以下の文章は、Article 19の「India: Time now to reverse Modi’s divisive legacy」という記事を翻訳したものである。

ARTICLE 19

インドでは総選挙が終わり、与党のインド人民党(BJP)は過半数の獲得に失敗した。2014年と2019年の前回2回の選挙でBJPが圧勝したのとは対照的に、ナレンドラ・モディ首相は今回、連立政権の運営を余儀なくされることになった。

新たな政治構図により、首相の独断専行や反対勢力への弾圧が難しくなるだろうと識者は指摘する。とはいえ、この10年間の独裁的傾向を鑑みれば、政権の軌道修正は当面見込めそうにない。ARTICLE 19では、モディの権限が縮小してなお、インドの民主主義が直面する多岐にわたる課題を探っていく。

カリスマ性と分断を煽る姿勢を併せ持つモディは、この10年間で着実にインドの民主主義を掌握してきた。その過程で、彼は常にマジョリティたるヒンドゥー教徒の支持に頼ってきた。彼らは、モディのリーダーシップが政権の安定をもたらし、経済成長を加速させ、インドの国際的地位を向上させ、パキスタンや中国といった敵対国を牽制してきたと信じている。

その一方で、モディ政権下のインドでは、マジョリティの過激主義化と権威主義的な統治が進んだ。その結果、差別が横行し、ムスリムへのリンチ事件が多発し、宗教的マイノリティの間に恐怖が広がった。さらに、政府の後ろ盾を得た多くのマスメディアが、モディと与党のイデオロギーを拡散するメガホンの役割を果たすようになった。

特筆すべきは、この10年間でモディ政権が一連の党派的な政策や問題のある法律を次々と可決してきたことだ。インドの多様性を無視し、分断を招くと批判されたこれらの施策は、、本来は強固な連邦制を揺るがし、中央政府に前例のない権力を与えることになった。

これらの法改正により、国家機関は市民の自由と人権を侵害し、表現の自由を制限し、BJPのヒンドゥー至上主義イデオロギー(ヒンドゥー教徒こそがインド人としての正当な権利を持つという思想)を批判する市民団体や政党への攻撃を激化させていった。

批判者、反体制派、自由な思想家、政権を追及するジャーナリスト、そしてマイノリティが、一方的に抑圧され、恣意的に逮捕・拘留されるようになった。これは、インド憲法が全ての国民に保障する自由と権利を明らかに侵害している。

2024年総選挙の結果は、インドの民主主義に公平な競争環境を蘇らせる契機となるのかもしれない。この選挙結果は、モディ政権による民主主義の軽視、市民の自由の侵害、そして富裕層優遇・貧困層軽視の政策に対する国民の拒否反応と見られている。

2024年の選挙は、幅広い有権者への様々な圧力、政治的弾圧、そしてモディ政権が憲法機関を事実上完全掌握した状況下で行われた。BJPとモディが弱体化した今、民主主義を信じる市民や人権活動家たちは、憲法上の権利と自由を取り戻し、BJP政権が10年かけて作り上げてきた恐怖と不安が蔓延した社会の雰囲気を払拭する機会を得ている。

メディアの自由への攻撃

ARTICLE 19のグローバル・エクスプレッション・レポートは、ジャーナリストや活動家だけでなく、全ての人々の意見表明、コミュニケーション、情報へのアクセスの自由を評価している。このレポートでは、インドの暗澹たる状況が描かれている。2024年のレポートでは、インドは161カ国中123位にランクされ、2014年のモディの首相就任後の10年間で、インドのスコアは35ポイントも低下した。インドが最低ランクに転落したことで、世界人口の53%が表現の自由の危機に直面していることになった。

過去3年間で、インドは7人のジャーナリストを拘束しており、これは1992年以来最多の数字だった。そのうち6人が、扇動罪や非合法活動防止法(UAPA)などの治安法で起訴されている。彼らはインド唯一のムスリム多数州であるジャンムー・カシミールで報道活動を行っていた。同地域では、2019年に政府が憲法上の自治権を剥奪して以来、メディアへの規制が一層厳しくなっている。2024年4月18日時点で、インド全土で15人のジャーナリストがUAPA違反容疑で起訴され、そのうち40%が混乱の続くジャンムー・カシミール地域の出身者だ。

