マンドリン奏者・石橋敬三さんがYouTubeに投稿した音源が、レバノンの人気歌手Cyrine Abdel Nourのミュージックビデオに無断で使用された挙句、元となった石橋さんの動画がCyrine Abdel Nour側の申し立てによりブロックされてしまったという。

その後の経緯によれば、どうやら石橋さんの動画は復旧し、Cyrine Abdel Nourの動画が削除されたとのこと。なぜそれなりに売れているであろう歌手の楽曲に、どのような経緯で石橋さんの音源が無断で使用されたのかという点はよくわからないが、とりあえず、YouTube上の石橋さんの音源については解決したと思われる。

今回のケースは、音源を無断使用した挙句に、その元となる音源をYouTubeから権利者削除するというあまりにも酷いケースである。が、なぜこのような事態におちいってしまったのか。それはYouTubeが米国のDMCA(デジタルミレニアム著作権法)に従わなくてはならない、ということに由来する。

YouTubeとDMCA

DMCAは来るべきデジタル時代、インターネット時代に著作権法を対応させるため、1998年に成立した米国の法律である。このなかに、ユーザからの投稿を許すYouTubeのようなサービスプロバイダについて、一定の条件を満たした場合、ユーザが行った著作権侵害の責任を免除する規定(いわゆるセーフハーバー条項)が盛り込まれた。

セーフハーバー条項においてサービスプロバイダが満たすべき条件は、1つは「ノーティス・アンド・テイクダウン」システムを実装することである。簡単に言うと、サービスプロバイダは権利者から著作権侵害コンテンツへの削除申し立て(ノーティス)があった場合、迅速にそのコンテンツを削除(テイクダウン)しなくてはならない(ちなみに、もう1つは侵害を繰り返すユーザに適切に対処すること)。

今回のケースでも、YouTubeはCyrine Abdel Nour側からの削除申し立てを受け、DMCAに従うかたちで石橋さんの動画を(迅速に)削除したものと思われる。

なぜYouTubeは正当な権利者ではない人物からの削除申し立てを受理するのか、ちゃんと確認すればいいじゃないかと思われる人もいるだろう。もちろん、きちんと確認すれば避けられたはずだ。しかし、その確認が終わるまでの間、削除を申し立てられたビデオはどうしておけばよいのだろうか。今回は不当な主張であったために直感的におかしいと思われるかもしれないが、たとえば上映中の映画が不正にアップロードされ、その削除を申し立てるというケースを考えれば、確認できるまで公開を続けるわけにはいかない、ということが理解しやすいだろう。

また、このような削除申し立てとその受理は、基本的にはいずれも機械的に行われており、手続き上問題なければとりあえず通ってしまうという状況にある。いずれも人の目のほうが良いのだろうが、人力では追いつかないほどの大量の申し立てが申請され、処理されているのである。

そのような事情もあって、YouTubeなどのサービスプロバイダは、削除申し立ての申請者が本当に権利者であるのか、その主張は正当なものか、ということはさておき、手続き上の不備がなければ「とりあえず削除」(厳密には「まずはブロック」)している。

ただ、投稿したコンテンツ(YouTubeの場合は動画)が削除されたとしても、その投稿者には異議申し立て(Counter Notification)の機会が与えられる。削除の申し立てが誤りである、あるいは著作物の正当な利用(フェアユース)であるといった場合に意義を申し立てることができ、その異議申し立ては削除申し立ての申請者に通知される。

石橋さんのケースでは、この異議申し立てを受けても削除申請者が削除申し立てを取り下げなかったという経緯をたどっている。それが「著作権が根拠なく奪われようとしています。」の冒頭のメールである。これはYouTubeが石橋さんの動画を著作権侵害だと判断したわけではなく、著作権侵害を主張する申請者(Watary Producrion)が異議申し立てを確認した上で削除申し立てを取り下げなかった、ということを伝えているだけである。YouTubeの対応は、あくまでも仲介者としての対応であり、調停者ではない(YouTubeが何かしらの判断を自ら下した場合、その判断の結果に対するリスクを負うことになる。著作権侵害コンテンツを著作権侵害ではないと判断してしまうリスクを考えれば、ただの仲介者として振る舞うのがベターである)。

石橋さんのブログ記事にある「再審査」が何を意味するかはわからないのだが、私が把握している限りでは、手続き的にはここで終了で、削除申請者には提訴するために10営業日が与えられ、削除申請者のアクションがなければ動画は復旧することになっている。

dmca_guide
Electronic Frontier Foundation / CC BY 3.0 US

一部で誤解されている節もあるので言及しておくと、YouTubeをはじめとする米国のサービスプロバイダは、権利者から削除申し立てがあれば当該のコンテンツを一時的にブロックしなければならないが、投稿者から異議が申し立てられれば、権利者が異議申し立てから10日間以内に投稿者を著作権侵害で訴えないかぎり、そのブロックを解除している。サービスプロバイダはDMCAの定めに従って当事者間の紛争を仲介しているに過ぎず、その責任を果たした後は当事者同士で話し合うなり、法廷でやり合うなりしてください、ということである。

誰のための著作権保護?

