EUは水曜、新たな著作権指令に大きな問題を抱えた2つの提案を受け入れるかどうかを決める投票をする。その1つ、第13条は世界中のインターネットに大規模な検閲を引き起こす可能性を秘めている。
現在、ユーザに(ビデオやテキスト、画像を投稿を許す)コミュニケーションサービスは、著作権侵害の申立があった場合、ユーザが反論しない限り、申し立てのあった投稿を削除しなくてはならない。著作権侵害の申立が不当であると判断した場合には、その投稿を削除しないことも選択できるが、その場合には(少なくとも米国においては)ユーザとともに著作権侵害で訴えられ、多額の賠償金を支払わされる可能性がある。そのリスクを考えれば、通常、企業はユーザの表現を守るために立ち上がろうとはしない。ユーザにしても全財産を投げ売ってまで、自らの表現を守るために裁判を戦い抜こうはしないだろう。
米国のデジタルミレニアム著作権法(DMCA)に組み込まれ、世界中の国に輸出されているこのシステムは、「ノーティス・アンド・テイクダウン(通知と削除)」と呼ばれている。このシステムでは、権利者は証拠も司法による判断も必要とせず、自らの主張するがままにインターネットを一方的に検閲することが許されている。物理的な著作権侵害の世界には類を見ない、過剰な特権が与えられているのだ(映画館に行って、スクリーンを指さして「あれは俺の映画だ」を喚き散らして、映画を終了させることができるだろうか?)。
それでも権利者はこのノーティス・アンド・テイクダウンに不満を訴えている。削除されたコンテンツは、ボットによって自動的に再投稿されることもあり、権利者は何度も何度も同じ著作権侵害ファイルの削除を申立なくてはならない。そのため、彼らはノーティス・アンド・テイクダウンをいたちごっこだと主張する。
その代わりとして権利者たちが求めてきたのは、「ノーティス・アンド・ステイダウン(通知と予防)」だ。このシステムではまず、権利者はオンラインプラットフォームにカタログ全体のコピーを送信する。そしてプラットフォームはユーザの投稿がデータベースに登録された既知の著作物であるかどうかを比較し、一致すると思われるものをブロックする「著作権フィルタ」を構築する。
すでにテクノロジー企業は、このようなシステムを自発的に構築している。最も有名なのはYouTubeのコンテンツIDだ。その開発には6,000,000,000ドルの費用がかかり、ビデオのオーディオトラックをカテゴライズするフィルターによって機能している。権利者たちは頑としてコンテンツIDは十分に機能していないと主張するが、YouTubeユーザたちは、正当な作品が著作権侵害として検閲されてしまうオーバーマッチの問題を報告している。その例は枚挙にいとまがない。NASAは自らの火星探査映像を投稿してブロックされた、ピアニストはクラシックの演奏を投稿してブロックされた、ビデオ内の鳥のさえずりによってビデオが検閲された、学術会議の昼休み中にホール内にBGMが流れたために登壇者の声が消されてしまった――だからといって、無音ならいいというわけではない。それも著作権クレームを引き寄せてしまうのだから。その他にも、著作物の利用がフェアディーリング(公正利用)にあたるかを判定するボットも存在してはいないという問題もある。フェアディーリングは法律で保護されているが、コンテンツIDでは保護されていないのだ。
コンテンツIDがプロトタイプなのだとしたら、最初からやり直すしかない。それはオーバブロック(あらゆる種類のメディアを検出してしまう)と、アンダーブロック(大手エンターテイメント企業を激怒させる取りこぼし)をもたらしている。やたらカネがかかり、役に立たず、そして効果がないのだ。
しかし、それはあなたのインターネットのすぐそばまで忍び寄っている。
水曜、EUは次の著作権指令に、コンテンツIDスタイルのフィルタをインターネット全体に義務づける「第13条」を含めるかどうかを投票する。ビデオのサウンドトラックだけでなく、映像、静止画、コード、さらにはテキストも対象となる。我々がコミュニケーションのために利用するサービスは、この第13条によって、あらゆる著作権侵害の申立を受け入れ、マッチすると考えられるものは全てブロックしなくてはならなくなる。
この措置は、インターネットを検閲する一方で、アーティストの利益に何ら寄与することはない。
こうしたフィルタがどのように機能するかを考えてみよう。まず、フィルタはデータベースを作成するために一括申請を受け付けることになる。ディズニーやユニバーサル(科学出版社やフォトストック、不動産ブローカーは言うまでもない)は、数十、数百のプラットフォームに膨大な著作物のカタログを慎重に手作業で入力していくわけではない。著作権フィルタがその目的を達成するためには、膨大なエントリを一度に受け入れなくてはならない。人間のモデレータがいちいちチェックするなどできやしない。
仮に、プラットフォームが著作権データベースのエントリをレビューするために、欧州労働人口の20%を雇用できたとしても、権利者はそれを認めることはないだろう。労働者が著作権侵害と適法な利用とを正確に判断するトレーニングを受けていないからではなく、申立のレビューに費やされる時間を絶対に受け入れられないためだ。
権利者の間では、セールスの大半が作品のリリース直後にもたらされると強く信じられている。そのため、作品のリリースと同時に海賊版コピーが入手可能になってしまうと、著しい損害を被ると考えているのだ(だからこそリリース前のリークに頭を悩ませている)。