2020年には、デリーを拠点とする権利・リスク分析グループは、新型コロナウイルスのパンデミックで発生した人道危機の報道をめぐり、55人のインド人ジャーナリストが当局に逮捕、起訴、あるいは脅迫されたことを明らかにしている。2014年から2020年の間に、インド全土で135人のジャーナリストが様々な罪で起訴されているが、その多くが軽微な犯罪であり、報復的な取り締まりであった。その結果、メディア関係者は自己検閲に陥っている。

ジャーナリズム活動の犯罪化は、表現の自由に対するより大規模な弾圧の一端に過ぎない。政府が批判的な声を抑え込み続ける中、モディ首相自身は過去10年間一度も公開の記者会見を開いておらず、御用ジャーナリストによる台本ありきのインタビューのみを許可している。

独立性を保ち続けたメディア組織は捜査機関の標的となった。様々な捜査機関が、The Wire、BBC、NewsClick、Dainik Bhaskar、NDTV、The Quint、Bharat Samachar、Greater Kashmirなど、少なくとも8社の著名なメディアグループのオフィスを、犯罪行為や汚職容疑で家宅捜索した。これらの事件はいずれもインドの裁判所で有罪判決に至ったことはなく、多くの場合、当局は数ヶ月経っても起訴状さえ提出していなかった。そのため、これらの捜索はメディアを黙らせるための威嚇だと見られている。

記録的なインターネット遮断

2023年、インド政府が認可したインターネット遮断の件数は6年連続で世界最多となった。紛争に苦しむマニプール州(人口約320万人)では、212日間もの長期にわたってインターネットが遮断された。

さらに2023年12月に可決された電気通信法は、インターネット遮断に対する政府の免責をさらに強化するものだった。この法律はインドのデジタル・通信政策に大きな転換をもたらした。インターネットユーザに生体認証を義務づけただけでなく、政府に前例のない強力な権限を与え、市民間の通話やデジタル通信の傍受、民間の通信ネットワークの接収、そして緊急事態を理由とした通信・インターネットサービスの停止などが可能になった。これらの規定はそれぞれ、プライバシーと個人の自由に深刻な影響を及ぼす。

表現の自由を抑圧する法律

2023年7月、モディ政権は議会の圧倒的多数を利用して、映画、テレビ、メディアコンテンツ、そしてNetflixのようなプラットフォームにへの国家統制を強化するために、既存の法律に数多くの修正を加えた。映画法が改正され、映画やテレビ番組の内容に対する政府の検閲委員会の権限が一層強化された。この委員会は、インド国民が視聴する映画やテレビ番組の内容の削除や変更を命じる権限を持っている。

昨年、モディ政権は2000年情報技術法を改正し、「虚偽」または「誤解を招く」と政府が判断したオンラインコンテンツを削除する広範な権限を獲得した。これにより、政府はデジタルプラットフォームの番組や映画を削除・禁止したり、YouTube、Google、X(旧Twitter)などのプラットフォーム上のコンテンツ、さらには信頼できるメディアが公開したニュースさえも削除できるようになった。例えば、2023年初頭には、政府がIT規則の「緊急権限」を行使し、2002年のグジャラート州での反ムスリム暴動におけるモディの関与疑惑を批判的に扱ったBBCのドキュメンタリー『インド:モディという問題』の2部作を禁止した。

2020年には、政府は「インドの主権と一体性、防衛、国家の安全と公共の秩序を害する活動に従事している」として59のアプリを禁止した。これらのアプリには、TikTok、ShareIt、WeChatなど、多くの中国系サービスが含まれていた。

2024年3月には、政府が「わいせつ」と判断した18のストリーミングプラットフォームを強制的に閉鎖に追い込んだ。これらのプラットフォームに関連する19のウェブサイト、10のアプリ、57のソーシャルメディアアカウントが、インド国内でのアクセスを遮断された。これらの多くは、ヒンドゥー教至上主義者による攻撃を批判的に扱うコンテンツを配信していた。

モディ政権はインドの情報公開制度も組織的に攻撃している。2023年8月、政府は新たな法律(デジタル個人データ保護法2023)を通じて2005年の情報公開法(RTI法)を改正し、同法が定めていた適用除外に対するセーフガードを撤廃した。

