以下の文章は、2025年11月10日付のコリイ・ドクトロウの「“Flexible labor” is a euphemism for “derisking capital”」という記事を翻訳したものである。

Pluralistic

企業は人間ではない。だが、人間と企業には共通する特徴がある。生身の人間であれ、人間を腸内細菌のように扱う不死の邪悪なコロニー生命体(つまり企業)であれ、我々の大半は家賃を払い、その他の支出をまかなわなければならない。

「生計を立てる」というのは、人間にとっても企業にとっても避けられない現実であり、いずれも、それに失敗すれば深刻な結果を招く。大多数の人間にとって、生計を立てる手段とは自分の労働力を売ること、たいていは企業に雇われて仕事をすることだ。その仕事に就くことで、労働者はある程度のリスクを引き受ける。たとえば、上司が最悪の人間で職場を生き地獄に変えるかもしれないとか、会社が倒産して家賃の工面に奔走する羽目になるかもしれない、といったリスクである。

企業の側もリスクを負う。雇った労働者が無能だったり、むしろ足手まといだったりして、自社の資本を活用して利益を生み出す余剰を生産できないかもしれない。無断欠勤や遅刻が続き、会社全体の生産性を低下させる可能性もある(たとえば、別の労働者がその穴埋めをさせられ、自分の仕事が遅れるといった具合に)。あるいは、突然辞めてしまうかもしれない。

労働者も企業も、自らのポジションの「リスク回避」を図ろうとする。労働者は、最低賃金を設定し、危険な労働環境や職場でのハラスメントを罰し、健康保険や障害保険の加入を義務づける政治家に投票できる。また、労組を結成し、団体交渉を通じてこれらの保護措置の一部もしくは全部を勝ち取ることもできる(職場のハラスメントから身を守るための労働審判制度など、さらに手厚い保護を獲得する場合さえある)。これらはいずれも、リスクを労働者から資本へと移転させる手法の一例だ。経営者が横暴な管理職を雇ったり昇進させたり、職場の安全対策を手抜きしたりすれば、管理職の判断ミスのツケを最終的に払うのは労働者ではなく企業の方になる。

経営者の側もまた、リスクを労働者に転嫁することで自らのポジションのリスク回避を図る。たとえば、経営者は競業避止義務条項を好む。これにより、政府権力をかさに転職する労働者やその労働者を雇う別の企業を罰することができる。厳格な競業避止義務を定めて退職のコストを極めて高くしてやれば、どれほど労働条件が悪化し、給与が減らされ、上司から虐待を受けていても、労働者は留まることを選ばざるをえなくなる。

https://pluralistic.net/2022/02/02/its-the-economy-stupid/#neofeudal

25万ドルの学生ローンを抱えた状態で、競業避止義務条項付きの契約書に署名を強いられたとしよう。退職すれば、多額の学費をかけて学位を取得した専門分野から3年間(あるいはそれ以上)締め出され、その間もローンの返済は求められ続ける。返済を怠れば莫大なペナルティが課されれる。こうして7万9,000ドルを借りて19万ドルを返済したのに、なお23万6,000ドルの残債を抱えるという事態が生じるのである。

https://pluralistic.net/2020/12/04/kawaski-trawick/#strike-debt

経営者はまた、「研修費返還合意条項」(TRAP)と呼ばれる契約条項に署名するよう労働者を強いることもできる。これは退職の対価として数千ドルの支払いを要求する。冷徹な経済用語で言えばこうなる――経営者が退職に5,000ドルの罰金を科せるなら、4,999ドル分のリスクを労働者に押しつけても、労働者は辞めない。

https://pluralistic.net/2022/08/04/its-a-trap/#a-little-on-the-nose

さらに経営者は、互いの労働者を雇用しないという違法かつ秘密の「引き抜き禁止」協定を結ぶこともある。とりわけ悪質なのが「束縛料」と呼ばれる仕組みで、人材派遣会社がクライアント企業に対し、自社の派遣労働者を直接雇用しない旨の合意を要求する。ニューヨーク市では、「ドアマン付きビル」の大半がPlanned Companiesというトロント拠点のFirstservice子会社を利用しているが、その標準契約には束縛料条項が含まれている。その結果、ほぼすべてのドアマン付きビルは、市内のどこかでドアマンとして働いた経験のある人物を雇おうものなら巨額の罰金を科されるリスクを負っている。

https://pluralistic.net/2023/04/21/bondage-fees/#doorman-building

繰り返すが、これは資本にとってのリスク回避の一形態だ。労働者の退職に障壁を設けることで、たとえ給与や労働条件が不十分であっても、経営者は労働者が辞めるリスクを低減できる。

もっとも深遠かつ効果的で広範囲に及ぶリスク回避の場が、ギグエコノミーである。ここでは労働者に賃金が一切保証されない。出来高払い――顧客が現れてあなたの労働を消費したときにのみ報酬が支払われる方式――によって、経営者はマーケティングの失敗、計画の杜撰さ、価格設定のミスに伴うリスクを労働者に転嫁できる。

Uberのドライバーを考えてみよう。ドライバーがアプリにログインすれば、それだけでシステム全体の価値は高まる。ドライバーが1人増えるごとに、タクシーの平均待ち時間は短縮される。しかもUberのアルゴリズムによる賃金差別は、利用可能なドライバーが多いほど低い賃金を支払うことを可能にしている。

https://pluralistic.net/2023/04/12/algorithmic-wage-discrimination/#fishers-of-men

