以下の文章は、2025年5月5日付けのコリイ・ドクトロウの「Bridget Read’s ‘Little Bosses Everywhere’」という記事を翻訳したものである。
ねずみ講は、アップルパイと同じくらい米国的だ。疑わしいと思うなら、ブリジット・リードの『Little Bosses Everywhere』を読んでみてほしい。このねずみ講についての、綿密な調査に基づく恐ろしくも驚嘆すべきルポルタージュは、本日Crownより刊行された。
https://www.penguinrandomhouse.com/books/715421/little-bosses-everywhere-by-bridget-read
Curbedの調査報道記者であるリードは、この「業界」の歴史を丹念にたどっていく。大恐慌時代のインチキ薬売り、タッパーウェアの販売パーティ、そして『Think and Grow Rich(巨富を築く思考法)』のような書籍を中心に形成された魔術的思考のカルト――こうしたものから「業界」は発展してきた。この腐臭漂う沼地から、自らを神話化する詐欺師集団が這い出し、アムウェイやメアリー・ケイといった企業を設立する。彼らが語る創業譚は荒唐無稽で、簡単に嘘だと証明できるものばかりだが、無批判なメディアはそれをそのまま垂れ流す。被害者たちに提供しているとされる「機会」についての、同様に馬鹿げた主張とともに。
リードの描写によれば、MLM(マルチレベルマーケティング/マルチ商法)の参加者には2種類しかいない。カモ(大金を失う人々)と捕食者(その金をかき集める人々)である。MLMは自分たちが「直販」をしていると称し、中間業者を排除してビタミン剤、家庭用洗剤、化粧品、タイツ、あるいはジュエリーを売っていると主張する。しかし、これらの製品の実際の販売量はゼロに等しい。このシステムに流れ込む資金――米国だけで年間数百億ドル――は、ほぼすべて「販売員」自身が支出しているものだ。彼らは会員資格の維持条件として、あるいは何らかのボーナスやステータスの獲得条件として、毎月一定額の「製品」を購入することを義務づけられている。
こうしたシステムにおける「販売員」は、事実上カルトに囚われた信者であり、リードが描写する高圧的な手法は、カルトの力学に詳しい人間なら――あるいはConspiritualityポッドキャストをたまに聴いている程度の人間でも――即座に見覚えがあるはずだ。
https://www.conspirituality.net/episodes
そして他のカルトと同様、MLMのメンバーは友人や家族を勧誘するよう、仲間の信者たちから絶え間なく責め立てられる。勧誘に成功することもあり、その場合カルトは少し成長する――だがたいていは長続きしない。MLMに勧誘された人の大半は、金を稼ぐのが不可能であることにすぐ気づく。それどころか大金を失わずにいることすら不可能だとわかり、離脱していく。
MLM業界の主たる収益源は、この詐欺を見抜けない少数派である。彼らは自分に欠陥があるのだと思い込まされている。なぜなら、周囲の全員が「プログラム」で驚異的なリターンを上げていると報告しているからだ。彼らは無数の商品をクレジットカードで購入し、自分は販売マシンなんだと「アップライン」に言い張っている(実際にはガレージも屋根裏も居間も台所の棚も、売れない、売りようもないガラクタで埋め尽くされているのだが)。彼らが理解していないのは、カルト内の「成功者」は、自分たちを食い物にして肥え太る詐欺師か、さもなくば自分たちと同じ人間――借金まみれで、アップラインと同じくらい売れていると必死に取り繕っているカモ――のどちらかだということだ。
米国政府や法執行機関は、こうしたカルトへの取り締まりを幾度も試みてきたが、常にカルト側が勝利を収めてきた。取り締まる側がカルトのリーダー=詐欺師たちの嘘を鵜呑みにしてしまうからだ。MLMとは要するに人にモノを売るためのシステムである、という嘘を。それは真実ではなく、かつて真実だったこともなく、今後も真実にはならない。しかし、「合法的な」MLMと「詐欺的な」MLMを選別しようとするルールや基準を策定することで、取り締まる側はまんまと詐欺師の罠にはまってしまう。詐欺師たちは「良い」MLMと「悪い」MLMを区別するルールを歓迎する。こうしたルールを実際には無視しながら、表面上は遵守しているように見せかけるのはたやすい。たとえば「独立販売代理人」が少なくとも10人の外部顧客に販売しなければならないというルールがあれば、10人分の名前をでっち上げて自分のカードで支払えばいい。これは日常的に行われているが、監査はなく、そもそもMLMの被害者はみな「独立事業主」なのだから、仮にこの違反に罰則があったとしても、カルトではなく被害者自身が責任を負うことになる。
一方、詐欺師たちはそれが詐欺であることを知っている。カルトの看板商品である役立たずの「製品」を被害者たちが売れないのは、バグではなく仕様なのだ。借金を抱え、サンクコストに縛られ、自己嫌悪に陥った大量の失敗者たちは、販売テクニックを向上させるための「研修」を売りつけるという、もう1つの詐欺の格好のカモとなる。なにしろ、周囲の全員が汗ひとつかかずにこの商品を売りさばいているのだから、うまくいかないのは自分のせいに違いない。コーチングが必要だ、研修が必要だ、セミナーが必要だ、カセットテープが、本が、合宿が必要だ――そうやって借金の上に借金を積み重ねていく。