RTI法は、様々な分野での汚職や政府の横暴を暴露する市民の強力な武器となっていた。この改正と、それに先立つ一連の規則変更により、政府は(政府が可能な限り広く解釈する)「プライバシー」や「国家安全保障」に関わる、あるいは「公益に反する」と判断した情報を非開示にできるようになった。その結果、政治家に関する情報、大学の規則、政府の協議内容、そして政府の意思決定に関する基本的な記録までもが、これらの新しい規則を根拠に非開示とされている

ここ数年、政府はRTI法の適用対象外となる中核機関のリストを拡大してきた。現在、RTI法の適用除外の対象となる26の機関には、コンピュータ緊急対応チーム(CERT-In)、情報局、調査分析局、取締局、国家技術研究機構、国防研究開発機構、国境道路開発委員会などが含まれる。いずれも情報収集や軍事インフラの構築に関わる機関だ。

数多くの事例の中でも、情報の開示拒否がとりわけ顕著だったのは、全国的な農民の抗議行動を引き起こした3つの物議を醸す農業法に関する政府の協議記録の開示拒否だった。農民たちはこれらの新法が自治を損なうものだとして強く反発していた。

政府主導のオンライン検閲

2023年、Twitter(現X)が認めたように、インドは日本、韓国、トルコと並んで、コンテンツの削除を要求する法的通知を最も多く送付している国の一つだった。イーロン・マスクが所有するこの企業は、2023年だけでインド政府から53,000件もの法的要請を受けたという。2023年2月には、Xは農民の抗議活動に関連するアカウントや投稿を、政府からの「行政命令」に従って削除したことを認めた

同様に、Googleもインド政府から、YouTubeのインド関連のコンテンツを削除するよう数百件の要請を受けている。2022年には、政府はモディ政権の決定や政策を批判する100以上のYouTubeチャンネルを禁止し、「インドに関する偽情報を拡散している」と非難した。

つい最近の2024年6月には、政府はYouTubeに対し、モディ政権がインドの民主主義に与えた影響を風刺した世界的に人気の動画をブロックさせることに成功した。この動画は、オーストラリアを拠点とするジョルダーノ・ナンニが運営するJuice Mediaチャンネルが制作したもので、「正直な政府広告」と題された各国政府を風刺するシリーズだった。禁止された動画は、モディ政権下での失業率の上昇と格差の拡大を揶揄していた。

国家主導の市民監視

同時に、モディ政権はインド市民を前例のない監視下に置き、軍事用スパイウェアさえも使用している。

2021年8月、インドのニュースプラットフォームThe Wireが16の国際メディアと共同で、イスラエルのNSO社製スパイウェア「ペガサス」の標的となった可能性のある174人の氏名を明らかにした。これまでNSOは、ペガサスの販売先は政府に限定していると説明してきたことから、モディ政権が自国民にこのスパイウェアを使用したと広く受け止められた。標的とされた人々の多くは批判者、反体制派、野党指導者、最高裁判事だったが、一部には政府閣僚も含まれていた。

この監視活動のタイミングは、与党BJPが州政府から自治権を剥奪したり、著名な活動家を重大事件で制裁したり、外国政府と重要な商取引を行った時期と一致していた。

モディ政権は情報と政治的言説のコントロールに執着するあまり、2023年8月には、市民を国家監視下に置く無制限の権限を政府に与える個人データ保護法を採択した。この新法は、全てのインド国民に出生から死亡までの全ての個人情報をAadharカード(一種の国民IDカード)を通じて共有することを強制している。この法律には、政府が市民の個人情報を自国の監視機関と共有することを制限する規定も、雇用主やビッグテックが従業員やユーザの個人情報を収集することを防ぐ規定も存在しない。

さらに、個人データ保護法は情報公開法(RTI法)を骨抜きにし、重要な政府文書に署名する官僚や閣僚の情報へのアクセスを困難にしている。この法律は、国家と国民の間の情報の非対称性をさらに強化するものでもあったのだ。国家は全ての個人データを収集する権限を与えられる一方で、市民が求める情報は制限される。

国家主導の表現の自由の抑圧は、ここ数年で憂慮すべきレベルにまで達している。おそらく、これが最も顕著に表れたのが、2018年のインド・マハーラーシュトラ州で起きたビーマ・コレガオンでの暴力事件の余波においてだろう。

