以下の文章は、Article 19の「United States: The freedom of expression agenda」という記事を翻訳したものである。
2025年1月20日、ドナルド・トランプが米国の第47代大統領に就任した。彼の第1期政権は、メディアや市民社会、そして批判的な声に対する公然たる敵意によって特徴づけられる。トランプ大統領とその取り巻きたちは、今後も自らの政治的意図に沿って言論の自由の解釈を歪め続けることが予想される。就任式の日にあたり、ARTICLE 19は今後4年間のトランプ政権下で我々が守り抜く米国内外における表現の自由の優先課題を示す。
ドナルド・トランプの再選は、表現の自由が世界的な危機に瀕し、民主主義が後退する時期と重なっている。メディアへの苛烈な攻撃、社会的弱者のスケープゴート化、批判者への脅迫から、法の支配と権威主義への歯止めとなる国際的な抑止力の形骸化にいたるまで、トランプ大統領の一連の行動は、米国のみならず世界中の表現の自由に重大なリスクをもたらしている。
グローバルな表現の自由を擁護する組織として、我々の立場は明確である。言論の自由は、他者への嫌がらせや差別を正当化するものではない。また、富める者が金の力で他者を沈黙させ、権力を強化するための道具でもない。
表現の自由を守るということは、とりわけ力なき人々が、権力者に異議を唱え、現状に疑問を投げかけ、変革を求めることができる環境を保証することにほかならない。
米国には、米国憲法を通じて表現の自由とそれに付随する報道の自由、言論の自由、プライバシーの権利、平等の権利を守り、育んできた誇るべき伝統がある。今後4年間、ARTICLE 19はこれらの権利を守り抜き、言論の自由を守ることの本質的な意味を権力者たちに示し続ける。
メディアの自由とジャーナリストの安全を守る
トランプ大統領のメディアへの敵意は、市民の知る権利を直接的に脅かす。大統領選では、ジャーナリストへの暴力を公然と支持し、自身に批判的な報道をするメディアに対して放送免許の剥奪や記者の投獄などの報復を示唆した。FBI長官候補は、これまでにジャーナリストの起訴を主張してきた人物である。
メディアへの攻撃は、社会の信頼を損ない、国内の分断を深め、ジャーナリストへの物理的暴力のリスクを高める。研究によれば、米国の現在の政治的風土は、ジャーナリストへの暴力をより寛容になっているという。
一方で、富裕層が所有・運営するレガシーメディア企業は、商業的利益を守るためにジャーナリズムの原則を投げ捨てる傾向を強めている。トランプ政権の発足を前に、これらのオーナーたちは政治的な反発を恐れ、独立した報道を支持し擁護することをためらうようになっている。
メディアが恐れることなく報道する自由を失えば、民主主義は権力を監視する本質的な機能を失う。ARTICLE 19は、政権からの圧力であれ、強大な事業利権からの干渉であれ、ジャーナリストの報道する権利を擁護し、報道の自由を守り続ける。
“すべての人の”オンラインでの表現の自由を守る
近年、ソーシャルメディア企業はコンテンツモデレーションの在り方について厳しい目にさらされている。不適切なオンラインモデレーションが現実世界での暴力や差別を引き起こす事例を、我々は世界中で何度も目にしてきた。多くの批判は正当なものだったが、トランプ大統領とその支持者たちは、保守的な声を封じ込めているという「リベラルバイアス」を理由に、これらの企業を「検閲カルテル」として攻撃し続けてきた。FCCおよびFTCの委員長を含む新政権の多くの就任予定者は、「過度な」コンテンツモデレーションを行うプラットフォームに対して規制措置を講じる考えを示唆している。
その脅威の片鱗は、すでに現れ始めている。1月7日、Metaはコンテンツモデレーションの大幅な見直しを発表したが、これは米国内外の社会的弱者に対する害悪を増大させかねない。コンテンツモデレーションの基準緩和は、皮肉にも表現の自由を脅かすことになる。イーロン・マスクがTwitter / Xを買収した際と同様に、LGBTQの人々や移民など、マイノリティを標的とした偽情報や嫌がらせが蔓延すれば、人々はプラットフォームから追い出され、オンラインでの表現は萎縮していく。
また、Metaは「米国企業を攻撃し検閲を推進する世界中の政府に対抗する」ためにドナルド・トランプと協力する意向を表明した。我々は、合法的な言論を検閲しようとする政府の動きへの対抗を全面的に支持する。しかし、この発表は、EUをはじめとする政府や機関がソーシャルメディアプラットフォームにより大きな説明責任を求めるためにテック関連法を用いようとする試みの阻止を意図するものだ。
