以下の文章は、電子フロンティア財団の「Germany Rushes to Expand Biometric Surveillance」という記事を翻訳したものである。

Electronic Frontier Foundation

ドイツは、プライバシーとデータ保護の分野で先駆的な存在だ。その背景には、ナチス政権下や東ドイツ時代の全体主義的な監視社会の経験がある。そのため、多くのドイツ国民は個人データの取り扱いに特別な警戒心を持っている。

こうした国民性を持つドイツで、政府が前例のない規模のバイオメトリクス監視を含む「セキュリティパッケージ」を議会で急ピッチで推し進めようとしていることは極めて残念だ。この提案は、政府自身の連立協定に反するだけでなく、欧州法やドイツ憲法の精神をも踏みにじるものである。

発端は、2024年8月下旬にドイツ西部の町ゾーリンゲンで起きた刃物による刺傷事件だった。これを受けて政府は、亡命規則の厳格化や法執行機関への新たな権限付与を盛り込んだ「セキュリティパッケージ」を打ち出した。

このパッケージには、オンライン上の基本的人権に壊滅的な影響を及ぼしかねない3つの重要な措置が含まれている。

バイオメトリクス監視の導入

政府は、法執行機関に対し、容疑者の生体データ(音声、動画、画像データ)をインターネット上の公開データと照合して身元を特定する権限を与えようとしている。これは、顔認識ソフトウェアがもたらす様々な問題に加え、ネット上のあらゆる写真や動画が政府の監視システムに組み込まれることを意味する。

この措置は、政治的デモの写真など、基本的人権の行使に直結するセンシティブな情報までもが対象に含まれる。結果として、個人の追跡や日常生活の詳細なプロファイリングに悪用されるおそれがある。専門家からは、法案の技術的な問題点を指摘する声も上がっている。さらに、この提案はドイツ政府自身が掲げたバイオメトリクス監視の禁止という連立協定の方針とも矛盾する。

また、最近採択された欧州AI法にも抵触する可能性がある。同法では顔認識データベースの作成・拡大を目的とするAIシステムの使用が禁止されている。AI法には国家安全保障に関する例外規定が設けられているが、各加盟国の判断でバイオメトリクスによる遠隔識別システムを禁止できる。ドイツの市民社会団体は、新たな監視権限の導入ではなく、むしろこの禁止措置の実施を期待していた。

このような広範な権限が、法執行機関だけでなく、連邦移民難民局にも付与されることになる。同局は、身分証明書を持たない難民申請者のバイオメトリクスデータを「インターネットデータ」と照合して身元を特定できるようになる。問題は過剰な権限が与えられることだけでなく、顔認識ソフトウェアには人種的偏見が内在することにもある。有色人種の画像に対して精度が著しく低下することは広く知られている。にもかかわらず、法案には差別的な結果を防ぐための有効な措置は盛り込まれておらず、顔認識技術の限界についても言及されていない。

予測的取り締まりの拡大

政府はまた、法執行機関が保有するあらゆるデータにAIを活用したデータマイニングを導入しようとしている。これは一般に、予測的取り締まりに用いられる手法だ。その対象には、過去に告訴した人物、証人を務めた人物、さらには犯罪被害者として警察のデータベースに登録された人物のデータまで含まれる。

この行き過ぎた措置は、プライバシーの権利などの基本的人権を脅かすだけでなく、人種差別を助長する危険性も指摘されている。

実際、ドイツの最高裁判所は、2つの州で行われていたPalantirを用いたデータ分析手法について、違憲判決を下している。にもかかわらず、今回の法案は同様の権限を全国規模で導入しようとしているのだ。

警察のユーザデータへのアクセス拡大

政府は、最近採択されたデジタルサービス法(DSA)の、既に物議を醸している条項を利用しようとしている。DSAは欧州連合のオンラインプラットフォームを規制する法律だが、暴力犯罪の可能性がある場合、プロバイダに対しユーザデータを法執行機関と積極的に共有することを求めていることで批判を浴びている。この条項は定義があいまいで、オンライン上の表現の自由を脅かすおそれがある。プロバイダが処罰を恐れ、その圧力が必要以上にデータを共有するよう仕向ける可能性があるからだ。

プロバイダから転送されるケースが少ないことに不満を抱いたドイツ政府は、DSAの適用範囲を拡大し、企業がユーザデータを共有しなければならない特定の犯罪類型を追加しようとしている。DSAのような複雑な欧州規制を採択直後に改正することは現実的ではないが、この提案からは、オンライン上の基本的人権の保護がこの政府にとって優先事項ではないことが浮き彫りになっている。

市民社会の反応と今後の展望

これらの動きに対し、ベルリンでは数千人規模の抗議デモが行われた。さらに、議会の公聴会に出席した専門家ドイツの市民社会団体からも、政府の計画に対する強い警鐘が鳴らされている。彼らは、この計画が基本的人権を侵害し、欧州法に違反し、さらには連立与党自身の公約にも反すると指摘する。EFFは、これらの提案に反対する人々と連帯する。これまでにないほどに、基本的人権を守る闘いが重要になっている

Germany Rushes to Expand Biometric Surveillance | Electronic Frontier Foundation

Author: Svea Windwehr / EFF (CC BY 3.0 US)
Publication Date: October 7, 2024
Translation: heatwave_p2p
Material of Header image: EFF (CC BY 3.0 US) modified