著作権者が著作権侵害を理由に、サービスプロバイダに何かしらのコンテンツを削除させる場合、本来であれば、裁判所の命令を通じて行われなければならない。実際にその著作権侵害の主張が妥当であるかどうかは、司法しか判断し得ないのである。

しかしDMCAでは、司法判断を経ずして権利者が削除を要請する手続きを定めている。削除までにコストが掛かり過ぎると権利者の不利益になるためなのだが、今回はそれが裏目に出てしまったということなのだろう。

今回のケースは、無断で音源を使用し、不当に削除申し立てをしたCyrine Abdel Nour側の不手際なのだろうが、権利者削除を簡便化しすぎたがゆえのトラブルという側面もある。今回の件でYouTubeを責める声もあるが、DMCAがそうするように仕向けている以上、問題があるとすれば、YouTubeではなくDMCAなのだろう。サービスプロバイダがユーザの行った著作権侵害の責任を回避するためには、権利者(と思われる申請者)からの削除申し立てに迅速に対応しなければならないのだから。

では、どうすればこうした不当な権利者削除の問題を解決することができるのだろうか。

残念ながら、シルバーバレットは存在しない。権利者削除の手続きをより厳格するという手もあるが、権利者の削除申し立ての負担が増大し、場合によっては削除が遅れ不利益を被ることになる。サービスプロバイダの責任を重くすれば、権利者確認、侵害確認等のコストが重くのしかかり、場合によってはサービスの継続が危ぶまれることになる(デジタル時代に対応した包括的な権利者データベースでもあればよいのだろうが、いつまでたっても構築されていない)。

海賊版や不正使用が行われることを避けられないものと認識しつつ、その不利益を最小限にするための仕組みを用意しておく――結局のところ、現状の枠組みがベストではないにしろ、ベターなのだろう。

余談:DMCAの見直し

しかしベターな選択肢とはいえ、問題が生じているのであれば、チューニングは必要になる。幸いなことに、DMCAは3年おきに見直しが行われており、今年はちょうど改定の年に当たる。

今年初頭にはパブリックコメントの募集が行われ、さまざまな意見が提出されている。

コンテンツ産業側からは、現状のDMCAは不十分であり、時代遅れですらあるとして、サービスプロバイダの責任を強化するよう求める意見が提出されている。削除申し立てに応じてコンテンツを削除する「ノーティス・アンド・テイクダウン」だけではなく、一旦削除したコンテンツを同一のサービスにおいて二度と公開させない「テイクダウン・ステイダウン」をサービスプロバイダに義務づけるよう求めている。削除しても削除しても再アップロードされてしまうといういたちごっこを解決するための要望なのだが、YouTubeのコンテンツIDのようなシステムの実装をあらゆるサービスプロバイダに求めるのは、あまりに過大な負担を求めているようにも思える。

また、ミュージシャンたちも現状のDMCAを修正するよう声を上げている。こちらは音楽産業に呼応して声を上げている部分もあるのだが、彼らの狙いとしてはYouTubeが自分たちの音楽を利用して不当に利益を得ていると主張して圧力をかけ、Spotifyなどの音楽サブスクリプションサービスに比べ著しく低いと言われているYouTubeの支払いレートを上げることにあるのだろう。

一方、ユーザ団体やサービスプロバイダからは、不当な削除申し立てがまかり通っている状況を改善するよう求める意見が提出されている。今回のように、コンテンツを勝手に使用した挙句に、元のコンテンツを削除するなどというのはあまりにもひどいケースは稀ではあるが、正当な権利を持たないにもかかわらず削除を申し立てるケース、フェアユースなど正当な著作物の利用であるにもかかわらず権利者が削除を申し立てるケースなどが多数報告されており、その改善を求めている。

サービスプロバイダに対しては削除申し立てを適切に処理することが求められている一方で、権利者側が適切に削除申し立てを申請することを求められていないためである。そのため、多少間違い(誤爆)があったとしてもとりあえず削除を申し立てておこうということが可能となり、その結果著作権侵害ではないコンテンツまで巻き込まれてしまっている。それを防ぐためにも、不当な削除申し立てについては申請者がある程度の責任を負うよう求められてもいる

DMCAの見直しをめぐる議論については、今回は概要程度にとどめておくが、見直しのインパクトは非常に大きいものであると思われるため、近々まとめることにしよう。乞うご期待。