以下の文章は、コリイ・ドクトロウの「Thinking the unthinkable」という記事を翻訳したものである。
幾度となく、ラジウム坐薬について考えを巡らせてきた。とくに、「ラジウム坐薬は素晴らしい」という共通認識が、「放射性同位元素を尻に挿れるのはやめろ」という共通認識に変わった日のことを。
実のところ、ラジウム入りの製品がありがたがられた時代があった。ラジウム入りの水を飲み、ラジウムクリームを顔や体に塗り、そう、ラジウム坐薬まで尻に突っ込んでいた(訳注:参考記事)。
https://maximumfun.org/episodes/sawbones/radium-girls/
症状が悪化しても、ラジウム信者の熱狂は冷めなかった。むしろ「悪化しているなら、もっとラジウムが必要だ」と考えるほどに。
その時代のラジウムをめぐる議論はどんなだったのだろう。おそらく、ラジウムの有害性を理解していた人々が、非現実的だと批判されていたに違いない。「ラジウムの使用を『やめろ』なんて言えるはずがない。せめて用量を減らすとか、使用頻度を減らすとか言うべきだ。『ラジウムを尻に挿れるのをやめろ』なんて、誰も真剣に聞いちゃくれないよ」と。
約20年前、私はテックガジェットをレビューする様々な組織に、DRM搭載製品は全て却下すべきだと提案するようになった。DRMは現在の使い方を制限するだけでなく、将来的に新たな制限を追加するためのアップデートを、同意もなしに強制的に行えるからだ。良心に従えば「この機能が必要なら、このデバイスを購入すると良いでしょう」なんて言えるはずもない。将来、メーカーがその機能を勝手に奪い取ってしまうかもしれないのに。
そこで私は、(半ば冗談で)雑誌にこんな警告文を載せるよう提案した。
警告:このデバイスの機能は、秘密裏に交渉された条件に従って、いつでも予告なしに取り消される可能性があります。あなたの投資は、世界一偏屈でテクノロジー嫌いなエンタメ業界のお偉いさんたちの気分次第です。このデバイスおよび類似のデバイスは、今まで無料だったものにお金を払わせるために使用されます。全てのメディアを買い直す費用も考慮に入れてください。歴史上、エンタメ業界がエレクトロニクス企業からこれほどの甘い汁を吸えたことはありませんが、今では完全に言いなりです。さあ、これを口にくわえて。あなたの泣き声を静かにしてくれるでしょう。
https://pluralistic.net/2023/12/08/playstationed/#tyler-james-hill
誰一人、私の提案には乗ってくれなかった。雑誌編集者にも、非営利のレビューサイトの責任者にも、個人のガジェットレビュアーにも、今年のポータブル音楽プレーヤーの総合レビューに「これらは全部買わないでください。どれも使い物になりません」と書くなんて非現実的だ、と言われ続けた。
つまり、誰も「尻に挿れるべきラジウムの正しい用量はゼロです」とは言いたがらなかった。
しかし、尻に挿れるべきラジウムの正しい用量はゼロだし、今買うべき正しい車も「どの車でもない」だ。
「これらの車はどれも買わないでください」が正解だったのは、今に始まったことではない。シートベルトが標準装備になる前も、正解は「車を買わない」だった。時に「どれも選ばない」が正解となる。どれほど非常識に聞こえようと、「合理的」見せかけるために尻にラジウムを突っ込めと勧めるよりはマシだ。
今日、DRMに汚染された製品は、日常的にダウングレードされ、使い物にならなくなっている。
https://www.theverge.com/2024/9/5/24236237/ftc-software-tethering-letter-consumer-reports-ifixit
企業がこの破壊的な決定に世間の怒りを買い、撤回を約束しても、一度ダウングレードしたものは元に戻せない。
https://www.stereocheck.com/news/music/unfortunately-you-cant-revert-to-the-old-sonos-app-anymore/
スマートスピーカーでも十分最悪だが、車椅子が使い物にならなくなるとしたら?
https://www.eff.org/deeplinks/2022/06/when-drm-comes-your-wheelchair
あるいは10万ドルの強化外骨格なら?
