オンライン・コミュニティのトリレンマ――規模・信頼・情報、選べるのは2つまで
あらゆるプラットフォームで、そしてプラットフォームを越えて、重なり合う「冗長な」グループが次々に出現し、長期にわたって存続し続ける。なぜだろうか。
常に交渉を強いられる社会はたいへんに疲弊する
「買い手が気をつけろ」を世界の運営原則にすることは、単に労働者から富裕層への移転ではない。交渉に疲弊する人々から、交渉に活力を得る人々への移転なのだ。人間の思考様式の多様な差異のうち、たった1つだけを取り出して、それを成功の唯一最大の基準、人生の機会を決定づける最大の要因に仕立て上げるやり方だ。
意味の漂流と倫理の漂流――フリーソフトウェアとオープンソース
我々の定義的な用語はほぼすべてが「反何とか」だ。「反トラスト」から「反ファシスト」まで。我々が何に反対しているかを表す言葉には事欠かない。しかし、我々が何を*支持している*のかを表す言葉は、いまだに見つかっていない。
“営利”医療がもたらす地獄――なぜホスピスから「生存退院」させられるのか
図書館にいるとき、あなたは利用者であって顧客ではない。学校にいるとき、あなたは生徒であって顧客ではない。医療を受けるとき、あなたは患者であって顧客ではない。
金融セクターの社会的無用さ
実体経済が年間105兆ドルを生み出す世界で、金融デリバティブ市場の規模は年間667兆ドルに達する。「世界最大のビジネス」でありながら、それは無用だ。何も生産しない。何の価値も加えない。
陰謀論とネオリベラリズム
鏡の世界は現実を歪める。だがその歪みの曲率は、ネオリベラリズムの「社会などというものは存在しない」とまったく同じだ。陰謀論も、ネオリベラリズムと同様、世界は構造的な性質によってではなく、個人の美徳と悪意によって動いていると主張する。
「コーポレート・ブルシット(もっともらしいが中身のないビジネス英語)」を愛する人は判断力が鈍い
経営者は空虚で苛立たしいフレーズを使うことで報われ、組織の人員構成はブルシットを見抜くのが苦手で、仕事上の判断力に欠ける人々に偏っていく。
エプスタイン階級と「経済崩壊」ポルノ
彼らは全体の数字が上がる必要などない。自分たちの数字さえ上がればいい。包摂的な経済のほうが社会全体に繁栄をもたらすことを、彼らも承知してはいる。だがそれは犯罪者や捕食者にとっては不都合なのだ。









