以下の文章は、コリイ・ドクトロウの「Apple vs the “free market”」という記事を翻訳したものである。

Pluralistic

Patreonの全アーティスト、パフォーマー、クリエイターは、まもなく総収入の30%を失うことになる。その金額は、地球上で最も価値のある企業、Appleの手に渡る。Appleはクリエイターの作品に一切貢献していないが、その対価の3分の1を横取りするのだ。

https://news.patreon.com/articles/understanding-apple-requirements-for-patreon

なぜこんなことが可能なのか? 「メタクソ化(Enshittification)」したからだ。

https://pluralistic.net/2024/01/30/go-nuts-meine-kerle/#ich-bin-ein-bratapfel

メタクソ化は、企業がエンドユーザと良好な関係を築くことから始まる。Appleの場合、高品質な製品(iPhoneとiPad)を作り、App Storeを慎重に管理することだった。それによって多くの顧客を引き付けた。その多くがAppleデバイスを所有することを自身のアイデンティティの一部にまでしてしまった。まるで人気の家電ブランドを購入することが、迫害された宗教的マイノリティの一員になるかのように。

https://pluralistic.net/2024/01/12/youre-holding-it-wrong/#if-dishwashers-were-iphones

同時に、Appleはユーザをロックインしていった。非Apple端末では再生できないメディアを売りつけ、スマートフォンの使用を、メール、二段階認証、家族の写真、作業ファイル、消費者信用と結びつけた。Appleはまた、「IP法」の拡大に積極的に参加した。さらにAppleは、「IP法」の拡大にも積極的に加担した。つまり、「Appleが顧客、批評家、競合他社の行動を思いのままに操れるようにする法律」の拡大だ。

https://locusmag.com/2020/09/cory-doctorow-ip/

特に、Appleは1998年のデジタルミレニアム著作権法(DMCA)のセクション1201について、奇妙で拡張的な解釈を求めて血眼になった。この法律は、たとえ一件も著作権侵害を生じさせない行為であろうと、誰かがデバイスをジェイルブレイクするのを手伝うことを重罪とする。デジタルロックの解除が犯罪になると、Appleは何だって犯罪にできるようになる。Appleがユーザの望む何かを行うためにはロック解除が必要になるようデバイスを設計すれば、その行為自体を違法化できる。

例えば、Appleは製造元が提供するアンロックコードなしでは新しい部品を受け入れないようにデバイスを設計している。つまり、Appleの部品をAppleのスマートフォンに取り付けても、その部品を有効にするためにAppleの許可(安くはない!)を得なけれならない。これは「パーツペアリング」と呼ばれる露骨なレントシーキングであり、オレゴン州はつい先日これを違法とした。

https://www.theverge.com/2024/3/27/24097042/right-to-repair-law-oregon-sb1596-parts-pairing-tina-kotek-signed

オレゴン州がパーツペアリングを禁止しなければならなかった理由は、DMCA 1201の下ではパーツペアリングの回避が重罪となり、5年の懲役と50万ドルの罰金が科せられるからだ。つまり、賢いリバースエンジニアが作ったパーツペアリングコードを偽造するツールを買うことすらできない。これは技術的に不可能だからではなく、とんでもなく違法だからだ。

DMCA 1201は、Appleに1000ドルのスマートフォンの使い方を広範囲にわたってコントロールする権限を与えている。DMCA 1201のせいで、Walmartのレジで0.99ドルの小さなドングルを買って電話をジェイルブレイクし、別のアプリストアをインストールすることもできない。Appleの承認なしにアプリ作者がアプリを販売することは違法ではないし、Appleの承認なしに購入したアプリをAppleのデバイスで実行することも違法ではない。しかし、購入したソフトウェアを所有するガジェットで実行できるようにするための技術的なステップを重罪化されているため、それらの活動は事実上重罪となるのだ。

ジェイ・フリーマンはこれを「ビジネスモデル侮辱罪」と呼んでいる。しかし、「私法」と呼ぶこともできるだろう。DMCA 1201を通過させることで、議会はAppleのような企業に「製品にデジタルロックを追加すれば、罰則付きの規則を無から作り出せる。米国の裁判所がそれを代わりに起訴する」と言ったのだ。

これは「シェブロン敬譲」の裏返しのようなものだ。シェブロン敬譲とは、議会から法律を公正・中立に執行する権限を与えられた専門機関が、議会の意図を解釈する余地を持つべきだという考え方だ。例えば、議会が子供向けのシリアルに殺鼠剤を入れることを具体的に禁止していなくても、FDAは「フルーティーペブルスにストリキニーネを入れてはいけない」というルールを作ることができるはずだ。これは常識的な考え方だが、昨年7月、最高裁判所はこれを葬り去った。

https://prospect.org/justice/supreme-court-stages-coup-against-government-regulation

つまり、規制当局はもはや規制を封じられてしまったが、一方企業はDMCA 1201のおかげで、無から規則を作り出し、それに刑事および民事法規の効力を持たせることができる。政府は統治できないが、企業は統治できるのだ。

