以下の文章は、電子フロンティア財団の「Felony Contempt of Business Model: Lexmark’s Anti-Competitive Legacy」という記事を翻訳したものである。
2002年、レックスマーク社は世界有数のプリンタ企業だった。原初のテックジャイアントたるIBMの傘下であったレックスマーク社は、高額な「消耗品」で顧客を消費者を囲い込むという今やお馴染みのビジネスのパイオニアでもあった。それは同社にとって、レーザープリンタのカーボンパウダーだった。
レックスマーク社は、カートリッジに追加料金を支払うか(カートリッジに50ドルを余計に支払う)、トナーに追加料金を支払うか(再充填を禁止する「ロックアウト」チップが載ったカートリッジだと50ドルを節約できる。ただし、再充填できないのでカートリッジそのものを交換しなければならない)という選択肢を消費者に与えた。だが、消費者がレックスマーク社に望んだのは別の選択肢だった。つまり、「再充填」できないカートリッジを購入して50ドルを節約しつつ、そのカートリッジに再充填することだ。詰まるところ、宇宙全体で見ればカーボンは豊富に存在しており、地球に限定すればさらに潤沢に存在し、その扱い方も熟知しているのである。
レックスマーク社の競合企業は消費者の要望に応えるべく、次々に市場に参入してきた。その中に、スタティック・コントロール・コンポーネンツ社という企業があった。同社はレックスマーク社のロックアウト・チップをリバースエンジニアリングし、55バイトほどの比較的シンプルなプログラムを突き止め、簡単に書き換えられることを発見した。このプログラムは、カートリッジが再充填されると、プリンタにトナーは使用可能だと返答するというもので、カートリッジが空になると、チップはプリンタに空のカートリッジがあることを知らせた。たとえカートリッジに再充填しても、チップはトナーはもう使えないとプリンタに知らせるというものだった。
スタティック・コントロール社はリバース・エンジニアリングによって独自チップの開発に成功すると、それを再製品業者に販売した。再製品業者は新たなカーボンを注入し、チップを交換したカートリッジを販売した。レックスマーク社はこれに異を唱えた。だが、ほかのビジネスと同様に、レックスマーク社の製品も、消費者がメーカーの意図とは異なる製品を利用(再利用)されることも含めて市場の圧力にさらされなければならない。もちろん、レックスマーク社も自ら再充填事業を立ち上げ、スタティック・コントロール社に対抗することもできた。しかしレックスマーク社はそれを望まなかった。同社が夢見たのは、収益性の高い二階建て市場に購入者を引きずり込むことだったのだ。
適正な公開市場において、レックスマーク社には2つの選択肢があった。ぐだぐだ言いつつもスタティック・コントロール社の利ざやを損失として受け入れるか、あるいは再充填事業に参入して競合を出し抜くか。だが2002年、レックスマーク社は第三の選択肢があると考えた。それは、スタティック・コントロール社がアフターマーケットの競争を作り出すために取った手法を違法だと宣言することだった。
1998年、ビル・クリントン大統領はデジタルミレニアム著作権法(DMCA)に署名し、同法は成立した。DMCAは商用インターネットの到来に先立って行われた包括的な著作権法改正であった。時を経るごとにDMCAの重要性は増す一方だが、その第1201条は競争、情報セキュリティ、さらにはデジタル技術における自己決定権をめぐる議論の中心となっていて、もはや従来の著作権産業の範疇を大きく逸脱している。実際このオーバーフローは、レックスマーク社とスタティック・コントロール社の紛争の端緒ともなった。
DMCA1201条の「回避禁止」ルールは、著作権で保護されたコンテンツの「アクセス制御」の無効化や回避を全面的に禁じている。端的に言えば、メーカーが著作物にかけたソフトウェアロックを無効にしてはならないということだ。だが注意しなくてはならないのは、DMCA1201条は、それが行われたならば著作権侵害になるような回避だけを禁じているわけではない、という点である。つまり、フェアユースやリバースエンジニアリングなど、完全に適法な行為のために著作権ロックを解除・回避したとしても、DMCA1201条の違反になってしまうのだ。さらに、DMCA1201条では、ロックを回避するツールの提供に刑事罰を設けており、5年以下の禁錮、50万ドル以下の罰金が(初犯でも!)科される重罪となっている。
DMCA1201条はもともと、DVDプレイヤーやゲーム機などを製造する企業のためのものであった。たとえば、DVDプレイヤーは「リージョン・コード」によって、ある国で購入したDVDを別の国で視聴することを禁止している。それ自体は著作権侵害ではないのだが(ライセンスされたDVDを購入し、自宅でそれを視聴したとしても、断じて著作権法違反とはならない!)、映画業界は異なる「地域」で映画のリリース時期をコントロールすることで利益を最大化させているため、映画会社のビジネスモデルに対する侵害ということになる。ある地域から別の地域にDVDを持っていって、それを視聴しようとすれば、何らかの方法でDVDプレイヤーのソフトウェアロックを無効化しなくてはならない。映画会社はそれを防ぐための「ビジネスモデル不服従罪」とも言える新たな違反を作り出せるようになったのだ。
