以下の文章は、コリイ・ドクトロウの「The far right grows through “disaster fantasies”」という記事を翻訳したものである。文中の「(参考)」の箇所は翻訳者による参考記事のリンクである。

Pluralistic

プレッパー(訳注:カタストロフィへの備えに執着する人々)の妄想は、「もし世界が自分自身を最も重要な存在にする形で終わったら」という考えを核としている。超富裕層は、荒廃した世界からゴージャスな地下シェルターに傭兵の軍隊とビットコインの入ったUSBメモリを手に立てこもり、自らの「リーダーシップスキル」を発揮して世界を再構築する妄想に耽る。

民族誌学者のリッチ・ミラーは、プレッパーたちに長年密着取材を行い、ついに彼らの強迫観念の原動力となる妄想について、決定的な著書『アルマゲドンに踊る:現代のサバイバリズムとカオス(Dancing at Armageddon: Survivalism and Chaos in Modern Times)』を執筆した。

https://www.press.uchicago.edu/ucp/books/book/chicago/D/bo3637295.html

ミラーによれば、プレッパーたちが備える大惨事は、彼ら自身のスキルを必要とするものでなければならないらしい。例えば、ある水質化学者は、テロリストによる地域の水道システムへの攻撃から地域社会を守ることに人生を捧げていた。だが、どれほど繰り返し質問しても、なぜテロリストがそのような攻撃を仕掛けるのかについて、合理的な説明はついに得られなかった。

https://pluralistic.net/2020/03/22/preppers-are-larpers/#preppers-unprepared

プレッピングとは、自分の力で乗り越えられる、恐ろしく、とてつもない規模の危機という妄想に取り憑かれることから始まる。これは個人主義的な妄想であり、本質的にネオリベラル的だ。ネオリベラリズムの洗脳効果は、社会における我々の役割が個人としてのものだけだと信じ込ませることにある(「社会なんてものは存在しない」――M・サッチャー)。職場で問題が発生した場合、我々は上司と個別に交渉しなければならず、負けた場合の選択肢は辞めるか、屈服するかしかない。労働組合を通じて労働争議を解決することは論外であり、特に労働者のための強力な法的保護を勝ち取り、政府に圧力をかけ続けるような組合は禁忌とされる。

企業の不正についても同様だ。騙されたって?「買い手責任の原則」だ!不満があるなら、他の店に行って財布で投票すればいい。選挙は遅く、政治は退屈だ。しかし「財布で投票する」というのは、買い物セラピーを市民活動の一形態に変えてしまう。

この個人主義的な問題解決アプローチは、権力者にとって都合がいい。なぜなら、それは我々を徹底的に無力なままにするからだ。財布で投票するということは、最も分厚い財布を持つ人々が常に勝利する不正な選挙に投票することであり、統計的に見て、それが自分であることは決してない。だからこそ右派は選挙資金の制限撤廃に執着する。富裕層は一人一票の選挙では勝てない(1%であるということは99対1で数で負けているということだ)が、無制限の選挙資金支出は、富裕層が財布を使って本当の選挙で投票することを可能にする。

気候危機を個人のリサイクルで解決することはできない。実際のところ、リサイクルすらできないのだ。丹精込めて洗浄し分別したプラスチックのすべては、埋立地か海洋に浮かぶことになる。プラスチックのリサイクルは石油化学産業による詐欺であり、彼らは自社製品が決してリサイクルされないことを最初から知っていた。これらの環境破壊者たちは、企業による環境破壊という構造的な腐敗を個人の問題として捉えさせ、「ポイ捨て」を非難し、ゴミの分別を強要したのだ。

https://pluralistic.net/2020/09/14/they-knew/#doing-it-again

我々は、集団行動によってしか解決できない、緊急の解決策を必要とする現実の問題に絶えずさらされている。そして、そのような行動は不可能だと言われ続けている。これは客観的に見て極めて恐ろしく、人々を狂気に追いやる。

今世紀初頭、9.11の数週間前、Gecko45と名乗る掲示板の投稿者が、重武装したギャング、人身売買業者、凶暴な怪物と戦うショッピングモールの警備員としての自身の仕事について、大真面目にたわ言を言って、Web1.0時代にバイラルとなった。Gecko45の投稿は常軌を逸していた。彼は最初、スモークボムを展開し、相棒が高性能ライフルを組み立てている間に、自分を守るためにボディアーマーを二重にしたほうが良いかとアドバイスを求めた。Gecko45は明らかに本気だったが、GlockTalkの他の投稿者たちからは皮肉めいた返信が寄せられ、すぐさま「モール・ニンジャ」というあだ名がつけられた。

https://lonelymachines.org/mall-ninjas/

モール・ニンジャは、「アメリカ最大級の屋内小売ショッピングエリアの3人編成迅速戦術部隊の軍曹」として任務を遂行しながら、15丁の銃を携えて郊外のショッピングモールをパトロールしていると主張した。彼はどんな能力を持っていたのか?「壁を登るための特殊ブーツを履くことができる忍術を含む3つの武術の達人」ということだった。

