以下の文章は、Article 19の「Blog: How lèse-majesté laws are eroding free speech in Southeast Asia」という記事を翻訳したものである。

ARTICLE 19


東南アジア全域で権威主義政府が増加しつつある。反対意見や批判への寛容さが失われ、表現の自由は体系的に損ねられている。ARTICLE 19のGlobal Expression Report 2022が記録するように、政府は活動家や人権擁護者へのハラスメント、訴訟、投獄を憂慮すべき頻度で続けている。この地域の抑圧的な政府は、批判を封じ込め、腐敗した政権を維持するために、さまざまな法律を武器として用いている。中でも、旧態依然とした不敬罪は極めて問題が大きい。

不敬罪は時代錯誤の名誉毀損罪であり、選挙で選ばれたわけでもない支配者を特別に保護するものである。不敬罪の刑法規定は、非民主的で、表現の自由を侵害するものとして幾度も指摘されてきた。現在でも、人権侵害的な不敬罪を存続させている国はあるが、東南アジアにおける不敬罪はとりわけ懸念すべき状況にある。タイ、カンボジア、マレーシア、ブルネイには不敬罪があり、表現の自由を制限するために用いられ続けている。タイ、カンボジア、マレーシアの組織的な不敬罪の訴追は、活動家、批判者、反対派の排除を意図したものである。

国連人権委員会は、「表現の形態が公人に対する侮辱とみなされるという事実だけでは、刑罰を課すことの正当化には不十分である」と明確に述べている。君主は、他の統治者・支配者と同様に、批判や反対を受けるべき存在であり、とりわけ政治的領域における公的な議論では、そのような表現を抑圧してはならない。したがって、不敬罪は国際人権法と本質的に相容れないものであり、さまざまな国連の専門家が繰り返し強調しているように、「民主主義国家にはふさわしくない」のである。

カンボジア

2018年2月、カンボジア政府は刑法を改正し、不敬罪(第437条の2、「国王への侮辱」)を導入した。この規定は、「国王に向けられた侮辱」を禁止し、それを「国王の尊厳に影響を与えるような言説、身振り、脚本・著作、絵画、物品」と定義している。有罪となった場合には、1年以上5年以下の禁固刑が科される。2018年に不敬罪が導入されたため、ARTICLE 19のGlobal Expression Reportでは、カンボジアの「名誉毀損法の濫用」スコアが低下した。

刑事罰は、評判の失墜に対する適切な罰ではない。カンボジアの不敬罪の法定刑は国際人権法における表現の自由の保護を支える必要性と比例性の原則から著しく逸脱している。

2018年に不敬罪規定が導入されてから、カンボジア当局は15件の事件で個人を起訴し、7名が有罪判決を下されている。王政に批判的な発言をしたことで起訴された人たちの大半は、政治的反体制派や権利活動家だった。有罪判決を受けた7人のうち6人が解散した野党のメンバーであったことは、不敬罪の取り締まりの背景にある政治的動機を露呈させている。

起訴された人たちの中には、国王について公言した者もいたが、少なくとも5人は私的な会話での発言を理由に不敬罪で起訴されている。2人の反体制派の通話の録音が有罪判決を引き出すために用いられ、3人の著名な環境活動家のプライベートなZoom会議のビデオ映像が不敬罪の証拠とされた(現時点で係争中)。こうした慣行は、彼らの私的なコミュニケーションが当局から密かに監視されていることを示唆している。

タイ

タイは20世紀初頭から王政批判を禁止しており、その悪名高き「不敬罪」は世界的にも最も厳しい法律とされている。タイの刑法第112条は、「国王、王妃、王位継承者、摂政」への中傷、侮辱、脅迫を禁止している。この規定のあまりに曖昧な表現は、その解釈の濫用を許し、意見、批判、事実の陳述すら含んでいる。国際人権法は、王政及びその代表者を含む公職者・人物の評判を保護する目的での表現の制限は許されないとしている。有罪判決を受けると、自動的に3年から15年の禁固刑が科されるが、カンボジアの不敬罪と比べて3倍になっている。