Apple以外から iPhone用アプリを入手することが重罪であるという事実は、Appleがアプリストアに対して作るどんなポリシーにも法的効力があることを意味する。メタクソ化の第一段階(ユーザを誘い込み、そしてロックインする)を完璧に実行したAppleは、企業がAppleの顧客にリーチしなければ生き残れず、アプリストアのルールに従わなければAppleの顧客にリーチできないことを意味する。

Tumblrがポルノを禁止したときのことを覚えているだろうか? 特に、非異性愛規範的で非バニラなポルノがTumblrにとってどれほど重要だったかを考えると、実に奇妙な茶番劇だった。多くのTumblrユーザにとって、これは古いパターンの再現に見えた。つまり、アダルトパフォーマーやセックスワーカーを取り込んで大きくなり、規模が大きくなったら、プラットフォームを支えてきた人々を蹴落としたのだ。

そこに多くの真実がある。YahooやVerizonの所有下では、Tumblrは明らかにユーザを、とりわけセックスワーカー(さらに、クィアなセックスの世界はなおさら)を気にかけていなかった。しかし、TumblrがWordPressに買収された後も、WordPressがプラットフォームに一部のアダルトコンテンツを復活させようと奔走した後も、Tumblrは依然として厳しく管理され、厳しく検閲されたままだ。なぜか? Appleが性的な素材を含むという理由でTumblrをApp Storeから追放し続け、Appleユーザがいなければ、Tumblrは立ち行かなくなるからだ。

https://pluralistic.net/2022/09/29/go-nuts-show-nuts/#chokepoints

これこそがAppleの「私法」だ。Appleは「IP」(DMCA 1201。これによって顧客が競合するアプリストアを選択することを防ぐことができる)を使って、自社のオフィスの壁を越えてTumblrのオフィスにまで手を伸ばし、Tumblrの性的に露骨な素材の基準を指示している。Appleはこれを単なる「編集基準」の問題だと主張し、書店がポルノを棚に置かないことを決めるのと変わらないと言う。違いは、この場合、Appleはデバイスに費やした1000ドルと、場合によってはメディアやデータ、その他の切り替えコストで何千ドルもの金額を失う可能性があるため、別の書店を利用することを阻止できることだ。

しかし、これがAppleの市場規制能力の限界ではない。Appleはアダルトコンテンツの禁止を平等に執行しているわけではない。Tumblrがアダルトコンテンツを許可すれば、アプリストアから追放される。しかしAppleは、RedditやTwitterに対しては性的素材の禁止を執行しないことを選択している。そこでのポリシーは「やりたい放題、見せたい放題」だ。Appleはここで勝者と敗者を選んでいるのであり、保守派が警告する「市場の歪み」そのものを生み出しているのだ。

さて、Patreonの話に戻ろう。Appleのコンテンツベースのルールは、Appleの中核的な市場構造化活動の単なる装飾に過ぎない。本丸はAppleの30%のApp Store税だ。Appleは購入されたアプリの売上の30%を巻き上げ、そしてアプリ内で購入されるすべてのものからも巻き上げる。

https://pluralistic.net/2024/03/22/reality-distortion-field/#three-trillion-here-three-trillion-there-pretty-soon-youre-talking-real-money

これは法外な決済処理手数料だ。比較のために言えば、高度に寡占化されたクレジットカード業界でさえ、決済処理に2〜5%しか請求しない。Appleの請求額の10分の1だ。さらに、その2〜5%のクレジットカード手数料でさえ高すぎると考えられている(コロナ禍以来40%上昇した)。Appleはこの支払いルールを、さらにコンテンツベースのルールで補強している。アプリベンダーは、ユーザをウェブに送り、2〜5%の手数料で通常のウェブサイト経由で支払いを完了させることはできない。ユーザは自分でこれを理解しなければならない。

ここでもまた、Appleは市場の勝者と敗者を選別する。すべてのアプリがこの手数料を支払う必要があるわけではない。例えば、Uberはこれを免除されている。しかし、より小規模な配車アプリ(例えば、ドライバーの協同組合が作ったもの)は全額を搾り取られる。つまり、Uberと競争することは不可能だ。Appleは事実上、Uberを配車アプリの永遠の支配者として位置付けているのだ。

Appleはまた、この市場規制力を使って市場の一部を自社のものにしている。Appleは多くのベンダと直接競合しており、書籍、音楽、動画、オーディオブック、その他のデジタルメディア、さらにはメール、大容量ストレージ、写真ストレージなどを販売している。Appleの競合他社は、Appleマフィアに30%の上納金を払わなければならないが、Appleは自社製品にはその手数料を免除している。ここでもまた、Appleは市場の勝者を選んでいる。つまり自社を優遇しているのだ。

Appleと競合する企業だけが、Appleの事実上の経済の最高計画者としての地位によって壊滅させられるわけではない。収益の30%を別の企業に吸い取られる世界では、多くの企業が単純に存続できない。そもそも、Apple自身でさえそのような体制下では生き残れないだろう。Slashdotのtheodpが書いているように、Appleは昨年3830億ドルの総収益に対して970億ドルの純利益を上げた。もしAppleがその総収益に30%のアプリストア税を支払わなければならなかったら、1150億ドルの減収となり、180億ドルの純損失となる。

https://apple.slashdot.org/story/24/08/13/1439258/ask-slashdot-could-apple-survive-if-it-had-to-pay-a-30-apple-tax?sbsrc=md

