以下の文章は、コリイ・ドクトロウの「Forcing Google to spin off Chrome (and Android?)」という記事を翻訳したものである。

Pluralistic

昨年8月、連邦裁判所はGoogleを「独占企業」と認定し、「独占状態を維持するために行動を取っている」との判断を下した。裁判官は、Googleの独占を支えているのは、同社が膨大な規模で収集・分析しているデータだとして、この問題への対応策を当事者たちに求めた。

これを受けて、多くの反トラスト推進論者やGoogleの競合企業は、Googleにクリックデータと検索クエリデータの共有を義務づけるべきだと考えた。「黙示録級の愚策」としか言いようがない。Googleのクリックデータと検索クエリデータを野放しにすれば、プライバシーのチェルノブイリを抱え続けることになる。検索エンジンに我々が打ち明けている秘密は、我々の人生を何度でも破滅させかねないほどの威力がある。

「差分プライバシー」といった理論的なソリューションは有望だが、大規模な実装ではまだ机上の空論の域を出ない。Googleのクリックデータと検索クエリデータほど重要なものを、最初の大規模実践演習に使うべきでもない。むしろ、そんなデータは削除すべきだ。

https://pluralistic.net/2024/08/07/revealed-preferences/#extinguish-v-improve邦訳記事

反トラスト法をテコに監視を民主化し、誰もがGoogleのように効率的に監視に監視できるようになる社会など、まさに悪夢だ。理論的には、複数の独立したユーザ(たとえば少なくとも30人のユーザ)による検索クエリに共有を制限することで、クリックデータと検索クエリデータを無害化できるかもしれない。しかし、それでは競合企業の検索エンジンのパフォーマンスが向上する可能性は低い。

Googleはクリックデータと検索クエリデータを18か月しか保持していないため、データ収集能力を断ち切れば、監視によって得られる優位性は直ちに低下し、18か月後にはその優位性は消え失せる。

(ただし、この18か月という数字は誤解を招くものであり、それは意図されたものである。Googleは検索クエリを18か月で削除するかもしれないが、そこから導き出された推論をどれだけの期間保持しているかについてはダンマリを貫いている。確かに「保守州で中絶する方法」という検索クエリは1年半で削除されるかもしれないが、プロフィールに付けられた「違法な中絶を求めた」というラベルは無期限に保持される恐れがある。要するに、米国は連邦消費者プライバシー法を今すぐにでも必要としているのだ!)

https://pluralistic.net/2023/12/06/privacy-first/#but-not-just-privacy

念のために付け加えておくと、競合する検索エンジンにとって非常に有用な Googleデータは他にもある。インターネット上のページを集めたGoogleの検索インデックスがそうだ。Googleはすでにこれをライセンス提供しており、Kagiのような検索エンジンがこれを活用してきわめて優れた検索結果を生み出している。

https://pluralistic.net/2024/04/04/teach-me-how-to-shruggie/#kagi邦訳記事

司法省が先日提出した救済策の提案は、衝撃的だった。Googleのデータの大部分はブラウザから得られており、広く使われているブラウザを持つ競合検索エンジンは存在しないという理由で、Chromeの売却を強制するというのだ。

https://9to5google.com/2024/11/18/us-doj-google-sell-chrome/

これは一種の妥協案と見ることができる。司法省は当初、データソースとしてのAndroidの売却も要求する方針を示唆していたが、これは見送られることになった。もちろん、私はAndroidの売却を強制する十分な根拠があると考えている。

競争理論において、このような売却は「構造的分離」と呼ばれる――他の企業にインフラを提供する企業が、それらの企業と競合することを禁止するものだ。

https://locusmag.com/2022/03/cory-doctorow-vertically-challenged/

たとえば、かつて銀行は融資先の企業と競合することを禁止されていた。JPモルガン・チェース銀行から融資を受けてピザ店を開いたのに、その後チェースが道を挟んだ向かい側に自社のピザ店を開くような状況を想像してみてほしい。あなたはチェースに利子を払い続けなければならないが、向かいの店にはその負担がない。チェースが望めば、その店に補助金を出して原価割れの価格で商品を売らせ、あなたを廃業に追い込むことだってできる。

同じように、鉄道会社は運送会社の所有を禁止されていた。そうでなければ、鉄道で荷物を運ぶすべての運送会社の事業を潰すことができたからだ。

理論的には、銀行や鉄道会社にプラットフォームを利用する事業者と公平に付き合うよう求めるルールを作ることもできる。しかし実際には、不正を働く方法があまりにも多く、ルールを実効的に強制することも不可能だ。

この原則は、ビジネスの他のあらゆる分野で確立されており、それが破られると我々は本能的に恐怖を覚える。自分を訴えている相手の代理人を自分の弁護士として雇う人はいないだろう。裁判官なら(最高裁判事という問題のある例外を除いて!)担当する事件の当事者と個人的な関係を持っている場合、その事件から手を引かなければならない。