2020年末、不敬罪適用の事実上のモラトリアムが突然終了し、当局は「不敬罪」容疑での起訴を乱発した。すでに200人以上が起訴されている。タイ政府は不敬罪の罰則の厳しさを悪用し、反体制派の封じ込めに利用したのだ。第112条の復活は、2020年に始まる大規模な民主化運動に対抗するためのものだった。言論の自由やタイ王室の権力制限などの民主化改革を要求する反政府デモが加熱すると、当局はこの抗議運動を妨害し、王室に関係する発言を抑圧する新たな(あるいは古めかしい)手段として不敬罪が利用されるようになったのである。

当局の過剰な権力行使は、王政にわずかでも関連する表現ですら標的にしている。たとえば、新型コロナウィルスワクチンの国産化に関連して国王が事実上所有する製薬会社を批判した元野党政治家を、当局は112条違反の容疑で起訴した。また、元国王や王族に関する言論を理由に逮捕された事件もある。さらに、当局は112条そのものを批判する活動家まで起訴している。ある著名人権擁護者は、この法律が民主主義と相容れないという国連の人権専門家の発言を引用したとして起訴された

マレーシア

マレーシアでは、王族に対する侮辱は古い治安法で犯罪とされている。有罪判決が下れば、初犯で3年以下、再犯で5年以下の禁錮刑に処される。この法律に文言は非常に曖昧で、被告が「扇動的な言葉を発した」または「行われたならば、扇動的な性質を持つ、または持つであろう」行為を対象としている。法律は「扇動的な性質」の定義に、「憎悪や軽蔑をもたらす」または「支配者に対する不満を煽る」行為をも含んでいる。こうした文言の主観性と、「憎悪」「軽蔑」「不満」などの言葉の法的不確実性は、当局が批判者を沈黙させ、反対意見を弾圧するために不敬罪を悪用することを可能にしている。

この治安法は、マレーシア当局が宗教、人種、王族――つまり3つのRに関する都合の悪い言論を排除する不可欠なツールとして、法的フレームワークに組み込まれている。また、インターネットの普及と並行して、マレーシアのコミュニケーション・マルチメディア法が、同国9つの王室を侮辱したとみなされたオンライン表現を犯罪化するために多用されるようにもなった。この2つの法律は、王族に関する言論を封じるために行使されているが、それは同時に、マレーシア政府が市民の間に恐怖と自己検閲の文化を植え付け、社会全体に沈黙と従順さの価値観を植え付けるためでもある。

2020年1月から2022年5月までに、マレーシア当局は王室への侮辱が疑われる事例について182件の捜査を開始したことを明らかにしている。カンボジアやタイと同様に、マレーシアでも、活動家や人権擁護者を排除するためにこの不敬罪が乱用されている。ある事件では、マレーシアの活動家で政治的アーティストが、王女の画像を使ってSpotifyのプレイリストを作成したとして逮捕されている。

不敬罪は表現の自由とは相容れない。東南アジア全域で、政府は検閲を正当化し、選挙で選ばれたわけでもない支配者を世間の監視や議論から守るために、この法律を戦略的に執行し続けている。不敬罪は抑圧の文化を永続させ、開かれた民主的議論を萎縮させるものである。

Blog: How lèse-majesté laws are eroding free speech in Southeast Asia – ARTICLE 19

Author: Samantha Holmes / ARTICLE 19 (CC BY-NC-SA 2.5)
Publication Date: August 19, 2022
Translation: heatwave_p2p
Material of Header image: Andy Marchand (CC BY-SA 3.0) / Jean-Pierre Dalbéra (CC BY-NC-SA 2.0) / Bernard Spragg. NZ / GRID-Arendal (CC BY-NC-SA 2.0) | Modified