こうしたカルトの内部運営は謎のベールに包まれているが、リードはそのベールをはぎ取り、その下に潜む恐怖を見事に解明する。その作業を助けたのが、MLMカルトのリーダーたちが互いに訴訟を起こしあう性質だ。さまざまなサブリーダーたちが独自の巨大な信者集団を築き上げ、自ら並行するカルトやサブカルトを設立してリーダーの座を奪おうとする。こうした訴訟によって、カルトの隠された汚点が日の目を見ることがあり、リードはこれらの裁判記録を丹念に精査している。だが残念なことに、カルトの訴訟好きは逆に多くの不都合な真実を闇に葬る役割も果たしている。MLMのリーダーたちは、オンラインフォーラムで自分の被害を公表する元カルトメンバーを訴えるのが大好きで、その裁判費用にはカルト被害者自身の金が充てられている。
MLMは単なるカルトではない。宗教的なカルトだ。最初期の頃から、ねずみ講の運営者たちは自分たちの活動がキリスト教信仰(主にカルヴァン主義)の延長線上にあると宣言してきた。ねずみ講のエンジンには、燃料となる社会関係資本が必要だ。新規メンバーを勧誘するには、これが(カルトではなく)善意の事業だということを、信頼、友愛、連帯の絆を駆使して説得しなければならない。信仰コミュニティ――とりわけ非主流派の信仰コミュニティ――には、この種の資本が豊富に蓄えられている。大家族を求める信仰であればなおさらだ(MLMがモルモン教や正統派ユダヤ教に深く浸透している理由はここにある)。信仰が「矢筒いっぱいの」子どもたちを養えと命じるなら、同じ信仰を持つ仲間との相互扶助ネットワークなしには生き延びられない。MLMはこの信頼、寛容、そして相互依存を(破滅的な交換レートで)現金に変換し、「アップライン」を通じてカルトのリーダーたちに吸い上げさせる。彼らはそこから莫大な利益を得ている。
もちろん、こうした絆は信仰だけを基盤に形成されるわけではない。人種的マイノリティ、女性、そして構造的差別に直面する他の集団も、相互扶助を通じて互いを支え合っている。それが、彼らをもう1つのMLMの得意技――「捕食的包摂[predatory inclusion]」――に対して脆弱にしてしまう。
https://pluralistic.net/2023/09/27/predatory-inclusion/#equal-opportunity-scammers
捕食的包摂とは、詐欺師が社会正義の言葉を借用して自分たちの詐欺を売り込むことだ。クリプトブロたちが「女性の自立を実現する」とか「黒人の富を築く」(ありがとうな、スパイク・リー)などと謳って自分たちのインチキ商品を売りつけたことを思い出してほしい。
https://www.vice.com/en/article/spike-lee-made-an-ad-for-cryptocurrency-atms-and-its-bizarre/
捕食的包摂は、逆境の中で築かれた連帯の絆に寄生する。MLM版の捕食的包摂ではそれがいっそう顕著だ。MLMが相互扶助の網を1本また1本と断ち切っていくにつれ、カルトのリーダーたちはそれに代わるものとして、狂信的な反共主義を植えつける。キリスト教保守派をレーガン連合に取り込み、最終的にトランプのファシズムによる政権掌握へとつながった、あの極右的レトリックだ。
その論法はこうだ。「あなたは独立した小規模事業主であり、米国の屋台骨だ。自分の気骨と勤労意欲でアメリカン・ドリームを実現するのだ(したがって、いま失敗しているのは、その両方が欠けているからにほかならない)。ねずみ講を潰そうとしている連中は、あなたを守りたいと言っているが、本当は政府に誰がビジネスをしてよくて誰がだめかを決めさせたいのだ。奴らは共産主義者であり、MLMへの攻撃は米国そのものへの攻撃なのだ」
米国で最も裕福な名門一族の中には、ねずみ講で財を成した家系がある。彼らは詐欺の王朝であり、犯罪で得た利益を極右の政治プロジェクトにつぎ込んできた。ヘリテージ財団――Project 2025の立案者であり、トランプの参謀本部――は、リッチ・デヴォスの資金によって出発した(第一次トランプ政権で教育長官を務めたベッツィ・デヴォス1訳注:ベッツィ・デヴォスは第一次トランプ政権期の教育長官時代、公立学校の権限縮小や民間転換を推進した人物である。ヘリテージ財団のProject 2025は彼女の方針をさらに推進し、教育省の解体を提言した。この筋書き通り、すでにトランプ大統領は教育省の廃止・解体に向けた大統領令に署名している。なお、ベッツィの夫で、リッチの息子である元アムウェイ社長のディック・デヴォスは、2006年のミシガン州知事選挙に共和党代表として立候補している。また、ベッツィの実弟、エリック・プリンスは、政府とも契約を交わす民間軍事会社ブラックウォーターの創設者である。は、リッチ・デヴォスの義理の娘である)。極右のダークマネーマシンは、MLMの資金で動いている。