武装した暴徒から眠れる市民を守る勇敢な個人というモール・ニンジャの妄想は、今日の右派による、「MS-13とアンティファの超人兵士」がパトロールする「麻薬の野外市場」だらけの「立入禁止区域」としてのアメリカの都市という妄想の先駆けだったんだろう。モール・ニンジャは――「GlockTalk」という名前の掲示板に集まるような人々からさえも――嘲笑を買ったが、今日では、彼のような妄想が選挙を勝利に導いた。

Jacobinで、オリー・ヘインズは政治評論家のリチャード・シーモアにこの現象についてインタビューを行っている。

https://jacobin.com/2024/11/disaster-nationalism-fantasies-far-right

シーモアの最新著『惨事ナショナリズム:自由主義文明の没落(Disaster Nationalism: The Downfall of Liberal Civilization)』は、実際の惨事の只中にある右派の想像上の惨事への奇妙な執着を探求したものだ。

https://www.versobooks.com/en-gb/products/3147-disaster-nationalism

こんな想像上の惨事を知っているだろうか。「FEMAの死のキャンプ(参考)、『グレート・リプレースメント(大置換)』理論(参考)、『グレート・リセット』(参考)、15分都市(参考)、マインドコントロールのビーコンとしての5G電波塔、ワクチン経由で体内に埋め込まれるマイクロチップ(参考)」。シーモアが書いているように、これらの陰謀論的妄想は、権威主義的な政権とその支持者たちによって、とりわけ実際の惨事害が周囲で猛威を振るっているときに増殖していく。

例えば、オレゴン州の山火事では、800度に達する燃え盛る森林に脅かされていた人々が、火事は「白人保守クリスチャンを一掃する」ためにアンティファの放火犯によって引き起こされたという確信から、避難を拒否した。彼らは銃を構え、アンティファの暴徒に備えて、火の手が迫る家を自らバリケード封鎖したのだ(参考)。

シーモアは、この「惨事ナショナリズム」は「実際にはかなり活気づける方法で惨事を処理する」という。共産主義者による陰謀だと言われ続けている、集団行動によってしか解決できない(それゆえ解決不可能な)実際の惨事に直面した無力感から、自分が無双の役割を演じることのできる個人主義的な惨事妄想に逃避するのだ。気候危機、貧困、有害な環境――あらゆる危機は「悪い人々」に置き換えられ、そうすればその人々を叩きのめすことができる。

権威主義的な政治家たちにとって、「善人」によってのみ阻止できる悪人との戦いという世界観は、素晴らしい政治環境を生み出してくれる。それはすでに世界中で初期ファシズム的運動を選挙での勝利へと駆り立てている。米国はもちろんのこと、シーモアはこれをインド、イスラエル、ブラジル、そして世界中での権威主義的民族主義者たちの選挙での勝利の背景にある現象として分析している。

シーモアの分析は実に清々しく、明快だ。彼は右派が現実を犠牲にして想像上のものに執着する傾向を説明する。保守派のQアノンの児童人身売買陰謀説から、強制出産運動の「胎児」への執着まで、想像上の子供たちへの執着を思い出してほしい。

非実在の子供たちに執着しているだけではない。右派は実在する子供たちに極めて無関心か、あるいは積極的に敵対的なのだ。Qアノン現象は、トランプの「檻に入れられた子供たち」親子分離政策が最高潮に達した時期と重なっている。この政策では、意図的な方針として、何千人もの子供たちが両親から引き離され、その多くが永遠に再会できなくなった(参考)。

強制出産運動は「胎児」を救うという名目で数十年かけてロー判決を覆す戦いを続けた――その指導者たちが、アメリカ史上最も成功した子どもの貧困緩和策である児童税額控除を同時に覆していたにもかかわらず。実在する子供たちは上と空腹、不安定な状況に追いやられ、肉加工工場での夜勤に駆り出され、ホームレス化する運命にあった――その一方で、この運動は空想上の子供たちを救う「生命の文化」を祝福していた。

子供たちを貧困から救い出し、親たちが望む数だけの子供を育てられる世界を作るなら、それは集団的な取り組みだ。だが、アサルトライフルを持って中絶クリニックを爆破したり、ピザ店に突入したりするのは、個人的で逃避的な救済妄想に過ぎない。

モール・ニンジャの政治が勝利を収めている。

Pluralistic: The far right grows through “disaster fantasies” (25 Nov 2024) – Pluralistic: Daily links from Cory Doctorow

Author: Cory Doctorow / Pluralistic (CC BY 4.0)
Publication Date: Posted on November 24, 2024
Translation: heatwave_p2p

カテゴリー: Notes