新たな金ぴか時代にあって最も奇妙な光景の一つは、独占企業の弁護士たちが、たとえ利益相反があろうとも顧客を公平に扱えると主張していることだ。アドテク・デュオポリーのGoogleやMetaを例に取ろう。両社は、自社が所有・支配する市場で、広告の売り手買い手の代理人であり、同時に売り手や買い手と競合していると主張する。両社は広告収入の51%を吸い上げているが、歴史的に見れば広告仲介業者の取り分は15%程度だった!

https://pluralistic.net/2023/05/25/structural-separation/#america-act

このような状況を想像してみてほしい。あなたとパートナーが離婚する際に、同じ弁護士が双方の代理人を務め、さらに裁判官も兼ねながら、その上 Tinderで両者とマッチしようとしている。そして離婚が成立した時に、その弁護士があなたの実家を手に入れたとしたら?

Googleの弁護士なら、訴訟の相手側に雇われた裁判官が担当する事件なんて、当然のごとく拒否するだろう。だが、その弁護士が、広告手数料の51%を得ているのは51%の価値を提供しているからだと、平然と主張するのだ。

構造的分離は――裁判官忌避(judicial recusal )と同様に――当事者間のあらゆる認識と実態の対立を、包括的かつ明確に解決する。プラットフォーム所有者がプラットフォームユーザと競合することが、GoogleからAmazonに至るまで、底なしの腐敗の源となっているのだから。

https://pluralistic.net/2022/11/28/enshittification/#relentless-payola

つまり、司法省はどうもそのあたりが怪しいぞと気づいたんだろう。とはいえ、悪魔は――世の常として――細部に潜む。GoogleがChromeを独立した競合企業として分離するのではなく、売却を強制された場合、事態は大きく悪化する可能性がある。

Chromeを買収する企業は、Googleが新しいブラウザを立ち上げることを許されるまでの年月が限られていることを知っており、その短い期間でChromeから可能な限りの価値を絞り取ろうとするだろう。したがって、売却によって、他に問題を抱えているものの長期的な支配を目指すGoogle以上に、Chromeが指数関数的に悪化するおそれがある。

しかし、Googleに独立した事業としてChromeを分割させれば、インセンティブは変わる。Chromeを買収する側は、将来のGoogleとの競争に耐えられるように設計された機能的な事業として運営しなければならない――5年後にGoogleが復活した場合に頼れる別の事業を持っていないからだ。

反トラスト法による分割には良い前例がある。スタンダード・オイルとAT&Tはいずれも帝国の部分的売却ではなく分割することを強制され、それらの事業は独立して競争圧力を生み出した。ただし、これは反トラスト法の執行を怠り、再び合併を許可するまでの話だが――情けない話だ。

これは別の疑問を投げかける。今月の選挙結果を考えると、こうした取り組みに意味があるのだろうか?トランプの司法省は現在の司法省が設定した優先事項を引き継ぐのだろうか?先行きは不透明ではあるが――次期トランプ政権に関する他の多くの問題とは違って――ここでの答えは必ずしも暗いものではない。

結局のところ、Googleの反トラスト法事件はトランプ政権下で始まったのだ。そして、トランプが司法長官に指名した、性的暴行で信憑性のある告発を受けているマット・ゲーツは、バイデン政権のFTC委員長リナ・カーンと、企業の独占解体という彼女のプロジェクトに大きな賞賛を示し、同僚のトランプ支持者たちと一線を画する「保守カーン主義者(Khanservative)」なのだ(訳注:ゲーツは司法長官の指名を辞退した)。

https://www.thebignewsletter.com/p/trump-nominates-khanservative-matt

さらに、トランプは脳卒中や心臓発作でいつ倒れてもおかしくなく、そうなればJ・D・ヴァンスが大統領になる――そしてヴァンスもまた、カーンの仕事を高く評価している。

Googleの幹部たちは、トランプの「取引的な」(つまり腐敗した)統治スタイル、そして十分な忠誠や賄賂を行う者、あるいはFox and Friendsの司会者に取り入ることができた者の利益のために、自ら任命した高官たちの判断さえ覆してしまう彼の性向に賭けているのだろう。

https://www.mediamatters.org/donald-trump/comprehensive-review-revolving-door-between-fox-and-second-trump-administration

それこそが、Googleのボスであるスンダー・ピチャイが従業員にトランプへの批判を控えるよう命じた理由だ。

https://www.businessinsider.com/google-employees-memes-poke-fun-company-rules-political-discussion-2024-11

そして、彼が公の面前でトランプのケツを舐めた理由でもある。

https://twitter.com/sundarpichai/status/1854207788290850888

(Image: Cryteria, CC BY 3.0, modified)

Pluralistic: Forcing Google to spin off Chrome (and Android?) (19 Nov 2024) – Pluralistic: Daily links from Cory Doctorow

Author: Cory Doctorow / Pluralistic (CC BY 4.0)
Publication Date: November 19, 2024
Translation: heatwave_p2p