たとえば、ディズニーの最新作が公開前にインターネットに流出したとしよう。人間のモデレータがちまちまと順番に著作権申立を処理することで貴重な時間を浪費するのではなく、一瞬のうちに海賊版コピーが削除されることを望むはずだ。
これら3つの事実を組みわせるとこうなる。
- インターネットユーザが公開できない「著作物」のブラックリストに誰でもなんでも追加できる。
- ブラックリストは一度に膨大な数の作品を登録できなくてはならない。
- ブラックリストに登録された新たなエントリは、即時有効にされねばならない。
だが、このシステムの悪用を防ぐための技術的専門家が置かれることはない。悪人たちはボットの軍勢を率いて、数百万の作品をブロックすることができるだろう(たとえば、クソ野郎がボットを使ってデータベースを爆撃し、シェイクスピア全集の所有権を主張し、人間のモデレータが排除するより早くブラックリストに登録してしまえば、シェイクスピアをインターネット上で引用できなくなる)。
しかし、よりやっかいなのは_標的型_の検閲だ。政治家は、恥ずべき政治スキャンダルを検閲したり、批判者を黙らせるためにテイクダウンを悪用してきた。暴力警官や同性愛者へのトロールもそうだ。
こうした連中がコンテンツIDを悪用したとしても、これまではインターネット全体を検閲することはできなかった。インターネット中を駆け巡って批判者を探し出し、1つ1つ手動でテイクダウンを申し立てなくてはならなかった。コンテンツIDはあくまでもYouTube上でしか機能せず、その「ノーティス・アンド・ステイダウン」データベースに作品を登録できるのは「信頼された権利者」に限られている。
しかし、第13条では、_誰も_が全体の検閲官として振る舞うことができ、_あらゆる_サービスがその検閲官の要請に応じなくてはならなくなる。「権利者」アカウントに登録し、投稿して良いものとしてはいけないものを登録すればよいだけだ。第13条は、こうした悪用を防ぐための手当てをまったくしていない。たとえサービスから追い出されたとしても、アカウントを作り直せば簡単にゲームを再開できる。
一部の権利者団体のロビイストは、こうした悪用の可能性を認めているものの、それでも「アーティストが収入を得られる」ようになるのだから、やる価値は十分にあると主張している。残念ながら、これも真実ではない。
これらのフィルタはオーバーブロッキングを起こし、悪用されやすいにもかかわらず、本当に対処したい連中には大して効果はない。
世界で最も強力なコンテンツフィルターー中国政府が「政治的にセンシティブな」コンテンツを抑止するために使用している検閲フィルタを見てみることにしよう。これらのフィルタは欧州企業が実装しなくてはならないフィルタとくらべると遥かにイージーである。中国の検閲フィルタは、世界最大規模の経済大国の政府から事実上無限の予算と助成金を受け、数千万人の熟練した技術者が暮らす環境で構築されているのだ。さらに、この検閲システムを破ろうとすれば、厳しい監視の対象となり、長期に渡り投獄され、拷問を受ける可能性すらある。
数週間前、トロント大学シチズンラボの研究者が発表した研究報告書にあるように、中国の検閲システムは極めて容易に破ることができる。
著作権侵害を試みる人々にとって、フィルタを破ることは造作もないことだ。著作権の正しき側にいることを望みつつ、しかし自らが意図せずフィルターの悪しき側に置かれていることに気づいた多くの人々は、自らが克服できない問題を抱えていることに気づくだろう。袋小路を作り出すシステムを支えるテクノロジー大手の恩情にすがるしかなくなる。また侵害ユーザを捕らえるためにフィルタをさらに強化すれば、非侵害的コンテンツがブロックされる可能性がさらに高まってしまう。
検閲と著作権侵害の双方を横行させる一方で、適法な対話を塞いでしまうシステムというだけでも十分に酷いのだが、さらにアーティストにも悪影響を及ぼすものでもある。
コンテンツIDには6,000,000,000ドルものコストを要した。しかしこれは、第13条が求めるフィルタ全体からすればほんの一欠片にすぎない。欧州でオンラインプラットフォームを運営するためには、著作権フィルタリング技術に数百万ドルを投資せざるを得なくなり、競争的環境は大きく損ねられることになる。米国のテクノロジー大手に比べ、規模が小さい欧州企業が、著作権フィルタにかけられるコストはたかがしれている。
一方、米国のテクノロジー大手には十分な資金的余裕がある(実際、EFFをはじめとする団体が抗議の声を上げるなか、すでに著作権フィルタをソリューションとして開発した)。確かに彼らも規制は回避したいところだろうが、数億ドルを支払って競争がなくなるのであれば、彼らにとっては望ましい取引だ。
大手エンターテイメント企業は、米国テクノロジー大手に恒久的なインターネット支配ライセンスをそれなりの額で売り渡す取引に大喜びするだろうが、それがそのままアーティストの利益に繋がることはない。創造的作品の出版、プロモーション、流通、販売の競争が少なくなればなるほど、クリエイターの取り分はますます減らされていく。
私たちはより良い解決策を講じるべきだ。問題が独占的プラットフォーム(そして独占的ディストリビュータ)にあるのであれば、EUの競争法の問題として取り組むことで、市場支配力を悪用したクリエイターからの搾取を防せげるはずだ。しかし、著作権フィルタはそうした独占禁止とは真逆の方向性を持っている。エンターテイメント業界の「力なき者たち」や、表現のためのインターネットプラットフォームを犠牲にして、巨大なテクノロジー企業をさらに巨大化させてしまうのだから。
Publication Date: September 11, 2018
Translation: heatwave_p2p