ARTICLE 19は、人権に基づくコンテンツモデレーションを提唱し、社会的弱者への憎悪を助長するプラットフォームのポリシーに対抗し、ソーシャルメディアプラットフォームの透明性と説明責任を高める規制の取り組みを支持し続ける。また、一握りの米国ビッグテックの商業的利益によってオンラインでの表現の自由が左右されることのない、ユーザが自ら見るもの、アクセスするもの、共有するものを選択できる――新しいソーシャルメディア環境の実現に向けた提言活動も継続する。
デジタル時代の人権を守る
第1期トランプ政権は、デジタル外交プログラムへの資金を削減し、世界中の独裁政権との関係を深めることで、グローバルなインターネットの自由の促進を軽視してきた。インターネットの自由が世界規模で後退し、2025年に重要なインターネットガバナンスの枠組みであるWSIS+20レビューが進行する中、自由で開かれたインターネットとオンラインの人権保護に対する米国の強い関与は不可欠である。
前政権とは対照的に、トランプ大統領はAIの規制についても放任的な姿勢を取ると見られる。2023年、バイデン政権はAIの安全、セキュア、信頼できる開発と使用に関する大統領令を発出し、グローバルな基準とアルゴリズムによる差別を防ぐセーフガードについて国際協力を約束していた。トランプ大統領は、この大統領令とバイデンの他のAIポリシーを撤回する意向を示し、「言論を検閲するためのAIの使用を禁止する」と述べている。AIの普及が加速する中、トランプ大統領の責任ある規制への消極的な姿勢は、AIの有害で権利侵害的な使用を防ぐ取り組みに深刻な影響を及ぼすだろう。
ARTICLE 19は長年、強固なセーフガードと透明性のあるガバナンスがなければ、AIは言論の自由、抗議する権利、プライバシー、平等、非差別に深刻な影響を及ぼしかねないと指摘してきた。我々は、人権を基盤とし、基本的自由を守るAIガバナンスを訴え続ける。
抗議者、人権擁護者、市民社会を支える
戦略的な市民参加妨害訴訟(SLAPP)や公共の監視者への法的脅迫は、新政権下でさらに激しさを増すだろう。選挙戦では、ドナルド・トランプは競争相手や反対者への訴訟を繰り返し示唆し、第1期政権でも敵とみなす者を法的手段で罰することも辞さなかった。主要な同盟者であるイーロン・マスクは、自身を「言論の自由の絶対主義者」と称しながら、X上の人種差別的・反ユダヤ主義的コンテンツの増加を記録している市民社会組織をはじめとして、批判者に対してSLAPP訴訟を積極的に仕掛けている。多くの米国の州が反SLAPP法を持たず、連邦レベルでの保護も欠如する中、政権とその取り巻きたちが説明責任を求める声を封じ込めるために、非営利のニュースルーム、市民社会、個人を標的とすることになるだろう。
昨夏の米国の大学キャンパスにおけるパレスチナ連帯抗議運動の最盛期に、ドナルド・トランプは抗議運動の粉砕を宣言し、その取り巻きたちもデモ参加者に敵意を剥き出しにした。第1期政権時代、トランプはブラック・ライブズ・マター(BLM)運動の参加者を「ならず者」と呼び、法執行機関にBLMの抗議者への武力行使を促した。第2期政権も、米国の根幹をなす抗議の権利を脅かすだろう。
ARTICLE 19は、すべての人が権力者を批判する権利を擁護し続け、社会に変革をもたらす本質的な手段として抗議する権利を守り抜く。
ドナルド・トランプは、世界で権威主義的な傾向が台頭する時期に就任する。人権を 公然と否定する政治的アジェンダを掲げるポピュリスト指導者たちは、「言論の自由」を政治的道具として利用しながら、より露骨に、支配的な言説を独占し反対意見を封じ込めようとするだろう。
ARTICLE 19は、グローバルな人権運動とともに、こうした動きに立ち向かい続ける。我々は、米国内外において、トランプ大統領とその他の表現の自由に影響を及ぼす決定を下す者たちの実績について、説明責任を求めていく。
United States: The freedom of expression agenda – ARTICLE 19
Author: ARTICLE 19 (CC BY-NC-SA 2.5)
Publication Date: January 20, 2025
Translation: heatwave_p2p
Material of Header image: Arlington National Cemetery