毎年1月1日、ダリット(インドの差別的カースト制度で最下層に位置する人々)コミュニティは、ビーマ・コレガオンの戦いの記念日を祝う。この戦いは1818年、ダリット連隊が抑圧的な統治者ペーシュワーを打ち負かした戦いだった。2018年の(200周年)祝賀行事では、ヒンドゥー至上主義指導者らに扇動されたと見られる暴徒がダリットを襲撃し、少なくとも1人が死亡した。警察がこれを事件化することはなかった。しかし、最高裁判所オブザーバーが「困惑させる」と表現した動きの中で、警察はUAPAに基づいて祝賀行事を組織した16人の市民的自由・人権擁護者を逮捕し、「国家に対する戦争を仕掛けた」と告発した。

そのうちの1人は、政治犯の釈放運動で知られる活動家のロナ・ウィルソンだ。警察は、押収したウィルソンのラップトップから首相暗殺計画の証拠を発見したと主張した。しかし、デジタル・フォレンジック企業のArsenal Consultingによる調査の結果、この「証拠」がスパイウェアによってウィルソンの端末に植え付けられたものだったことが判明したウィルソンのラップトップは22ヶ月にわたってハッキングされていて、活動家たちを罪に陥れるために52個のファイルが植え付けられていま。さらに彼の共同被告も同様の標的にされていたことも明らかになった。

追い詰められる非営利団体

モディ政権下で、強大な権力を持つアミット・シャー内相が率いる内務省が、インド国内の数百に及ぶ非営利団体のFCRA(外国献金規制法)ライセンスを取り消す動きを見せている。このライセンスは、非営利団体が海外の慈善団体から寄付を受け取る際に不可欠なものだ。

モディ政権は、国際NGOの活動を妨害しようと、彼らを「反国家的」だとレッテルを貼り、インドの国際的な評判を貶めようとしていると非難して、その声を封じ込めようと躍起になっている。この姿勢により、インドの正義と人権問題に一貫して光を当ててきたOxfam IndiaやAmnesty Internationalのような団体でさえ、FCRAライセンスを剥奪され、活動の生命線である資金を海外から受け取れなくなっている。さらに驚くべきことに、Centre for Policy Research、Rajiv Gandhi Foundation、Centre for Equity Studiesといった非営利シンクタンクまでもが、FCRAライセンスの更新を拒否されている。2024年4月時点で、モディ政権によって取り消されたFCRAライセンスの数は2万件を超える

これに加えて、モディ政権は与党BJPやその政策を批判したインド系の海外在住者のビザ特権を剥奪するなどの脅迫的な手段も辞さない。

複数の国際機関の年次報告書で、インド政府によるマイノリティや政治的反対勢力、批判者、反体制派への国家権力を濫用した攻撃を具体的に指摘しているにもかかわらず、首相は一向に態度を改める気配を見せていない。

2024年選挙の投票妨害と不公平な競争環境

2024年の総選挙は、このような背景のもとで実施された。国家の免責と選挙戦における不公平な競争環境が、すでに厳しい状況に置かれてきた反対派の立場を、さらに悪化させるのではないかという懸念が広がっていた。

1947年のインド独立以来、これほど物議を醸す選挙はなかった。近年、投票数と集計数の不一致が多発していることから、インドの選挙で使用される電子投票機(EVM)への市民の信頼は過去最低となっていたが、インド選挙管理委員会はこうした懸念を払拭する努力を一切行わなかった。

2024年総選挙における公平性と透明性の欠如は国際的な注目を集め、かつてないほどの国際的な監視を招いた。その一例がインド選挙監視独立パネルで、元官僚や学者、活動家らのグループが選挙運動と投票プロセスにおける政府の過剰な介入を綿密に追跡した。

選挙の途中で、選挙人名簿からの名前の削除など、広範囲に渡る投票妨害の兆候が多数報告された。サンバル市では、州警察が投票所を急襲し、身分証明書を没収し、ムスリム有権者を殴打した。カウシャンビーなど他の地域では、BJPの支持者がBJPに投票しなかったダリトの有権者を殴打する事件も発生した。

インド最大の州ウッタルプラデーシュ州の一部選挙区では、モディ政権の再選を望まない多くの有権者が、BJPの支持者や州警察によって投票を妨害されたと報じられている。接戦となった選挙区では、BJPの投票立会人が州の役人や警察の助けを借りて、強引に勝利を収めたとする報告も多数あった。例えば、ムンバイ北西部選挙区では、投票用紙の集計後、野党候補がBJP候補に1票差でリードしていた。しかし、BJP候補とその支持者が要求した再集計の結果、BJP候補が48票差で勝利を宣言された。

