以下の文章は、コリイ・ドクトロウの「Poor people pay higher time tax」という記事を翻訳したものである。

Pluralistic

「時間は誰にでも平等だ」と聞いたことがあるかもしれない。もちろん、嘘っぱちだ。金持ちと貧乏人とでは、時間のデマンドはまったく違う。金持ちであるほど、自分の時間は自分のものだし、制度も金持ちを優遇するものばかり。さらに自分の時間を浪費する制度を変える社会的な影響力まで持ち合わせている。

たとえば米国の都市部では、公共交通機関は遅く、少なく、過密だ。車がなければ、揺れるバスに立ち尽くして毎日何時間も失う。自家用車があれば通勤時間を大幅に短縮できるし、タクシーやウーバーを利用できればもっと多くの時間が自由になる。

お金の貧困が時間の貧困(#TimePoverty)に変換される仕組みについては、人類学の文献が豊富にある。なかでもデヴィッド・グレーバーのエッセイ「ルールのユートピア」では、資本主義が貧困層にとってのソ連型官僚機構を生み出すメカニズムについて語られている。給付のためのミーンズテスト(資力調査)は、貧困層が自らを「給付対象の貧乏人」であると(そして不正な「タカリ屋」ではないと)証明するために、書類に記入させられ、電話しても長々と保留され、ケースワーカーとの面接に延々と並ばされるという時間の浪費を意味する。

https://memex.craphound.com/2015/02/02/david-graebers-the-utopia-of-rules-on-technology-stupidity-and-the-secret-joys-of-bureaucracy/

航空券を買う金があれば、長距離バスやロードトリップに何日も費やさずとも、国内を素早く移動できる。さらに裕福な人は、TSA事前審査プログラムを買って空港セキュリティにかかる時間を1時間から数分に短縮することもできる。特権階級ともなれば航空会社からVIP待遇を受けて、チェックインの時間をさらに1時間短縮できる。

こうした時間の貧困に関する定性的な説明は十分に練られているが、それに対応する定量的な情報は不足している。

今月、Nature Human Behaviorに掲載された「待機時間コストの不平等の検証」では、公共問題研究者のスティーブ・ホルト(ニューヨーク州立大学)とケイティ・ビノパール(オハイオ州立大学)が「米国人時間消費調査(AUTS:American Time Use Survey)」のデータを分析し、時間の貧困に関する定性的なナラティブに詳細な定量的裏づけを提供している。

https://www.nature.com/articles/s41562-023-01524-w

(本論文は有料であるが、著者らはほぼ最終版と同等のプレプリントを公開している)

https://osf.io/preprints/socarxiv/jbk3x/download

AUTSは「国勢調査局の人口動態調査(CPS)の回答者から抽出した全国を代表するサブサンプルから、毎年回顧的(所要時間を記録した)日誌データを収集した」ものである。この日誌データは15分単位で記録されている。

まず基本サービスにおいて、高所得者は待たずに済むが、低所得者はかなり待たされるカテゴリがあることがわかった。低所得者層は「同じサービスであっても、高所得者層よりも1時間多く待たされる」ことになる。1年では73時間におよぶ。

この格差の一部(5%)は近接性に起因している。富裕層は貧困層と同じサービスを受けるにしても、それほど遠くまで行く必要がない。移動そのものが2%を占めていて、ようするに貧困層はバスが来るまでに待たされるし、移動手段も乏しいのである。

格差の大きな要因(25%)は、仕事の柔軟性だ。貧困層はサービスを受けようにも休暇を取りづらい仕事をしているため、混雑した時間帯に予約を取らざるをえない。

特定のカテゴリではもっと顕著な差が見られる。富裕層と貧困層が同じ日に医者にかかったとしても、貧困層は治療を受けるまでに46.28分待たされるのに対し、富裕層は28.75分で済む。その理屈は簡単で、金持ちが行く医療機関のほうがスタッフが多いからだ。

食料品店でも同様である。貧乏人は買い物に行くたびに平均24分待たされるが、金持ちは15分。貧乏人はただ長い列に並ばされるだけでなくて、人手が足りない店で必需品が閉まってあるケースの鍵を開けてもらわなければならない(さらに、貧乏人は食料品店までの移動時間も長く、移動速度も遅い)。

月2回の診療が必要な慢性疾患を持つ貧困世帯は、富裕層と比べて、待合室でさらに年間5時間を失う。著者らが指摘するように、この時間の浪費は治療の遅れ、予約のキャンセル、健康状態の悪化にも繋がりかねない。時間の貧困は健康の貧困にもつながるのである。

このすべてが有色人種に悪く働く。「低所得の白人及び黒人の米国人は、裕福な同人種よりもサービスを受けるまでに長い時間を待たされる可能性が高い」が、「裕福な白人は平均28分待たされるのに対し、裕福な黒人は平均54分待たされている […] サービス提供者は裕福な非黒人には時間節約の配慮をするが、裕福な黒人にはそのようにはしない(ラティーノではこの格差は小さくなり、アジア系米国人ではこのような格差は見られない)」。

男女格差はもっと複雑だ。「低所得の女性は低所得の男性よりも3ポイント(percentage points)、高所得の女性は高所得の男性よりも6ポイントほど、一般的なサービスを利用する可能性が高い」。低所得の母親の場合は、子どものサービスを受けさせるための時間的コストもかかることになる。

驚いたことに、男性は女性よりもサービスの利用に長い時間を待たされていた。「低所得者の男性は低所得者の女性よりも約6分長くサービスを待っている […] 高所得の男性は高所得の女性よりも約12分長くサービスを待たされている」。

スケジュールの柔軟性が時間格差に大きく影響していることから、助成を受けている託児所や学童保育に介入し、親がピーク時以外の時間にサービスを利用できるようにするよう著者らは提案している。またグレーバーと同様に、給付金の受給や公共サービス利用時の手続き負担の軽減も求めている。

さらに、低賃金労働者が高収入労働者と同じようにピーク時間外のサービスを受ける権利を保障するために、労働法の改正を提言している(これが労働者の生産性を向上させ、労働者のみならず雇用者にも利益をもたらすことを示した研究も参照しつつ)。

著者らは最後に、お金の貧困を減らすことが時間の貧困の軽減につながるという当然の指摘で締めくくっている。最低賃金の引き上げ、所得税減税の拡大、低所得地域への投資、公共交通機関の改善などの施策によって、貧困層はよりよいサービスを受けるために必要な時間とお金を手にできるのである。

Pluralistic: Poor people pay higher time tax (10 Feb 2023) – Pluralistic: Daily links from Cory Doctorow

Author: Cory Doctorow / Pluralistic (CC BY 4.0)
Publication Date: February 10, 2023
Translation: heatwave_p2p

カテゴリー: Notes