ここに、デジタル経済の完全な規制者としてのAppleがある。Appleは以下の3つの基準に基づいて、どのような種類のビジネスを禁止するかを決定している。

I. Appleと競合しているか?

II. TwitterやReddit以外で性的に露骨な素材を含んでいるか?

III. それ以外の点では存続可能なビジネスだが、Appleに譲歩できる余分な30%のマージンはあるか?

Appleは規制に反対しているわけではない。むしろAppleは規制を愛している。ただし、自分たちが規制する側である限りにおいてだ。彼らは国家の力を背景に、デジタル市場を形成し定義する立場でありたいと考えているが、国家からの介入一切 望んではいない。現代の企業論理においては、国家は企業の意志の執行者なのだ。

これが「拘束力のある仲裁」放棄条項の背後にある原動力だ。現在ではいたるところで見られる契約条項で、何をされようと訴訟を起こす権利を放棄することを要求する。これらの放棄条項は、携帯電話の契約、雇用契約、旅行チケット、コンサートチケット、診療所の書類、そしてほとんどのサービスの利用規約に含まれている。

https://pluralistic.net/2022/06/12/hot-coffee/#mcgeico

拘束力のある仲裁放棄に「OK」をクリックしてしまえば、裁判所は法律を解釈し執行する機関から、議会が与えたあらゆる権利と保護を放棄させ、自分を傷つけた企業が雇った仲裁人の一方的な決定に従わせる機関に変貌してしまう。

これは私法をさらに強化するものとなる。国家が企業の気まぐれや命令の執行者として存在することになるのだから。これは、ウィルホイトの法則のおそろしくもわかりやすい例証だ。「保守主義は正確に一つの命題から成り立っている。すなわち、法律に保護されるが法律には縛られない内集団と、法律に縛られるが法律には保護されない外集団が存在しなければならない」。

https://crookedtimber.org/2018/03/21/liberals-against-progressives/#comment-729288

iPhoneに潜むデジタルロックと同様に、あなたは一度も読んだことのない、細かい文字の奥底に埋め込まれた、目に見えず、予期できず、拘束力のある無数の仲裁放棄の対象となっている。そしてひどい目にあって初めて、これらの放棄条項を知ることになる。そのとき、あなたを傷つけた企業はその放棄を突きつけ、法的な救済を求める権利を放棄させるのだ。

この最新の事例が、ウォルト・ディズニー・ワールドで亡くなった医師の夫が、ディズニーを相手取って起こした訴訟だ。医師は、アレルゲンが含まれていないこと再三確認した食事にアレルゲンが含まれていたことで亡くなった。

https://arstechnica.com/tech-policy/2024/08/disney-fighting-restaurant-death-suit-with-disney-terms-absurd-lawyer-says

ディズニーは、夫はDisney+ストリーミングサービスの無料トライアルに登録したことがあり、ディズニーを何事に対しても訴える権利を永久に放棄することに「同意」しているとして、夫の訴訟を退けるよう求めた。

https://cdn.arstechnica.net/wp-content/uploads/2024/08/2024-05-31-Defendant-Walt-Disney-Parks-and-Resorts-Motion-to-Compel-Arbitration-and-Stay-Case.pdf

これは、Patreonのパフォーマーが月々の支払いに追加で30%を上乗せできる場合にのみアートを作り続けられるというAppleの言い分と同様、市場構造を形成する行為だ。責任規則(例えば、アレルゲンが含まれていないことを約束しにも関わらず、アレルゲンが含まれていたことで殺してしまった場合に企業に責任を負わせるルール)は、市場を構造化する重要な部分である。不当な扱いを受けたり、詐欺に遭ったり、危害を加えられた顧客が民事訴訟で金銭的補償を求めることを認めることで、議会は企業の行動を形成するインセンティブシステムを作り出した(代替案としては、食肉加工工場など一部のセンシティブな産業に限定して、24時間体制で現場検査官を配置するというような、極めて高コストな対策がある)。

企業が一方的に、自社には裁判所を通じて仲裁人による正義を求める権利を保持しつつ、個人や他者には裁判所へのアクセスを排除できるようになれば、あらゆる規制や法律が焼き捨てられ、「我々に都合がいい」という理由でルールが置き換えてしまう。そうして法律は彼らを保護し、あなたを縛るものとなる。

我々は、多国籍企業がどの法律を、いつ適用するかを決定できる「ビジネスモデル侮辱罪」のディストピアに生きている。その世界では彼らこそが、誰がビジネスを行えるか、どのようなビジネスを行えるかを決定するのだ。

Pluralistic: Apple vs the “free market” (15 Aug 2024) – Pluralistic: Daily links from Cory Doctorow

Author: Cory Doctorow / Pluralistic (CC BY 4.0)
Publication Date: August 15, 2024
Translation: heatwave_p2p