政治的弾圧

モディ政権は、抗議活動に対するむごい仕打ちを常態化させた。法執行機関は既存の法律を濫用して大半の抗議集会を阻止し、抗議者の「予防拘禁」は増加の一途をたどり、平和的に訴える学生、活動家、市民を逮捕している。これは、インド国民が憲法上の平和的抗議の権利を有しているにもかかわらず行われている。

近年、物議を醸した市民権改正法(非ムスリム難民にのみ市民権を認める法律)に抗議するムスリムコミュニティから、農業貿易の企業化を目指す法案に対して1年にわたって運動を展開した農民に至るまで、多くの大規模な抗議活動が暴力によって制圧されてきた。

同様に、モディ政権は、あらゆる形態の政治的反対勢力を標的にする悪しき慣行を生み出した。その中には、法制度を悪用した野党指導者への嫌がらせのような訴追も行われ、その多くが10年以上前の出来事を蒸し返されて事件化されていた。その一方で、BJPに寝返った野党指導者は、こうした追求から放免された。最近の報告によると、2014年以降にBJPに加わった25人の野党指導者のうち23人が、関連する事件で恩赦されたという。

投票第一段階の数日前、デリー首都圏首相で庶民党党首のアルヴィンド・ケジリワルが、インドの中央捜査機関である取締局(ED)に恣意的に逮捕された。ケジリワルは野党連合「インド国家開発包括同盟(I.N.D.I.A)」の重要な指導者の一人でもあった。EDは金融犯罪の捜査機関で、ケジリワルはデリー準州で現在は廃止された酒類政策に関連した汚職事件に関与した疑いをかけられた。

同じ事件で、ケジリワルの副官で教育大臣のマニシュ・シソディアが、2023年2月にEDに逮捕された。シソディアは現在も拘束中だが、ケジリワルはほぼ2ヶ月間拘束された後、インド最高裁判所によって暫定保釈を認められた。同様に、庶民党(AAP)の2人の幹部、サンジャイ・シンとサティエンドラ・ジャインも逮捕された。ジャインは今も拘束されているが、シンは捜査機関が十分な証拠を提示できなかったとして保釈を認めらた。人気のある政治指導者であるケジリワルの逮捕により、選挙運動期間中に自身の政党AAPを率いることができなくなった。

ケジリワルの逮捕の約2ヶ月前、EDは別の州首相であるヘマント・ソレンを、コミュニティの土地の違法購入に関連する事件で逮捕した。ソレンはこの疑惑を強く否定している。ケジリワルと同様、ソレンもI.N.D.I.A.の有力指導者の一人で、東部のジャールカンド州の先住民コミュニティで絶大な人気を誇っている。ソレンはEDに逮捕される直前に辞任し、自身の政党、ジャールカンド解放戦線が後任を選出できるようにした。彼の機転により、モディ政権がジャールカンド州に大統領統治[president’s rule](危機的状況下で中央政府が州政府の行政権を掌握することを認める憲法の緊急事態条項)を宣言することを阻止できた。

与党と野党勢力の間で激しい対立が頻繁に起きているが、2024年春には、モディ率いる中央政府による野党指導者への前例のない狙い撃ちが行われた。政党指導者であるケジリワルとソレンの追及は、何年も前の出来事が持ち出されたものだったが、それが起こったのはまさに両指導者が選挙運動の準備を進めていた時期だった。

政治的報復の様相がより明確になったのは、選挙運動の開始直前になって、会計検査院が会議派の銀行口座を凍結し、同党の資金を引き出せなくなった時だった。会計検査院は、1993-94年の規則違反について会議派に複数の通知を送付し、罰金と利子を含めて約2億2000万ドルの支払いを要求した。

有力な野党や指導者に土壇場での動きは、インド政治に緊張をもたらし、国際的な批判と非難を招いた。ケジリワルの逮捕はドイツと米国、そして国連からも批判を受けた。国際的なオブザーバーも、ケジリワルに対する「公正な裁判」を要求した。これを受けてインド外務省はすぐさま反応し、これらの発言を「インドの内政に対する露骨な干渉」とレッテルを貼り、ニューデリーの外交官に「インドの司法問題に干渉しないよう」警告した。

