflixなどのサブスクリプション型のストリーミングサービスが究極の解だと言いたいわけではない。しかし少なくとも、手頃な価格で、今の時代にマッチした利便性と、そこそこのカタログを揃えた、海賊版以上に満足度の高いサービスであることは間違いない。たとえ万人にそうは思われてはいないにしても、多数の海賊たちを正規サービスの道に引き込み、海賊版の世界をシュリンクさせるだけのインパクトを持つ程度には。

かつて海賊版が業界を滅ぼすと嘆いていたレコード業界や映画業界のトーンは、以前に比べればだいぶ落ち着いている。彼らの真の脅威は、海賊版の氾濫ではなく、インターネット時代のビジネスモデルを構築できずにいたことだったというわけだ。

ただ、すべてが解決したわけではない。Sci-Hubが象徴するように、途上国や新興国が発展を続け、インターネットがさらに広い層にまで利用可能になれば、新たな、そして膨大な海賊版需要が生まれることは想像に難くない。物理的な所有権を介さないデジタルコピーだからこそ直面する、経済格差を背景とした問題に、真正面から取り組まなければならなくなるのだろう。

もちろん、もともと顧客でもない人たちが海賊版を利用しようと、実質的な損失があったとはいい難い。最初からなかったものだと諦めることもできる。しかし、海賊版を野放しにし、スケールさせてしまえば、潜在的な顧客のみならず、現在の顧客をも海賊版の世界に取り込まれることにもなりかねない。ここをどう乗り越えるかが、今後10年、20年を先を見据えたコンテンツビジネスのチャレンジとなるだろう。

ユーザの不満が海賊版の需要を生み出す。いくら海賊版を潰そうとも、不満が解消されない限り、海賊版は生み出され続ける。コンテンツビジネスは可能な限り幅広いユーザ層の顕在的、潜在的な不満を解消し、利便性の高いサービスを提供することを基礎としなくてはならない。そうすることで、海賊版流通の規模を抑制し、新たな顧客を開拓し、ひいては持続可能なビジネスモデルを構築することにつながるのだろう。


2件のコメント

コンテンツメディアの天敵は「収益をあげられずに消費」されてしまうことでコストではない | elude丸 · 2018/1/25 09:07

[…] 「日本では知られていない海賊版の新潮流」 […]

2018年01月23日(火)の日常 | okaz::だめにっき · 2018/1/25 00:42

[…] 日本では知られていない海賊版の新潮流 – P2Pとかその辺のお話R […]

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