実のところ、今日の世界のあらゆる腐敗がMLMの手口の上に築かれていると言っても過言ではない。「ギグエコノミー」を見てみよう。Uberのような企業はドライバーに高い時給を約束する。だが実態は、システムが少数のドライバーをランダムに選んできわめて高額な報酬を割り当て、彼らを「ユダの山羊」に仕立て上げる。この「ユダの山羊」たちがギグワークの掲示板に自分の幸運の物語を書き散らす。ヴィーナ・デュバルが「アルゴリズム賃金差別」に関する画期的な研究で明らかにしたように、この戦術は壊滅的なまでに効果的だ。他のUberドライバーたちに飢餓水準以下の賃金で極端な長時間労働をさせ、さらに「Uberでうまくいっていないのは自分のせいだ」と自己責任を内面化させてしまう――まさにメアリー・ケイやアムウェイのダウンラインが、問題は自分にあると思い込むのと同じ構造だ。
https://pluralistic.net/2023/04/12/algorithmic-wage-discrimination/#fishers-of-men
トランプはもちろん、MLM詐欺の究極の体現者だ――彼が名前を2つのねずみ講にライセンスした2訳注:ACN(American Communications Network、通信系のMLM企業)とTrump Network(元はIdeal Healthというビタミン・健康食品のMLM企業で、2009年にトランプが名前をライセンスして改名されたもの)の2つ。トランプは2006年から2015年の大統領選出馬表明まで約10年間にわたり、ACNのイベントでのスピーチ、『セレブリティ・アプレンティス』での製品紹介、プロモーション動画への出演などを行い、数百万ドルの報酬を得ていた。 Trump Networkは、2011年末にライセンス契約が終了し、翌年に売却されて消滅した。からだけではない。トランプはMLMの倫理そのものを体現している。自分がいかに金持ちかを嘘で塗り固め、カモに金を出させて「機会」に飛びつかせ、約束された富が実現しなければ自分を責めさせるという、あの倫理だ。
エリック・ベイカーはかつて、MLMを裏返し3本文では”bizarro-world”の労働組合だと評したことがある。労働組合の組織化では、最も社会関係資本を持つ人物、同僚から信頼されている人物を見つけ出し、構造化された組織化の対話を教えることが成功の鍵となる。MLMがやっていることもまさにそれだ。違いは、その構造化された組織化の対話の目的にある。労働組合のオーガナイザーにとって、目的はコミュニティの全員の生活を向上させるための手段として連帯を築くことだ。MLMのオーガナイザーにとって、目的は連帯を破壊し、コミュニティを原子化し、その絆を粉砕して、メンバーをカルトのリーダーとその手下たちに丸裸で食い物にされるままの状態にすることにある。
https://pluralistic.net/2025/02/05/power-of-positive-thinking/#the-socialism-of-fools
新自由主義の雄叫びは、サッチャーの「社会などというものは存在しない」だった。過去40年間は、我々を互いから引き離し、他者をカモとして見るよう仕向け、相互扶助のシステムを共産主義として忌避するよう教え込む、長い過程であった。リードの『Little Bosses Everywhere』は、後期資本主義の究極のビジネスモデル――小規模事業主のフリをさせながら周囲の人間の人生を破壊すること――の過去と現在を、見事な筆致で、徹底した調査に基づいて描き出した1冊である。
Pluralistic: Bridget Read’s ‘Little Bosses Everywhere’ (05 May 2025) – Pluralistic: Daily links from Cory Doctorow
Author: Cory Doctorow / Pluralistic (CC BY 4.0)
Publication Date: May 5, 2025
Translation: heatwave_p2p
- 1訳注:ベッツィ・デヴォスは第一次トランプ政権期の教育長官時代、公立学校の権限縮小や民間転換を推進した人物である。ヘリテージ財団のProject 2025は彼女の方針をさらに推進し、教育省の解体を提言した。この筋書き通り、すでにトランプ大統領は教育省の廃止・解体に向けた大統領令に署名している。なお、ベッツィの夫で、リッチの息子である元アムウェイ社長のディック・デヴォスは、2006年のミシガン州知事選挙に共和党代表として立候補している。また、ベッツィの実弟、エリック・プリンスは、政府とも契約を交わす民間軍事会社ブラックウォーターの創設者である。
- 2訳注:ACN(American Communications Network、通信系のMLM企業)とTrump Network(元はIdeal Healthというビタミン・健康食品のMLM企業で、2009年にトランプが名前をライセンスして改名されたもの)の2つ。トランプは2006年から2015年の大統領選出馬表明まで約10年間にわたり、ACNのイベントでのスピーチ、『セレブリティ・アプレンティス』での製品紹介、プロモーション動画への出演などを行い、数百万ドルの報酬を得ていた。 Trump Networkは、2011年末にライセンス契約が終了し、翌年に売却されて消滅した。
- 3本文では”bizarro-world”