国家の舵取りを行ってきたモディは、いかなる批判も許さなかった。彼はデマゴーグのように振る舞い、非リベラルなヒンドゥー教至上主義国家を追求するまり、インドの民主主義の後退を無視し、それどころか助長さえしてきた。

彼の独裁的な衝動は非常に強く、政権は反対意見を弾圧し犯罪化するための戦略をほぼ完成させた。保釈がほぼ認められない反テロ法のUAPAを、活動家に対してますます党派的に適用していることもその一例である。作家のアルンダティ・ロイ(後述)を始め、多くの批判者がUAPAの容疑をかけられ、裁判を受けることもできずに拘束され続け、その家族は容赦ない監視や家宅捜索、嫌がらせにさらされている。

モディ政権は2019年にUAPAを改正し、個人が組織の一員でなくても「テロリスト」として指定できるようにした。この改正は表現の自由に重大な影響を及ぼす。国家が個人の著作、意見、発言がテロ活動を支持していると判断すれば、あらゆる批評家にテロリストのレッテルを貼ることができるのだ。これにより、政府は容疑者の資産を差し押さえ、渡航禁止措置を講じることも可能になった。その結果、多くの学生指導者、ジャーナリスト、活動家、人権弁護士、さらには大学教授までもが、UAPAによって起訴されることになった。彼らのほとんどが、モディ政権の独裁的な政策や施策を厳しく批判してきた人々だ。

「自由国家」から「選挙独裁」へ

モディ政権による表現の自由の抑圧は、インド民主主義の急激な後退に国際的な注目を集めることとなった。

2021年初頭、米国の非営利団体フリーダムハウスは、195カ国を対象とした評価で、インドを「自由な民主主義国」から「部分的に自由な民主主義国」に格下げした

同年、スウェーデンを拠点とするV-Dem研究所は、2018年以降、インドが「選挙独裁」になったと述べた。2024年の最新の民主主義レポートでは、インドを「最悪の独裁化国家の一つ」と呼び、「モディのリーダーシップの下ですでに民主主義が大幅に衰退と、マイノリティの権利や市民社会への弾圧が続いていることを考えると、モディの3期目はさらなる独裁化につながる可能性がある」と指摘している。

これらの報告書(そして前述のARTICLE 19のグローバル・エクスプレッション・レポート)は、インドの民主主義の後退を深刻なものとみなしている。特に、1947年に植民地支配から解放されて以来、インドが世界最大の民主主義国として広く認識されてきたことを考えると、なおさらだ。

モディはこうした国際的な批判を意に介さず、2024年の選挙ではこれまで以上にイスラム嫌悪的な選挙運動を展開した。ある演説で彼はムスリムを「子供をたくさん作る人々」と呼び、インド全土で広く信じられている(科学的データによって否定されているにもかかわらず)古くからの偏見、つまりムスリムがヒンドゥー教徒よりも多くの子供を作ることでインドを乗っ取ろうとしているという偏見を煽った。別の演説では、会議派がヒンドゥー教徒の富を奪ってムスリムに分配する計画を立てていると虚偽の主張をし、信仰に基づく有権者の分断を企てた。

ナレンドラ・モディ政権は、国際的な規範や慣習だけでなく、インド国民の憲法上の権利さえも無視してきた。権力を追求し、あらゆるものを統制しようとする彼の執念は、アジアそして世界で最も活気に満ちた多様な民主主義国の一つとしてのインドの評判を傷つけてしまった。

今後の展望

今回は連立政権を率いることになったものの、すでにモディは3期目の政権運営も前2期と同様の方針で臨むことを示唆している。

2024年6月の首相就任直後、モディ政権は国際的に著名な作家でブッカー賞受賞者のアルンダティ・ロイを、2010年のイベントでのカシミール紛争についての発言を理由に起訴することを決定した。元大学教授のシェイク・ショウカット・フセインにも同様の容疑がかけられている。両者は今後、インドで最も厳しい反テロ法であるUAPAの下で起訴されることになる。ロイの起訴決定は、多くの市民的自由の活動家が中央政府の方針転換を期待していた矢先の出来事だった。

インドの総選挙は、その政治的文脈の中で捉えられなければならない。インドにおける民主主義の後退という大きな現象に対し、国際社会は正しく反応すべきだ。公平な競争環境の欠如、マイノリティの軽視、反対派や批判者への弾圧、政治的抑圧、検閲法の強化、そして表現の自由の侵害が、国際的な非難を受けることなく、このまま放置されるようなことはあってはならない。

