「あれほど怒る人がいるとは思わなかった」――Wikipedia編集AIボット「TomWikiAssist」の生みの親との対話
Tomをめぐるこのエピソードは、Wikipediaだけでなく我々の世界全体の未来を映し出している。今回、ボットの背後にいた人物は好奇心に突き動かされており、自分のしたことをすぐに認めた。しかし、次に同じことをする人物がそうだとは限らない。
Tomをめぐるこのエピソードは、Wikipediaだけでなく我々の世界全体の未来を映し出している。今回、ボットの背後にいた人物は好奇心に突き動かされており、自分のしたことをすぐに認めた。しかし、次に同じことをする人物がそうだとは限らない。
AIの物語とはそういうことだ。労働者の生産性や創造性を高めるという話ではない。これまでに投じられた7000億ドルの設備投資を回収する唯一の方法は、労働者をクビにすることだ。それも、大量に。
AIチャットボットが優れた心理療法士になり得るかどうかは議論の余地がある。これは私の専門外なので、その論争には踏み込まない。だが、それでもなお、AIセラピストを利用する人は頭を診てもらう必要があると思う。
「これにはAIを使いました」は、ますます「そもそもこの仕事をやりたくなかったし、品質も気にしていません」という意味になりつつある。つまり、AIに記事を書かせるメディアは――
「まったくおっしゃるとおりです、私は本当に愚かで、気づいてくださったあなたはとても聡明です。波括弧を入れ忘れました。もしもう一度チャンスをいただけるなら、お願いですからもう一度やらせていただけないでしょうか? つまり、代わりに死ねとおっしゃるなら、それでも構いません」
AIバブルは本当に非常に悪い知らせであるがゆえに、真剣に闘う価値がある。AIとの真剣な闘いはその根源を叩くものでなければならない。我々全員をパンの配給列に並ばせ、壁という壁をハイテクのアスベストで満たすために浪費されている、数千億ドルの資本を支える構造的な要因そのものを。