人員を増やすことで顧客満足度を高めるという戦略は、多くの企業が採用してきた。あなたが筋金入りのマイル修行者であれば、贔屓の航空会社は専用の電話番号を与えてくれ、チャットボットに回されることなく数秒で人間と話せるだろう。これは途方もない特典だ――とりわけ、航空管制官が1カ月間給与未払いのために次々と辞職し、何千便もがキャンセルされ、旅行者が振替便の確保に奔走しているような状況ではなおさらである。

https://www.thedailybeast.com/air-traffic-controllers-start-resigning-as-shutdown-bites

最上位顧客向けに秘密の手厚いコールセンターを設ける航空会社は、それらの顧客がコールセンター従業員の給与を賄えるだけの金額を使ってくれることに賭けている。その賭けに負ければ、コールセンターコストの純損失というペナルティを企業が負う。

だが、もしその航空会社がAriseのような「ギグエコノミー」型コールセンターに切り替えられるとしたらどうだろう。Ariseはねずみ講まがいの企業で、主に黒人女性を誘い込み、電話応対の仕事をするために金を払わせ、辞めるときにも金を払わせ、しかもいつでも解雇できるという仕組みを整えている。

https://pluralistic.net/2020/10/02/chickenized-by-arise/#arise

この場合、航空会社は事実上無限のコールセンター要員を確保でき、上顧客の満足度を維持できる。しかもその労働者の賃金がマイル修行者がもたらす新規収益を上回るリスクを負わずに済む。代わりにそのリスクを負うのは労働者の側だ。自費で研修を受け、誰かが電話をかけてきたときだけ出来高払いで報酬を得るが、電話がかかってくるかもしれないから待機している時間に対しては一切支払われない。

これは単に雇用主がリスクを回避しているだけではない。企業はリスクそのものを労働者に転嫁しているのだ。従業員を「個人事業主」として分類するという法的フィクション――つまり労働者の誤分類――を利用することで、経営者は労働力の配分ミスに伴うリスクのすべてを労働者に押しつけることができる。

言い換えれば、リスクの転嫁とはリスクの消滅ではなく、単なるリスクの移動にすぎない。思い出してほしい――企業もそこで働く人間も、生計を立てなければならない。どちらも家賃やその他の支払いに充てる金が必要で、支払えなくなれば深刻な状況に陥る。経営者があなたを個人事業主と嘘の分類をして、顧客の需要があるときにだけ報酬を払うなら、経営者は自分が家賃を払えなくなるリスク(人を雇いすぎたか、マーケティングに失敗したせいで)をあなたに転嫁している。経営者が判断を誤っても、彼らは家賃を払える――あなたが払えなくなるおかげで。

経営者が言う「柔軟な労働力」とは、まさにこのことを意味する。本来は雇用主が引き受けるべきリスクを強いられて背負わされる労働力のことだ。考えてみてほしい。車に乗り込んでUberアプリにログインしたのに乗客が来なかったとして、それは誰の責任だろうか? Uberの経営陣には乗車率を上げるためのテコがいくつもある。運賃を下げることも、広告を打つことも、アプリを通じてUberのユーザに直接通知を送ることもできる。では、Uberのドライバーが乗客を得る確率を上げるために何ができるか? 何もない。文字通り何もできない。それなのに、ドライバーが何時間も街を流してガソリンを消費し、他の仕事もできず、1円も稼げなかった場合にリスクを負うのは、ドライバーの方なのだ。

ドライバーの労働条件を決めるのはUberだけであり、同時に路上に出せるドライバーの数を決めるのもUberだけだ。想定される乗車需要を見積もるための集約された統計データを持っているのもUberだけ。より多くの乗客を呼び込む手段を持っているのもUberだけである。にもかかわらず、Uberがこれらのどれかをしくじったときに責任を負うのはUberのドライバーである。しかもUberは実際にしくじっており、その結果、真の平均ドライバー賃金(乗客が乗っているときだけでなく、車内にいる全時間に対する賃金)は時給2ドル50セントにまで落ち込む。

https://pluralistic.net/2024/02/29/geometry-hates-uber/#toronto-the-gullible

これがリスクの転嫁の意味するところだ。Uberは運賃設定にも人員配置にもマーケティングにも規律を持つ必要がない。なぜなら、その過ちの代償を労働者に払わせることができるからだ。これはギグエコノミー全体に共通する構造である。巨大な「柔軟な労働力」の台頭とは、実際には労働が資本のリスクを引き受けるシステムの台頭にほかならない。

資本の側が語る「柔軟な労働力」の物語では、労働者を請負人に再分類すればリスクはどこかに消えてなくなることになっている。だが、それは事実ではない。労働者にリスクを転嫁することでしか持続的な事業運営を維持できない企業とは、その利益を生み出す労働者が経営陣の失態に伴うリスクを引き受けているからこそ存在できている企業にすぎないのだ。

(Image: Cryteria, CC BY 3.0, modified)

Pluralistic: “Flexible labor” is a euphemism for “derisking capital” (10 Nov 2025) – Pluralistic: Daily links from Cory Doctorow

Author: Cory Doctorow / Pluralistic (CC BY 4.0)
Publication Date: November 10, 2025
Translation: heatwave_p2p

カテゴリー: Corruption