世界は、インド憲法に定められた基本的人権と、モディ政権が実質的に多くの画期的な最高裁判決を覆してきた事実を絶えず思い起こす必要がある。その中には、1962年のケダルナート・シン事件がある。これはインドにおける言論の自由の法学の礎石であり、民主主義における自由な表現の保護を強調し、扇動罪や反テロ法の悪用に対する重要な保護措置を確立した。

インド憲法の前文は、すべての市民に表現の自由を保証している。憲法第19条にはこうある。「すべての人は、意見及び表現の自由についての権利を有する。この権利には、干渉を受けることなく意見を持つ自由並びに、あらゆるメディアを通じて、国境を越えて、情報及び思想を求め、受け、及び伝える自由が含まれる」。

インド憲法の核心は、市民の6つの基本的権利にある。法の下の平等の権利、自由の権利、搾取に対する権利、宗教の自由の権利、文化的・教育的権利、そして憲法上の救済を求める権利だ。過去75年間、インド最高裁判所はこれらの基本的権利の範囲を拡大し、インド国民により大きな自由を保障してきた。しかし、モディ政権下では、これらの権利の一つ一つが繰り返し侵害されてきた。

モディ政権は国際社会を欺こうとしてきた。批判的な声を厳しく弾圧してきたにもかかわらず、インドは2023年のニューデリーでのG20サミットの際、国連人権理事会の普遍的定期的レビュー(UPR)が行った339の勧告のうち221を受け入れたことになっている。インドは、カースト差別の撲滅、表現の自由の権利の保証、マイノリティの権利保護に関する勧告への明確なコミットメントを続けなければならないし、また、FCRA、UAPA、扇動罪、名誉毀損罪といった抑圧的な法律を廃止するよう勧告されてもいる。

これとときを同じくして、インドのマニプール州でクキ族の先住民グループが、BJP主導の州政府に支援されたマジョリティ・コミュニティによる暴力と民族浄化にさらされていた。この暴力は、複数の国際人権団体や加盟国がUPRプロセスにおいて、インドにおける表現の自由の低下や、マイノリティ・コミュニティや社会的弱者の保護に関する貧弱な実績について深刻な懸念を表明した1年後に起こった。

提言

ARTICLE 19は、インドにおける市民的自由と表現の自由の回復を求める。我々は国際社会に対し、モディによるインド憲法と国際人権法の露骨な侵害を指摘し、その責任を追求するよう強く求める。世界の市民社会は、自身の安全と安心を犠牲にしてまでモディ政権に異を唱えてきたインド市民に対し、次のような具体的な支援を提供すべきだ。

  • ジャーナリスト、デジタル・インフルエンサー、人権活動家への財政支援。
  • 世界中で人権侵害を暴露してきたディアスポラ・グループへの支援。
  • 民主主義規範を守るようインド政府に圧力をかけるため、自由民主主義を掲げる国々の外交チャンネルを利用すること。
  • UAPAや監視法など、濫用されやすくなった厳しい法律の全面的な見直しを求めるロビー活動。

さらに重要なのは、国連人権理事会のようなプラットフォームが、インドがUPRへのコミットメントに違反しているという事実に注目することだ。インドが外交的に自己主張を始めた今、全ての自由主義的民主主義国は、表現の自由、批判者や反体制派への不寛容、インドのマイノリティに対する人権侵害に関する懸念について、モディ政権に説明責任を求めるべきである。

過去10年間の論争を呼ぶ出来事を考えると、今こそインドにおける個人データと表現の自由を保護する現代的な法的枠組みと、アクセスしやすい異議申し立て救済メカニズムを要求する時だ。インドのインターネットユーザ数は約8億5000万人に上り、彼らのプライバシーを保護する仕組みが不可欠となっている。

モディ政権による情報の統制と規制への執着は、人々の知る権利に不当な制限を課している。頻繁に行われるインターネット遮断と情報公開法(RTI法)の段階的な縮小により、ジャーナリストのニュース報道能力が 大幅に低下している。国際的な民主主義社会は、インド憲法第19条(1)(a)の下で認められた権利を取り戻し、報道の自由だけでなく全ての形態の表現を深刻に妨げる、新たに制定された問題のある法律の撤回を求めるインドの独立系報道メディアを支援するべきだ。

India: Time now to reverse Modi’s divisive legacy – ARTICLE 19