現実を見てみよう。我々は規制緩和と、その手先である腐敗と規制の虜という破滅的な実験の終わりに生きている。そこには「やめる」べき「当たり前」が数多く転がっている。「減らす」んじゃない。完全に「やめる」べき、だ。
例えば、売主側の不動産業者と買主側の不動産業者の結託はどこまで許容されるか? 答えはゼロだ。
これは正しく理解されているが、哀れで自己欺瞞的な駆け引きは依然として続いている。ホワイトハウスの職員が、かつて監督していた業界で再び働くべき適切な程度は? ゼロだ。そんな人物がホワイトハウスで再び働くのは何度まで許される? 当然ゼロだ。
https://prospect.org/power/2024-09-19-next-administration-can-stop-ethics-scandals
バイデン政権は就任式のわずか数時間後、倫理に関する大統領令を発表し、「天下りを抑制し、在職中の利益相反を制限するために、他のどの政権よりも踏み込んだ」と誇らしげに宣言した。
確かにそうした。だが、抜け穴だらけだった。利益相反を完全に禁止するのは政治的に非現実的と見なされ、政権の尻に挿れるべきラジウムの量はゼロ以外に設定された。結果は? まあ、推して知るべしだ。
https://therevolvingdoorproject.org/what-the-hell-is-anita-dunn-even-allowed-to-work-on/
議会は1988年以来、消費者プライバシー法を更新していない。当時「大胆な一歩」として、ビデオレンタル店の店員があなたが借りたVHSの情報を新聞社に漏らすことを禁止した。それ以来、商業的監視企業や、そのデータを令状のいらない監視情報の底なし沼にしたい警察・情報機関の連合が、米国民のための新しいプライバシー保護法の成立を妨げ続けている。
その結果は? ストーカー、不審者、スパイ(政府系も企業系も)、なりすまし、スピアフィッシャー、その他もろもろの悪党どもが野放しになり、全米国民の経済的、身体的、政治的な幸福を脅かしている。米国にとって適切な商業的データブローカーの量はゼロだ。
https://pluralistic.net/2023/12/06/privacy-first/#but-not-just-privacy
つまり、全てのデータブローカー、大手テック企業、家電メーカー、アプリ開発者に、彼らの監視データをすべて削除するよう命じるべきなのだ。すべてだ。尻の穴に挿れるべき正しいラジウムの用量は――身体の他のあらゆる穴と同じく――ゼロなのだ。
https://pluralistic.net/2024/08/07/revealed-preferences/#extinguish-v-improve
ラジウムの売り込み屋にとって、過去4年間で最も衝撃的だったのは、リナ・カーン、ロヒット・チョプラ、ジョナサン・カンターら反トラスト法執行者たちが、我々の尻に挿れるべきラジウムの用量についての交渉を拒否したことだ。「非常識」「非合理的」というレッテルを恐れず、彼らは真剣に、合理的に、正しい用量はゼロだと言い切った。
ゼロだ。だからこそ、彼らはカーンたちに怒り狂っている。だからこそ、上院の貴重な政治資本を燃やすことになるのを承知で、カマラ・ハリスにカーンを解雇させようと必死なのだ。ラジウム坐薬から得られる感覚を愛してやまない人々もいるのだろう――特に坐薬の売人たちは。
https://prospect.org/politics/2024-09-19-lina-khan-doesnt-need-to-be-confirmed-again
(Image: Museum of the Health Sciences)
Pluralistic: Thinking the unthinkable (19 Sep 2024) – Pluralistic: Daily links from Cory Doctorow
Author: Cory Doctorow / Pluralistic (CC BY 4.0)
Publication Date: September 19, 2024
Translation: heatwave_p2p