DMCA1201条は、DVDプレイヤーやゲーム機など、一部のニッチな機器にのみ適用され、商業娯楽製品へのアクセスやコピーを制御するのに使われていただけで、少なくとも制限はされていた。しかしレックスマーク社はDMCA1201条を拡大解釈し、自社のビジネスモデルに従わない競合他社を訴える権利として行使するために利用したのだ。レックスマーク社がスタティック・コントロール社を相手取って起こした訴訟では、前代未聞の主張が展開された。同社のロックアウトチップを回避する行為がDMCA1201条に違反するというのだ。
一聴するだけでは、まったく理解しがたい主張である。トナーカートリッジのロックチップは、著作権で保護されているわけでもないカーボン粉末へのアクセス制御しているだけだ。著作物を保護するロックの解除を禁止する法律が、どうやってカーボンのロック回避をカバーできるのだろうか。
レックスマーク社によれば、トナーカートリッジにおける著作物とは、ロックアウトチップに組み込まれた55バイトのプログラムを指し、これは印刷時にパスワードとしても機能しているのだという。そしてソフトウェアは著作権で保護される。したがって、このロックが保護している著作物というのは……このロック自体の一部ということになる。
幸いにも、裁判所はこの主張を認めることはなかった。第6巡回区控訴裁判所の判事らは、ソフトウェアが著作権で保護される可能性を認めつつも、ソフトウェアプログラムがパスワードとして使用された場合、DMCA1201条による制限を受けないと判断した。
時は流れ、レックスマーク社は現在も生き残っている。同社はスタティック・コントロール社とともにコングロマリットの傘下となり、同じ側に身を置いている。
スタティック・コントロール社のようなストーリーは、かつてはありふれたものであった。レックスマーク社のような企業がひとたび支配的地位を獲得すると、消費者に優れた製品を低価格で提供することによって、その支配的地位を脅かそうとする競合他社を引きよせるのである。新規参入者は、競争における強力な武器として敵対的相互運用性に頼る。つまり、ある企業が支配的企業の意に反して、既存製品と連携する新製品を製造するという状況である。
残念なことに、レックスマーク社(現在はスタティック・コントロール社と統合された)は、1201条を競争阻害のために持ち出す試みを裁判所に否定されても、諦めることはなかった。同社は特許法に焦点を移し、より良い製品をより良い価格で製造することではなく、知的財産権を主張して新規参入者を退ける戦いを続けた。こうした取り組みを受けて、我々EFFは、ユーザに利益をもたらすデジタルツールにおける競争を導く特許撲滅プロジェクトを立ち上げるに至った。
今日、レックスマーク社が残した遺産は、敵対的相互運用性が競争を促し、価格を下げ、製品を改善するというような教訓的事例ではない。むしろ、市場を支配し、強豪を蹴散らすためにビジネスモデル不服従罪やさまざまな知財制度を持ち出す卑劣なキャンペーンの先陣であった。
レックスマーク社に対する断固たる判決にも関わらず、時が経つにつれ、DMCA1201条はますます脅威となってきた。他の連邦控訴審はレックスマーク事件の判例を採用せず、DMCA1201条は下流のユーザがアクセス制御を回避した理由に関わらず、非常に狭く、一時的な適用除外のいずれかに該当しない限り、その責任を負うとしてきた。
第一次プリンターインク戦争は、優れた製品をめぐる戦いだった。だが今日のプリンターインク戦争は、卑劣な手段と法的な脅迫が飛び交う戦いと化している。
15年以上も前のレックスマーク事件は、企業に価格と品質による競争を強いれば、誰にも永久に支配されることのない活気あふれる市場が生まれることを示した。だが今日、その約束は守られてはいない。特許や不公正な利用規約、著作権の行き過ぎのはざまで、支配的プレイヤーはもはや敵対的相互運用性を行使する新興の競争相手を怖れる必要はない。むしろ、支配的勢力は、これら基本的な法理論を利用して、時に競合がスタートを切るより先に、ビジネスモデルに従わない相手を訴え(あるいは法的に脅し)ているのである。
投資家が大手テクノロジー企業の支配するビジネス領域を、肥大化した暴君から市場を奪取するチャンスと見るのではなく、「キルゾーン」を呼ぶのはなぜなのか。始まりはプリンターだった。だが、それが終わりだったわけではない。
Publication Date: June 28, 2019
Translation: heatwave_p2p
Header Image: Monika Pejkovska